【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -水の陽月4-

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百聞は一見に如かず。

故事成語には色々とありますが、この言葉ほどこの世界に来てから何度も痛感したものはありません。どれだけ言葉を重ねて説明をしたり逆に受けたとしても、自分の目で見た時以上の理解は得られません。叔父上たちもそうだったようで、金さんから説明を受けても今ひとつ良く解らないという表情でした。結局その日は夜も遅かったので翌日に実物を見ようという事になり、就寝となりました。


そして翌日。いつもなら早朝の鍛錬や散歩をしている時間に、皆で島の反対側へと向かう事になりました。ただここで問題が発生してしまいまして、叔父上や山吹、そして兄上の身体能力なら余裕で、そして衰えたとはいえまだまだ頑張れると豪語するつるばみと二幸彦さんが復活してからというもの体力に余裕が出てきた母上も、途中で休憩を入れれば何とかなる距離なのですが……。

そう、問題は私です。
さすがにもう抱っこされるような年齢じゃないと伝えるのですが、

「お前の足じゃ途中で野宿が必要になるだろうが」

と桃さんに一刀両断されてしまいます。流石にそこまでは遅くはないと言いたいところですが、家族の中で一番足が遅くて体力が無い事は事実です。せめておんぶにならないかなぁと妥協案を提示しますが、私のしがみつく力に不安があるから、抱き上げる一択だそうで……。

桃さんからすると小さい頃からずっと抱き上げてきたのに、ここ1~2年で急に嫌がるようになった事に納得がいかないようです。ですが幼児を抱き上げている成人男性なら許容できた光景も、高1女子を(見た目は)20代前半のイケメンが抱き上げている絵面は恥ずかしすぎるのです。10歳頃によく使った背負い籠に入っての移動も流石にこの年になると無理ですし、もう本当に選択の余地がありません。

今後の事を考えて、私が入るサイズの巨大籠を作っておくべきかも……。

何はともあれ、そんな私に残された選択は縦抱きか横抱きかというものでした。悩んだものの縦抱きで桃さんの頭を抱える方が横抱きお姫様抱っこされるよりはまだマシだろうと、渋々縦抱きを選択して移動することになりました。

ちなみに今日やらなくてはならない作業量を考えると、ここで体力を使いすぎる訳にいかない母上は山幸彦さんに、橡は金さんに同じように抱っこしてもらって移動することになりました。母上たちは畏れ多いと私同様に辞退しようとしていましたが、最終的には女性全員が抱えられて移動する事になり、少しほっとした私でした。




島の中央にある山を超え、金さんと浦さんが作り上げているモノを見る為に島の反対側まで来た私達でしたが、叔父上たちはソレが目に入った途端ポカーンと口を開けて固まってしまい、母上たちは「まぁ」と漏れ出た言葉を抑えるように口を手で隠して驚愕の目で見上げています。

ソレは叔父上たちだけでなく二幸彦さんも絶句している事から解るように、精霊から見てもありえないシロモノでした。

そして実は私も驚いていました。何を作っているのかは当然知っていましたが、実物を見たのは今回が初めてなのです。今の私は子供の頃のように自分だけの時間というものが殆どありません。早朝の体力づくり砂浜散歩の後、朝食の後片付けを終えた後はノンストップで畑作業や山菜や果樹の採取、それに今の時期は麹菌の管理や竹醤の仕込み、石鹸用の貝灰や木灰の作成、更には昨年の秋に仕込んだ林檎をお酒用とお酢用に分けてからお酒は蒸留するものとしないものに分けたりと、休む間もないというのはこういう事かと思う程のハードスケジュールな日々を過ごしているのです。

勿論全てを私がしている訳ではなく、母上や橡と分担してはいるのですが、それでもかなりの作業量となります。前世に比べれば学校に行かなくて済む分、自分の時間をたくさん持てると思っていたのですが、まったくの見当違いでした。

そんな訳で私も真上を向く程に見上げなくてはならない建造物に、「おぉ……」なんて感嘆の声を上げてしまいます。そこには巨大船、しかも木造船しかないこの世界では前代未聞の金属で造られた船がありました。




