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3章
16歳 -火の陰月5-
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苧環姫と思われる女性が護衛や私を攫った人たちと一緒に去っていった途端、
「フンッ、愚かだな。高位華族とはいえ所詮は女子供ということか。
自分のやったことが愛する男の首を締めることになると気付かんらしい」
元番頭は鼻で笑ってから嘲るように言い捨てました。私達とトラブった時もそうでしたが、この男は女子供相手の時だけ明らかに態度が変わります。
「全くですね。この女を守ると明言していたのにも関わらず拐かされたとあれば、
武に秀でた第二王子という名声は地に落ちてしまうというのに」
苧環姫がいる時はまるで元番頭の下僕のような態度だった男が、今はまるで同格の取引相手のような言動になっています。なんだか雲行きが怪しい感じです。
「この娘はそちらが引き取るってことだが……」
「ええ。我が主は以前、吉野家によって大切なものを奪われたので
ソレを取り返すための交渉材料とする予定です。
貴殿には謝礼としてお約束どおりこちらを……」
そう言うと何かガシャリという音が聞こえてきました。うっすらと目を開けて確認したい気もしますが、万が一バレてしまっては危険です。なので耳に意識を集中して情報を集めます。
「気持ち程度ですが、少し多めに入っております」
「おぉ、これはこれは……」
どうやら金銭かそれに準ずる物のやり取りしているようです。しかも少し多めとは言っていますが相当増額されていたようで、元番頭の声が欲にまみれて上ずりまくっています。あの人達の意識がお金に向いているのなら、今こそ逃げ出すチャンスなんじゃないかとも思ったのですが、
<もう少し我慢しろ、そなたの脚力では逃げ切れぬ。
何より手足の拘束をどうやって解くつもりだ?>
という極々小さい心話が届き、断念することにしました。三太郎さんが一緒にいてくれるのでパニックや悲観といった心境になる事は防げていますが、それでも怖いものは怖いし不安なものは不安なのです。
「ふんっ! 恨むのなら悪どい商売をしている自分の身内を恨むんだな」
私に向かってそう吐き捨てた元番頭は足音荒く私に近づいてくると、私に何かしようとしたようで
「気持ちは解るが、少し落ち着かれよ。
今ここで目覚めて暴れられたり騒がれると面倒だ」
と取引相手に止められました。元番頭はかなり不本意だったようで、チッと舌打ちをしてから遠ざかります。
「解っておられると思いますが、今日あった事は全て……」
「言われずとも解っておる!
私とてあの第二王子に恥をかかせたくはあるが、
王家全てを敵にまわす気はない。むしろ……梯梧殿下……第一王妃……」
後半はぶつぶつと呟くように話していたのでよく聞き取れませんでしたが、元番頭のセリフから解る事は、私達と同様に緋桐殿下の事も恨めしく思っていて復讐心を持っていること。そして下がる緋桐殿下の評判に乗じて梯梧殿下の評判を上げ、そちらの派閥の御用達となることで松屋の七房さんを見返そうとしていることでした。松屋はあの時の一件で緋桐殿下に借りと繋がりが出来ているので、そうすることで七房さんにもダメージを負わせたいのかもしれません。
「ならば結構。
そういえば先程、西街道の方が警備が手薄だと配下の者が申しておりました。
そちらを抜けて行かれるとよろしいかと」
「ふむ、そうだな。西街道を抜けるついでにヤマト国まで足を伸ばすか。
そこで商品を仕入れて船で戻ってくれば、何かと都合が良い。
幸い仕入れ金もあることだしな」
その後、体感10分ぐらい元番頭と謎の男は色々と話していましたが、その元番頭も去っていきました。残るのは謎の一団だけです。
「手筈は?」
「それが娘が想定していたよりも更に小柄だった為に
用意しておいた身代わりの死体が使えません」
「16歳と聞いていたが……確かにそうは見えんな。
至急、貧民窟で年格好の似た娘を見つけよ」
「承知致しました」
(……はぁぁ?! 死体って何、死体って!!!)
