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3章
16歳 -火の陰月13-
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眠りから目覚めたら部屋の中は既に真っ暗で、その暗く静かな部屋に波の間を船が進む音だけが絶え間なく響いています。どうやら寝ている間に叔父上と私はちゃんとした寝台へと移されたようで、固い机ではなく柔らかい布の感触が肌に触れました。
全裸の私を誰が、どうやって移動させたんだろう?と思うと顔から火が出そうな程に恥ずかしいのですが、消去法で桃さんで確定だなと気づいたら少しだけ気が楽になりました。桃さんが相手なら裸でも恥ずかしくないという訳ではありませんが、少なくとも兄上や山吹、ましてや緋桐殿下に運ばれるよりずっとずっと気分が楽です。それに気遣い上手の浦さんもいますし、後で頭を抱えるような事にはなっていないはずです。
ちなみに私が身につけていた女性用肌着はお腹から膝まで丈のある巻きスカートのような湯文字なので外さない訳にはいかなかったのですが、叔父上は男性用下着を締めたままです。叔父上の着物を脱がした兄上も流石に下着を脱がすのは躊躇しましたし、女性用とは違って肌が覆われている部分がとても限定的なので、そのままでも良いだろうって事になりました。
救命行為だから全裸でも羞恥心を感じないと言えれば格好良かったのかもしれませんが、叔父上とはいえ成人男性の素肌に触れるなんてこと前世今世通して経験がありません。なのでどうしても恥ずかしさが湧き上がってしまって、その度に
(人工呼吸をキスって言う人のほうがおかしいし、
心臓マッサージを見て胸を触っているって言う人のほうがどうかしてる。
これも救命行為だからおかしいって思うほうがおかしい!)
と自分を無理矢理納得させます。それに例え全身から火が吹き出そうな程に恥ずかしくても、自分の羞恥心と叔父上の命であれば天秤にかける必要すらなく叔父上の命のほうが大事です。つまりどれだけ恥ずかしくてもやることに変わりはなく、それならいっそ思いっきり恥ずかしがってしまえと開き直る気持ちすら湧き上がります。
それにしても……
時間経過から考えるとかなり寝たはずなのに、全身の疲労感は全く消えておらず、むしろ疲労が更に溜まっているような気すらします。長距離を全力疾走した後のような激しい疲労感ではありませんが、全身がズーンと重くてだるく……。何よりこれが後何日続くかわからないという先の見えなさが、余計に疲労感を増幅させています。
(でも、止めるって選択肢は無いけどね)
寄り添う叔父上の身体はほんのりと暖かく、小さく聞こえる呼吸音と鼓動が私に少しだけ安心と希望を与えてくれます。ですがその温もりは、金さんと龍さんが力を送るのを止めた途端に失われてしまう温もりです。そんなピクリとも動かない叔父上を見ていると、どうしても嗚咽が込み上げてきてしまいそうになります。
(私のせいだ……)
何もかも私が悪い……そう思ってから小さく首を振りました。そう思うのはとても簡単ですし、事実私が失敗したんです。でもどれだけ自己嫌悪していたって、叔父上の命は助かりません。自分を嫌うのも反省も後でいくらでもしますが、今は叔父上を助けることだけに集中して全力を尽くしたいし、そうしなくてはいけない時です。
ただ現状、私に出来るのは極力体力を温存して少しでも多く、そして長く金さんと龍さんの回復剤となるぐらいしかありません。
(まるで三太郎さんと龍さん専用の充電池やMP回復ポーションみたい)
なんて事を思ってしまいます。医療や救命の専門知識をしっかりと学んだお医者さんや看護師さんならば他にも色々と出来る事はあるのでしょうが、私の前世は田舎住みの女子高生です。都会に住んでいる人より自然に関する知識はあったとは思いますが、それだけです。
そんな訳で今はただ眠ることしかできません。少しでも触れている範囲が大きくなるように叔父上にくっついて眠ることにします。背中に怪我をしている叔父上は、仰向けにはなれません。かといってうつ伏せだと私と触れ合う面積が少なすぎて負担になるという事で、叔父上は左側を下にして横向きで眠っていて、私は叔父上の右腕を自分の身体の上に乗せるようにしてくっついています。
いつの間にか二度寝をしていたようで、次に気づいた時は桃さんが側にいました。
「起きたようだな、少し水分をとっておけ。
飲まず食わずは身体によくねぇからな」
そう言ってお水を口元にまで運んでくれました。
