【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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終章

17歳 -3月-

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「さ…ら、お願……か…目を……て……」

どこからか悲痛な女性の声が聞こえてきます。ですが同時にピッ……ピッ……という耳障りな機械音も聞こえてくるうえに耳鳴りが酷く、上手く聞き取れません。それに何だかとても呼吸が苦しくて、自分の口からヒューヒューと冬の隙間風のような音がしています。

(……あぁ、そういえば病院に運び込まれていたんだっけ)

金さんを助けに行った時点で、すでに私の身体は病院にありました。一時的に魂が抜け出てしまった事が私の身体にどのような影響を与えたかは分かりませんが、決して良い影響でない事は確かです。

そんな訳で自分が病院に居るという事は早々に気づけたのですが、聞こえてくる声が誰のものなのかが解りません。その声に集中しようにも、自分の呼吸音や耳鳴りが邪魔で判別できないのです。仕方なく目を開けることにしたのですが、おそらく無駄だろうなぁと心の中で苦笑してしまいます。経験があるので予想出来てしまうのですが、全身を強く打つと身体が思うように動かせません。寝返りを打つどころか、指1本すら自分の思い通りに動かす事が出来ないのです。子供の時はそれに加えて知らない場所+知らない人ばかりという状況にパニックになってしまい、慌てた看護師さんに呼ばれたお医者さんが飛んできたりもしました。

今回は状況をしっかり把握できているのでそんな事にはなりませんが、やっぱり身体が思うように動かせない所為で天井しか見えません。辛うじて視界の端に天井から吊り下げられたカーテンレールが見えて、そこから真っ白いカーテンがベッドをぐるりと囲んでいるのは解りましたが、肝心の視界がいつもより狭く、そして暗いように思います。違和感しかない両目をこすりたいのですが、指すら動かせないのに腕が動く訳がありません。

どうしたものかと思っていたら、かなり離れた所から何度も床に何かを叩きつけるような音がしている事に気づきました。そしてその音の度に

「すま……、本当……すまない!!」

と謝っている男性の声がします。先程の囁くような女性の声とは違ってかなり大きな声で話しているようで、時々聞き取り辛くはなるもののどうにか聞き取れます。

「あんたの所為じゃないって事ぐらい解っとる。
 だから土下座なんてやめてくれ。
 それにあんただって怪我をしてるんだ、家に戻って休んだ方が良い。
 何より今はあの子の傍に居たい、あんたが居たらあの子のところに行けん」

「そ、そうだな。すまない……」

そんな声の後に衣擦れの音がしたと思ったら、足音が遠ざかっていきます。急に声を含めた周囲の音が聞き取りやすくなった事に面喰いますが、考える間も無く原因は一つです。

<龍さん、ありがとう>

本体なのか分身わけみなのかは解りませんが、どちらにしても龍さんの霊力であることに違いはありません。あと分身も1つじゃなくて最低でも2つか3つは私の中に隠れていそうです。

<事ここに至ってはわしに出来る事など無いに等しい。
 せめてもの償いじゃ。力を貸すからおぬしの願いを果たせ>

<ありがとう。そういえば三太郎さんたちは??>

<金は眠りについた。受けた痛手を回復するまでは目覚めぬじゃろう。
 浦と桃は少々力を使いすぎたうえに、
 今はおぬしの怪我の痛みを抑える為に力を使っておるから
 おぬしに声をかける余裕は無さそうじゃ>

<そっか。二人ともありがとう……>

二人からの返事はありませんが、大岩の直撃を受けておきながら痛みが一切無いという時点で気付くべきでした。おかげでこんなにも穏やかに心話を交わせます。

そうやって二人にお礼を言い終わった時、変化のなかった視界にいきなり女性が割り込んできました。その顔は17年前と何も変わらず、あの日の朝に会った時のままでした。

「お……ばぁ…………ちゃん」

「良かった! さくちゃん、良かったっ!!」

「気が付いたのかっ!!」

みるみるうちに目に涙を溜めた祖母が声を上げ、それを聞きつけた祖父までもが私の視界の中へとやってきました。

「おば……ぁ……ちゃん、お味噌……買えてない、ごめんね」

「何言ってるの!」

真っ先に思い出したのは、あの日頼まれていたお味噌を買えてないって事でした。それどころじゃないってのは自分でも解っていますが、お祖母ちゃんの顔を見た途端に思い出してしまったのです。

