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4章
17歳 -土の陽月4-
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自分のウエスト付近に固く太い腕を感じたと思った次の瞬間、グッと持ち上げられてしまいました。金さんが私を荷物のように小脇に抱え上げたようで、その容赦のない力に息が一瞬止まります。腹部が圧迫されて呼吸が苦しい上に、大股で柵から離れていく金さんに「離して!」と声を上げようと金さんの顔を見上げた途端、額に汗を浮かべて眉を顰めた金さんの顔が視界に入り、一瞬で我に返りました。
絶対に足手まといにはならない、決して自分勝手な行動はしないと心に決めていたのにも関わらず、身体の一部を失った桃さんや龍さんを見た途端に冷静さが地平の彼方へと消え去ってしまっていました。
唇をグッと噛み締めてから、自分の両頬を全力でひっぱたきます。ジンジンと熱を持った頬が痛んで涙が滲みますが、何より家族をまた失ってしまうかもしれないという恐怖に涙が零れ落ちそうです。ですが泣いている時間なんてありません、私にだって出来ることが必ずあるはずだから。
「ごめん、金さん。もう大丈夫だから」
私が努めて冷静にそういえば、金さんはチラリと私を見てから地面へと下ろしてくれましたが、それでも腕は腰に回されたままです。
「そなたの気持ちは解る。また我らを思うそなたの気持ちを嬉しくも思う。
だが……ならぬ。そなたを地表に下ろすことは出来ぬのだ。」
事前に決めてあったのは、とにかく私は地表に足をつけるなという事でした。なので万が一の逃走の際にも龍さんの霊石を使って空を行くか、水に飛び込んで泳げと言われていたぐらいです。もちろん土につま先がチョンとついた途端に土の神に察知されるなんて事はないらしいのですが、念には念を入れた方が良いという事でした。ちなみにこの天空島の大地は完全に金さんの影響下にあるので、私が足をつこうが手で触れようが問題ありません。
逆をいえば天空島以外の大地は、土の神の影響下にあるということです。母上たちに通信機を渡すついでにマガツ大陸の大部分は金さんの支配下においてきたのですが、アマツ大陸はまだまだ土の神の影響が大きいのです。その大きな影響を少しずつ削って金さんの影響下に移行させる予定だったのですが、土の神の暴挙のせいで上手くいきません。
天空島の高度はどんどんと下がっていきます。降下を始めた頃より速度が上がっているうえにバランスも取れていないので、足元はかなり傾いています。金さんの補助があるおかげで立っていられますが、もし一人なら今頃地表に転がり落ちていたかもしれません。降下速度はともかく、バランスがここまで悪いのは龍さんが追い込まれている証拠です。同時に地表に近づけば近づくほど、気温がどんどんと上がっていく事がわかります。当然自然現象ではなく、桃さんが火の精霊力を使いまくっている所為です。そのフォローを浦さんがしているはずなのですが、この火の月のヒノモト国のような気温から察するに、浦さんのフォローもそろそろ限界のようです。
(高度を下げたのは、別の意味でも正解だったかも……)
天空島には驚くべきことに小さめの湖と川があります。それらの水は天空島の端から地表に流れ落ちているのですが、高度がかなりあるために地表に着く前に全て霧となってしまって、地面や地表にいる人達が濡れる事はありません。
ですが今、高度が下がったことで天空島の川の水が地表に届くようになり、桃さんの力によって燃え上がった地面が消火され、大規模な山火事を防いでいます。その分、熱気といえば良いのか濛々と立ちこめる水蒸気がすごくて蒸し暑くはあるのですが、山火事になってしまうよりは遥かにマシです。
(冷静に……冷静に……)
一度やらかしたからか、今は一周まわってかなり冷静に周囲を見る事ができるようになりました。余裕が出来たのかといえば、そうではありません。余裕は一切ありませんが、視野が広がった感じです。そんな私に気づいたのか、天空島の縁から数歩後ろのところまでは進ん良いという許可が金さんからもらえました。現状を知る手段が無いという事が、私を余計に追い詰めていたと思ってくれたようです。
そうなると気づくのが敵の攻撃が基本に西側から来ていることです。どうやら敵は西側にいるようで、全方位から攻撃はくるものの西側だけが特に攻撃が激しく感じます。ここアスカ村から西側といえば元私達の家があった方角で、人家は一切ありません。他の山々に比べてあの山はテーブルマウンテンのような特殊な地形があったりと、ちょっと特別感がありました。植生も豊かでしたし、畑の実りも悪くなかったように思います。あの場所に土の神が居た訳ではないと思いますが、人が立ち入る事ができないような秘境+精霊力が強い場所という精霊の聖地の条件に、あの山の付近は確かに当てはまります。
振り返れば東の山際の空がうっすらと色が変わってきていて、夜明けが近いことが解ります。その時チリチリとうなじに静電気が走ったかのような感じがして、慌ててもう一度西側を見ましたが何もありません。ですが何とも言えない嫌な気配に私の横にいた金さんと同時にバッと空を見上げたら、そこには驚くほどに大量の土砂が地面に向かって降り注ごうとしているところでした。
「なんで土が下からじゃなく上からくるの?!」
思わず自分の頭を庇うように腕を上げますが、よく見ると土砂の流れ落ちる方向が微妙にこちらに向いていません。嫌な予感がして視線だけをそちらにむけると、そこには地上で巨大蛇や蜥蜴と戦っている桃さんが居ました。しかも敵に集中している為、空の異常にまだ気がついていないようです。
「桃さん!! 上!!!!」
慌てた私が大声で叫ぶのと、土がまるで大波のように桃さんに襲いかかるのは同時でした。振り返った桃さんの上にアッという間に土砂が降り注ぎ、戦っていた蛇や蜥蜴ごと姿が見えなくなります。
「も……も、さ……???」
ガタガタと手足が震え、足からに力が抜けてへたり込みそうになるところを、金さんが支えてくれます。桃さんが居た場所には土砂の山が出来上がっていて、その上にまるで勝ち誇るように別の蛇がとぐろを巻き、空にいる私達に向かって大きく口を開けて「シャーーーー!」という威嚇音を発しています。
私は蛇が嫌いです。見るのすら嫌なのに、嫌いだからこそ直ぐに目についてしまいます。なのに今は視界に入っているはずの蛇が、情報として脳にまで入ってきません。
「もも……さん? 嘘だよね?」
自分の声が少し遠くから聞こえてくるように感じ、心臓が耳にぶら下がったかのようにドクンドクンという心音が直ぐ近くで聞こえます。
「落ち着け、まだ桃の気配はある! 桃は無事だ!!」
直ぐ横にいる金さんがそう言ってくれますが、たとえ今無事だとしても、もう桃さんにはアレだけの土砂をどうにかする力が残っているのかどうか……正直あやしいラインです。
「金さん、私、ここでちゃんと大人しくしているから!!