「ありがとう。兄上達は??」
「山吹と槐、それとヒノモト国の王子は別室で待機しているぜ」
「緋桐殿下は早急に戻らないと駄目なんじゃ??」
「あぁ。だから今、陸へと向かってる最中だ」
カラカラだった喉が潤った途端に矢継ぎ早に質問をしますが、それに桃さんが淀みなく答えてくれます。ただこういう時、何時も側にいてくれるはずの浦さんの姿が見えない事が不思議で
「浦さんは?」
と訪ねた途端に、桃さんの返答が止まりました。
「あーーー、浦か。浦は……」
答えが止まるどころか急に挙動不審になった桃さんに、何かあると確信します。浦さんだから心配しなくても良いとは思うのですが、同時に嫌な予感がします。
「桃さん、浦さんはどうしたの?」
「その、なんだ。
今回のことに関しては俺様も浦もかなり頭にきてるんだ。
特に浦は「助けた恩をこういう形で返すとは……」とブチギレててだな……」
ブチ切れる浦さんなんて、ずっと一緒に暮らしてきた私ですら見たことがありません。全く想像できませんが、浦さんがかつて無いほどに怒っていたということは理解しました。ソレが浦さんがココにいない理由になるということは……。その先を考えたくないし聞きたくもないのですが、確認しないわけにはいきません。
「で?」
「あのミズホ国の船を沈めに行った」
「……は?」
たっぷりと間をとってから、思わず聞き返してしまいました。
「な?! は?? 沈めに行った?!!」
慌てて飛び起きそうになって、行動を急停止させます。叔父上の重たい腕が私の身体の上に乗っていた為に、身体が大きく動かなくて助かりました。
「あ、いや、安心しろ! 流石に船を木っ端微塵にはしないはずだ。
船底から少しだけ浸水させてアイツらを慌てさせて、
ついでに海流を操作してどれだけ帆が風を受けようと櫂で漕ごうと、
ちっとも進まないようにするだけだから!!」
いや、十分でしょ!
正確には特定個人に対してはソレじゃ足りないと思ってしまいますが、その他大勢の人たちに危害を加えるような事はしてほしくありません。矢を射掛けてきたミズホ国兵は例えそれが命令されただけだったとしても恨んでしまいそうですが、最後まで味方をしてくれた菖蒲様や朝顔さん、それに菖蒲様に付き従っていただけの沢山の女官や護衛官には恨みも何もありません。
「それにヒノモト国の王子を送り届ける為の時間も欲しかったからな。
じぇっとふぉいる?だっけ、あの「流水」で高速移動するやつ。
アレは緊急時用の温存しておいた方が良いだろ??
そうなるとアイツらより先に陸に戻るには、足止めする必要があるんだよ」
それにできるだけゆっくりと船を揺らさないように移動しようとしてくれていたようで、足止めはどうしても必須になると判断したようでした。揺らさないようにという配慮は、叔父上と私の負担にならないようにと思ったからのようで、そう言われてしまうと怒る訳にもいきません。
「船に乗っていた人たちの命は……?」
「積極的に奪うようなことは浦だってしねぇだろ。
穢れを溜めるような事、精霊なら誰だって好き好んではしねぇよ。
よっぽど不運が重ならない限りは大丈夫なはずだ」
それならば……と少しだけ安堵します。
「ただ、アイツらは思い知るだろうな。
誰を敵に回したのか、誰を怒らせたのか……をな」
そう言いながら桃さんは片方の口の端を少しだけ上げた笑みを浮かべました。それは戦慄するほどに怖い笑みで、ゾクッと背筋に冷たいものが走ってしまいます。そんな私に向かって、いつもの明るい笑顔を浮かべた桃さんが、
「まっ、お前は少しでも寝ておけ
鬱金が目覚めた時、お前が倒れていたら意味ねぇだろ??」
そう言ってポンポンと頭を撫でられました。そうですね、最優先は叔父上の回復なので私はソレに専念するだけです。それに桃さんの手は暖かくてとても心地よく、再びうとうととし始めました。疲労は溜まっていく一方ですし、私自身も怪我をして出血量もそれなりにあったので、身体が休息を欲しがっているのだと思います。
眠りに落ちそうになる直前、
「緋桐殿下に、……口止めしておいてね。
それから黙っていてごめんなさいって謝っていたって……
騙そうと思ったんじゃないって、伝え……て……」
そう桃さんに言付けて、私は再び眠りに落ちました。
次に目覚めると何故か山の中にいました。
(あぁ、これは夢だな)
と直ぐに感づいてしまいます。何せ目の前を若い叔父上が通り過ぎたかと思ったら、風が吹き荒ぶ岩の上から赤ん坊を抱き上げているのだから。
(約16年前のあの時、私はこうやって叔父上に拾われたのかな??)