聞こえてきた会話に物騒な単語が混じっていて、危うく反応してしまいそうになります。謎の一団は確実にやばい奴らです。
まぁ、誘拐を企てている時点で問答無用でやばいんですが……。
「娘はどうしますか?」
「船倉へと放り込んでおけ。
その際に着物を脱がす事を忘れるな、身代わりの死体に着せねばならん。
それにこの娘も下着姿では外に出る訳にもいかず、留まるしかあるまい」
「では娘は下着姿で縛り上げ、船倉へと放り込んでおきます」
「あぁ、急がねばあの自分を利口だと思っている阿呆に追いつかぬぞ。
確実に息の根を止めた後は身代わりの死体と共に火を掛け、
先程渡した金を回収して野盗の仕業に偽装することを忘れるな」
「承知致しました。
しかし彼奴も自分が誘拐犯として殺されるとは思ってもいないでしょうな」
「誘拐犯なことに違いは無かろう?」
「確かに」
何が可笑しいのか男たちはハハハと笑うと、
「何に致しましても商人を追う者と貧民窟で身代わりを探す者を同時に派遣し、
残りは船の守りにつくよう指示を出します」
「それで良い。最悪、あの商人だけでも先に殺しておけ。
人気のない場所で死んでいた所為で死体の発見が遅れる事は良くある。
その間に身代わりの死体を用意できれば良い」
「はい。では早速指示を出して参ります」
その言葉と同時に、ススッと極めて小さな足音が近づいてきました。今になって気づきましたが、この人たち足音がほとんどしません。地面に耳を付けていても、聞き取れる事が困難な程に小さな足音です。
(私は直ぐに危害を加えられないみたいだけど、
あの番頭は殺される?!)
<金さん、桃さん、どうしよう?>
浦さんは気配が漏れ出ないように眠ってもらっている為、とりあえず心話が届く2人に話しかけます。
<どうしようってもなぁ……。俺様にはあいつを助ける義理はねぇし。
もし義理があったとしても今はお前の守りの方が優先だ>
<我も同じだ>
出会った直後から腹立たしい態度だったうえに、誘拐なんてことをやらかしてくれた人なので、好印象皆無どころか生理的に受け付けないってレベルで大嫌いな人ですが、それでも死んでしまえとは思えませんし思いたくもありません。聖人ぶっている訳じゃなく、後で自己嫌悪の沼にどっぷりとはまってしまいそうなので自己防衛です。
でも、今の私に出来ることなんて何も無く……。
<金さんか桃さんのどっちかが叔父上に知らせに行くのは……>
<それも考えなくはないんだが、その間にお前に何かあったらと思うとなぁ。
あの天幕の時だって、本当は約束を破ってしまいたかった程だ>
<ごめんなさい……>
拠点にいる時の三太郎さんは基本的に実体化していますし、精霊力を使う事も最近では躊躇しなくなってきています。なので拠点にいる時に襲撃にあったら、三太郎さんはかけらも躊躇うこと無く精霊力を使って私を守ろうとするでしょう。
ですが今回のように拠点外では極力精霊力を使わないように、そして姿を現さないようにお願いしています。精霊と意思疎通ができるだとか、霊格が天女、しかも前代未聞の3属性天女なんて知られたら、この先真っ当に生きていけません。私は政治の道具にも宗教の傀儡にもなりたくありません。
なので相手に明確な殺意がなければ、そして死亡しかねない事故に繋がらないようなら、一旦見守る方向でお願いね!と約束していたのですが、それが桃さんにとってはとても不本意だったようで、次からはこの約束はしないからと通達されてしまいました。そんな桃さんに金さんが精霊の古の約定を持ち出して注意しますが、
<櫻を人間たちの中で普通に暮らさせたいっていう気持ちは解るんだが、
命あっての物種じゃねーの?>
と反発し、それも限りある寿命を持つ者の定めだと諭す金さんにも反発と、金さんと桃さんの会話何時まで経っても堂々巡りです。そんな事を話し合っている最中も、私は担ぎ上げられてどこかへと運ばれていきました。体に力を入れないように気をつけて、全力で力を抜くという頭が混乱しそうなことを続けます。