だから桃さんを助けに行って!!」
あそこから桃さんを助けだせるのは、その余力が残っているのは金さんだけです。私を守る為にここに残る必要があるというのなら、私をあの巨樹に縛り付けて安全を確保してからで良いから、桃さんを助けに行ってと金さんにすがりつきます。ですが金さんの答えは
「ならぬ。まずはそなたを此処から遠ざけ、安全を確保してから戻る」
「どうして!! どうして分かってくれないの!!」
「そなたこそ解ってくれ!」
喉から血が吹き出そうなほどの絶叫を上げ、お願いだから桃さんを助けてと言っているのにそれが叶わない。どうして! どうして!! そんな思いで心どころか身体すら弾け飛んでしまいそうです。
その時、
「打ち払え!!」
と予想だにしない声が山間にいきなり響きました。そしてその声が聞こえた直後、ヒュンッ!と空を裂く音が聞こえたかと思ったら、土砂の上でとぐろを巻いていた巨大蛇の胴体に槍のような何かが何本も突き刺さり、蛇がシューーシューーという音を出してのたうち回ります。
何が起こったのかと槍が飛んできた方向を見れば、完全武装した人がたくさんこちらに向かって何かをしていました。先程の槍はヤマト国の砦などにある大型弩砲から放たれた矢?のようで、次々と飛んできては巨大な蛇や蜥蜴、それに土蜘蛛へと突き刺さります。妖の数は膨大で、それだけで一掃できるようなものではありませんが、少なくとも味方がいるという事実は私の心に少しだけ明るくしてくれます。
<あー、これで聞こえるのかな? 櫻嬢、私だ、蒔蘿だ。
全ての妖を任せろとは流石に言えないんだが、
それでも精霊様方が自分のなすべきことに集中できるように
人も力を尽くすべきだと思い参上した。そう三太郎様方に伝えてくれるかい?>
<蒔蘿殿下、ありがとうございます>
心話は便利です。もし今のこの流れが会話だったら、僅かに得た希望と安心に泣き出してしまって、言葉にならなかったかもしれません。蒔蘿殿下にお礼を伝えるのとほぼ時を同じくして
「吼えよ ヒノモト武人よ! 今こそ我らの力を示せ!!」
「おおおおーーーー!!!!」
再び山間に響いた声は間違いなく緋桐さんのものでした。山々を揺るがすほどの鬨の声と同時に、ヒノモト風の武具を身にまとった緋桐さんが腰から剣を抜いて妖を次から次へと撫で斬りにしていきます。その後ろを続く武装軍団の先頭には見知った顔が幾つかあり、よくよく見ればそこにいたのは緋桐さんの随身だった柘榴さんと牡丹様の随身の海棠さん、それに梯梧殿下の随身の刺桐さんでした。3人は部隊長といった地位のようで、配下の人々に指示を出しながら自分も危なげなく次々と妖を屠っていきます。
<櫻姫、間に合って良かった……>
<緋桐さん、心の中では姫……って言ってたんですね>
<……これは不便だな>
緋桐さんからの心話に更に安心感と希望をもらいます。どうやら蒔蘿殿下と事前に相談でもしていたのか、遠くにいる路線バスのような巨大サイズの妖のみを大型弩砲で対処し、それ以外の妖は歩兵で対処するようです。大型弩砲の矢が降ってくるような場所で戦うのは危険ですし、当然といえば当然かもしれません。
<櫻、僕達も戦うよ>
<兄上?!
兄上、桃さんが、桃さんがぁっっ!!>
迷惑をかけないように冷静でいようとギリギリ保っていた心が、兄上の登場と共に崩壊してしまいました。兄上、兄上と何度も呼びかけて泣きつきます。
<なっ、直ぐに祈りを捧げる! 人の祈りが精霊様の力になるんだろ?
だから落ち着け、自分の出来る事をするんだ!>
<お嬢、桃様がそんな簡単にやられるはずがありません。
ですから落ち着いて、まずは自身の安全をしっかりと確保してください>
東の空から太陽が顔をのぞかせ、辺りを徐々に明るく照らしていきます。その太陽光を背に兄上が立っていて、その斜め後ろには控えるようにして山吹も居ました。その兄上たちの背後には兄上と良く似た、でももっと線の細い壮年の男性と見たことのない男性、それから菖蒲様の随身の朝顔さんも居ました。
その兄上が手をバッと上げるのと同時に、兄上の後ろにいた人々の間からドン!という大太鼓の音が響き、次にシャラララと鈴の音がなりました。この音は大社や神社に行った時に良く聞いた音で、祝詞や祭文を奏上する時に使う楽器です。
「祈りを捧げよ! 新しき神々へ言祝ぎを!」
という兄上と良く似た男性がそう声を上げます。11歳の頃に見た東宮を老けさせたらこうかもしれないという風貌なので、恐らくですが兄上の父親だと思います。
その声を合図にドンッ!ドドッドンドドドンドン!というリズミカルな音が繰り返され、その合間に鈴の音が鳴り響きます。そしてそれらの音に合わせるように、低音ボイスで神へ祈りを捧げる言葉が朗々と紡がれ始めました。
最初は何の変化もありませんでした。
ところが徐々に金さんの周りに小さな光が集まってくるのが解ります。
「金さん?」
「あぁ、なるほど……。我が身で感じて初めて解るな」
しみじみとそういう金さんですが、それよりも気になるのは桃さんです。ですが桃さんを埋めた土砂には何も変化がなく、焦りばかりが募っていきます。
「精霊力を増やすのではなく、強めているのか……。
だが効率が悪いように思うが……、
櫻、槐に我らの名を祈りに加えるように伝えてくれぬか?」
「え? うん、解った」
増やすのではなく強めるという意味がわからず、少しきょとんとしてしまいましたが、次に来た明確な指示を直ぐに兄上に伝えます。
そしてその効果は絶大でした。
金さんの周りに集まる光の量も輝き具合も桁違いになり、同時に浦さんの水の霊力も戻ったのか下から伝わる気温がグッと下がります。金さんはその効果を目の当たりにし、
「昔、我ら精霊にとって名は意味がないと申したが、
今この時より、その認識を改めよう。名とは精霊と人を結ぶ重要な鍵だ」
としみじみと言います。どうやら今まで土の神へも祈りの力が僅かではあるものの流れていたのが、祈りの言葉に名前を入れる事で金さんに全振りされるようになったのだとか。その違いは確かに大きいうえに重要です。
そして……
ドッゴーーーン!!!
