未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

16歳 -無の月1-

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第3世代精霊の霊力吸収作戦は金さんや龍さんの負担になりすぎないペースで続けられ、気がつけば無の月になっていました。その間、私や緋桐さんもマガツ大陸に近づきすぎないようにある程度距離をキープしながら陸地の様子を探っていたのですが、やはり植物らしきモノは発見できません。金さんたちが報告してくれた赤い肌の人たちはこんな不毛の大地でどうやって暮らしているのか、不思議で仕方がありません。

そうやって大陸の中と外から調査を続ける日々ですが、龍さんのおかげでアマツ大陸の東の島四季島に居る母上とは定期的に連絡を取り合っています。基本的にはお互いの近況を報告し合うための連絡なのですが、母上にはそれ以外の意味もあるようで、

「こんなに寂しく感じる無の月は初めてよ」

としみじみと言われてしまいました。今、島で生活しているのは母上と兄上、母上の守護精霊の二幸彦さん、そしてつるばみと山吹だけです。私と三太郎さんが家族に加わってからは10人ちかい人と精霊でワイワイと賑やかにやっていたので、半分近くまで減った今年の無の月は、食卓に並ぶ料理の量や食器の数、洗濯物の量などあらゆるところで寂しさを感じてしまうのだそうです。

「来月の貴女と槐のお誕生日祝いは、一緒にできそうにないわね」

特に母上にとって寂しく思えるのが誕生日を一緒に祝えないということらしく、とても残念がっていました。私も兄上も水の月の上旬に誕生日があるのですが、間に合うように戻るには遅くとも無の月の前半で三太郎さん全員が霊力の吸収を終えていないと駄目です。ですが無の月に入った現時点で金さんすら終わっておらず、どう考えても間に合いません。

「叔父上が目覚められてから一緒にお祝いしたいから、
 半年遅れぐらいがちょうど良いんじゃないかな」

「半年……ということは土の陽月か極日頃かしら」

「うん、それまでには絶対に帰るから」

「……えぇ。そうね、その時には鬱金といっしょにヤマト国に行くと良いわ。
 先日、茴香ういきょう殿下から貴女が発案した織春金おりはるこんの小刀で
 精霊石への刻印が出来たと知らせが届いたの」

「えっ!! 茴香殿下、とうとうやり遂げたんだ!」

織春金で小刀、私の言葉だと彫刻刀を作ろうと思いついたのは龍さんが居たからです。安直だったと今思い返しても赤面ものなのですが、着流しの片肌を脱いだ龍さんの横に金さんが居るのを見て、某有名な桜吹雪の彫り物をしたお奉行様を思い出してしまったんですよね。この場合の彫るは彫刻ではなく入れ墨になってしまいますが……。

思い立ったが吉日とばかりに、龍さんに織春金のいくつも重なった薄い層の一つを刃物のように使うことが出来ないか尋ねたら、霊力がしっかりと入った状態の織春金なら可能だと思うとの返事がもらえました。そうと解れば行動あるのみです。即座に私がいくつかの案を出して、山吹と兄上が砥石を使って手作業で織春金の刃を研いで彫刻刀を作ってくれました。

ただ私が知っているU字やV字に彫れる丸刀や三角刀は再現出来ず、平刀と切り出し刀しか作れなかったのが心残りです。そもそも怪我の療養を理由に母上たちから畑仕事や家事の禁止を言い渡されていた期間、せめて何か役にたてる事を考えなくては……と始めた事なので、圧倒的に時間も体力も試行錯誤も足りていないんですよね。

だから島に戻ったら、そして叔父上が目覚めたら……。
今度は叔父上や皆の意見も聞きつつ、色々と試してみたいな。

ちなみにこの彫刻刀とその原料である織春金は、茴香殿下からヤマト国甲種技術門外不出に指定するから絶対に他所には情報を漏らさない、現物を渡さないを徹底してほしいとお願いされました。まぁ、そうなるように私達側も誘導していて、織春金の事を殿下に教える際に「他言無用。原料は未知の霊石」とだけ伝えていたりします。その所為もあって母上によると届いた手紙には、特に!とか厳重に!!なんて念押しの言葉が何度も何度も書かれていたそうです。

大陸中でクズ石だと思われていたあの石が特殊な力を秘めた石だなんて、比較的柔軟な思考を持つ茴香殿下をもってしても想定外すぎて気付かないだろうなぁ。とりあえず蒔蘿じら殿下にだけは話してOKと伝えてあるので、二人で今後の方針を話し合うそうです。それまでは茴香殿下に送った以外の全ての織春金を島から出さないで欲しいとのことだったので、当分の間は織春金の活用は様子見です。

ちなみに龍さんが風の精霊なことや、実は風の神が存在したことなどは母上と橡以外には話していませんし、山吹や兄上にも絶対に他所で話さないで欲しいとお願いしてあります。この世界の人にとって衝撃的すぎますし、そのフォローをする余力が今はありません。そんな余力があるのなら、全部叔父上の回復のために使います。