赤ん坊が自分だと認識した途端、その赤ん坊の中へと自分が引き込まれてしまいました。下から見上げる叔父上はやっぱり若くて、今の私と大差ない年齢です。
「叔父上」
そう言って手を叔父上に向かって差し出せば、流石は夢。あっという間に赤ん坊の私は、今の私になっていました。叔父上の腕の中、横座りで馬に乗る形になった私は、目を丸くする叔父上の頬に手を添えると、
「叔父上、もう帰りましょう?」
と帰宅を促しました。また一緒に……これからもずっと一緒に暮らしましょうと。
「櫻は大きくなったな」
ところが叔父上は私には答えてくれず、そんな事を言い出します。
「叔父上と同じぐらいですよ?」
今の叔父上は初めて会った頃の叔父上なので、外見年齢に大差はありません。なのでそう言ったのですが、叔父上はきょとんとしてから
「同じでは無いなぁ」
と言って、同時に今の叔父上の姿になってしまいました。流石は夢、本当に何でもありです。
「櫻、あまり三太郎様を困らせてはいけないよ?」
「叔父上、どうしてそのようなことを……」
叔父上が自分の頬に触れる私の手に自分の手を重ねて、そう優しく私に言い聞かせるように言います。ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち始め、その言葉の先を聞きたくなくて、耳を塞ぎたいのに手を取られている所為でそれもできません。
「姉上の……櫻の母上の言う事をよく聞くのだよ?」
「止めて! 叔父上、それ以上言うのは止めて!!!」
「家族を大事にしなさい。
槐も山吹もそれに橡も、櫻の事を大切に思っている。
だから櫻も……」
「叔父上だって大切だし、大事な家族だよ!!」
叔父上の言葉を途中で遮って、叫ぶように伝えます。叔父上は押さえていた私の手を放すと、私の背中に両腕を回してそっと抱きしめてくれました。
「ありがとう。私も櫻が大切だし大事だよ。
だが人は誰もが必ず別れを迎える、そういう時がくるものだ……」
背中を優しく撫でながら諭すように言う叔父上に、納得できなくて叔父上の胸を叩いて
「嫌、絶対にイヤ!!」
と、まるで駄々っ子のようにぐずります。
(そうだ、これは夢だ。だから目を覚ませば良いんだ!!)
目を覚ませば金さんと龍さんの霊力が必須ではあるけれど、まだ生きようと頑張っている叔父上がいるはず。私も叔父上を助けて、それから回復した叔父上と一緒にまた笑って、いろんな事をして、もっと……もっと……
支離滅裂になりながらも、早く起きなくちゃ!と何度も何度も強く念じます。目を覚ましたら全部夢だったと、絶対にそうなっているはずだから。
(起きて、起きて!! 今直ぐに、私は起きるの!!)
