未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

16歳 -無の月2-

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浦さんたちによって甲板へと引き上げられ、ゲホゴホと四つん這いになってむせている紫がかった暗い青色の肌の人は、チラッと見た感じだと幼稚園児か小学校低学年ぐらいの男の子でした。なぜチラッとしか見ていないのかといえば、彼がすっぽんぽんの真っ裸だったからです。

(なんで全裸なのっ?!)

とはいえ私は中身18歳な16歳なので、幼稚園児の裸を見たところで羞恥心を感じるような事はないのですが、だからといってジッと見るのも可哀想で目を逸らしてしまいます。

「緋桐さん、あの子に着せられそうな物をとってくるから
 ここをお願いして良い?」

「いや、俺も一緒に行った方が良くないか?」

私を背に庇うようにして立つ緋桐さんは、鞘から剣を抜いてはいないものの何時でも攻撃に移れるように身構えていて、返事をしている間も視線は子供へと向けられたままでした。例え相手が小さな子供であっても、決して油断はしないという事なのでしょう。

「なら俺様が櫻と一緒に行く。緋桐、お前はここで見ていろ」

浦さんと一緒に子供の近くで待機していた桃さんが、浦さんに目で合図をしてからその場を離れてこちらへと歩いてきました。

「こんな小せぇ子供に何かできるとは思わねぇが万が一がある、気をつけろ」

すれ違いざまに緋桐さんに小声で伝えた桃さんは、

「行くぞ」

と短い言葉で促し、私は頷いて小走りで自室へと向かいました。桃さんが自分ではなく緋桐さんを現場に残したのは、対人間の場合、緋桐さんのほうが出来る事が多いからだと思います。最近は色々とあって以前ほどではなくなりましたが、基本的に三太郎さんは人間と直接関わる事を好みません。攻撃して傷つけるなんて以ての外で、力で制圧するのも避けたがります。というか三太郎さんがソレを良しとしているのなら、私が誘拐された時に誘拐犯を速攻で制圧してもらっています。




駆け込んだ自室には当然ながら私の服がいくつもありますが、あの子が着れそうなサイズとなるとちょっと悩んでしまいます。

島で生活している時は母上やつるばみと同じように、ヤマト国の女性に多い小袖の上に褶だつものしびらだつものというスカートっぽい物を重ねた格好なのですが、今は何があるか解らない旅の途中なので動きやすさ重視のヒノモト国風の服を着用しています。ヒノモト国の女性が着る服はかなりゆったりとした造りではありますがベトナムの民族衣装のアオザイに近く、上着+ズボンという組み合わせです。なのでその上着を貸そうかとも思ったのですが、私の膝下丈だとあの子には長すぎて合わなそうです。

(帯でおはしょりを作ればいけるかな??)

とは思ったのですが、おはしょりを作っている間じっと大人しく待っていてくれるかはかなり怪しく。手持ちの中で最も簡単に着れる物を探した結果、最終的に選んだのは私の部屋着=ドーリス式キトンでした。

幼い頃、できるだけ少ない材料&手間をかけずに作れるという点で採用に至った私や兄上用のドーリス式キトンや、母上や橡用のイオニア式キトン。当時はとても重宝しましたし、今もパジャマ代わりに着ているぐらい着心地は良いのですが、今になって思えば生活にある程度余裕が出来たところで貫頭衣のようなもっと簡単に着れる服を作っておくべきだったと後悔しきりです。

私がパジャマとして使用しているキトンは女性用の丈がくるぶしまである物ではなく、古代ギリシャでは男性向けとされていた腿丈のキトンです。そのパジャマを初めて母上に見せた時、

「どうしてもと言うのなら寝間着として着るのは止めはしませんが、
 絶対に、絶対に!! その格好で部屋から出てはいけません!」

と念を押されまくった記憶があります。前世基準だと全く問題の無いパジャマですが、この世界だと膝を出す服なんてありえないので母上の反応も当然です。

蛇足ながらキトンだけだと寝相の所為であられもない格好になってしまう事があるので、ショートパンツも併用しています。ですがいつも使っている湯文字下着だと、どうにも収まりが悪くて仕方がないんですよね。なので前世と同じ形状の下着も作成したのですが、今までがずっと腰全体をキュッとサポートしてくれる湯文字だったのに対し、下着はウエストラインや太ももの付け根に違和感があって……。昔はこれが当たり前だったんだけどなぁ。なので前世タイプの下着はパジャマ専用下着として使っています。

