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3章
16歳 -火の陰月6-
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……冷静になりました。
悔しさと恥ずかしさと心許なさに思考力や自制心が消し飛んでしまって、思わず「痛い目を見せてやる!」なんて思ってしまいました。前世今世通して男性に胸を触れられるなんて初めての事で思わず……ってやっぱりあいつの事は引っ叩きたい!
(全力で往復ビンタ&蹴っ飛ばすぐらいしても許されると思う!!)
そう心の中で盛大に吠えてから、
(冷静に……冷静に……)
無駄に体力や気力を浪費したくないので、努めて冷静になるように自分に言い聞かせます。
(別のことを考えよう。
まず考えなくちゃいけないのは、この後の事だよね)
やる事は決まっていますし、変更するつもりもありません。
ただ碧宮家を執拗に狙う奴らの大元を叩いて二度と家族に手出しできないようにするという目標は変わらなくても、手段は状況によって変わってきます。
(家族が安全に暮らせるようになるのなら、
例えと一緒に居られなくなったとしても……)
もちろん「自分の命と引き換えに!」なんて事は全く考えていません。残された側の気持ちもよく解りますから。でも私も16歳。前世基準だと少し早いけれど、今世基準なら独り立ちしてもおかしくない年齢です。
(早い子だと十三詣りを終えた途端に家を出るらしいし、
母上たちにも子供が巣立っていくだけだと思ってもらえたら……)
それに叔父上は今の私と同じ年齢だった頃に、両親を失いながらも襲撃者から病弱だった母上や幼い兄上を守り通し、更には私というイレギュラーな存在も受け入れて家族全員を養い続けてきたんです。叔父上のようにというのは無理かもしれませんが、私なりの方法で家族を守っていける年齢にはなっています。
そんな事を考えていたら、俄に上層が騒がしくなりました。耳を澄ませば野太い声で、「出航だ!」とか「碇を上げろ!」なんて叫んでいるのが聞こえてきます。どうやら船を出すようで、私はこの機会を待っていました。
<浦さん、浦さん、起きて! ただしゆっくりと、静かに……>
私達以外が一気に騒がしくなり、全員の意識が自分の仕事に向いたこの瞬間、浦さんを起こすべく心話を飛ばします。するとスッと私の中に浦さんの気配が芽生え、次いで小さな小さな水の玉がぷかりと眼の前に浮かびました。
<大まかな経緯は今、金太郎から聞きました。
私は外からあなたを援護すれば良いのですね?>
<うん、出航して海の精霊力が大きく動いた今なら、
誰にも気付かれずに隠れられると思うから>
三精霊の守護持ちだとバレたって構わないって勢いで、敵勢力を叩くつもりではいますが、バレないのならそれに越したことはありません。それに三太郎さんが私の中に居るのも良し悪しで、精霊力の回復や意思疎通に関しては圧倒的にプラスですが、私の五感を使わないと三太郎さんは外の様子を探れないというマイナスもあります。
<それと、その状態だったらどれぐらい遠くまで感知できる?>
<そうですね……、おおよそ5kmってところでしょうか。
あくまでも感知するだけならばですが>
すっかり前世で使われていた単位に慣れ親しんだ浦さんが、軽く目をつぶって何かを探ってから答えてくれます。
<私と兄上が乗ってきた船には届きそう?>
<あぁ、あの船ならば少しぐらい遠くても何とかなりますよ。
アレには私の霊力を込めた霊石が使われていますから>
浦さんが言うには、自分の霊力はよっぽど遠くない限り察知出来るんだそうです。そういえば三太郎さんは常に一緒にいるから忘れてしまいがちですが、叔父上たちの守護精霊は普段は精霊力に溢れた自分好みの場所に居て、時々様子を見にやって来ます。その際に居住地が変わっていても必ず見つけてくれるのは、自分の霊力を察知しているからなんですね。
<じゃぁ遠隔であの船を動かす事できる?>
設定次第で多少の例外はありますが、基本的に霊石は触れないと起動させられません。ですが浦さんなら……