「三太郎様がお許しくださった、浄土と浄水、浄火の3つの紋。
 その全てを霊石に刻むことが出来て、発動も確認できたそうよ。
 殿下にしては珍しくとても乱れた文字でお礼と報告の文が届いて驚いたわ」

「よっぽど慌てて報告してくれたんだね」

母上と二人でクスクスと笑いつつも、遠い地で頑張っている茴香殿下の姿を思い浮かべました。思えば彼は私がこの世界で初めて出会った家族ではない、そして知人以上の人です。友人と呼ぶには少し立場や年齢に距離がありますが、少なくとも知人以上だと私は勝手に思っています。

そんな茴香殿下が長年の夢を叶えたのです。私が霊石に技能をいれる時は、三太郎さんと手を繋ぎながら籠めたい技能を思い浮かべて祈ると、良くわからない何かがほわーーっと私の中を通って霊石に技能と紋が入ってくれます。ですが当然ながら茴香殿下にはそんな事は出来ません。実に10年にも及ぶ試行錯誤を思うと、茴香殿下に尊敬の念を抱かざるを得ません。

勿論まだまだ解決しなくてはならない問題は残っています。例えば霊力を使い切った時に再充填はどうするのかという問題を筆頭に、私が作る場合と違って霊石に溝を刻んでしまうので別の用途で使う事もできません。

ただ、そうだとしても……
とてもとても大きな一歩を踏み出した事に違いはありません。
茴香殿下に乾杯です!



「あと蒔蘿殿下からも、
 太陽光で調理ができる装置の本格生産に入ったと知らせが届いていたわ。
 それからこの装置に名前を付けて欲しいそうよ」

「それは蒔蘿殿下が決めてくださいって伝えておいてください」

自分のネーミングセンスの無さを何度も痛感しているので、全力で辞退しておきます。ところが

「それがね、蒔蘿殿下の手紙に
 「私が名付けると湯沸かし1号などになりかねないので、名付けを願いします」
 と書いてあったの。だから何か考えるだけ考えてみてあげて」

……蒔蘿殿下、もしかして同士なのかも……。

えぇ……と、蒔蘿殿下にも乾杯??




そんな日々が続き、金さんの技能や霊力が少しずつ増えていきました。

ですがそのたびに金さんの雰囲気に少しずつ険しいものが加わっているようで、なんだか不安で仕方がありません。違う世代の霊力を取り込む事が金さんの負担になっているんじゃないか、何か苦しかったり痛かったりする事があるんじゃないか?と思って尋ねても、「心配ない、大丈夫だ」としか言ってくれません。妖化した精霊の力を取り込む際には浄化をしてから取り込んでいるはずですが、それでも何かしらの負担になっているんじゃないかと不安が募るばかりです。

叔父上を助けたいという気持ちは強くありますが、同じぐらい三太郎さんを失いたくないという気持ちもあります。何より叔父上を助けたいというのは私の我儘で、その我儘のために三太郎さんを苦しめているのではと思うと心に迷いが生まれてしまいます。これが私が苦しむだけならば幾らでも苦しむ覚悟はありますし、叔父上の為にどこまでだってやり通しますが、それを他の人や三太郎さんに強要する事はできませんし、したくありません。

それに叔父上を助ける為だけじゃなく、龍さんによれば今この世界は滅亡の危機にあって、ソレを防ぐ為には三太郎さんが第三世代の精霊力を取り込む必要があるってことなのですが、どうにもその実感がありません。アニメやゲームのように空の色が変わるとか、強大な魔王が現れるとかそういった事もないですし、何だったら(叔父上の事さえなければ)呪詛騒動の時や襲撃を喰らった時よりもずっと平和です。

「本当に世界が滅ぶのかなぁ……」

お昼ご飯の後片付けを終え、短い休憩時間を甲板で過ごしていた私は遠くにある大陸を見ながら呟きます。そんな私の声に近くにいた桃さんが反応し、私のすぐ横にまで近づいてくると

「あいつはそう言ってるな」

と言いながら、私と同じように遠くに見える大陸を注視しはじめました。

「私はここに来たことで、少しだけその言葉を信じても良いかと思っていますよ」

次に来たのは浦さんで、神妙な顔でそんな事を言います。

「浦さんには何かそう思う根拠があるの??」

「根拠といえるほど明確なものではないのですが、
 ……そうですね、言葉にするのなら精霊力の調和が崩れすぎています」

浦さんによると感覚的なものなので言葉にし辛いそうなのですが、私にわかりやすい言葉を選ぶのならそういう事らしく。

「いや、でもアマツ大陸もかなり精霊力の調和?がおかしくなかった?
 ヒノモト国は火が強すぎだし、ヤマト国は土が強すぎだし、
 行ったことないけれど、たぶんミズホ国は水が強すぎるんだろうし」

「アレは特定の精霊が多すぎるせいでそうなっているだけで……。
 この大陸は精霊や妖の所為ではなく……、あぁ、うまく言えませんね。
 ただ……言葉での説明は難しいのですが、
 この大陸は遠からず消滅するかもしれません」

「「は?!」」

浦さんの言葉に私と緋桐さんが同時に声を上げました。って、いつの間に緋桐さんもこっちに来ていたんだろう? さっきまでは少し離れていたところで食後の運動とやらをしていたのに。

「水の精霊力が大地を削っていますし……」

「あぁ、ってことはあの地下深くにある大量の火の精霊力は
 大地を吹き飛ばそうとしているってことか」

「そうですね」

いやいや、怖い怖い、怖いって!!
それに地下深くの火の精霊力ってマグマ溜まり? 火山?? 噴火しちゃうの?!

