【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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終章

17歳 -3月-

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(ぅ……ん? 今日は随分と静かだなぁ……)

ふわふわと意識が浮上して、真っ先に気付いたのは周囲の静けさでした。田舎の夜は意外とたくさんの音に囲まれていて、周囲が静かだからこそ鳥のさえずりや風の音が良く聞こえるのです。また岩屋に住んでいた頃は川のせせらぎが聞こえていましたし、山の家、島の家でも同様にその場所ならではの音がありました。

ところがそれらの音が今は何も聞こえないのです。

不思議に思いながらも日課の起床前の打ち合わせをしようとゆっくりと目を開けたのですが、どこにも三太郎さんの姿がありません。それどころかテーブルも座布団も記憶フレームが並べられた棚も無く、ただの真っ暗闇で自分以外に何もないのです。

(え?? どうして?! みんなどこ??!)

こんな事は今まで一度もありませ……と思いましたが、心の中で相談が出来るような部屋が出来たのは三太郎さんたちに出会ってからなので、それ以前は覚えていないだけで真っ暗だったのかもしれません。何にしても三太郎さんたちと一緒にいる事に慣れすぎて、いきなり一人で放り出されてしまったかのような不安と寂しさに襲われ、慌てて周囲を見回しますが誰の気配もありません。

(どう……して…………ぁ!!!)

未だかつてない事態に眠りにつく直前の事を思い出そうとして、ようやく自分が元の世界へと戻ってきたこと、そこで過去の自分をあちら側へと送り込んだ事、そして落ちてきた岩に衝突して意識を失ってしまったことを思い出しました。

(金さんは?! 浦さん、桃さんは?!!)

あの時は一度にたくさんの事が起こりすぎて、周囲の状況が把握しきれませんでした。おそらくそうではないかという仮定は立てられましたが、確実な事は私が岩に衝突した事と、桃さんが金さんに対し怒りを露わにして飛び出していった事、それを止めるように浦さんにお願いした事。あとは龍さんに私の制服の上着を崖下に飛ばしてもらうようにお願いをした事ぐらいでしょうか。

その龍さんは私の傍にいてくれるって言っていたのに……。

<龍さん?? 居るよね??>

そう心話で呼びかけても返事がありません。誰も傍に居ない、その事実が私の心を途端に脆くさせてしまいます。嫌だ、嫌だと小声で繰り返しつつ、その合間に三太郎さんや龍さんへと呼びかけます。ですがどれだけ呼びかけても誰からも返事がないのです。

あちらの世界に渡った時も夢を見ているのかも?とか走馬灯を見ているのかも?なんて思いましたが、まさかまさか……今までの全てが夢だったのでしょうか。事故にあって意識を失った私が見ていた夢かもしれないと思った途端、言葉にできないほどの恐怖に襲われ、全身がゾワッとする嫌な感覚に吐き気すらしてきます。

<龍さん!! 返事をしてよ、龍さん!!!>

全力で心話を龍さんに向かって飛ばします。そうすると胸の奥底からポワッと何かが浮かび上がるかのような感覚がして、目の前に翡翠色に輝く玉が浮かび上がりました。それは今まで見た精霊に比べて明らかにサイズが小さく、龍さんの気配はするのに龍さんではありえないサイズです。

<あなたは……だれ??>

自分の中(と思われる場所)に自分の知らない何かが居た事に恐怖心が湧いてしまいますが、ある程度の予想はついています。龍さんが以前言っていた、常に私の中に残しているという龍さんの分身わけみだと……。

は微風
 水の神、火の神、対応中
 土の神、抵抗中
 本体、風神 交渉中>

龍さんは分身に感情は要らないと思ったのでしょうか? 淡々と単語を並べるだけの会話に驚いてしまいますが、おかげで理解はしやすくて助かります。どうやら先ほどの予想は大きくは外れていなかったようで、全員が何かしらの事態の対応に追われているようです。

<人の子、目覚めた。本体、戻る>

微風と名乗った小さな分身は、それだけ言うと引き留める間もなく消えてしまいました。あまりの速さに「さすが風……」と絶句するしかありません。

<目覚めたか! 心配したのじゃぞ>

その直後、私の背後からいきなり龍さんが話しかけてきました。こちらもこちらで、さすがは風といった感じです。

<私だって心配したよ! みんな居ないんだもの!>

そう返せば「すまん、すまん」と苦笑いしつつ私の横へとやってきて、頭のてっぺんから足の先まで何かを確認するかのように眺める龍さん。どうしたの?と首を傾げれば、苦笑いが更に強まり苦り切った、それでいてどこか悲しそうな表情へと変わります。