と言う爆発音と共に土砂と黒焦げになった蛇と蜥蜴の屍が吹き飛び、ついでに槍衾になっていた巨大蛇も吹き飛ばして
「俺様ふっかーーーーつ!!!」
と桃さんが土砂の下から飛び出してきました。急なことに言葉が出ず、ただ安堵の涙が止まりません。ただ復活したといっても当然ながら全快した訳ではなく、全身がボロボロな事に変わりはありません。
<桃さん、一旦私のところへ戻ってくることって出来ない?>
<お前の中に戻って急速回復しろって事なら、悪ぃが出来ねぇ。
そんな事をしたらお前が昏倒しちまう>
こうしてこの場に居ることしか出来ない私が昏倒したところで……と思ってしまいますが、いざという時に動けないようでは足手まといの極みです。ならば桃さんを回復させる為には、祈りの力をもっともっと上げてもらうしかありません。
<兄上、全力で祈ってってお願いして。
今既に全力だろうけど、ここで対処できないと後がないの>
<あぁ、解ってる>
兄上に伝え終わると、私は金さんに一つ相談をしました。そして許可をもぎ取ると、腰に下げていた霊石のうち、深棲璃瑠と火緋色金を取り出し、それを握りしめながら自分のやりたいことを具体的にイメージします。
いつぞやの天都でやったのと同じ方式で夜明けの空に浮かぶ雲が集まり、そこに明暗が生まれたかと思うと人の顔のようになりました。織春金で声を届けることも考えたのですが、幸いにもここには神の使いだと人々に思われている蒔蘿殿下と緋桐さんがいます。なので神の声を彼らから伝えてもらう事にしました。
<空に雲で顔を描きました。新しい神は皆を見守っている。
そして神は神職には更なる祈りを、兵には更なる武功を望んでいると
そう伝えてください>
そう伝えると地表から聞こえる祈りの声が一気に膨れ上がりました。こんなに余力があったのかと驚いたのですが、どうやら長丁場に備えて4交代制だったのを、2交代制という一歩間違えたら崩壊してしまう強行軍へ切り替えたそうです。
彼らはアマツ三国や天都の神職たちの中でも霊格が高い人らしいのですが、その数はミズホ国が頭一つ抜けて多いようです。神職の装束は仕える神が違っても大差ないのですが、袴の色が違っていて所属は遠目からも解ります。そんな青い袴の人たちの先頭に居る男性は誰かは解りませんが、身につけているものや周囲の人の対応などを見るとかなり地位の高い人のようです。
というか、地位の高い人がこんな所に来ちゃ駄目じゃない?と思うのですが、
<だから茴香は来てないだろ?
茴香は自分も行くと言い張ったが、王太子は流石に前線には送れない。
名代として随身を送るにとどめるようにと陛下から言われ、渋々了承したんだ>
<俺は兄者がいるから大丈夫だ。ただ俺だけじゃヒノモト国の誠が示せないと
兄者の名代として刺桐もきているし、緋色宮の代表として海棠も来ている。
ようはヒノモト国は宮家も含めて総力を上げて協力しているって事だな>
<僕の後ろの人達は少々後ろめたい事があるから、
精霊様への贖罪を目に見える形で示したいんだと思うよ>
兄上たちとも心話で連絡が取れるというのは便利です。兄上の後ろに居る人のうち一人が東宮なのは解っていたのですが、もう一人は現ミズホ国王だそうです。いや、前線に絶対に出ちゃ駄目な人じゃない!と思ったのですが、当然ながらそんな心配は既に殿下たちがしていて、それでもミズホ国の誠意を神に示す為に自分が出たいのだと譲らなかったのだとか。確かに最近はミズホ国が何かとないがしろにされているように感じる事が多かったとは思いますが、この人の所為ではありません。全て前国王のアルティメットシスコン王と、その王の寵愛(と書いて権力と読む)を欲しがった妃とその実家のせいなので、少々申し訳ない気持ちになってしまいます。
天空城は現在は停止しており、傾きも治りました。人の登場により大きく情勢が変わったからです。龍さんだけは変わりませんが、三太郎さんは祈りの力によるブーストが得られた結果、徐々にこちら側が優勢になっています。
ただそれを挽回しようとでもいうのか妖の動きが活発になっていて、神職部隊とその周辺を守る兵は今のところ大きな被害はないのですが、妖と直接戦っている兵たちは徐々に疲弊して怪我を負う人が増えてきました。
「金さん、この霊石って私の思う通りに力が働くんだよね?」
念の為に金さんに確認し、更には自分のやりたいことを相談します。自分の感情のままにやらかすのは1回で十分でなので、金さんの許可を必ず取るように心がけます。そして許可を渋々出した金さんの横で座り込むと、精霊石を全て出して眼の前に並べます。どれぐらい精霊石を消耗することになるのかわからないので、いつでも補充できるようにしておく必要があるのです。
イメージするのは傷の回復。
織春金には毒などの異常を正常な状態へ戻す変化を。
火緋色金には失った血液の増殖と体温の上昇を。
深棲璃瑠には傷口をつなぎ合わせる連結を。
震鎮鉄には直した状態の固定を。
ギュッと目を瞑って、それらを祈ります。ただ同時に雲で作った顔を維持する必要もあり、両立するにはどうしたら良いのかと考えます。たどり着いた答えは、雲から癒しの力が降り注ぐイメージなら行けるかもというものでした。光の梯子が地上へと下りていくイメージで力を使うと、途端に地上からは歓声が湧き上がり、
「神女は我らと共にあるぞ!!」
「神々のご加護は我らと共に!!」