まぁ何にしても上下セットを着せるのは無理でも、キトンかショートパンツのどちらかだけでも着てくれたら良いなということで、その2つを持って甲板に戻りました。


服を抱えて甲板へ戻ると、緋桐さんと青い子供が一触即発の雰囲気になっていました。子供は低い姿勢から緋桐さんを見上げ、どこからそんな声を出しているのかと首を傾げたくなるような唸り声を上げています。緋桐さんは緋桐さんで睨みつけるように子供を見ていて、子供が少しでも動こうものなら剣の鞘を床にドンッと叩きつけて威嚇しています。

「な、何があったの?」

「その子供が緋桐に襲いかかったのですよ」

浦さんの返事に驚き半分呆れ半分です。どう見ても幼稚園児な子供が、自分の何倍も大きな体躯を持つ緋桐さんに襲いかかるって、どう考えたって無謀すぎます。

「えーと、ぼく? 服を持ってきたんだけど着てみない??」

できるだけ穏やかに、優しく、敵意を感じさせないように笑顔で青い子供に呼びかけます。流石にいきなり近づくような無茶はしません。服を見せて、これを着てみない?と問いかけるに留めます。

ところが男の子はこちらをチラッと見るだけで、服に興味を示してくれません。何より緋桐さんが気になるのか、彼に向かって威嚇の唸り声を上げ続けています。ただ不思議な事に、緋桐さんよりも近くにいる浦さんには敵意を一切見せません。穏やかな外見の浦さんよりも剣を持った大きな体躯の緋桐さんのほうが脅威だと思っているのか、何か別の理由があるのかは解りません。

ただ緋桐さんに注がれていた敵意は、私のすぐ後ろを付いてきてくれていた桃さんが現れた途端に桃さんにも注がれました。

(ん? もしかして火の精霊力に反応してる?)

ここにいる4人で桃さんと緋桐さんに共通しているのは、火の精霊とその守護を受けた人だということです。私も桃さんの守護を受けているので火の精霊力を帯びてはいますが、同時に浦さんや金さん、そして今は龍さんの守護も受けているので緋桐さんほど火の精霊力が特出していません。

もしまとっている精霊力で敵味方を判断しているのだとしたら、この状況を解決する糸口になるかもしれません。

「浦さん、ちょっと……」

そう浦さんに話しかけた途端に、青い子供は私に向かって

「ぐるぅぅぅぅ!!!」

と唸り声を上げ、私から浦さんを背に庇うように動きました。浦さんに話しかけただけで敵認定はあんまりじゃないかなぁ……。ただ、これではっきりと解りました。この子は浦さんを守ろうとしていて、火の精霊力を持つ人を敵認定しているということが。

ここからは推測でしかありませんが、青い肌を持つこの子供はアマツ大陸でいうところのミズホ国人のように水の守護を持つ一族なのでは??

<ねぇ、この子。水の守護を持っていない?>

直接話しかけると子供を無駄に刺激してしまうので、心話で浦さんに話しかけます。

<これを水の精霊力と呼びたくはありませんが、水の性質は持っていますね>

<やっぱり。だからその子にとったら浦さんは味方で、
 水の精霊力を持っていない桃さんと緋桐さんは敵なんだと思う>

<なるほど……>

<だから私達が敵じゃないって解ってもらう為に
 浦さんがその子の頭を撫でてあげる事って出来る?
 危ないかもしれないから、ゆっくりと慎重に……>

私の提案に少し目を見開いた浦さんは、小さくため息をついてから男の子の背後から近づき、そっと小さな頭に手を乗せて髪が1本もないつるつるの頭を優しく撫でました。

突然のことにびっくりして浦さんを見上げた男の子でしたが、その瞳にみるみるうちに涙が溜まっていきます。その急激な男の子の変化に私達も驚いてしまいますが、その驚きが吹き飛ぶぐらいの大声で

「うわぁああああああ!!!」

と男の子が泣き出してしまいました。その大音量は思わず耳をかばいたくなるほどですが、それ以上に急に泣き出した男の子のことが気になります。

(ど、どうしたら?!)