わしはこちらの世界の神と交渉せねばならん事があってな。
 そして浦と桃は金の補助に向かっておるのじゃが……>

<金さんは大丈夫なの?>

<……元土の神の抵抗が想定以上に強く、
 このままじゃと逆に取り込まれてしまう可能性が……>

<私を金さんのところへ連れて行って!!>

お行儀が悪い事は重々承知ですが、龍さんの言葉を遮って自分の要望を述べます。私がどれぐらい眠っていたのかは解りませんが、龍さんが交渉から戻ってきたという事は5分や10分なんて時間じゃない事は確かです。

金さんの所に行ったところで私に何ができるのか、それは解りません。むしろ私にできる事なんて何も無いかもしれません。ですが私の中には龍さんの分身が居ます。それにより三太郎さんたちは精霊力を回復させることができます。狂神によって状態が不安定になっている金さんを私の中へ入れるのは危険かもしれませんが、浦さんや桃さんの霊力をその場で補充できるのは大きいはずです。

ですがそのことを誰よりも解っているはずの龍さんは渋い顔をしたままです。そして大きく一度深呼吸をしてから

<櫻、おぬしを連れていく訳にはいかんのじゃ。
 おぬしの身体は、いや命そのものが限界を迎えておる>

龍さんの発言は衝撃的だというのに、それに対して反論も反発も浮かんできません。それどころか(あぁ、やっぱり……)と納得感すらあります。

龍さんの説明によれば私はあの後、バスの運転手のおじさんと昔馴染みのお姉さんの旦那さんが呼んだ救急車によって病院へと運ばれたそうです。最新の医療機器によってぎりぎり命は繋いでいますが、いつその細い糸が切れてもおかしくない状況だそうで……。

<おぬしが望んでおる、祖父母へ礼をする為の時間が
 残されているのかすら怪しいのじゃ。おとなしく待っておってくれ>

<お祖父ちゃんたちにお礼を言いたいとは思うけれど、
 同じかそれ以上に金さんたちの事だって大事だよ!>

そう伝えたら、龍さんはグゥと唸ってしまいました。どちらも同じぐらい大事ですが、お祖父ちゃんたちへのお礼は元々不可能だったことを願ったという自覚はあります。その事の為に金さんの一大事を傍観して行動を起こさなかったら、死んでも死にきれません。

<じゃがな! おぬしの身体は連れて行けん!
 あの不思議な紐がおぬしの身体から外れたら、
 すぐにでも命を落とすという事ぐらい儂にも解る!!>

今度は私が唸ってしまいます。医療機器によって辛うじて命を繋いでいる現状、確かに私自身が向かう事は不可能に近い事は理解できます。

<じゃぁ、魂だけ!! 私の心だけ連れて行って!!>

<おぬし、解っておるのか!?
 魂を連れて行けば、おぬしの身体はどうなるか解らんのじゃぞ!>

<短時間で行って帰ってくる!!>

冷静に考えれば頭痛のしてくる発言ですが、とにかく金さんを助けなくちゃという想いが頭の中を占めていて、その為にどうすれば良いか?という事しか考えられないのです。

<それにじゃ! おぬしの身体を置いて行った場合、
 十中八九、我らの霊力の回復はできん!>

<逆にいえば1~2は回復できる可能性があるって事でしょ!!>

勢い良く言い切れば、龍さんは絶句してしまいました。

龍さんの心配も理解はできます。なにせ龍さんは帰還時に使う霊力を何が何でも残しておく必要がありますから。ましてや私を通しての回復が不可能になる可能性が高くなった以上、なおさら霊力の使用には慎重になって当然です。私を連れて行く事だけならそこまで大きな霊力を使う事はありませんが、何かあった際に私を守る為に霊力を大量消費すれば龍さんも三太郎さんたちも元の世界に戻れなくなってしまいます。

そんな事態を避けたい事は解りますが、ここで三太郎さんに何かあればどちらにしてもあちらの世界はゆっくりと、でも確実に衰退していきます。まだ完成していない世界から神々が消えてしまうのですから。家族のためにもそれは避けたい。

一向に折れない私に龍さんは過去最大級の溜息をつくと、

<仕方がない、じゃが三太郎たちに怒られる覚悟はしておけ>

と渋々ですが、了解してくれました。




真夜中の山の中は明かりが一つもなく、逆に道路には通行止めを知らせる為に明かりが煌々と灯っています。未だ危険だからと立ち入り禁止区域に指定された土砂崩れの現場に人の姿はありません。

