未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

16歳 -無の月3-

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紫がかった暗い青色の肌を持つ子供、暫定名「青藍せいらん」を保護してから数日が経ちました。見た感じ4~5歳の青藍は全く言葉を知らないようで意思疎通が難しく、身振り手振りでコミュニケーションを取るしかありませんでした。ですがその身振り手振りすら青藍には通じない事も多く、仕方なく強引に入浴させたり着替えさせたりしなくてはならい事も……。私だって強引な事はしたくないのですが、共同生活をするうえで譲れないラインというものはあります。私も出来る限り譲歩するかわりに、青藍にも我慢してもらうしかありません。

ただ昨日あたりから私が着替えたり歯磨きしたりすると、青藍がそれを真似るようになりました。おかげで少しだけ楽になったのですが、逆を言えば私がしない限りはしてくれません。トイレに関する事を教えるのも本当に大変で、浦さんの手を借りてどうにかトイレは教えられたのですが、見える場所に私が居ないと泣いてしまうので一緒に入るしかありません。ちなみに私がトイレに入ると青藍は扉の外で泣きわめくので、これまた大変だったりします。

そして桃さんと緋桐さんに対する警戒はいまだ解けず、数日経った今でも決して近づこうとはしませんし、見かけるたびに私や浦さんのところまで逃げてきて遠くから威嚇しています。反対に緋桐さんのほうも青藍に対する警戒は完全には消えておらず、早く親元に帰したほうが良いというスタンスです。緋桐さんのように強い人が、あんなに幼い子どもをどうして警戒するのか不思議に思って尋ねたら

「あの子供が故意に櫻嬢に何かをする可能性は低いとは俺も思っているが、
 価値観や習慣の違いによる事故が起きる可能性は決して低くない。
 その時にすぐさま動けないようでは……な」

とのこと。つまり青藍自身を警戒しているのではなく、青藍が引き起こすかもしれない事故を警戒しているって事のようです。確かに水かきのある手足も驚きましたが、爪もけっこう鋭くて長いんですよね。青藍が暴れて嫌がるので爪切りは危なくてまだ出来ていないのですが、落ち着いたらあの爪はなんとかしないと周囲の人はもちろん、当人も何時か怪我をしてしまいそうです。


そして親元に帰す事は私や浦さんも大賛成なのですが、その親を探すのも簡単ではありません。こまめに大陸を注視して青藍と同じような青い肌の人が居ないか探しているのですが、何時崩れるか解らないような崖っぷちに集落があるわけも無く、今のところは何も発見できていません。かといって上陸して探す事もできませんし、言葉が通じないので青藍に聞き出すこともできません。なので現状維持というか、青藍に言葉を教えつつ日常生活を送る日々です。

そうやって一緒に食事やお風呂、更には添い寝生活を続けていると流石に情も湧きます。真っ青な肌なので、どうしても視界に入った瞬間は違和感からギョッとしてしまうのですが、幼い子供の無邪気な笑顔や私を慕って伸ばされる小さな手はその違和感を上回る可愛さです。このままずっと一緒にいれば何時かはこの青い肌にも慣れて、可愛さだけが残るんじゃないかなと思います。

思いますが、子供は親元に帰すのが一番。

青藍の体調もそれなりに整った頃、タイミング良く金さんと龍さんが帰ってきてくれたので、その事を相談することにしました。少しでも早く叔父上を治す為の力と手段を見つけて帰りたいのに、なんだか足踏みばかりしているようで気が急いてしまいます。でも青藍を見捨てる事もできませんし、どこかで巻き戻さないと……。




「まったくそなたは……。
 犬猫や毛美もみとは違うのだぞ」

青藍を見て眉間にシワを寄せた金さんは、事情を聞いた途端にため息と小言を漏らしました。ただそれ以上強く言わないのは、手を伸ばせば助けられる命を見殺しにする事を金さん自身も良い選択だと思っていないからだと思います。精霊には精霊の立場と価値観があります。なので人間の生死には関わらないと、私の誘拐や叔父上の一件以降に何度も言われました。

