一目惚れって信じます?

横沢 雪祢

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無敵な人

無敵な彼は①

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  私の彼氏は、無敵だと思う。
  ナンパなんてしたことないのに、私を逃したくない一心で人生初のナンパを実行したのだから。


  いや、この場合は無敵ではなくおかしい、か?



  

  私と晴樹が出会ったのは、去年の十二月だった。



「榎(えのき)、体調は?」
「うぅぅ…良い訳ないじゃん……しんどいよぉ…」
  5つ下の妹である榎は、まもなく出産ということもあり入院していた。悪阻が酷いらしく食べ物をなかなか身体が受け付けず、日々しんどそうにしている。

「今日は病院の中央ホールでオケのミニコンサートがあるんだろ?前から楽しみにしてたんだから、聴きに行くんじゃないのか?」
  榎はプロの音楽家として活動している。楽器はホルンで普段はオーケストラに所属し、休日も生の音が好きだと言ってよくコンサートに出かける。
  今日は偶然入院中の病院のホールで小規模だがオーケストラによるコンサートが企画されており、榎は入院してから鬱々と過ごすなかで、今日を楽しみにしていた。

「……行く」
  何だかんだで音楽が好きな榎は、しんどいとは言いながらも準備をする。会場となる中央ホールは、入院患者病棟の吹き抜けの一番下のフロアで、廊下に出るだけでその音は聴こえてくる。が、せっかくの機会だからこそ、もちろん生の音はなるべく近いところで聴きたい。
「柊ちゃんも、行くでしょ?」
「ん?ああ、行くよ。弦楽は私のジャンルから離れているから中々聴ける機会がないし」
「……柊ちゃん、楽器また再開した…?」
「…うん、ちょっとずつだけど」
  私は苦笑する。3年前、私は楽器が出来る状態でなく、半年近くも入院していたため楽器からもしばらく離れていた。
「そっか…。もうバンドには入ったの?」
  榎は自分のことのように嬉しそうに微笑むと、所属について聞いてくる。
「まだなら、榎のところに勧誘か?」
「もちろん!お姉ちゃんの実力なら大歓迎だし、オーディションだって余裕だよ!」
「買い被りすぎだ。そもそも趣味の範囲を出ない実力なのは私が一番よく分かっているし、何よりブランクもある。小ぢんまりしたバンドに入ったよ」
「ちぇーっ。音楽のことになると、ほんと行動早いんだからぁ…。お姉ちゃんとまた一緒に出来ると思ったのにぃ…」

  昔は榎と同じ学校だった事もあり、何度も同じ舞台に立ったこともある。が、その時から榎の音は特別で、私の自慢の妹だった。周りの音とは一線を引く音は、バンドの中に居ても一際目を引いたそんな存在。それが榎だった。


「ほら、早く行くぞ。チューニング音が聴こえてきた」
「うん!嗚呼…良いよねぇ、Aチューニング…」
「チューニングで感動してる場合か」
  チューニング音だけでうっとりとしている榎に、笑いが溢れる。チューニングだけで感動してたら、演奏が始まったら号泣コースまっしぐらだ。
「ほら、行くぞ」
「うん!」



  榎とホールのフロアに降りると、ステージの周りにパイプ椅子が並べられ、その上に今回のコンサートのパンフレットが置かれていた。
「柊ちゃんは一番後ろの方が好きだよね?」
「まぁ、な。榎が前の方が良いと思うなら、前に行こう」
「ううん!途中で体調悪くなっちゃうかもだし、今回は後ろの方で我慢しておく」
「具合が悪くなったらスグに言うんだぞ?」
「もちろん!任せて!!」

  榎の発言は話し半分で認識しておく。音楽の事となると自分の体調なんて、二の次三の次にするのが榎だ。

「プログラムまであるなんて…本格的でドキドキしちゃう!」
「結構大きなオケなのか?」
「このオケはね、私の大学の先輩が最近立ち上げたバンドなの!若い人が多いけど、上手いって評判だよ!」
「へぇ…」
  私はプログラムに目を落とすと、曲目や編成に目をやる。
「打楽器はお姉ちゃんの知ってる人は居ないんじゃないかなぁ…」
  私の担当楽器の出演者を目にした榎がそう言う。
「いや、コンクールの公開されたビデオで見たことある人と、名前は知っているのが何人かいる。確かに、若い世代が多い印象だな」
  自分が楽器を出来ない時でも、好きだからこそコンクールや大会の情報は常に追いかけていた。それもあって、名前だけは知っている人が結構居た。最近立ち上げたバンドだが、実績のある人が多い印象だ。

「曲目のチョイス良いよねぇ…。メジャーだけど、コアな人にも印象に残る演奏になるのがあって好きだなぁ」
「"アヴェ・マリア"もやるのか」
「柊ちゃん、好きだもんねぇ」
「ピアノの音が好きなんだ」
「良いよねぇ…分かるぅ…」
  十二月だからクリスマス曲は多いが、"アヴェ・マリア"、"亡き王女のためのパヴァーヌ"、"G線上のアリア"などクラシック好きに聴かせる曲もある。また、ピアノ独奏曲や、弦楽四重奏もあって中々ボリュームのある曲目となっていた。

「あ、始まるよ」
  榎の言葉に私は静かに目を閉じた。





  私の彼氏は無敵だ。というよりは、おかしい。
  この時既に、私をロックオンしていたと云うのだから。
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