「き、金太郎様?
 これは船ですか? いや、ですが、金属で出来ているように見えますが?」

と叔父上が珍しくあわあわしながら金さんに問いかければ、後の方からは二幸彦さんの

「山幸、金属は水に浮く事は無いのですが……」

「解っています海幸。ですが先達せんだつがされた事、何かしら意味があるのだと……」

と狼狽しきりの声が聞こえてきます。

「そもそもこの大きさは本当に船ですか……?」

すぐ後ろにいた山吹は絶句してそれ以上は言葉にならないようで、何度も舳先へさきともを視線が往復しています。

<このサイズになっちゃったかぁ……>

はははと乾いた笑いが出る私に、

<船は大きい方が揺れが少ないと申したのはそなたであろうが>

と金さんのツッコミが心話で届きました。
海上生活では様々な苦労がありましたが、地面というか床が常に揺れ続けるというのが地味にストレスで……。「人類は地上で暮らすようにできているんだ!」なんて分母を大きくして言う気はないのですが、少なくとも私達家族は揺れ続ける海上生活は無理でした。だからこそこの島に家を構えた訳ですが、同時にいつでも再びここを捨てて逃げる手段を確保しなくてはなりません。

流石に飛行機や飛行船は無理なので船で逃げる事にはなるのですが、前回の反省をいかした船にしたいと思うのは当然です。その為、三太郎さんとは海上生活をしていた頃から、前世の記憶フレームで船関係の映像や知識を集め続けました。幸いというべきか、私だけでなく前世のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも山育ちだったので、旅行先には海が良く選ばれていました。その際には船にも乗りましたし、船の博物館のような場所にも行きました。

ただ当時の私は海は好きでしたが船にはあまり興味が無く……。博物館もお祖父ちゃんの趣味で行っていたようなもので、注意深く周囲を見ていなかったのです。

なのでフレーム映像を確認していた金さんや浦さんからは

「そこ、そこの下を見よ、だからもっと下を見ぬか!!
 ……って、なぜそこで横を見るっっ!!」

だとか

「えぇ、えぇ解っていますよ。貴女が水の中を見通す目を持っていない事は。
 ですがそこ、そこだけでも見てくださいよっ」

なんてクレームをガンガン受けまくりました。

いや、本当にごめん。でも……

「まさか異世界に転生して船の知識が必要になるなんて、
 当時は想像すらしてなかったんだもんっ!!!」

と反論しますが、それらも金さんと浦さんの絶望の「ああぁぁああ」という声に消されてしまいました。金さんも浦さんも出会った頃に比べると、随分と表情というか感情が豊かになったなぁ……なんて、ちょっと現実逃避してしまいます。

以前作った緊急脱出船を提案した時も驚かれましたが、アレは円筒形で船とはちょっと呼べない形でしたし、そもそも海中を進む事を前提に作られていたので、金さんにとっては船とは別物という認識だったようです。今回依頼したのは巨大な金属の船という、この世界の人にとったら矛盾著しい船で、

「金属で船を作る? 浮かばない船になんの意味があるのだ??」

と三太郎さんにも呆れられたものです。しかも私が求めたのは巨大かつ、櫂を使った人力でも帆を使った風力でもない、ウォータージェットで進む所謂ジェットフォイルなのです。なので今も叔父上たちが

「帆柱は後から設置するのですか?」

とか色々と三太郎さんに質問していますが、そもそも帆柱を設置する予定はありません。ウォータージェットによる推力は浦さんの技能「流水」でどうにかなるのは前回の緊急脱出船で実証済みですが、今回欲しいのは船を驚くほど高速で進ませるジェットフォイルです。これには色々と試行錯誤が必要で、「流水」の技能レベルを上げる為に妖を狩ってもらったり、金さんの技能の「圧縮」と合わせたりと考えうる様々な方法を試しました。ただジェットフォイル特有の、船体を海面から浮上させて翼だけで航行させるのがどうしても難しいのです。短時間ならば成功しているので、後は試行錯誤を続けるしかありません。船が巨大すぎるのが駄目だという事は解っているのですが、この大きさも必要なので……。