なんて声が聞こえてきます。士気もかなり上がったようで、妖の討伐速度が一気にあがったと緋桐さんから報告が入りました。使っている霊力はあくまでも三太郎さんと龍さんのものなので、土の神からすれば三太郎さんたちが何かしているようにしか見えないだろうということで許可が下りましたが、本来は人の怪我をこうやって治すのはあまり良くないのだそうです。人にはちゃんと治癒能力が備わっているのに、それを妨害すれば人の体が弱くなってしまうのだとか。その理屈は納得できますが、流石に今だけは……。
そして更に数時間後。
無数の妖の屍が横たわる中、歴史を変える最後の一撃が大地へと打ち込まれました。
金さんが作った巨大な震鎮鉄の槍は、桃さんの炎と浦さんの水を纏い、龍さんの風の力を得て凄まじい速度で大地へと突き刺さりました。戦闘中も土の神の姿が見えなかったのは当然で、土の神は精霊のような姿はしておらず大地そのものだったのです。なので三太郎さんと龍さんの協力攻撃は大地を大きく揺らし、地面から絶叫のような地響きが何度も何度も鳴り続けます。
<3つの属性をまとった時、震鎮鉄は神戡鉄となって神を殺す鉄となる。
神代の言葉じゃが、まさか我が目で見ることになるとはな……>
風の神が世界を渡る力を特別に持つように、土の神は神を殺す力を特別に持っているんだそうです。なぜそんな力が必要なのかは龍さんにも解らないそうですが、安定や不変を司る土の神だからこそ、万が一にも他の神が暴走した時に抑える役目を負っていたのではないか……との事でした。今回は3つどころか4つの属性をまとっていた訳ですが、そのせいなのか大地の揺れは驚くほどに強く、地面に弾かれて飛ばされてしまいそうなほどです。
ただその揺れも徐々に小さくなり、そして聞こえなくなりました。
山奥に再び静寂が戻ってきましたが、誰一人として声を上げません。
真っ先に声を上げたのは緋桐さんでした。
「勝鬨を上げろ!!」
それに続いて蒔蘿殿下も
「我らの勝利だ!!」
と声を上げ、兄上が
「新たな神々に心からの敬愛を……」
とその場に跪いて祈りを捧げます。それに習うように全ての人が跪くと、兄上の言葉を復唱して祈りを捧げました。
そんな兄上たちからそこそこ離れた場所に金さんと降り立った私は、勝鬨の声を聞いてもまだ信じられず、
「本当に終わった……の?」
と横にいる金さんに尋ねてしまいます。そんな私に対し「あぁ、終わった」と静かに、でも力強く金さんは答えてくれました。なので続けて
<浦さんも桃さんも龍さんも、大丈夫?>
そう心話で尋ねれば、みんな疲れ果てはしたが無事だと返ってきます。終わったんだ、みんな助かったんだ、世界も崩壊しないんだと安堵した途端に腰が抜けてしまいました。そんな私にサッと差し出された手は複数あり、一番早かった腕は桃さんでした。
「桃さん!!!」
周囲の惨状は後回しで桃さんへ抱きつくと、桃さんもしっかりと抱き返してくれます。そして
「俺様は大丈夫だって言っただろ?」
と何時ものようにニカッと笑う桃さんに私は泣き笑いの顔を向け、もう一度ぎゅっと抱きしめます。そんな私達の周囲には浦さんや龍さんはもとより、少し離れた所には兄上と山吹、そして蒔蘿殿下や緋桐さんも集まってきました。
「兄上!」
今度は兄上へと飛び込み、ギュッと抱きしめます。今の兄上は幼い頃とは違ってかなりムキムキなので、私の腕の中には収まりきりません。それでも精一杯抱きしめます。
「蒔蘿殿下も緋桐さんもありがとう。そして無事で良かった」
少しでも兄上から離れたくなくて、抱きついたまま殿下方に顔を向けて話しを続けます。不敬罪だと言われそうですが、今は誰かに支えてもらえないと立っていられない状態なので許してほしいところです。
遠くを見れば神職も兵も、そしてヒノモトもミズホも関係なく肩を抱き合い、掴んだ勝利をお互いに称え合っています。その場にいる人々全員が笑顔なのですが、この時になってこの地にいるのは人間だけじゃないって事に気づきました。姿を消した状態ですが、無数の精霊がそこかしこにいるのです。土も水も火も……無数の精霊が、浦さんの力を使いまくった直後の私にはキラキラと輝いて見えました。
「金さん、精霊がいっぱい いるよ」
「我らの助けにならんと馳せ参じてくれたモノ達だ」
人と精霊と神が手を取り合って勝利を掴む、まるでファンタジー小説のようです。でも作り話でも何でもなく私の眼前でその光景は繰り広げられていて、見ているだけで私も嬉しくて仕方がありません。
ただ少々眠くて仕方がなく……、気を抜いたら一瞬で意識が遠くなってしまいます。よくよく考えれば朝の4時前に問答無用で起こされて、そこからは緊張し続けてきたのだから、眠くなってしまうのも当然です。
「ははは、もう大丈夫だから。ゆっくりとおやすみ」
兄上が私を抱き上げるのと同時に、私は眠りに落ちてしまいました。
なので気づかなかったのです。
舞い踊る無数の精霊の中の一つが
<ミ……ツけ……タ……、オノレ……キサマの……セイ……で…………>
こう思っていた事を……
絶対に足手まといにはならない、決して自分勝手な行動はしないと心に決めていたのにも関わらず、身体の一部を失った桃さんや龍さんを見た途端に冷静さが地平の彼方へと消え去ってしまっていました。
唇をグッと噛み締めてから、自分の両頬を全力でひっぱたきます。ジンジンと熱を持った頬が痛んで涙が滲みますが、何より家族をまた失ってしまうかもしれないという恐怖に涙が零れ落ちそうです。ですが泣いている時間なんてありません、私にだって出来ることが必ずあるはずだから。
「ごめん、金さん。もう大丈夫だから」
私が努めて冷静にそういえば、金さんはチラリと私を見てから地面へと下ろしてくれましたが、それでも腕は腰に回されたままです。