<少し時間がかかるとは思いますが、出来ると思いますよ>
よし、ならば……
しばらくすると波が変わったのか揺れが激しくなりはじめました。流石に船倉の床を転がってしまう程ではありませんが、確実にこのままでは船酔いしてしまいそうな程の揺れです。三太郎さんが作ってくれた船に慣れてしまっている私にとって、この体内で内臓がどんぶらこってされているような感覚は辛すぎます。
(この揺れ、地味に体力削られる……)
そんな込み上げてくる吐き気をどれぐらいの時間堪えていたのか解りませんが、唐突にドンッと何かが船に当たったと思われる衝撃がありました。同時に一気に甲板が騒がしくなります。
<浦さん、何があったか解る?>
そう心話で尋ねると、小さな水玉の浦さんは一度消えて数分後に戻ってきました。
<大きな船がこの船に横付けしたようです。
かなりの大きさで、装飾も凝った物ですから華族か王族の船でしょう>
ということは私を誘拐するように指示を出した親玉が現れた可能性があります。誘拐犯たちは明らかに訓練を受けたような指示系統を持っていましたし、先程の不埒者に至っては主人がいるって明確に言っていました。
ブルッと体が震えます。怖い……やっぱり怖い。
三太郎さんが一緒だから大丈夫だと思っても、罪を平気で犯すような奴らと対面するのはやっぱり怖いんです。営利目的の誘拐犯ですら怖いのに、元番頭を殺すことをまるで花を摘むぐらいの感覚で指示するような奴らです。
<大丈夫……じゃねぇよな。
だが安心しろ、俺様が居るし金も浦も居る>
そう桃さんが心話を飛ばしてくれて、金さんや浦さんも同意してくれます。
(三太郎さんが一緒で良かった……)
心の底からそう思います。三太郎さんが居なかったら、私は今頃どうなっていただろう……。ストレスや衛生的な事で病気になっていただろうし、最悪の場合再び死んでいたかもしれません。
不安と三太郎さんが居ることの安心感が交互にぐるぐるやってきて、その度に気分が浮いたり沈んだりしていると、バンッ!と勢い良く扉が開けられました。
「これからお前が仕え、奉仕する主が来られたぞ。
せいぜい媚を売って可愛がってもらうんだな。
気に入ってもらえれば少しは長生きできるかもしれないぜ?」
ニヤニヤと嫌な笑いを口と目に浮かべた男が入ってきて、反射的に距離を取るように床を後退りしてしまいました。そんな私をニヤニヤ笑いを浮かべたまま無造作に捕まえると、男は私を船倉から引きずり出そうとします。当然ながら抵抗はしたのですが、ヒョイと軽く肩に担ぎ上げられてしまえば抵抗らしい抵抗はできません。なにせ手足は相変わらず拘束されたままなので、どんなに身じろいでもたかがしれています。結局、男の太い腕が緩むことは甲板に出るまでありませんでした。
「この者がご所望の娘にございます」
放り投げるように甲板に転がされ、打ち付けた肩の痛みに顔をしかめている私の頭上で、番頭を相手に話していたあの男が誰かに説明をしています。そちらを見れば最初は逆光でよく見えませんでしたが、次第に目が慣れてくるとびっくりするぐらいに綺麗な人が立っていました。
「……お前が?
……そうか……お前か。姉上を恨んでの所業であったか……」
サラサラと流れ出る声は涼やかを通り越して冷たく、眼差しは声よりも更に冷たくて痛いぐらいです。(この人、どこかで見たような??)と思っていた私にとって、そのセリフと眼差しに込められた殺気と狂気は大きなヒントとなりました。
この見た目だけは優しそうで儚げな人、ミズホ国の紫苑殿下だ!!
いや、今はもう国王だから殿下じゃなくて陛下か。
ってそんな事はどうでも良くて、いきなりミズホ国王が出てくるとは思ってもいませんでした。私自身は菖蒲様に欠片も恨みは抱いていませんが、紫苑陛下はそう思い込んでいます。そして性質が悪いことに、彼は姉絡みだと全く話が通じません。しかも彼は私の外見から直ぐに私が碧宮家の者だと察したようで、勝手に動機まで決め付けてきています。
(なんで血が繋がっていないのに、こんなに母上に似てしまったのっ!!)