「おじいちゃん、……いっぱい…………ありがとう。
 おばあちゃんも…………ありが…………とう。幸せでした」

次に何よりも伝えたかった事を伝えます。どれくらい時間が残っているのか解らないので、さっさと伝えるに限ります。

「!! そ、そんなことを言うんじゃない!!」

お祖父ちゃんは厳しい口調でそう言うと、眉根を寄せて眉間に深い皺を3本も刻みます。実はお祖父ちゃんはかなり涙もろく、テレビ番組などで泣きそうなシーンになると、こんな表情になってしまう事を私は知っています。

「もう、時間…………が無い……の」

私は徐々に辛くなる呼吸を堪え、途切れ途切れに自分が本当なら幼児の時の事故で命を落としていたはずだったこと、それを両親が自分たちの命と引き換えに寿命を延ばしてくれたこと、そしてそれすらも尽きてしまった事などを伝えます。

普通に考えたら信じられない話でしょうし、私も聞く側だったら事故の影響で記憶が混乱しているか、何か夢を見たに違いないと考えたと思います。なので祖父母がすんなり信じてくれたらラッキーだなぐらいの気持ちですが、私が伝えたいのは時系列や事実ではなく今の私の気持ちであり、何より誰も何も悪くないって事です。諸悪の根源は狂神で、両親や祖父母はもとより、バスの運転手のおじさんも偶然出会ったお姉さん家族も、誰も悪くないのです。




そうしている間にも意識が徐々に遠くなっていきました。あと、伝えなくちゃいけない事は何かあったかな?と記憶を総ざらいします。何はともあれ祖父母には少しでも安心してほしくて、両親に加えてたくさんの家族が出来た事を伝えることにします。

「そ……、お父……と お母さ…………会え……た…………」

天井を見ながらそう言った途端、祖母は虚空に向かって大声で

「こんな若い娘を連れて行く気なの!何を考えているの!!
 二人とも帰りなさい! さくちゃんはまだそちらにやりません!!」

と叫んで、私の上に覆いかぶさります。

「おば………ちゃん、違うの……」

あぁ、もう本当に残された時間は無いようです。お祖母ちゃんが覆いかぶさった所為で視界が暗くなったのかと思いましたが、もう何も見えないし、龍さんが力を貸してくれているはずなのに声も聞こえません。私は最後の力を振り絞って

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ごめんね。
 ありがとう、しあわせ……でした……」

と伝えると、全ての感覚が消えてなくなったのでした。








幾重もの結界に包まれた浮遊島。

気が付けば家族の待つ世界へと戻ってきていました。移動している間は意識が無かったため、気が付けば未来樹が視界いっぱいに広がっていて、しばらくぼーっと未来樹を見つめ続けてしまいます。

その未来樹の根本には青や赤や緑に色づいた光に包まれた空間があって、私はそこにゆっくりと横たわりました。光越しに見る未来樹はとても輝いていて、何もかもが穏やかで心地よく……。私はここで眠りにつくのです。

私の魂がこちらの世界の輪廻転生の環に入れるようになるまで、どれぐらいの時間が掛かるか解りません。その間、魂のままで漂っていると穢れが溜まってしまって、場合によっては妖化してしまいます。

また叔父上の時のように自分の身体に魂を封じてという手も、今回に限っては使えません。なにせ私の身体はあちらの世界で火葬されてしまったはずですから。

心の底から、意識がなくて良かったと思います。

その意識の無い間に、龍さんと向こうの神様たちとの間で話し合いが行われ、今回の1件は私たちの世界に非があるのは確かだけれど、同時にあちらの世界に穢れを残さないように金さんが身体を張ったこともあって、「終わり良ければ全て良し」とばかりに和解が成立しました。ただ私と両親の魂の移籍に関しては別問題なので、これはまた後日話し合う事になるのだそうです。

ただ私のいた世界は仮葉なので、交渉は比較的簡単にいくだろうというのが龍さんの読みです。付け加えるとその仮葉は役目を終えた為、徐々に本葉へと吸収されていく事になるのだとか。どういう仕組みで吸収?合併??するのかは神のみぞ知るところですが、仮葉を吸収することで本葉が活性化する(かも?)との事で、あちらはあちらでメリットがあったようです。

なんか、あちらの神様もけっこう強かしたたかかも??