「そなたの気持ちは解る。また我らを思うそなたの気持ちを嬉しくも思う。
だが……ならぬ。そなたを地表に下ろすことは出来ぬのだ。」
事前に決めてあったのは、とにかく私は地表に足をつけるなという事でした。なので万が一の逃走の際にも龍さんの霊石を使って空を行くか、水に飛び込んで泳げと言われていたぐらいです。もちろん土につま先がチョンとついた途端に土の神に察知されるなんて事はないらしいのですが、念には念を入れた方が良いという事でした。ちなみにこの天空島の大地は完全に金さんの影響下にあるので、私が足をつこうが手で触れようが問題ありません。
逆をいえば天空島以外の大地は、土の神の影響下にあるということです。母上たちに通信機を渡すついでにマガツ大陸の大部分は金さんの支配下においてきたのですが、アマツ大陸はまだまだ土の神の影響が大きいのです。その大きな影響を少しずつ削って金さんの影響下に移行させる予定だったのですが、土の神の暴挙のせいで上手くいきません。
天空島の高度はどんどんと下がっていきます。降下を始めた頃より速度が上がっているうえにバランスも取れていないので、足元はかなり傾いています。金さんの補助があるおかげで立っていられますが、もし一人なら今頃地表に転がり落ちていたかもしれません。降下速度はともかく、バランスがここまで悪いのは龍さんが追い込まれている証拠です。同時に地表に近づけば近づくほど、気温がどんどんと上がっていく事がわかります。当然自然現象ではなく、桃さんが火の精霊力を使いまくっている所為です。そのフォローを浦さんがしているはずなのですが、この火の月のヒノモト国のような気温から察するに、浦さんのフォローもそろそろ限界のようです。
(高度を下げたのは、別の意味でも正解だったかも……)
天空島には驚くべきことに小さめの湖と川があります。それらの水は天空島の端から地表に流れ落ちているのですが、高度がかなりあるために地表に着く前に全て霧となってしまって、地面や地表にいる人達が濡れる事はありません。
ですが今、高度が下がったことで天空島の川の水が地表に届くようになり、桃さんの力によって燃え上がった地面が消火され、大規模な山火事を防いでいます。その分、熱気といえば良いのか濛々と立ちこめる水蒸気がすごくて蒸し暑くはあるのですが、山火事になってしまうよりは遥かにマシです。
(冷静に……冷静に……)
一度やらかしたからか、今は一周まわってかなり冷静に周囲を見る事ができるようになりました。余裕が出来たのかといえば、そうではありません。余裕は一切ありませんが、視野が広がった感じです。そんな私に気づいたのか、天空島の縁から数歩後ろのところまでは進ん良いという許可が金さんからもらえました。現状を知る手段が無いという事が、私を余計に追い詰めていたと思ってくれたようです。
そうなると気づくのが敵の攻撃が基本に西側から来ていることです。どうやら敵は西側にいるようで、全方位から攻撃はくるものの西側だけが特に攻撃が激しく感じます。ここアスカ村から西側といえば元私達の家があった方角で、人家は一切ありません。他の山々に比べてあの山はテーブルマウンテンのような特殊な地形があったりと、ちょっと特別感がありました。植生も豊かでしたし、畑の実りも悪くなかったように思います。あの場所に土の神が居た訳ではないと思いますが、人が立ち入る事ができないような秘境+精霊力が強い場所という精霊の聖地の条件に、あの山の付近は確かに当てはまります。
振り返れば東の山際の空がうっすらと色が変わってきていて、夜明けが近いことが解ります。その時チリチリとうなじに静電気が走ったかのような感じがして、慌ててもう一度西側を見ましたが何もありません。ですが何とも言えない嫌な気配に私の横にいた金さんと同時にバッと空を見上げたら、そこには驚くほどに大量の土砂が地面に向かって降り注ごうとしているところでした。
「なんで土が下からじゃなく上からくるの?!」
思わず自分の頭を庇うように腕を上げますが、よく見ると土砂の流れ落ちる方向が微妙にこちらに向いていません。嫌な予感がして視線だけをそちらにむけると、そこには地上で巨大蛇や蜥蜴と戦っている桃さんが居ました。しかも敵に集中している為、空の異常にまだ気がついていないようです。
「桃さん!! 上!!!!」
慌てた私が大声で叫ぶのと、土がまるで大波のように桃さんに襲いかかるのは同時でした。振り返った桃さんの上にアッという間に土砂が降り注ぎ、戦っていた蛇や蜥蜴ごと姿が見えなくなります。
「も……も、さ……???」
ガタガタと手足が震え、足からに力が抜けてへたり込みそうになるところを、金さんが支えてくれます。桃さんが居た場所には土砂の山が出来上がっていて、その上にまるで勝ち誇るように別の蛇がとぐろを巻き、空にいる私達に向かって大きく口を開けて「シャーーーー!」という威嚇音を発しています。
私は蛇が嫌いです。見るのすら嫌なのに、嫌いだからこそ直ぐに目についてしまいます。なのに今は視界に入っているはずの蛇が、情報として脳にまで入ってきません。
「もも……さん? 嘘だよね?」
自分の声が少し遠くから聞こえてくるように感じ、心臓が耳にぶら下がったかのようにドクンドクンという心音が直ぐ近くで聞こえます。
「落ち着け、まだ桃の気配はある! 桃は無事だ!!」
直ぐ横にいる金さんがそう言ってくれますが、たとえ今無事だとしても、もう桃さんにはアレだけの土砂をどうにかする力が残っているのかどうか……正直あやしいラインです。
「金さん、私、ここでちゃんと大人しくしているから!!