バッ!と飛び起きそうになって慌てて静止し、すぐ頭上にある叔父上の顔を見上げます。
(良かった、叔父上……ちゃんと居た……)
やっぱり夢だったんだと気が抜けた途端、あまりにも静かなことに気づきました。そっと耳を済ませても、先程まで聞こえていた微かな呼吸音や鼓動が聞こえず、慌てて叔父上の胸に耳を当てると、今にも消えてしまいそうな弱々しい、鼓動とすら呼べないほどの小さな音が聞こえるだけでした。
「嘘……、嘘だよね? 叔父上、ねぇ、叔父上!!」
叔父上の首に両腕を回して、ギュッっとしがみつくようにして抱きつきます。強く密着することで、少しでも金さんと龍さんの霊力が叔父上に流れ込むように願いながら。でもその間にもドンドンと叔父上から命の気配が遠ざかっていきます。
「嫌だ、嫌だよ、叔父上……叔父上、お願いだから……」
私の耳から全ての音が遠ざかり、そして目の前が暗くなっていきました。まるで叔父上の命という蝋燭の灯火がどんどん小さくなり、消えてしまったかのように……。
全裸の私を誰が、どうやって移動させたんだろう?と思うと顔から火が出そうな程に恥ずかしいのですが、消去法で桃さんで確定だなと気づいたら少しだけ気が楽になりました。桃さんが相手なら裸でも恥ずかしくないという訳ではありませんが、少なくとも兄上や山吹、ましてや緋桐殿下に運ばれるよりずっとずっと気分が楽です。それに気遣い上手の浦さんもいますし、後で頭を抱えるような事にはなっていないはずです。
ちなみに私が身につけていた女性用肌着はお腹から膝まで丈のある巻きスカートのような湯文字なので外さない訳にはいかなかったのですが、叔父上は男性用下着を締めたままです。叔父上の着物を脱がした兄上も流石に下着を脱がすのは躊躇しましたし、女性用とは違って肌が覆われている部分がとても限定的なので、そのままでも良いだろうって事になりました。
救命行為だから全裸でも羞恥心を感じないと言えれば格好良かったのかもしれませんが、叔父上とはいえ成人男性の素肌に触れるなんてこと前世今世通して経験がありません。なのでどうしても恥ずかしさが湧き上がってしまって、その度に
(人工呼吸をキスって言う人のほうがおかしいし、
心臓マッサージを見て胸を触っているって言う人のほうがどうかしてる。
これも救命行為だからおかしいって思うほうがおかしい!)
と自分を無理矢理納得させます。それに例え全身から火が吹き出そうな程に恥ずかしくても、自分の羞恥心と叔父上の命であれば天秤にかける必要すらなく叔父上の命のほうが大事です。つまりどれだけ恥ずかしくてもやることに変わりはなく、それならいっそ思いっきり恥ずかしがってしまえと開き直る気持ちすら湧き上がります。
それにしても……
時間経過から考えるとかなり寝たはずなのに、全身の疲労感は全く消えておらず、むしろ疲労が更に溜まっているような気すらします。長距離を全力疾走した後のような激しい疲労感ではありませんが、全身がズーンと重くてだるく……。何よりこれが後何日続くかわからないという先の見えなさが、余計に疲労感を増幅させています。
(でも、止めるって選択肢は無いけどね)
寄り添う叔父上の身体はほんのりと暖かく、小さく聞こえる呼吸音と鼓動が私に少しだけ安心と希望を与えてくれます。ですがその温もりは、金さんと龍さんが力を送るのを止めた途端に失われてしまう温もりです。そんなピクリとも動かない叔父上を見ていると、どうしても嗚咽が込み上げてきてしまいそうになります。
(私のせいだ……)
何もかも私が悪い……そう思ってから小さく首を振りました。そう思うのはとても簡単ですし、事実私が失敗したんです。でもどれだけ自己嫌悪していたって、叔父上の命は助かりません。自分を嫌うのも反省も後でいくらでもしますが、今は叔父上を助けることだけに集中して全力を尽くしたいし、そうしなくてはいけない時です。
ただ現状、私に出来るのは極力体力を温存して少しでも多く、そして長く金さんと龍さんの回復剤となるぐらいしかありません。
(まるで三太郎さんと龍さん専用の充電池やMP回復ポーションみたい)
なんて事を思ってしまいます。医療や救命の専門知識をしっかりと学んだお医者さんや看護師さんならば他にも色々と出来る事はあるのでしょうが、私の前世は田舎住みの女子高生です。都会に住んでいる人より自然に関する知識はあったとは思いますが、それだけです。
そんな訳で今はただ眠ることしかできません。少しでも触れている範囲が大きくなるように叔父上にくっついて眠ることにします。背中に怪我をしている叔父上は、仰向けにはなれません。かといってうつ伏せだと私と触れ合う面積が少なすぎて負担になるという事で、叔父上は左側を下にして横向きで眠っていて、私は叔父上の右腕を自分の身体の上に乗せるようにしてくっついています。