前世では一人っ子で、今世では兄はいますが弟妹はいません。更に言えば一番歳が近い知人は同じ年の皐月さつき姫殿下で、あとは全て年上の知人ばかりです。なのでこんなに小さな子の相手なんてした事がなくて、オロオロとしてしまいます。こんなに泣いているのだから抱きしめて背中をぽんぽんってしてあげたいけれど、私がソレをしたらあの子を怖がらせてしまいそうで行動に移せません。

どうやら緋桐さんも突然泣き出した子供に戸惑っているようで、困惑した表情で手を差し出そうとしては引っ込めたりを繰り返しています。桃さんには浦さん経由で火の精霊が敵視しているという仮説が伝わっているようで、なおさら動けません。

「はぁ……。まったく。私は子供が特別得意という訳ではないのですよ?」

浦さんが大きくため息をつくと、泣きじゃくる子供を抱き上げて私の方へと近づいてきました。その行動に子供はヒックッヒックッとしゃくりあげながらも、不安そうに浦さんの服をギュッと掴んでしがみついています。

そして浦さんは「はい」と言わんばかりに気軽に私へと子供を渡してきました。反射的に受け取ったものの、それには私も子供もびっくりして「えっ?!」と二人して浦さんの顔を見てしまいます。

「ぎゃああああーーーー!!!」

再び始まる絶叫。絶対に離れないぞ!と浦さんにしがみつく子供は大暴れで、私の力では支えきれません。その状況にもう一度大きなため息を付いた浦さんは私に向かって

「守護を強め、それと……とりあえず【保湿】で良いでしょうかね」

と守護を強めるのと同時に、加護を追加で授けてくれました。これで私がバランス良くまとっていた4精霊の霊力のうち、水の精霊力だけが特出することになりました。急に変わった私の気配に、男の子は泣くことも忘れてキョトンとした顔で私を見上げます。

(あっ、目の色は私達と同じ黒なんだ)

そんな事を思いながらも、そっと抱きしめてみます。そして抵抗が無いことを確認してから、ゆっくりと撫でるように背中をぽんぽんと叩いてみました。すると先程までの抵抗が嘘のように大人しく抱かれてくれて、胸に顔を擦り寄せるようにしてすっぽりと腕の中に収まってくれました。

(できれば服を着せてからこうしたかった……)

なんて思ってしまいますが、小さな子供は大人の思い通りはならないものだという事を、中学生の時の職場体験で行った保育園で学んでいます。それにちょうど良かったかもしれません。この子、まずはお風呂にいれるべきです。

「浦さん、この加護はどれくらい持つの?」

「当分の間は切れないようにしておきますよ」

言わなくても全てを察してくれる浦さんに「ありがとう」と伝えてから、緋桐さんと桃さんにも

「桃さん、悪いんだけど消化に良さそうな軽食を
 緋桐さんと二人で用意してくれないかな。味付けは極めて薄めで」

とお願いをします。子供を抱き上げて解りましたが、この子は思っていた以上に痩せています。甲板に引き上がれられた時から手足が細すぎるとは思ってはいましたが、ここまで軽いとは思っていませんでした。深刻な栄養不足のようです。だからといってお肉をいきなり食べさせる訳にはいきませんから、病人食のような消化に良さそうなものを用意してもらいます。

「それから浦さん、申し訳ないけれど一緒にお風呂に……」

男の子当人に向かって汚いなんて言いたくはありませんが、腕の中から放たれる悪臭は顔をそむけても鼻が曲がるのではないかと思ってしまうレベルです。なので抱き上げている私も子供と一緒にお風呂に入りたいのですが、緋桐さんには絶対に頼めませんし、桃さんもこの子が嫌がる事確定です。金さんと龍さんが居ない今、一緒にお風呂に入ってと頼めるのは浦さんしかいません。赤ん坊だった頃も同様に躊躇った覚えがありますが、例え相手が浦さんだったとしても一緒にお風呂に入るの躊躇ってしまいます。ですが背に腹は変えられません。




男の子が驚かないように、何時もよりぬるめの温度設定にしてもらったお風呂に3人で入ります。とはいっても浦さんは服を着たまま湯船の縁に腰をかけていて、入浴しているというよりは介助のために同行しているといった風情です。

「この子にも心話が使えれば良いのにね」

言葉が通じない事は早々に解っていたのですが、心話がろくに機能しないのは痛手でした。私が初めて心話を使った時に説明された通り、心象力イメージ力がある程度ないと相互のコミュニケーションは成り立たないらしく、まだまだ小さな男の子には難しいようです。

ただ簡単なイメージを受け取ることならできるようで、私達は敵じゃない仲良しだよというイメージを常に浦さんから送ってもらっています。おかげで大人しく洗われてくれていて、かなり薄めた石鹸水で男の子の足の先からちょっとずつ様子を見ながら洗っていきます。なんだか母上や兄上と初めてお風呂に入った時のことを思い出します。あの時も大変だったなぁ……。