だから桃さんを助けに行って!!」
あそこから桃さんを助けだせるのは、その余力が残っているのは金さんだけです。私を守る為にここに残る必要があるというのなら、私をあの巨樹に縛り付けて安全を確保してからで良いから、桃さんを助けに行ってと金さんにすがりつきます。ですが金さんの答えは
「ならぬ。まずはそなたを此処から遠ざけ、安全を確保してから戻る」
「どうして!! どうして分かってくれないの!!」
「そなたこそ解ってくれ!」
喉から血が吹き出そうなほどの絶叫を上げ、お願いだから桃さんを助けてと言っているのにそれが叶わない。どうして! どうして!! そんな思いで心どころか身体すら弾け飛んでしまいそうです。
その時、
「打ち払え!!」
と予想だにしない声が山間にいきなり響きました。そしてその声が聞こえた直後、ヒュンッ!と空を裂く音が聞こえたかと思ったら、土砂の上でとぐろを巻いていた巨大蛇の胴体に槍のような何かが何本も突き刺さり、蛇がシューーシューーという音を出してのたうち回ります。
何が起こったのかと槍が飛んできた方向を見れば、完全武装した人がたくさんこちらに向かって何かをしていました。先程の槍はヤマト国の砦などにある大型弩砲から放たれた矢?のようで、次々と飛んできては巨大な蛇や蜥蜴、それに土蜘蛛へと突き刺さります。妖の数は膨大で、それだけで一掃できるようなものではありませんが、少なくとも味方がいるという事実は私の心に少しだけ明るくしてくれます。
<あー、これで聞こえるのかな? 櫻嬢、私だ、蒔蘿だ。
全ての妖を任せろとは流石に言えないんだが、
それでも精霊様方が自分のなすべきことに集中できるように
人も力を尽くすべきだと思い参上した。そう三太郎様方に伝えてくれるかい?>
<蒔蘿殿下、ありがとうございます>
心話は便利です。もし今のこの流れが会話だったら、僅かに得た希望と安心に泣き出してしまって、言葉にならなかったかもしれません。蒔蘿殿下にお礼を伝えるのとほぼ時を同じくして
「吼えよ ヒノモト武人よ! 今こそ我らの力を示せ!!」
「おおおおーーーー!!!!」
再び山間に響いた声は間違いなく緋桐さんのものでした。山々を揺るがすほどの鬨の声と同時に、ヒノモト風の武具を身にまとった緋桐さんが腰から剣を抜いて妖を次から次へと撫で斬りにしていきます。その後ろを続く武装軍団の先頭には見知った顔が幾つかあり、よくよく見ればそこにいたのは緋桐さんの随身だった柘榴さんと牡丹様の随身の海棠さん、それに梯梧殿下の随身の刺桐さんでした。3人は部隊長といった地位のようで、配下の人々に指示を出しながら自分も危なげなく次々と妖を屠っていきます。
<櫻姫、間に合って良かった……>
<緋桐さん、心の中では姫……って言ってたんですね>
<……これは不便だな>
緋桐さんからの心話に更に安心感と希望をもらいます。どうやら蒔蘿殿下と事前に相談でもしていたのか、遠くにいる路線バスのような巨大サイズの妖のみを大型弩砲で対処し、それ以外の妖は歩兵で対処するようです。大型弩砲の矢が降ってくるような場所で戦うのは危険ですし、当然といえば当然かもしれません。
<櫻、僕達も戦うよ>
<兄上?!
兄上、桃さんが、桃さんがぁっっ!!>
迷惑をかけないように冷静でいようとギリギリ保っていた心が、兄上の登場と共に崩壊してしまいました。兄上、兄上と何度も呼びかけて泣きつきます。
<なっ、直ぐに祈りを捧げる! 人の祈りが精霊様の力になるんだろ?
だから落ち着け、自分の出来る事をするんだ!>
<お嬢、桃様がそんな簡単にやられるはずがありません。
ですから落ち着いて、まずは自身の安全をしっかりと確保してください>
東の空から太陽が顔をのぞかせ、辺りを徐々に明るく照らしていきます。その太陽光を背に兄上が立っていて、その斜め後ろには控えるようにして山吹も居ました。その兄上たちの背後には兄上と良く似た、でももっと線の細い壮年の男性と見たことのない男性、それから菖蒲様の随身の朝顔さんも居ました。
その兄上が手をバッと上げるのと同時に、兄上の後ろにいた人々の間からドン!という大太鼓の音が響き、次にシャラララと鈴の音がなりました。この音は大社や神社に行った時に良く聞いた音で、祝詞や祭文を奏上する時に使う楽器です。
「祈りを捧げよ! 新しき神々へ言祝ぎを!」
という兄上と良く似た男性がそう声を上げます。11歳の頃に見た東宮を老けさせたらこうかもしれないという風貌なので、恐らくですが兄上の父親だと思います。
その声を合図にドンッ!ドドッドンドドドンドン!というリズミカルな音が繰り返され、その合間に鈴の音が鳴り響きます。そしてそれらの音に合わせるように、低音ボイスで神へ祈りを捧げる言葉が朗々と紡がれ始めました。
最初は何の変化もありませんでした。
ところが徐々に金さんの周りに小さな光が集まってくるのが解ります。
「金さん?」
「あぁ、なるほど……。我が身で感じて初めて解るな」
しみじみとそういう金さんですが、それよりも気になるのは桃さんです。ですが桃さんを埋めた土砂には何も変化がなく、焦りばかりが募っていきます。
「精霊力を増やすのではなく、強めているのか……。
だが効率が悪いように思うが……、
櫻、槐に我らの名を祈りに加えるように伝えてくれぬか?」
「え? うん、解った」
増やすのではなく強めるという意味がわからず、少しきょとんとしてしまいましたが、次に来た明確な指示を直ぐに兄上に伝えます。
そしてその効果は絶大でした。
金さんの周りに集まる光の量も輝き具合も桁違いになり、同時に浦さんの水の霊力も戻ったのか下から伝わる気温がグッと下がります。金さんはその効果を目の当たりにし、
「昔、我ら精霊にとって名は意味がないと申したが、
今この時より、その認識を改めよう。名とは精霊と人を結ぶ重要な鍵だ」
としみじみと言います。どうやら今まで土の神へも祈りの力が僅かではあるものの流れていたのが、祈りの言葉に名前を入れる事で金さんに全振りされるようになったのだとか。その違いは確かに大きいうえに重要です。
そして……
ドッゴーーーン!!!