でも、それでも金さんは、いえ三太郎さんは優しいのです。

助けられるのものなら助けたいと、金さんを始めとした三太郎さんが思ってくれている事が解ります。

「うん、だからご両親のところへ帰してあげたいんだけど
 船を大陸に近づける事ができないから、何かしら方法がないかなと思って」

私がそう言うと、金さんと龍さんは顔を見合わせて渋い表情になりました。そんな二人の変化に、私のお願いに何か駄目なところがあったのかと首を傾げてしまいます。

「我が探査したのはあくまでも内陸の一部、全てを見てきた訳ではない。
 全てではないのだが……」

そう前置きをしてから語りだした金さんの話は、信じられないほどに過酷な話でした。




金さんと龍さんが見たこの大陸の内陸部は、死の大地と呼称したくなるような様相でした。草木はほとんど見当たらず、極稀に生えている草は毒素を撒き散らす危険な毒草で、食べるどころか触ることすら危険でした。はるか大昔に水があったであろう痕跡はあるものの、今は一滴の水も見当たらず……。また、かなり離れた海上に居ても時々大気が震えるのがわかるのですが、その大元は活発な噴火活動をしている火山だそうで、流れ出る溶岩は大地と大気を焼き、時々飛んでくる火山弾は大地を穿ち、過去の面影を現在進行系で壊し続けているそうです。

「うわぁ……。ここ、本当に人が暮らせる大地なの?」

思わずそんな言葉がこぼれ落ちてしまいますが、現に青藍とその家族はこの大地で暮らしています。つまりどこかにちゃんと水や食料となる何かがあるって事です。その事を伝えると

「おそらくですが、ここまで精霊力……と呼びたくないほどに澱んだ力ですが、
 その精霊力が正常に働いて生命が維持できるような場所は
 神々が御座おわした「神の美座みくら」と呼ばれた場所だけかと」

「神の美座??」

「アマツ大陸にある、それぞれの神の信仰を集める大社おおやしろに近い。
 違う点は神の美座、或いは「神座かむくら」と呼ばれる場所は、
 神代において神が降臨され鎮座されていた場所という事だ」

「後はアマツ大陸の大社のような建物がある訳ではなく、
 水の神座でしたら地上からでは霞んで見えない程に高い滝口に、
 底が窺えないほどに深い滝壺を持つ大滝が水の神座でした。
 その滝に神が降臨されていたのです」

「土の神座は神々しく輝く巨石であった」

「じゃぁさ、火の神座は何で出来てたんだ??」

金さんと浦さんの会話に加わってきたのは桃さんです。桃さんは第4世代の精霊なので、マガツ大陸の情報はまったくと言って良いぐらいに知りません。なので興味津々といった感じで尋ねます。

「我は土しか知らぬし、浦も水しか知らぬ」

「基本的に精霊は他の神の美座に行くことはありませんからねぇ。
 それに大戦が始まる直前からはそれぞれの神座には結界が張られ、
 他種の精霊は近づくことすら出来なくなりましたし」

二人の返答に目に見えてしょんぼりとした桃さんに、龍さんがフォローを入れてくれます。

わしが見た時の事じゃから第一世代の頃にはなるが、
 溶岩が溢れ出る火口と、その火口から天まで吹き上がる火柱じゃったぞ」

「おぉーー、火柱が上がる火口って格好良いな!」

私なら格好良いより怖いと思ってしまいますが、桃さんは違うようです。それに火口から天まで火柱が上がるってどういう状況なの?と疑問に思ってしまいますが、神様パワーでそうなるのでしょうか?

こうして私達が話している間、青藍はじっと大人しく私の膝の上に座っています。時々おやつや飲み物を取る為に手を伸ばしはするものの、話し合いの邪魔をするような事はしません。ただ相変わらず警戒はしているようで、桃さんや緋桐さん程ではないようですが金さんや龍さんにも警戒心を見せています。

禍都地まがつちに戻ってきてから、金さんはその土の神座って所には行ったの?」

「うむ。様子を見に行ったがあの神々しい巨石はすでに無く、
 脆く崩れさる石が散乱しているだけであった」

「人や動植物は?」

「ほかの地と比べれば植物はある方だと思うが、
 人や動物の命を支えられる程の量ではなかった」

「そうかぁ……」

金さんの報告は私が予想していた中でも最悪に近いものでした。土の精霊力が一番強いと思われる場所でそれなら、ほかの場所は壊滅的な状態だと予想できます。ただ私の膝を温めてくれている小さな命は、間違いなくこの地で生まれた命です。