しばらくして揺れが止まったかと思うとギィと扉が軋んだような音が聞こえ、次に木の床にゴロッと転がされました。そして一切の遠慮なく、グイッと着物が引っ張られます。ギャーーって悲鳴を上げて蹴飛ばしてやりたくなりますが、ぐっとこらえてされるがままにしておきます。それに着物を脱がすために腕の拘束は解かれましたが足は拘束されたままなので蹴りたくても蹴れませんし、猿轡もそのままなので噛みつくこともできません。
ギリギリとはいえこの狼藉を我慢出来るのは、この世界の下着が私からすれば単なる浴衣姿でしかないからです。ミズホ国の下着が一番丈が長くて足首まである肌襦袢、ヒノモト国とヤマト国の下着は膝下20cmぐらいの肌襦袢と、どちらも私の感覚では下着というカテゴリには入りません。帯などが無いから浴衣のようにこれを着てお出かけしたいとは思えませんが、下着姿を見られた時程の恥ずかしさはありません。
ちなみに襦袢という言葉はこの世界にはなく、肌の上に着る物=肌着か、着物の下に着る物=下着という呼び方が一般的です。
ただ、そんな私の我慢は
「おっ、何だ思ったより……」
という男の言葉に加えて、胸に触れられた事であっけなく限界を超えました。
「うあっ!!!」
一時的に拘束を解かれていた腕を未だかつて無い勢いで振り上げて、男に向かって叩き落します。
「おっと、目が覚めたのか。
もう少し寝ていてくれたら楽だったんだがなぁ」
そう言いつつも男は私の腕を軽々と受け止め、あっという間に私を床に押し付けて足の拘束も解くと着物を剥ぎ取ってしまいました。しかもその男の背後には更に2人の男がいて、私の着物を受け取っています。
(さっき、こいつらの足音が小さいって事に気づいていたのに……)
運ばれている最中、耳が地面から離された為に足音は聞き取れなくなっていました。なので私は自分を運んでいる男一人しか周囲に居ないと、そう思い込んでいたのです。迂闊にも程があります。
その事を悔やむ暇すら与えられず、私はヒノモト国風の衣装の上下を素早く脱がせられ、抵抗虚しく下着姿にされてしまいました。
「お前はそれを貧民窟に行く班へと持っていけ。
それからお前はこの娘を抑えろ。もう一度縛っておく」
「「はっ!」」
「うむぅぅ、ううむぅーう!!!」
床に抑え込まれた状態からでは蹴りつけることも殴ることもできなくて、ただうめき声を上げて暴れることしかできません。叔父上や山吹はもとより、緋桐殿下よりも小柄な男性相手ではあるのですが、どんなに私が全力で暴れても男二人がかり、それも恐らく兵士などの特殊な訓練を受けたと思われる2人には敵いません。あっという間に手首を再び背中側で拘束され、更には腕を抑えるように胸の上と下に縄を回されて拘束されてしまいました。更には足首や膝も再び拘束されて、まるで芋虫のような姿で床に転がされます。
「大人しくしておいたほうが、痛い目みなくてすむぞ?」
「どのみちお前はこの先、
主の気が済むまで嬲り者になるか慰み者になるしかないんだからな」
そんな未来は絶対にこない!!
そう意思を込めてキッとにらみつけると、まるでその反応が面白かったかのようにニヤニヤと笑って顔を至近距離まで近づけてきました。
「その強気な態度がいつまで持つかなぁ?」
2人はそう言うと、ケラケラと笑いながら部屋を出ていきました。
(我慢だ、我慢……)
拉致されて移送されている間、不安を紛らわす意味もあって色々と考えていました。ヒノモト国人よりも小柄な一団の時点でおおよそは察していましたが、三太郎さんに謎の一団の守護の気配を探ってもらって確信しました。
彼らはミズホ国の人たちで十中八九間違いありません。
またミズホ国です。
襲撃があるたびに撃退しているだけでは、埒が明きません。
(こうなったら大本を叩いてやる……)
ミズホ国人は三国の中で精霊力の感知能力が一番高く、恐らくこのまま三太郎さんと心話を続けたり、逃げる時に力を少し借りるだけでもバレてしまうでしょう。
(どうせ私の特殊性がバレるのなら、
大本を完膚なきまでに叩き潰す事と引き換えにしてやる)
母上や兄上、叔父上や山吹に橡の安全と引き換えなら、私がこの地に居られなくなっても仕方がないと思えます。
前世では18歳のときに、親元を離れる予定でした。少し早い親離れで独り立ちだと思えば良いのです。
(絶対に、絶対に痛い目見せてやる!!)