普段なら嬉しい要素が、今は危険要素でしかありません。恋愛ゲームだったら彼のシスコンを緩和して母上と結ばれるルートがあったと記憶していますが、母上と結ばれていない以上シスコンは健在です。健在どころかパワーアップしている気もします。
「その娘を私の部屋へ連れて参れ」
そう側近と思われる人に指示すると、紫苑陛下はくるりと背を向けました。再び担がれた私は逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、不審がられない程度にジタバタと暴れます。それは紫苑陛下が背を向けたと同時に、浦さんがとっても小さな心話で
<この船に菖蒲も乗っているようです>
と教えてくれたからです。紫苑陛下を止める事ができるのはこの世にただ一人、菖蒲様しかいません。紫苑陛下の部屋という事は王族が使う上質な部屋のはずです。そして何よりも大事にしている菖蒲様を彼がそこらの部屋に通す訳がなく……。絶対に彼の部屋の近くに菖蒲様も居るはずです。
「うぅうーーっっ!!!」
猿ぐつわさえなければ全力で菖蒲様の名前を呼ぶのに……と思ったけれど、私は菖蒲様の顔を知っていますが、菖蒲様は私の顔を知らないってことに思い至りました。あの時はずっと布で顔を隠していたんですよね……。
(あの時の子だって解ってもらえるかなぁ……)
若干の不安を覚えている間にもどんどんと運ばれていき、最奥部にある階段を登る直前、
「此処から先、わずかでも声を出せば容赦はしない……」
と私を運ぶ男に脅しをかけられました。怖がらせる為の脅しというよりは、淡々と事実だけを伝えているのが解り、ゾッとする声音と相まって思わず暴れることを止めてしまいました。そんな私に満足したのか男は再び紫苑陛下の後を追って階段を登っていき、そして豪華な扉の奥へと入っていきました。
「ふふふ……。金瘡、しっかり抑えておいてくださいね。
さぁ、姉上から奪った霊力を返してもらいましょうか」
狂気に満ちた笑顔でこちらを見た紫苑陛下に足がすくんでしまいます。その手には小刀が握られていて、それで何をされるのかなんて考えたくもありません。金瘡と呼ばれた男は私の背後にまわると、がっしりと抱きしめるようにして拘束してきました。身長差がある所為で足先が床から浮いてしまい、元から縄で縛られていたこともあって全く抵抗らしい抵抗ができません。
「あなたを殺せば姉上の霊力は戻るのでしょうか??
まぁ戻ったところで姉上を害したあなたを許す気にはなりませんが」
(戻るわけないでしょっ!!)
って言いたけれど、歯の根がガチガチと言うだけで言葉になりません。
<おい、こいつらぶっ飛ばして良いか? 良いよな?!>
焦った桃さんが心話で語りかけてくれた途端、紫苑陛下の動きがピクッと反応してから止まりました。そして首を傾げながら私へと近づいてきます。
「おかしいですね、何故あなたから火の霊力が……」
桃さんの霊力の発露はほんの僅かだったのですが、紫苑陛下には気付かれてしまったようです。
<駄目だ、これ以上は私も無理っ!!
金さん! 私の口の中の布を全力で「圧縮」して!!>
<心得た!>
そう心話を飛ばすと同時に、口の中いっぱいに詰め込まれていた布が一気に小さくなり、それを猿ぐつわの隙間から舌を使って押し出します。しかも金さんは「圧縮」だけじゃなく「硬化」も使って布を硬い刃状にしていたようで、舌で押し出すと同時に猿ぐつわの布が切れ、久しぶりに口が自由になりました。
そうなればやることは一つ。
「あやめさまーーーーーっっっ!! あやめさま、助けて、菖蒲様!!!」
「このっ!!!」
突然騒ぎ出した私に、背後にいた金瘡が私を壁に向かって投げつけました。猿ぐつわは外れたものの拘束は外れていない私は受け身を取ることもできず、背中を強打してくぐもった声が出てしまいます。
「うぐっ、菖蒲様ーーーーーっっっ!!!」
それでも叫ぶ私に金瘡と呼ばれた男は、大きく握りこぶしを振り上げて殴りかかってきました。
(駄目だ、殴られる!!)
思わずギュッっと目をつぶった途端、金瘡の拳が水に包まれたうえにその水が湯気が出る程に熱せられ、目をまんまるした金瘡は慌てて手を振り払い始めました。
「ぐぅぅぅっ!! 何だこれは!!!」
どんなに手を振り回しても熱湯が拳を包み込んだままなことに、紫苑陛下も目をまんまるにして見ていましたが、ふと自分の持っている小刀に目をやってから再びこちらを見ました。
「どうやら姉上以外からも霊力を奪っているようですね。
これほどまでに罪深い存在を放置はできません」
「少しはこっちの話も聞いてよっっ!!」
思わずそう叫び返した時、扉の外から
「紫苑陛下に申し上げます。
我が主、菖蒲様が至急陛下にお目にかかりたいと申されております。
どうか扉をお開け願えないでしょうか?」
と、求めていた人が来訪したことを知らせる声が聞こえてきたのでした。
悔しさと恥ずかしさと心許なさに思考力や自制心が消し飛んでしまって、思わず「痛い目を見せてやる!」なんて思ってしまいました。前世今世通して男性に胸を触れられるなんて初めての事で思わず……ってやっぱりあいつの事は引っ叩きたい!