いつの間にか二度寝をしていたようで、次に気づいた時は桃さんが側にいました。
「起きたようだな、少し水分をとっておけ。
飲まず食わずは身体によくねぇからな」
そう言ってお水を口元にまで運んでくれました。
「ありがとう。兄上達は??」
「山吹と槐、それとヒノモト国の王子は別室で待機しているぜ」
「緋桐殿下は早急に戻らないと駄目なんじゃ??」
「あぁ。だから今、陸へと向かってる最中だ」
カラカラだった喉が潤った途端に矢継ぎ早に質問をしますが、それに桃さんが淀みなく答えてくれます。ただこういう時、何時も側にいてくれるはずの浦さんの姿が見えない事が不思議で
「浦さんは?」
と訪ねた途端に、桃さんの返答が止まりました。
「あーーー、浦か。浦は……」
答えが止まるどころか急に挙動不審になった桃さんに、何かあると確信します。浦さんだから心配しなくても良いとは思うのですが、同時に嫌な予感がします。
「桃さん、浦さんはどうしたの?」
「その、なんだ。
今回のことに関しては俺様も浦もかなり頭にきてるんだ。
特に浦は「助けた恩をこういう形で返すとは……」とブチギレててだな……」
ブチ切れる浦さんなんて、ずっと一緒に暮らしてきた私ですら見たことがありません。全く想像できませんが、浦さんがかつて無いほどに怒っていたということは理解しました。ソレが浦さんがココにいない理由になるということは……。その先を考えたくないし聞きたくもないのですが、確認しないわけにはいきません。
「で?」
「あのミズホ国の船を沈めに行った」
「……は?」
たっぷりと間をとってから、思わず聞き返してしまいました。
「な?! は?? 沈めに行った?!!」
慌てて飛び起きそうになって、行動を急停止させます。叔父上の重たい腕が私の身体の上に乗っていた為に、身体が大きく動かなくて助かりました。
「あ、いや、安心しろ! 流石に船を木っ端微塵にはしないはずだ。
船底から少しだけ浸水させてアイツらを慌てさせて、
ついでに海流を操作してどれだけ帆が風を受けようと櫂で漕ごうと、
ちっとも進まないようにするだけだから!!」
いや、十分でしょ!
正確には特定個人に対してはソレじゃ足りないと思ってしまいますが、その他大勢の人たちに危害を加えるような事はしてほしくありません。矢を射掛けてきたミズホ国兵は例えそれが命令されただけだったとしても恨んでしまいそうですが、最後まで味方をしてくれた菖蒲様や朝顔さん、それに菖蒲様に付き従っていただけの沢山の女官や護衛官には恨みも何もありません。
「それにヒノモト国の王子を送り届ける為の時間も欲しかったからな。
じぇっとふぉいる?だっけ、あの「流水」で高速移動するやつ。
アレは緊急時用の温存しておいた方が良いだろ??
そうなるとアイツらより先に陸に戻るには、足止めする必要があるんだよ」
それにできるだけゆっくりと船を揺らさないように移動しようとしてくれていたようで、足止めはどうしても必須になると判断したようでした。揺らさないようにという配慮は、叔父上と私の負担にならないようにと思ったからのようで、そう言われてしまうと怒る訳にもいきません。
「船に乗っていた人たちの命は……?」
「積極的に奪うようなことは浦だってしねぇだろ。
穢れを溜めるような事、精霊なら誰だって好き好んではしねぇよ。
よっぽど不運が重ならない限りは大丈夫なはずだ」
それならば……と少しだけ安堵します。
「ただ、アイツらは思い知るだろうな。
誰を敵に回したのか、誰を怒らせたのか……をな」
そう言いながら桃さんは片方の口の端を少しだけ上げた笑みを浮かべました。それは戦慄するほどに怖い笑みで、ゾクッと背筋に冷たいものが走ってしまいます。そんな私に向かって、いつもの明るい笑顔を浮かべた桃さんが、
「まっ、お前は少しでも寝ておけ
鬱金が目覚めた時、お前が倒れていたら意味ねぇだろ??」
そう言ってポンポンと頭を撫でられました。そうですね、最優先は叔父上の回復なので私はソレに専念するだけです。それに桃さんの手は暖かくてとても心地よく、再びうとうととし始めました。疲労は溜まっていく一方ですし、私自身も怪我をして出血量もそれなりにあったので、身体が休息を欲しがっているのだと思います。
眠りに落ちそうになる直前、
「緋桐殿下に、……口止めしておいてね。
それから黙っていてごめんなさいって謝っていたって……
騙そうと思ったんじゃないって、伝え……て……」
そう桃さんに言付けて、私は再び眠りに落ちました。
次に目覚めると何故か山の中にいました。
(あぁ、これは夢だな)
と直ぐに感づいてしまいます。何せ目の前を若い叔父上が通り過ぎたかと思ったら、風が吹き荒ぶ岩の上から赤ん坊を抱き上げているのだから。
(約16年前のあの時、私はこうやって叔父上に拾われたのかな??)