と言う爆発音と共に土砂と黒焦げになった蛇と蜥蜴の屍が吹き飛び、ついでに槍衾になっていた巨大蛇も吹き飛ばして
「俺様ふっかーーーーつ!!!」
と桃さんが土砂の下から飛び出してきました。急なことに言葉が出ず、ただ安堵の涙が止まりません。ただ復活したといっても当然ながら全快した訳ではなく、全身がボロボロな事に変わりはありません。
<桃さん、一旦私のところへ戻ってくることって出来ない?>
<お前の中に戻って急速回復しろって事なら、悪ぃが出来ねぇ。
そんな事をしたらお前が昏倒しちまう>
こうしてこの場に居ることしか出来ない私が昏倒したところで……と思ってしまいますが、いざという時に動けないようでは足手まといの極みです。ならば桃さんを回復させる為には、祈りの力をもっともっと上げてもらうしかありません。
<兄上、全力で祈ってってお願いして。
今既に全力だろうけど、ここで対処できないと後がないの>
<あぁ、解ってる>
兄上に伝え終わると、私は金さんに一つ相談をしました。そして許可をもぎ取ると、腰に下げていた霊石のうち、深棲璃瑠と火緋色金を取り出し、それを握りしめながら自分のやりたいことを具体的にイメージします。
いつぞやの天都でやったのと同じ方式で夜明けの空に浮かぶ雲が集まり、そこに明暗が生まれたかと思うと人の顔のようになりました。織春金で声を届けることも考えたのですが、幸いにもここには神の使いだと人々に思われている蒔蘿殿下と緋桐さんがいます。なので神の声を彼らから伝えてもらう事にしました。
<空に雲で顔を描きました。新しい神は皆を見守っている。
そして神は神職には更なる祈りを、兵には更なる武功を望んでいると
そう伝えてください>
そう伝えると地表から聞こえる祈りの声が一気に膨れ上がりました。こんなに余力があったのかと驚いたのですが、どうやら長丁場に備えて4交代制だったのを、2交代制という一歩間違えたら崩壊してしまう強行軍へ切り替えたそうです。
彼らはアマツ三国や天都の神職たちの中でも霊格が高い人らしいのですが、その数はミズホ国が頭一つ抜けて多いようです。神職の装束は仕える神が違っても大差ないのですが、袴の色が違っていて所属は遠目からも解ります。そんな青い袴の人たちの先頭に居る男性は誰かは解りませんが、身につけているものや周囲の人の対応などを見るとかなり地位の高い人のようです。
というか、地位の高い人がこんな所に来ちゃ駄目じゃない?と思うのですが、
<だから茴香は来てないだろ?
茴香は自分も行くと言い張ったが、王太子は流石に前線には送れない。
名代として随身を送るにとどめるようにと陛下から言われ、渋々了承したんだ>
<俺は兄者がいるから大丈夫だ。ただ俺だけじゃヒノモト国の誠が示せないと
兄者の名代として刺桐もきているし、緋色宮の代表として海棠も来ている。
ようはヒノモト国は宮家も含めて総力を上げて協力しているって事だな>
<僕の後ろの人達は少々後ろめたい事があるから、
精霊様への贖罪を目に見える形で示したいんだと思うよ>
兄上たちとも心話で連絡が取れるというのは便利です。兄上の後ろに居る人のうち一人が東宮なのは解っていたのですが、もう一人は現ミズホ国王だそうです。いや、前線に絶対に出ちゃ駄目な人じゃない!と思ったのですが、当然ながらそんな心配は既に殿下たちがしていて、それでもミズホ国の誠意を神に示す為に自分が出たいのだと譲らなかったのだとか。確かに最近はミズホ国が何かとないがしろにされているように感じる事が多かったとは思いますが、この人の所為ではありません。全て前国王のアルティメットシスコン王と、その王の寵愛(と書いて権力と読む)を欲しがった妃とその実家のせいなので、少々申し訳ない気持ちになってしまいます。
天空城は現在は停止しており、傾きも治りました。人の登場により大きく情勢が変わったからです。龍さんだけは変わりませんが、三太郎さんは祈りの力によるブーストが得られた結果、徐々にこちら側が優勢になっています。
ただそれを挽回しようとでもいうのか妖の動きが活発になっていて、神職部隊とその周辺を守る兵は今のところ大きな被害はないのですが、妖と直接戦っている兵たちは徐々に疲弊して怪我を負う人が増えてきました。
「金さん、この霊石って私の思う通りに力が働くんだよね?」
念の為に金さんに確認し、更には自分のやりたいことを相談します。自分の感情のままにやらかすのは1回で十分でなので、金さんの許可を必ず取るように心がけます。そして許可を渋々出した金さんの横で座り込むと、精霊石を全て出して眼の前に並べます。どれぐらい精霊石を消耗することになるのかわからないので、いつでも補充できるようにしておく必要があるのです。
イメージするのは傷の回復。
織春金には毒などの異常を正常な状態へ戻す変化を。
火緋色金には失った血液の増殖と体温の上昇を。
深棲璃瑠には傷口をつなぎ合わせる連結を。
震鎮鉄には直した状態の固定を。
ギュッと目を瞑って、それらを祈ります。ただ同時に雲で作った顔を維持する必要もあり、両立するにはどうしたら良いのかと考えます。たどり着いた答えは、雲から癒しの力が降り注ぐイメージなら行けるかもというものでした。光の梯子が地上へと下りていくイメージで力を使うと、途端に地上からは歓声が湧き上がり、