男の子も不安なのか、何度も何度も浦さんと私の顔を交互に見ては自分の手足を見てを繰り返しています。そのたびに「痛くない?」と問いかけるのですが、やはりどこか落ち着かない様子です。

「あれ??」

それは足の指の間を洗ってあげている時でした。よーく見ると指の間に水かきのような薄い膜があります。もしかしてと思って手も見せてもらいましたが、手の指の間にも水かきがあります。

「うわぁ、水かきがあるんだ」

やっぱり水の守護を受けているからなのでしょうか?
だとしたらミズホ国の人も水かきがあるのかな?と思いましたが、菖蒲あやめ様たちにはなかったように思います。

「ねぇ、浦さん。これはマガツ大陸の水の守護限定??」

そう言って男の子の手を浦さんに見てもらうと、浦さんも驚いたようで

「いえ、これは水の守護とは関係ありませんね。
 環境に適応した形に長い年月をかけて変わっていった結果かと……」

精霊の力じゃなくて環境適応性って事か。紫がかった暗い青色の肌というファンタジーたっぷりな外見と同時に、地球と同じ生物の進化も存在するようです。

それにしても……

男の子の紫がかった暗い青色の肌は汚れている所為だと思っていましたが、頭の天辺から足の先まで綺麗に洗い上げた結果、どうやら(確かに多少は汚れの影響もありましたが)もともと暗い青色の肌だったようです。

男の子を綺麗に洗った後に自分も綺麗に洗い、お風呂を上がって私のパジャマを着せてから、倍以上に薄めたスポドリを飲ませてあげます。そのあたりで男の子から私に対する警戒心がほとんどなくなり、ホッと一安心です。

緋桐さんと桃さんに対する警戒を通り越した敵意は相変わらずなので、とりあえず二人にはしばらく遠くから様子見をしてもらうことにします。少しずつでも二人に慣れてもらえたら良いのですが、一番良いのはできるだけ早く親元へと帰すことです。なのでそのあたりの相談もしたいのですが、船を大陸に近づけるのは危険なので何かしらの手段を考えなくてはなりません。

とりあえず面倒な事は後回しにして、男の子に何か食べさせてあげなくてはと桃さんが作ってくれていた三分粥に少量の卵を入れたたまご粥をあげたのですが、熱いお粥に拒絶反応があるようで全力で拒否されました。仕方なく一口私が食べて、浦さんにも一口食べてもらって、更には匙で救ったお粥をフーフーと冷ましてから差し出すと、ようやく恐る恐るといった感じで口に入れてくれました。

その後、お腹いっぱいになった男の子はウトウトとしはじめ、私の膝の上で眠り始めてしまいました。ぎゅっと私の服を握ったままなのは可愛らしいのですが、軽いとはいえ10kgはある男の子がずっと膝の上に乗っかっていると足が辛くて仕方がありません。なので起こさないように抱き上げると私の部屋へと連れて行き、御帳台の上にそっと寝かせて添い寝します。

この船には御帳台ベッドは私と緋桐さん用の2つしかありません。どれくらいの航海になるか解らない以上、三太郎さんと龍さんは自室よりも食品をしまえる倉庫を優先すべきだと言って自室を持つことを拒否しました。

なのでこの子を寝かせる場所は、私か緋桐さんの御帳台の二択になります。ですが緋桐さんと男の子を二人きりにはできませんし、私が緋桐さんと一緒に寝る訳にもいかないので実質一択です。

「ふわぁ……。私もなんだか疲れちゃったな」

男の子の体温が幼い頃の兄上のように暖かく、寒い夜にはこうやってくっついて一緒に眠ったなぁ……なんて思い出してしまいました。


そういえば考えなくてはならない事が、もう一つ。
浦さんと二人がかりで何度か聞き取りに挑戦したのですが、男の子にはどうやら名前が無いらしく。ですが三太郎さんのときにも思いましたが、名前が無いって不便なんですよね。なので親元に帰すまでの間だけでも、何かしら名前を付けたほうが良いと言うことになりました。また名付け……。

しばらくウンウンと悩んだ挙げ句、紫がかった暗い青=青藍色の肌にちなんで青藍せいらんと名付ける事にしました。

仮だしね。うん、仮だから安直だって仕方ないんです!
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