まぁ、今の私を目視できる人はいないでしょうが。

山の奥では暴れる金さんを羽交い絞めしている桃さんと、少し離れた場所から金さんへ霊力を送っている浦さんが居ました。二人は私を視認した途端

<こ、この馬鹿がっ!!>

<龍はなぜ止めないのですか!!>

と大激怒し、私と一緒に龍さんまで叱られてしまいました。私の無理なお願いを聞いてくれた龍さんまで叱られてしまった事は申し訳ないとは思いますが、今は何より金さんです。

<あの時と同じ事をしてるんだよね?>

その心話と一緒に送るイメージは、幼い頃、後に軽銀けいぎんと呼ばれる事になる土の精霊へ三太郎さんが行った事でした。桃さんの持つ増殖の性質や浦さんの持つ連結の性質を利用して、軽銀さんの中に金さんの力を増やして固定し、一気に奪う事で相手を昏睡状態にするという……今考えると自業自得ではあったものの、かなりひどい事をしました。

<えぇ、そうです。ですがなかなか相手がしぶとく……>

金さんの中にある金さんの霊力を桃さんが増殖させ、金さんが浄化した狂神の霊力を取り込む助けを浦さんの連結でしているとの事でしたが、元々金さんが狂神の一部だった事が災いし、浄化した矢先にその霊力が再び相手に吸収されて汚染されてしまうのだとか。

<根気よく対処していくしかないのでしょうが、
 私や桃、金の限界が先か、元土の神の消滅が先か時間の勝負になりそうです>

苦し気な浦さんの言葉に、かなり分の悪い勝負をしている事が解ります。

未来樹あちらの世界の精霊は神の欠片、つまり一部です。三太郎さんも同様で、神の一部なので神と同じ霊力を持ちます。なので桃さんや浦さんが金さんの霊力を狙って増殖や連結を仕掛けたいと思っても、元が同じ霊力な為に判別が難しく……。しかも暴れる金さんを抑え込みながらなので余計に大変なのです。

そこで思い出したのが、禍都地まがつちで金さんたちが言っていた言葉でした。大妖おおあやかしを倒して浄化し、霊力を吸収した時の事。大妖の持つ大量の霊力が一気に流れ込んできて、自分という存在を保つのがとても大変だったのだとか。そんな霊力の奔流に苦心していた時、自分の名前を呼ぶ声によってどうにか自我が保てたのだ……と。

<金さんっ!!>

全力の心話。ありったけの思いと思い出と願いを込めて金さんに呼びかけます。途端に真っ黒く虚となった金さんの目が私を捉え、その口からは呪詛のような

「き……サマ……さえ……イなケレばァアアアア!」

という言葉が何度も撒き散らされます。そのあまりにもどす黒い思念に恐怖しますが、ひるんでいる場合ではありません。

<金さん、一緒に帰ろう。金さんの好きなお酒と肴を用意するよ。
 それに新しい技術を一緒にまた考えようよ。無茶ぶりには気を付けるから……>

その心話と一緒に、幼い頃から今まで一緒に過ごしてきた思い出を金さんに届け!と言わんばかりに送り続けます。金さん、金さんと何度も何度も呼びかけているうちに、浦さんと桃さんの表情が「アレ?」と不思議なものを見つけたかのように変わりました。

<櫻、そのまま呼びかけ続けてください!>

桃さんによって羽交い絞めにされている金さんにそっと近づいて手を伸ばして金さんの頬に触れます。右頬、そして左頬と順に触れてから空洞のように真っ黒い目をしっかりと見据えて、もう一度その名を呼びます。

<金さん!!>

とらえたぜ!!!>

桃さんはそう言うと一気に霊力を開放して金さんに注ぎ込みます。そして後を追うように土の霊力、水の霊力が間髪入れずに順に放たれました。

<櫻、もう一度じゃ!!>

何が起こったのかと目を白黒させる私に、龍さんが背後から声をかけてきます。私は振り返ることすらせず、<金さん>と呼びかける事で返事をします。そして私が呼びかける度に火→土→水の霊力が波状攻撃のように展開され、それが4回目になった時には金さんと目が合うようになりました。

<金さん、一緒に帰ろう?>

<すまぬ、そなたには世話をかけた。あぁ、共に帰ろう>

疲れ切ってはいるものの穏やかな金さんの表情に私は安心して気が抜けてしまい、ここで再び意識が途切れたのでした。
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