光に包まれて未来樹を見上げていると、徐々に眠くなってきました。

この小さな結界の中に居れば穢れが溜まることもなく、長く私という魂の形を保てるんだとか。浮遊島にかけられている結界だけでもその役目を十分に果たせるらしいんだけど、意識が無い時は念には念を入れておいた方が良いとのことで、眠るときは浦さんと桃さんと龍さんの結界の中で眠ります。金さんの結界は、目覚め次第追加予定です。ここには金さんの分身が居てくれるけれど、彼は彼で浮遊島自体の結界や世界の運行などに力を使う必要があるので、無茶はさせられません。

<母上や叔父上、兄上たちに謝らないと……>

<えぇ、解っていますよ。代わりに私たちがしっかりと怒られておきます>

そう浦さんが言ってくれます。

<あと、つるばみや山吹にも……ありがとうって……>

<それは俺様が言っておくから、安心しろ>

桃さんが自分の胸をドンッ!と叩きながら言います。

<あとね茴香ういきょう殿下や蒔蘿じら殿下に技術開発には気を付けて……と、
 緋桐さんには精霊剣の取り扱いは注意して……って伝えて>

<大丈夫じゃから、安心しろ。あの者たちとて愚かではない。
 おぬしを悲しませるような事はせんじゃろうよ>

そう龍さんが請け負ってくれます。あとは皐月姫殿下に女子会一回しかできなくてごめんねって伝えてほしいとか、牡丹ぼたん様や菖蒲あやめ様にもお礼を伝えてほしいとか、青藍を始めとした青・赤両部族の今後もお願いとか、心に過る様々な事を取り留めもなく口にします。ちなみに金さんにも言伝を頼もうとしたのですが、それは自分の口で言えと断られてしまいました。

<何も心配しなくて大丈夫、あなたの思いは私や桃や龍がちゃんと繋ぎます。
 それに金だって目覚めたら同じことを言うはずですよ>

浦さんは大地に横たわる私を優しく見つめながら、そう言い切ります。この17年間、誰よりも一緒に居た三太郎さんとは以心伝心レベルで気持ちが通じ合う事もありました。小さなことでは晩御飯のメニューから、大きなところでは今後の展望まで……。

<そっか……そうだよね………………。
 そういえば、お父さんやお母さんも一緒に眠るんだよね?>

<あぁ、機を見て儂があちらの神々と交渉をしてくる。
 それが終われば、おぬしたちの魂もこちらで循環できる>

<そっかぁ……、楽しみだなぁ……。
 次はね、私も……最低でも母上ぐらい……大きく…………なりたいなぁ>

<それは無理じゃなぁ。おぬしの魂があちら産なのは変わらんから、
 いきなり身体だけを大きくしても魂へ負担がかかる。
 何度か転生して、徐々に魂を大きくしていくのが良いじゃろうな>

<えぇ…………、ざん………………ねん…………………>

どうやら次の人生でも私の身体は小さいみたいです。残念ですが少しずつこちらの世界に馴染んでいくのだと思えば、楽しみでもあります。

あぁ、それにしても……眠くて仕方がありません。

<ごめん、ねむい……>

<えぇ、おやすみなさい。良い夢を見るのですよ>

<次に目が覚めたら、また一緒に遊ぼうぜ。
 その頃には金も目覚めてるだろうしな!>

<後の事は全て儂らに任せておけ。
 おぬしが負うた苦労と努力に儂らは全力で答える、じゃから安心して眠れ>

<う……ん………………。おや…………す……み…………。
 あと最後に……ありがとう……みん……な、だいすき……>

私の意識はそこで途切れました。









そして私は途切れ途切れに長い長い夢を見ます……。

浮遊島という精霊の気に満ちたこの場所で父親や母親と一緒に過ごし、
暫くしたら橡が、そしてさらに暫くして母上や叔父上、山吹もやってきました。

母上や叔父上と再開した時は、ぎゅぅと抱きしめられてから怒られました。
先に逝ってしまった事も怒られたけれど、家族に黙っていた事をすっごく怒られてしまいました。

その後は一緒に色んな事を話したり、ただ寄り添って眠ったりを繰り返し……。


気が付けば、いつの間にか祖父母までもがこちらの世界に来ていました。どうやら龍さんが交渉に行った際に、祖父母に意思確認をしたようです。祖父母はかなり気落ちしていたらしく、即決とはいかずともあまり悩む事なくこちらの世界へ来る決断をしたのだとか。おかげで今はかなりの大所帯となりました。それでもやる事は変わらず、皆と一緒に決して特別じゃない、でも私にとっては特別な日々を過ごし続けます。

兄上だけは時々やって来ては少しの間一緒に過ごすと、その後は出かけてしまいます。でも「またね」と言って出かけて、約束通り戻ってきてくれます。

そして
 水の神となった浦さんはいつものように穏やかに……。
 火の神となった桃さんはいつものように朗らかに……。
 風の神となった龍さんはいつものように飄々と……。

金さんとはしばらく会えなかったけれど、何度かの目覚めの後に会えた金さんは、真っ先に私の心配をしてました。山さんや海さんとも会えたし、時々軽銀さんや菖蒲様や緋桐さんの守護精霊とも会えました。

そうやって私は途切れ途切れに長い長い夢を見続けました……。
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