「で、でもさ!! 波による土の侵食って自然な事じゃない??」

確か波による浸食作用で断崖絶壁ができると地理で習ったように思いますし、まさに目の前の大陸の特徴と合致しています。

「あー、簡単に言うとだな。
 自分の役目を全うするために仕方なく大地を削っているのと違って、
 この大陸の精霊力は明確に大地を削り相手を殺りに来てる……これで解るか?」

「つまり攻撃を命じられた精霊の力だから……」

神様の命令によって攻撃を開始した第3世代精霊だけど、その後のゴタゴタで攻撃停止命令が出ないまま神様がいなくなってしまって、それでも第3世代の精霊たちは命令を実行しつづけて妖化してもまだ攻撃を続けている……と。

今、無性に神様の後頭部を思いっきりひっぱたきたくなりました。

「えぇ。ですからこの大陸の水は有害なモノで汚染されているとみるべきかと」

「こりゃぁ火が使えない可能性もあるなぁ」

「火が使えない可能性なんてあるのですか?!」

火の国の王子だった緋桐さんからすれば、青天の霹靂ですよね。でも火山があるのなら有毒な火山ガスを発生している可能性もありますし、その火山ガスの中には濃度次第では火で爆発を起こすものもあります。そしてこの世界は精霊がいる世界なので、私の常識が消し飛ぶレベルの濃度のガスや未知のガスが出ている可能性も否定できません。

これ、本気で上陸しないで沖から探索した方が良い案件では……。




「大陸が消えるなんてことがあるのですね……」

信じられないといった表情で大陸を見ていた緋桐さんの顔つきが、一瞬で険しいものへと変わりました。何事かと思って私も緋桐さんの視線の先を見ると、大陸の端に何か青いモノが動いています。

「アレは……」

グッと目に力を入れて遠くを見ますが、私には詳細はわかりません。前世と比べたら視力は良い状態をキープしているとは思うのですが、緋桐さんには敵いません。なにせこの世界の人の無敵の身体能力には視力も含まれていて、視力検査をしたら10.0とか出るんじゃないかというぐらいに視力が良いのです。

なので以前から望遠鏡が欲しかったのですが、レンズに使用できそうな透明度の高いガラスを私たちはまだ作れず……。金さんや桃さんの技能が上がるたびに挑戦しては、挫折するを繰り返しています。

「うぅーん、アレ、なんだろう??」

「形だけなら人に見えるが、あの青さは……」

あんなに青い人なんてブルーマンかアバターぐらいだと思っていましたが、この世界には実在したようです。緋桐さんが言うには、その青い人は崖から身を乗り出すようにして何かを取ろうとしているらしいのですが、ここからでは何を取ろうとしているのかまでは解らないとの事。ただ見ている私の方がハラハラしてしまうぐらい、崖のギリギリに居ます。

「危ないよね、あれ……」

こういうのもフラグと言うのでしょうか?
私がそう言った次の瞬間、ドーーン!!という一際大きな波が打ち寄せたと思ったら、青い人は周辺の大地と一緒に海へと真っ逆さまに落ちていきました。

「あっ! う、浦さん!! 助けてあげて!!」

即座にそう浦さんにお願いします。技能「水流」を使って近くの浜へ流してもらえば助けられるんじゃないかと思ったのですが、良く考えなくてもこのあたりは浜辺どころか低い崖がありません。

「水流で助けるのは構いませんが、あの崖の上まで運ぶのは流石に無理ですよ」

すぐさま精霊力を発動させてくれた浦さんですが、同時に見通しが甘い!と私を見る目が物語っていました。ここから崖まではかなり距離があるため、浦さんの全力でも高い崖の上まで水を持ち上げる事は不可能です。もしかしたら本当の全力を出せばできるのかもしれませんが、その全力は霊力を使い果たすぐらいの全力になります。浦さんは常に私やこの船を守る事を一番に考えてくれているので、そんな力の使い方を決して良しとはしないでしょう。でも叔父上の命を助ける為に頑張っている最中に、他人の命は見捨てるという選択肢はとりたくありません。

「えと、えと……緋桐さん、念の為に武装をお願いします。
 あと桃さんも、いつでも精霊力を発動できるように心構えを!

 浦さん、あの青い人をここまで連れてきて!!」

この決断が吉と出るか凶と出るかは解りませが、三太郎さんたちに怒られるのは確定だろうなぁ。
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