(全力で往復ビンタ&蹴っ飛ばすぐらいしても許されると思う!!)
そう心の中で盛大に吠えてから、
(冷静に……冷静に……)
無駄に体力や気力を浪費したくないので、努めて冷静になるように自分に言い聞かせます。
(別のことを考えよう。
まず考えなくちゃいけないのは、この後の事だよね)
やる事は決まっていますし、変更するつもりもありません。
ただ碧宮家を執拗に狙う奴らの大元を叩いて二度と家族に手出しできないようにするという目標は変わらなくても、手段は状況によって変わってきます。
(家族が安全に暮らせるようになるのなら、
例えと一緒に居られなくなったとしても……)
もちろん「自分の命と引き換えに!」なんて事は全く考えていません。残された側の気持ちもよく解りますから。でも私も16歳。前世基準だと少し早いけれど、今世基準なら独り立ちしてもおかしくない年齢です。
(早い子だと十三詣りを終えた途端に家を出るらしいし、
母上たちにも子供が巣立っていくだけだと思ってもらえたら……)
それに叔父上は今の私と同じ年齢だった頃に、両親を失いながらも襲撃者から病弱だった母上や幼い兄上を守り通し、更には私というイレギュラーな存在も受け入れて家族全員を養い続けてきたんです。叔父上のようにというのは無理かもしれませんが、私なりの方法で家族を守っていける年齢にはなっています。
そんな事を考えていたら、俄に上層が騒がしくなりました。耳を澄ませば野太い声で、「出航だ!」とか「碇を上げろ!」なんて叫んでいるのが聞こえてきます。どうやら船を出すようで、私はこの機会を待っていました。
<浦さん、浦さん、起きて! ただしゆっくりと、静かに……>
私達以外が一気に騒がしくなり、全員の意識が自分の仕事に向いたこの瞬間、浦さんを起こすべく心話を飛ばします。するとスッと私の中に浦さんの気配が芽生え、次いで小さな小さな水の玉がぷかりと眼の前に浮かびました。
<大まかな経緯は今、金太郎から聞きました。
私は外からあなたを援護すれば良いのですね?>
<うん、出航して海の精霊力が大きく動いた今なら、
誰にも気付かれずに隠れられると思うから>
三精霊の守護持ちだとバレたって構わないって勢いで、敵勢力を叩くつもりではいますが、バレないのならそれに越したことはありません。それに三太郎さんが私の中に居るのも良し悪しで、精霊力の回復や意思疎通に関しては圧倒的にプラスですが、私の五感を使わないと三太郎さんは外の様子を探れないというマイナスもあります。
<それと、その状態だったらどれぐらい遠くまで感知できる?>
<そうですね……、おおよそ5kmってところでしょうか。
あくまでも感知するだけならばですが>
すっかり前世で使われていた単位に慣れ親しんだ浦さんが、軽く目をつぶって何かを探ってから答えてくれます。
<私と兄上が乗ってきた船には届きそう?>
<あぁ、あの船ならば少しぐらい遠くても何とかなりますよ。
アレには私の霊力を込めた霊石が使われていますから>
浦さんが言うには、自分の霊力はよっぽど遠くない限り察知出来るんだそうです。そういえば三太郎さんは常に一緒にいるから忘れてしまいがちですが、叔父上たちの守護精霊は普段は精霊力に溢れた自分好みの場所に居て、時々様子を見にやって来ます。その際に居住地が変わっていても必ず見つけてくれるのは、自分の霊力を察知しているからなんですね。
<じゃぁ遠隔であの船を動かす事できる?>
設定次第で多少の例外はありますが、基本的に霊石は触れないと起動させられません。ですが浦さんなら……
<少し時間がかかるとは思いますが、出来ると思いますよ>
よし、ならば……