赤ん坊が自分だと認識した途端、その赤ん坊の中へと自分が引き込まれてしまいました。下から見上げる叔父上はやっぱり若くて、今の私と大差ない年齢です。
「叔父上」
そう言って手を叔父上に向かって差し出せば、流石は夢。あっという間に赤ん坊の私は、今の私になっていました。叔父上の腕の中、横座りで馬に乗る形になった私は、目を丸くする叔父上の頬に手を添えると、
「叔父上、もう帰りましょう?」
と帰宅を促しました。また一緒に……これからもずっと一緒に暮らしましょうと。
「櫻は大きくなったな」
ところが叔父上は私には答えてくれず、そんな事を言い出します。
「叔父上と同じぐらいですよ?」
今の叔父上は初めて会った頃の叔父上なので、外見年齢に大差はありません。なのでそう言ったのですが、叔父上はきょとんとしてから
「同じでは無いなぁ」
と言って、同時に今の叔父上の姿になってしまいました。流石は夢、本当に何でもありです。
「櫻、あまり三太郎様を困らせてはいけないよ?」
「叔父上、どうしてそのようなことを……」
叔父上が自分の頬に触れる私の手に自分の手を重ねて、そう優しく私に言い聞かせるように言います。ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち始め、その言葉の先を聞きたくなくて、耳を塞ぎたいのに手を取られている所為でそれもできません。
「姉上の……櫻の母上の言う事をよく聞くのだよ?」
「止めて! 叔父上、それ以上言うのは止めて!!!」
「家族を大事にしなさい。
槐も山吹もそれに橡も、櫻の事を大切に思っている。
だから櫻も……」
「叔父上だって大切だし、大事な家族だよ!!」
叔父上の言葉を途中で遮って、叫ぶように伝えます。叔父上は押さえていた私の手を放すと、私の背中に両腕を回してそっと抱きしめてくれました。
「ありがとう。私も櫻が大切だし大事だよ。
だが人は誰もが必ず別れを迎える、そういう時がくるものだ……」
背中を優しく撫でながら諭すように言う叔父上に、納得できなくて叔父上の胸を叩いて
「嫌、絶対にイヤ!!」
と、まるで駄々っ子のようにぐずります。
(そうだ、これは夢だ。だから目を覚ませば良いんだ!!)
目を覚ませば金さんと龍さんの霊力が必須ではあるけれど、まだ生きようと頑張っている叔父上がいるはず。私も叔父上を助けて、それから回復した叔父上と一緒にまた笑って、いろんな事をして、もっと……もっと……
支離滅裂になりながらも、早く起きなくちゃ!と何度も何度も強く念じます。目を覚ましたら全部夢だったと、絶対にそうなっているはずだから。
(起きて、起きて!! 今直ぐに、私は起きるの!!)
バッ!と飛び起きそうになって慌てて静止し、すぐ頭上にある叔父上の顔を見上げます。
(良かった、叔父上……ちゃんと居た……)
やっぱり夢だったんだと気が抜けた途端、あまりにも静かなことに気づきました。そっと耳を済ませても、先程まで聞こえていた微かな呼吸音や鼓動が聞こえず、慌てて叔父上の胸に耳を当てると、今にも消えてしまいそうな弱々しい、鼓動とすら呼べないほどの小さな音が聞こえるだけでした。
「嘘……、嘘だよね? 叔父上、ねぇ、叔父上!!」
叔父上の首に両腕を回して、ギュッっとしがみつくようにして抱きつきます。強く密着することで、少しでも金さんと龍さんの霊力が叔父上に流れ込むように願いながら。でもその間にもドンドンと叔父上から命の気配が遠ざかっていきます。
「嫌だ、嫌だよ、叔父上……叔父上、お願いだから……」
私の耳から全ての音が遠ざかり、そして目の前が暗くなっていきました。まるで叔父上の命という蝋燭の灯火がどんどん小さくなり、消えてしまったかのように……。
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