また、金さんたちには「大きさはともかく軽くする為に木造では駄目なのか?」とも聞かれたのですが、あの日受けた炮烙玉ほうろくだまの恐怖が骨身に染みた私としては、炮烙玉を始めとした様々な攻撃を跳ね返す金属製が良いのだと力説して納得してもらいました。

他にもこの世界の一般的な商船を1~2艘積みたいだとか、出来れば甲板で野菜が作りたいだとか、巨大な冷凍冷蔵庫が欲しいだとか、お風呂と水洗トイレを完備してほしいだとか、ありとあらゆる要望を金さんと浦さんにお願いして、その度に2人が頭を抱えるという光景が日常的に見られるようになりました。

若干当事者から外れ気味の桃さんが空気を読んで、浦さんに突っかかる回数を激減させたどころか逆に気遣う程だった事からも浦さんの追い込まれっぷりが解るというものです。逆に金さんはこういった新しい技術の試行錯誤が好きなので、時々「何故だっ!」とか「失敗だ……」とか言いつつも、楽しんでやっていたようですが。




「最終点検と試運転をしてからとなるが、櫻やそなた達全員を乗せて
 ヒノモト国に向かうには十分な船となるであろう」

そんな金さんの説明を聞きながら、家族全員で甲板へと移動します。

「この船、どれ程の大きさなのですか……」

いざ自分が乗ってみるとその巨大さは想像以上だったようで、気持ち遠い目をした橡がそんな事を誰に聞くでもなく呟きます。

「大雑把にですが、300メートル程だったと思いますよ」

それに律儀に答える浦さん。この世界でもメートルという単位を使えるようにしたのは私ですが、300メートルなんて長さは聞いた事がありません。横幅も50mぐらいあるそうで、この広さなら毎朝の叔父上たちの鍛錬も甲板で出来そうです。

「一般的に使用されている商船も積み込む予定ゆえ、
 この巨大船で家族全員で移動し、目的の港から少し離れたところで
 鬱金や山吹、そして槐はその商船に乗り換えて行商へ行けば良かろう。
 それを可能にするための大型冷凍・冷蔵庫も倉庫も完備してある」

誇らしげにそういう金さん。1ヶ月90日は余裕で上陸しないで過ごせるようにとお願いしましたが、それらが可能なのも三太郎さんが全面的に協力してくれているからです。本当、三太郎さんには感謝しかありません。

(試運転が終わって船が完成したら、
 新しい甘味とお酒のおつまみを作って三太郎さんにお礼をしなくちゃ)

そう心に決めるのでした。




甲板から船内に入れば、まず最初に家族全員が団欒できるような大部屋があり、そこから続く廊下の先にはそれぞれの個室がありました。更には私の要望通りお風呂や全水洗トイレや洗濯室といった衛生関係の施設、大勢の大食漢の胃袋を満たせるだけの設備を持った台所や食堂といった飲食スペースもしっかりと完備されています。

ただそれらの施設は船全体からみれば小さなもので、船の大部分を占めるのは冷凍冷蔵を含む倉庫です。それ以外で目を引いたのは、幾つかの滑車を備えたクレーンでした。あれで商船を引き上げるのかな??

ちなみにこの世界。流石にクレーンという名称ではありませんが重い物を持ち上げる装置は存在していて「雲梯之機」と言うのだそうです。ただこの世界の人たちはとにかくパワフルと言えば良いのか、私からすればスーパーウルトラ超人クラスが平均なので、600~700kgぐらいまでならそういった道具に頼らず自力でどうにかしてしまう事が多いのだそうです。……凄すぎでしょ。




その日の夜。
家族全員で話し合った結果、

「色々と心配もあるが、それ以上に利も多いというのが皆の意見のようだし、
 火の極日にヒノモト国へ向かうとしよう」

そう叔父上が決めたのでした。
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