私はそう誓ったのでした。
「フンッ、愚かだな。高位華族とはいえ所詮は女子供ということか。
自分のやったことが愛する男の首を締めることになると気付かんらしい」
元番頭は鼻で笑ってから嘲るように言い捨てました。私達とトラブった時もそうでしたが、この男は女子供相手の時だけ明らかに態度が変わります。
「全くですね。この女を守ると明言していたのにも関わらず拐かされたとあれば、
武に秀でた第二王子という名声は地に落ちてしまうというのに」
苧環姫がいる時はまるで元番頭の下僕のような態度だった男が、今はまるで同格の取引相手のような言動になっています。なんだか雲行きが怪しい感じです。
「この娘はそちらが引き取るってことだが……」
「ええ。我が主は以前、吉野家によって大切なものを奪われたので
ソレを取り返すための交渉材料とする予定です。
貴殿には謝礼としてお約束どおりこちらを……」
そう言うと何かガシャリという音が聞こえてきました。うっすらと目を開けて確認したい気もしますが、万が一バレてしまっては危険です。なので耳に意識を集中して情報を集めます。
「気持ち程度ですが、少し多めに入っております」
「おぉ、これはこれは……」
どうやら金銭かそれに準ずる物のやり取りしているようです。しかも少し多めとは言っていますが相当増額されていたようで、元番頭の声が欲にまみれて上ずりまくっています。あの人達の意識がお金に向いているのなら、今こそ逃げ出すチャンスなんじゃないかとも思ったのですが、
<もう少し我慢しろ、そなたの脚力では逃げ切れぬ。
何より手足の拘束をどうやって解くつもりだ?>
という極々小さい心話が届き、断念することにしました。三太郎さんが一緒にいてくれるのでパニックや悲観といった心境になる事は防げていますが、それでも怖いものは怖いし不安なものは不安なのです。
「ふんっ! 恨むのなら悪どい商売をしている自分の身内を恨むんだな」
私に向かってそう吐き捨てた元番頭は足音荒く私に近づいてくると、私に何かしようとしたようで
「気持ちは解るが、少し落ち着かれよ。
今ここで目覚めて暴れられたり騒がれると面倒だ」
と取引相手に止められました。元番頭はかなり不本意だったようで、チッと舌打ちをしてから遠ざかります。
「解っておられると思いますが、今日あった事は全て……」
「言われずとも解っておる!
私とてあの第二王子に恥をかかせたくはあるが、
王家全てを敵にまわす気はない。むしろ……梯梧殿下……第一王妃……」
後半はぶつぶつと呟くように話していたのでよく聞き取れませんでしたが、元番頭のセリフから解る事は、私達と同様に緋桐殿下の事も恨めしく思っていて復讐心を持っていること。そして下がる緋桐殿下の評判に乗じて梯梧殿下の評判を上げ、そちらの派閥の御用達となることで松屋の七房さんを見返そうとしていることでした。松屋はあの時の一件で緋桐殿下に借りと繋がりが出来ているので、そうすることで七房さんにもダメージを負わせたいのかもしれません。
「ならば結構。
そういえば先程、西街道の方が警備が手薄だと配下の者が申しておりました。
そちらを抜けて行かれるとよろしいかと」
「ふむ、そうだな。西街道を抜けるついでにヤマト国まで足を伸ばすか。
そこで商品を仕入れて船で戻ってくれば、何かと都合が良い。
幸い仕入れ金もあることだしな」
その後、体感10分ぐらい元番頭と謎の男は色々と話していましたが、その元番頭も去っていきました。残るのは謎の一団だけです。
「手筈は?」
「それが娘が想定していたよりも更に小柄だった為に
用意しておいた身代わりの死体が使えません」
「16歳と聞いていたが……確かにそうは見えんな。
至急、貧民窟で年格好の似た娘を見つけよ」
「承知致しました」
(……はぁぁ?! 死体って何、死体って!!!)