「土の神座はそうでも、水の神座は違うかもしれないよね?
 この子は水の精霊の守護を受けた子だと思うんだけど、
 水の神座はこの近くなの??」

それに思い返してみれば、金さんたちが見たと報告してくれた人影?は赤い肌をしていたはずです。青い肌が水の守護を受けた人ならば赤い肌は火の守護を受けた人の可能性が極めて高く、火の神座にも人が残っているかもしれません。

ただ金さんと龍さんの話によると、神代の頃とは地形がかなり変わってしまっていて、大雑把な方角ならともかく距離やその道中に何があるかなんて事は全くわからないと言われてしまいました。

「とりあえず我の精霊力の吸収は一段落いたしたゆえ、
 次は予定していた桃ではなく、浦が先に探索に出てみてはどうだ?
 当初の予定と比べると効率は落ちてしまうであろうが……」

私達が最初に考えていた順番は、金さん→桃さん→浦さんという順番でした。金さんと桃さんが精霊力を吸収しつつ拠点が構えられそうな場所の探索と周囲の安全を確保し、その後に私達全員が上陸することで浦さんが長期間探索に出てもどうにかなる環境が確保できるという算段でした。まぁ、大陸内部の状況を知った今では、上陸しても浦さんの長期不在は不安でしかないという結論に至りますが。

「その際に水の神座を見て参れば良いのではないか?」

この提案に桃さんは少しだけ渋りましたが、青藍を少しでも早く親元に帰すためには仕方ないと順番の変更を了承してくれました。そんな二人の決定に浦さんは「では……」と、龍さんと明日以降の日程の調整に入ります。このまま海上生活を続行する以上、生活や防衛面で水の精霊力は毎日大量に必要になります。万が一にも枯渇なんてしようものなら私や緋桐さんや青藍の命に関わるので、金さん程の長いスパンでの探索はできません。むしろ日帰り探索をお願いしたいぐらいで、綿密な調整が必要です。

「そういえば、金さん。
 一段落したということは攻撃的な技能も使えるようになったの?」

「うむ。使おうと思えば使えるが、使おうと思わなければ使えん」

良くわからないことを言い出した金さんに、詳しい説明を求めます。いくつか例を出されたのですが、要約すると次のような感じなのだそうです。

まず、三太郎さんを始めとした第2世代以降の精霊は技能を使います。
それは精霊力を技能という形に変化させて放出しているそうで、意図しなければ使えません。

ですが第1世代の精霊の龍さんは違います。

小さな違いはいくつもあるのだそうですが、最大の違いが存在するだけで精霊力があらゆる自然現象として発露する点です。例えば私の身に置き換えると、寝ていようが他のことに集中していようが、意識せずに呼吸をしていますし心臓は脈を打っています。同じように龍さんも呼吸をすれば風が吹き、心臓が脈を打てば雲が流れて雷鳴が轟くのです。精霊なので呼吸や脈は例でしかありませんが、寝ていても休んでいても生命精霊活動が行われているという点は同じです。つまり意識していなくても、存在するだけで精霊力が自然現象となって発露されるのです。

なので同じ精霊に分類されはするものの、第1世代はまったく別種の存在といえるらしく、格が違うなんて言葉では表せない程の差があるのだとか。

「我がどれだけ第3世代の精霊力を取り込んでも
 第1世代の精霊と同じにはならぬという事だな」

「今まで神に与えられた技能を使うと認識しておったのじゃから、
 そうなるのも仕方あるまい。これから慣れれば良いのじゃよ」

金さんのため息混じりの言葉に、龍さんがすかさずフォローを入れます。どうやら技能を使おうなんて意識せずに、息をするように精霊力を発露させるのに慣れれば良いらしいです。

……それ、桃さんの番が着た時、かなり危ないような……。




何にしても金さんは今後は船に残って取り込んだ精霊力が馴染むのを待ち、龍さんと浦さんが大陸へ探査に向かうことになりました。桃さんと緋桐さんと私は今までと同様にお留守番です。留守番とはいっても暇な時間はほとんど無く、私は家事や畑仕事がありますし、緋桐さんも漁や鍛錬に加えて私の畑仕事を手伝ってくれたりと忙しない日々が続きます。

それらは大変ではあるものの手が空いている人が手伝ってくれるのでどうにかるのですが、問題は明日から浦さんの手助け無く、一人で青藍の面倒を見ないといけないことです。青藍が嫌がる為に、桃さんや緋桐さんに手助けは要請できません。

私、やっていけるかなぁ……。
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