しばらくすると波が変わったのか揺れが激しくなりはじめました。流石に船倉の床を転がってしまう程ではありませんが、確実にこのままでは船酔いしてしまいそうな程の揺れです。三太郎さんが作ってくれた船に慣れてしまっている私にとって、この体内で内臓がどんぶらこってされているような感覚は辛すぎます。
(この揺れ、地味に体力削られる……)
そんな込み上げてくる吐き気をどれぐらいの時間堪えていたのか解りませんが、唐突にドンッと何かが船に当たったと思われる衝撃がありました。同時に一気に甲板が騒がしくなります。
<浦さん、何があったか解る?>
そう心話で尋ねると、小さな水玉の浦さんは一度消えて数分後に戻ってきました。
<大きな船がこの船に横付けしたようです。
かなりの大きさで、装飾も凝った物ですから華族か王族の船でしょう>
ということは私を誘拐するように指示を出した親玉が現れた可能性があります。誘拐犯たちは明らかに訓練を受けたような指示系統を持っていましたし、先程の不埒者に至っては主人がいるって明確に言っていました。
ブルッと体が震えます。怖い……やっぱり怖い。
三太郎さんが一緒だから大丈夫だと思っても、罪を平気で犯すような奴らと対面するのはやっぱり怖いんです。営利目的の誘拐犯ですら怖いのに、元番頭を殺すことをまるで花を摘むぐらいの感覚で指示するような奴らです。
<大丈夫……じゃねぇよな。
だが安心しろ、俺様が居るし金も浦も居る>
そう桃さんが心話を飛ばしてくれて、金さんや浦さんも同意してくれます。
(三太郎さんが一緒で良かった……)
心の底からそう思います。三太郎さんが居なかったら、私は今頃どうなっていただろう……。ストレスや衛生的な事で病気になっていただろうし、最悪の場合再び死んでいたかもしれません。
不安と三太郎さんが居ることの安心感が交互にぐるぐるやってきて、その度に気分が浮いたり沈んだりしていると、バンッ!と勢い良く扉が開けられました。
「これからお前が仕え、奉仕する主が来られたぞ。
せいぜい媚を売って可愛がってもらうんだな。
気に入ってもらえれば少しは長生きできるかもしれないぜ?」
ニヤニヤと嫌な笑いを口と目に浮かべた男が入ってきて、反射的に距離を取るように床を後退りしてしまいました。そんな私をニヤニヤ笑いを浮かべたまま無造作に捕まえると、男は私を船倉から引きずり出そうとします。当然ながら抵抗はしたのですが、ヒョイと軽く肩に担ぎ上げられてしまえば抵抗らしい抵抗はできません。なにせ手足は相変わらず拘束されたままなので、どんなに身じろいでもたかがしれています。結局、男の太い腕が緩むことは甲板に出るまでありませんでした。
「この者がご所望の娘にございます」
放り投げるように甲板に転がされ、打ち付けた肩の痛みに顔をしかめている私の頭上で、番頭を相手に話していたあの男が誰かに説明をしています。そちらを見れば最初は逆光でよく見えませんでしたが、次第に目が慣れてくるとびっくりするぐらいに綺麗な人が立っていました。
「……お前が?
……そうか……お前か。姉上を恨んでの所業であったか……」
サラサラと流れ出る声は涼やかを通り越して冷たく、眼差しは声よりも更に冷たくて痛いぐらいです。(この人、どこかで見たような??)と思っていた私にとって、そのセリフと眼差しに込められた殺気と狂気は大きなヒントとなりました。
この見た目だけは優しそうで儚げな人、ミズホ国の紫苑殿下だ!!
いや、今はもう国王だから殿下じゃなくて陛下か。
ってそんな事はどうでも良くて、いきなりミズホ国王が出てくるとは思ってもいませんでした。私自身は菖蒲様に欠片も恨みは抱いていませんが、紫苑陛下はそう思い込んでいます。そして性質が悪いことに、彼は姉絡みだと全く話が通じません。しかも彼は私の外見から直ぐに私が碧宮家の者だと察したようで、勝手に動機まで決め付けてきています。
(なんで血が繋がっていないのに、こんなに母上に似てしまったのっ!!)