聞こえてきた会話に物騒な単語が混じっていて、危うく反応してしまいそうになります。謎の一団は確実にやばい奴らです。
まぁ、誘拐を企てている時点で問答無用でやばいんですが……。
「娘はどうしますか?」
「船倉へと放り込んでおけ。
その際に着物を脱がす事を忘れるな、身代わりの死体に着せねばならん。
それにこの娘も下着姿では外に出る訳にもいかず、留まるしかあるまい」
「では娘は下着姿で縛り上げ、船倉へと放り込んでおきます」
「あぁ、急がねばあの自分を利口だと思っている阿呆に追いつかぬぞ。
確実に息の根を止めた後は身代わりの死体と共に火を掛け、
先程渡した金を回収して野盗の仕業に偽装することを忘れるな」
「承知致しました。
しかし彼奴も自分が誘拐犯として殺されるとは思ってもいないでしょうな」
「誘拐犯なことに違いは無かろう?」
「確かに」
何が可笑しいのか男たちはハハハと笑うと、
「何に致しましても商人を追う者と貧民窟で身代わりを探す者を同時に派遣し、
残りは船の守りにつくよう指示を出します」
「それで良い。最悪、あの商人だけでも先に殺しておけ。
人気のない場所で死んでいた所為で死体の発見が遅れる事は良くある。
その間に身代わりの死体を用意できれば良い」
「はい。では早速指示を出して参ります」
その言葉と同時に、ススッと極めて小さな足音が近づいてきました。今になって気づきましたが、この人たち足音がほとんどしません。地面に耳を付けていても、聞き取れる事が困難な程に小さな足音です。
(私は直ぐに危害を加えられないみたいだけど、
あの番頭は殺される?!)
<金さん、桃さん、どうしよう?>
浦さんは気配が漏れ出ないように眠ってもらっている為、とりあえず心話が届く2人に話しかけます。
<どうしようってもなぁ……。俺様にはあいつを助ける義理はねぇし。
もし義理があったとしても今はお前の守りの方が優先だ>
<我も同じだ>
出会った直後から腹立たしい態度だったうえに、誘拐なんてことをやらかしてくれた人なので、好印象皆無どころか生理的に受け付けないってレベルで大嫌いな人ですが、それでも死んでしまえとは思えませんし思いたくもありません。聖人ぶっている訳じゃなく、後で自己嫌悪の沼にどっぷりとはまってしまいそうなので自己防衛です。
でも、今の私に出来ることなんて何も無く……。
<金さんか桃さんのどっちかが叔父上に知らせに行くのは……>
<それも考えなくはないんだが、その間にお前に何かあったらと思うとなぁ。
あの天幕の時だって、本当は約束を破ってしまいたかった程だ>
<ごめんなさい……>
拠点にいる時の三太郎さんは基本的に実体化していますし、精霊力を使う事も最近では躊躇しなくなってきています。なので拠点にいる時に襲撃にあったら、三太郎さんはかけらも躊躇うこと無く精霊力を使って私を守ろうとするでしょう。
ですが今回のように拠点外では極力精霊力を使わないように、そして姿を現さないようにお願いしています。精霊と意思疎通ができるだとか、霊格が天女、しかも前代未聞の3属性天女なんて知られたら、この先真っ当に生きていけません。私は政治の道具にも宗教の傀儡にもなりたくありません。
なので相手に明確な殺意がなければ、そして死亡しかねない事故に繋がらないようなら、一旦見守る方向でお願いね!と約束していたのですが、それが桃さんにとってはとても不本意だったようで、次からはこの約束はしないからと通達されてしまいました。そんな桃さんに金さんが精霊の古の約定を持ち出して注意しますが、
<櫻を人間たちの中で普通に暮らさせたいっていう気持ちは解るんだが、
命あっての物種じゃねーの?>
と反発し、それも限りある寿命を持つ者の定めだと諭す金さんにも反発と、金さんと桃さんの会話何時まで経っても堂々巡りです。そんな事を話し合っている最中も、私は担ぎ上げられてどこかへと運ばれていきました。体に力を入れないように気をつけて、全力で力を抜くという頭が混乱しそうなことを続けます。
しばらくして揺れが止まったかと思うとギィと扉が軋んだような音が聞こえ、次に木の床にゴロッと転がされました。そして一切の遠慮なく、グイッと着物が引っ張られます。ギャーーって悲鳴を上げて蹴飛ばしてやりたくなりますが、ぐっとこらえてされるがままにしておきます。それに着物を脱がすために腕の拘束は解かれましたが足は拘束されたままなので蹴りたくても蹴れませんし、猿轡もそのままなので噛みつくこともできません。