「神女は我らと共にあるぞ!!」
「神々のご加護は我らと共に!!」
なんて声が聞こえてきます。士気もかなり上がったようで、妖の討伐速度が一気にあがったと緋桐さんから報告が入りました。使っている霊力はあくまでも三太郎さんと龍さんのものなので、土の神からすれば三太郎さんたちが何かしているようにしか見えないだろうということで許可が下りましたが、本来は人の怪我をこうやって治すのはあまり良くないのだそうです。人にはちゃんと治癒能力が備わっているのに、それを妨害すれば人の体が弱くなってしまうのだとか。その理屈は納得できますが、流石に今だけは……。
そして更に数時間後。
無数の妖の屍が横たわる中、歴史を変える最後の一撃が大地へと打ち込まれました。
金さんが作った巨大な震鎮鉄の槍は、桃さんの炎と浦さんの水を纏い、龍さんの風の力を得て凄まじい速度で大地へと突き刺さりました。戦闘中も土の神の姿が見えなかったのは当然で、土の神は精霊のような姿はしておらず大地そのものだったのです。なので三太郎さんと龍さんの協力攻撃は大地を大きく揺らし、地面から絶叫のような地響きが何度も何度も鳴り続けます。
<3つの属性をまとった時、震鎮鉄は神戡鉄となって神を殺す鉄となる。
神代の言葉じゃが、まさか我が目で見ることになるとはな……>
風の神が世界を渡る力を特別に持つように、土の神は神を殺す力を特別に持っているんだそうです。なぜそんな力が必要なのかは龍さんにも解らないそうですが、安定や不変を司る土の神だからこそ、万が一にも他の神が暴走した時に抑える役目を負っていたのではないか……との事でした。今回は3つどころか4つの属性をまとっていた訳ですが、そのせいなのか大地の揺れは驚くほどに強く、地面に弾かれて飛ばされてしまいそうなほどです。
ただその揺れも徐々に小さくなり、そして聞こえなくなりました。
山奥に再び静寂が戻ってきましたが、誰一人として声を上げません。
真っ先に声を上げたのは緋桐さんでした。
「勝鬨を上げろ!!」
それに続いて蒔蘿殿下も
「我らの勝利だ!!」
と声を上げ、兄上が
「新たな神々に心からの敬愛を……」
とその場に跪いて祈りを捧げます。それに習うように全ての人が跪くと、兄上の言葉を復唱して祈りを捧げました。
そんな兄上たちからそこそこ離れた場所に金さんと降り立った私は、勝鬨の声を聞いてもまだ信じられず、
「本当に終わった……の?」
と横にいる金さんに尋ねてしまいます。そんな私に対し「あぁ、終わった」と静かに、でも力強く金さんは答えてくれました。なので続けて
<浦さんも桃さんも龍さんも、大丈夫?>
そう心話で尋ねれば、みんな疲れ果てはしたが無事だと返ってきます。終わったんだ、みんな助かったんだ、世界も崩壊しないんだと安堵した途端に腰が抜けてしまいました。そんな私にサッと差し出された手は複数あり、一番早かった腕は桃さんでした。
「桃さん!!!」
周囲の惨状は後回しで桃さんへ抱きつくと、桃さんもしっかりと抱き返してくれます。そして
「俺様は大丈夫だって言っただろ?」
と何時ものようにニカッと笑う桃さんに私は泣き笑いの顔を向け、もう一度ぎゅっと抱きしめます。そんな私達の周囲には浦さんや龍さんはもとより、少し離れた所には兄上と山吹、そして蒔蘿殿下や緋桐さんも集まってきました。
「兄上!」
今度は兄上へと飛び込み、ギュッと抱きしめます。今の兄上は幼い頃とは違ってかなりムキムキなので、私の腕の中には収まりきりません。それでも精一杯抱きしめます。
「蒔蘿殿下も緋桐さんもありがとう。そして無事で良かった」
少しでも兄上から離れたくなくて、抱きついたまま殿下方に顔を向けて話しを続けます。不敬罪だと言われそうですが、今は誰かに支えてもらえないと立っていられない状態なので許してほしいところです。
遠くを見れば神職も兵も、そしてヒノモトもミズホも関係なく肩を抱き合い、掴んだ勝利をお互いに称え合っています。その場にいる人々全員が笑顔なのですが、この時になってこの地にいるのは人間だけじゃないって事に気づきました。姿を消した状態ですが、無数の精霊がそこかしこにいるのです。土も水も火も……無数の精霊が、浦さんの力を使いまくった直後の私にはキラキラと輝いて見えました。
「金さん、精霊がいっぱい いるよ」
「我らの助けにならんと馳せ参じてくれたモノ達だ」
人と精霊と神が手を取り合って勝利を掴む、まるでファンタジー小説のようです。でも作り話でも何でもなく私の眼前でその光景は繰り広げられていて、見ているだけで私も嬉しくて仕方がありません。
ただ少々眠くて仕方がなく……、気を抜いたら一瞬で意識が遠くなってしまいます。よくよく考えれば朝の4時前に問答無用で起こされて、そこからは緊張し続けてきたのだから、眠くなってしまうのも当然です。
「ははは、もう大丈夫だから。ゆっくりとおやすみ」
兄上が私を抱き上げるのと同時に、私は眠りに落ちてしまいました。
なので気づかなかったのです。
舞い踊る無数の精霊の中の一つが
<ミ……ツけ……タ……、オノレ……キサマの……セイ……で…………>
こう思っていた事を……
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