普段なら嬉しい要素が、今は危険要素でしかありません。恋愛ゲームだったら彼のシスコンを緩和して母上と結ばれるルートがあったと記憶していますが、母上と結ばれていない以上シスコンは健在です。健在どころかパワーアップしている気もします。
「その娘を私の部屋へ連れて参れ」
そう側近と思われる人に指示すると、紫苑陛下はくるりと背を向けました。再び担がれた私は逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、不審がられない程度にジタバタと暴れます。それは紫苑陛下が背を向けたと同時に、浦さんがとっても小さな心話で
<この船に菖蒲も乗っているようです>
と教えてくれたからです。紫苑陛下を止める事ができるのはこの世にただ一人、菖蒲様しかいません。紫苑陛下の部屋という事は王族が使う上質な部屋のはずです。そして何よりも大事にしている菖蒲様を彼がそこらの部屋に通す訳がなく……。絶対に彼の部屋の近くに菖蒲様も居るはずです。
「うぅうーーっっ!!!」
猿ぐつわさえなければ全力で菖蒲様の名前を呼ぶのに……と思ったけれど、私は菖蒲様の顔を知っていますが、菖蒲様は私の顔を知らないってことに思い至りました。あの時はずっと布で顔を隠していたんですよね……。
(あの時の子だって解ってもらえるかなぁ……)
若干の不安を覚えている間にもどんどんと運ばれていき、最奥部にある階段を登る直前、
「此処から先、わずかでも声を出せば容赦はしない……」
と私を運ぶ男に脅しをかけられました。怖がらせる為の脅しというよりは、淡々と事実だけを伝えているのが解り、ゾッとする声音と相まって思わず暴れることを止めてしまいました。そんな私に満足したのか男は再び紫苑陛下の後を追って階段を登っていき、そして豪華な扉の奥へと入っていきました。
「ふふふ……。金瘡、しっかり抑えておいてくださいね。
さぁ、姉上から奪った霊力を返してもらいましょうか」
狂気に満ちた笑顔でこちらを見た紫苑陛下に足がすくんでしまいます。その手には小刀が握られていて、それで何をされるのかなんて考えたくもありません。金瘡と呼ばれた男は私の背後にまわると、がっしりと抱きしめるようにして拘束してきました。身長差がある所為で足先が床から浮いてしまい、元から縄で縛られていたこともあって全く抵抗らしい抵抗ができません。
「あなたを殺せば姉上の霊力は戻るのでしょうか??
まぁ戻ったところで姉上を害したあなたを許す気にはなりませんが」
(戻るわけないでしょっ!!)
って言いたけれど、歯の根がガチガチと言うだけで言葉になりません。
<おい、こいつらぶっ飛ばして良いか? 良いよな?!>
焦った桃さんが心話で語りかけてくれた途端、紫苑陛下の動きがピクッと反応してから止まりました。そして首を傾げながら私へと近づいてきます。
「おかしいですね、何故あなたから火の霊力が……」
桃さんの霊力の発露はほんの僅かだったのですが、紫苑陛下には気付かれてしまったようです。
<駄目だ、これ以上は私も無理っ!!
金さん! 私の口の中の布を全力で「圧縮」して!!>
<心得た!>
そう心話を飛ばすと同時に、口の中いっぱいに詰め込まれていた布が一気に小さくなり、それを猿ぐつわの隙間から舌を使って押し出します。しかも金さんは「圧縮」だけじゃなく「硬化」も使って布を硬い刃状にしていたようで、舌で押し出すと同時に猿ぐつわの布が切れ、久しぶりに口が自由になりました。
そうなればやることは一つ。
「あやめさまーーーーーっっっ!! あやめさま、助けて、菖蒲様!!!」
「このっ!!!」
突然騒ぎ出した私に、背後にいた金瘡が私を壁に向かって投げつけました。猿ぐつわは外れたものの拘束は外れていない私は受け身を取ることもできず、背中を強打してくぐもった声が出てしまいます。
「うぐっ、菖蒲様ーーーーーっっっ!!!」
それでも叫ぶ私に金瘡と呼ばれた男は、大きく握りこぶしを振り上げて殴りかかってきました。
(駄目だ、殴られる!!)
思わずギュッっと目をつぶった途端、金瘡の拳が水に包まれたうえにその水が湯気が出る程に熱せられ、目をまんまるした金瘡は慌てて手を振り払い始めました。
「ぐぅぅぅっ!! 何だこれは!!!」
どんなに手を振り回しても熱湯が拳を包み込んだままなことに、紫苑陛下も目をまんまるにして見ていましたが、ふと自分の持っている小刀に目をやってから再びこちらを見ました。
「どうやら姉上以外からも霊力を奪っているようですね。
これほどまでに罪深い存在を放置はできません」
「少しはこっちの話も聞いてよっっ!!」
思わずそう叫び返した時、扉の外から
「紫苑陛下に申し上げます。
我が主、菖蒲様が至急陛下にお目にかかりたいと申されております。
どうか扉をお開け願えないでしょうか?」
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