ギリギリとはいえこの狼藉を我慢出来るのは、この世界の下着が私からすれば単なる浴衣姿でしかないからです。ミズホ国の下着が一番丈が長くて足首まである肌襦袢、ヒノモト国とヤマト国の下着は膝下20cmぐらいの肌襦袢と、どちらも私の感覚では下着というカテゴリには入りません。帯などが無いから浴衣のようにこれを着てお出かけしたいとは思えませんが、下着姿を見られた時程の恥ずかしさはありません。
ちなみに襦袢という言葉はこの世界にはなく、肌の上に着る物=肌着か、着物の下に着る物=下着という呼び方が一般的です。
ただ、そんな私の我慢は
「おっ、何だ思ったより……」
という男の言葉に加えて、胸に触れられた事であっけなく限界を超えました。
「うあっ!!!」
一時的に拘束を解かれていた腕を未だかつて無い勢いで振り上げて、男に向かって叩き落します。
「おっと、目が覚めたのか。
もう少し寝ていてくれたら楽だったんだがなぁ」
そう言いつつも男は私の腕を軽々と受け止め、あっという間に私を床に押し付けて足の拘束も解くと着物を剥ぎ取ってしまいました。しかもその男の背後には更に2人の男がいて、私の着物を受け取っています。
(さっき、こいつらの足音が小さいって事に気づいていたのに……)
運ばれている最中、耳が地面から離された為に足音は聞き取れなくなっていました。なので私は自分を運んでいる男一人しか周囲に居ないと、そう思い込んでいたのです。迂闊にも程があります。
その事を悔やむ暇すら与えられず、私はヒノモト国風の衣装の上下を素早く脱がせられ、抵抗虚しく下着姿にされてしまいました。
「お前はそれを貧民窟に行く班へと持っていけ。
それからお前はこの娘を抑えろ。もう一度縛っておく」
「「はっ!」」
「うむぅぅ、ううむぅーう!!!」
床に抑え込まれた状態からでは蹴りつけることも殴ることもできなくて、ただうめき声を上げて暴れることしかできません。叔父上や山吹はもとより、緋桐殿下よりも小柄な男性相手ではあるのですが、どんなに私が全力で暴れても男二人がかり、それも恐らく兵士などの特殊な訓練を受けたと思われる2人には敵いません。あっという間に手首を再び背中側で拘束され、更には腕を抑えるように胸の上と下に縄を回されて拘束されてしまいました。更には足首や膝も再び拘束されて、まるで芋虫のような姿で床に転がされます。
「大人しくしておいたほうが、痛い目みなくてすむぞ?」
「どのみちお前はこの先、
主の気が済むまで嬲り者になるか慰み者になるしかないんだからな」
そんな未来は絶対にこない!!
そう意思を込めてキッとにらみつけると、まるでその反応が面白かったかのようにニヤニヤと笑って顔を至近距離まで近づけてきました。
「その強気な態度がいつまで持つかなぁ?」
2人はそう言うと、ケラケラと笑いながら部屋を出ていきました。
(我慢だ、我慢……)
拉致されて移送されている間、不安を紛らわす意味もあって色々と考えていました。ヒノモト国人よりも小柄な一団の時点でおおよそは察していましたが、三太郎さんに謎の一団の守護の気配を探ってもらって確信しました。
彼らはミズホ国の人たちで十中八九間違いありません。
またミズホ国です。
襲撃があるたびに撃退しているだけでは、埒が明きません。
(こうなったら大本を叩いてやる……)
ミズホ国人は三国の中で精霊力の感知能力が一番高く、恐らくこのまま三太郎さんと心話を続けたり、逃げる時に力を少し借りるだけでもバレてしまうでしょう。
(どうせ私の特殊性がバレるのなら、
大本を完膚なきまでに叩き潰す事と引き換えにしてやる)
母上や兄上、叔父上や山吹に橡の安全と引き換えなら、私がこの地に居られなくなっても仕方がないと思えます。
前世では18歳のときに、親元を離れる予定でした。少し早い親離れで独り立ちだと思えば良いのです。
(絶対に、絶対に痛い目見せてやる!!)
私はそう誓ったのでした。
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