一目惚れって信じます?

横沢 雪祢

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無敵な人

無敵な彼は③

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  私の彼氏は無敵だ。

  もう二度と。そう思っていた私が絆されたのだから。





「一目惚れって信じます?」

  男性からのその発言は私と榎の時間を止めた。あるいは、その場を凍り付かせた。こちらの方が正しいかも知れない。私の背後でブリザードが起こっている現実を鑑みると。

「は?」
  私の口から零れた音は短く、状況を理解できていないことが如実に伝わるものだった。

「なめてんの?」
  榎に至っては私の後ろから歩み出て、明らかに相手に威嚇する。
「いやっ、あの…その、……さっき!さっきのコンサートに来てくださってましたよねっ!?」
「だったら?」
  榎の威嚇はおさまらず、警戒色を強くする一方で、男性はあわあわと何とか説明しようとする。しかし、突然コンサートの話になり、何を言いたいのかが見えない。
「い、一番後ろの席で!め、目を瞑って聴いて、ましたよね!?」
  なるほど、私に原因があったか。

「悪かった。演奏中に不快な思いをさせた」
  演奏中に寝ているように見えたのだろう。プロとしてのプライドが傷付けられたと言われても仕方がない。
「ち、違います!」
「何が?」
「榎、威嚇し過ぎだ」
「でも!柊ちゃんをナンパするとか、百年以上早すぎる!!」
  榎の言葉に、私はふとこの男性の発言を思い出す。

―――"一目惚れって信じます?"

「……………ナンパ?」

  コンサートへ行った。目を瞑っていたのは私。怒り狂う榎。
「誰に?」
  否、答えは出てる。


「えと、貴女に、です…」
  男性は居たたまれなさそうに、片手で顔を覆いその隙間から私の方を窺い見る。

「なるほど?」
  言葉は理解を示すものだが、私の思考はそれに追い付いてはいない。

「で?」
  私は疑問はすべて解消したい性質だ。
「え?」
「ナンパして、私とどうなりたいのか分からないから、教えて欲しいのだが」
  分からない以上、発言者に答えてもらうしか方法はない。
「あ、えっと……」
  男性は居ずまいを正す。
「…まずは名乗りなさいよ。失礼過ぎ」
  榎は先程よりは落ち着いてはいるが、語調は強く警戒の色は消えない。

「あ!すみません!!―――沢田 晴樹(さわだ はるき)です!一応フリーのチェリストです!!」
「ご丁寧にどうも。佐々木 柊(ささき ひいらぎ)です。こっちは妹の―――」
「佐々木 榎(ささき えのき)さん、ですよね?昨年までアメリカで活動していらしたホルン奏者の」

  榎は音大卒業後、アメリカの音楽大学院へと進学し拠点を移していた。今年、結婚に伴い日本へと帰国した榎は、妊娠が分かるまで国内でオケに所属し音楽家として全国で活動。現在は産休中だがその世界では有名な音楽家だ。

「どうも。ご存知のようで何よりですが、結婚したので今は速水 榎(はやみ えのき)です」
「そ、れは、失礼しました。えと、その…」
  この状況は一体なんなのか。誰か説明して欲しい。
「私も知ってますよ、沢田さんのこと。村岡さんがスカウトするのに苦労した、天才チェリストだって」
「……僕は天才じゃないです。それは団長が勝手に言ってるだけです」
「あっそ。どうでも良いわよ、別にそんなこと」
  榎が言い出したわりに、心底どうでも良いと酷い扱いだ。
「榎」
「分かってるよ!」
  榎は私が言わんとしてることも分かった上でそう言っているのだ。頬を膨らませてむくれても、榎はその態度と発言を改めることはなかった。

「…はぁ。妹が悪い」
「い、いえ。そ、それであの…さっきの質問の答えですけど…」
  沢田さんは顔を赤くして、意を決したように私を見る。
「僕の恋人になってくださいっ!」
「何故?」
「えっ?」
「いや、一目惚れと言ってたか」
  一目惚れということは、そこに私の内面は関わってこないだろう。もちろん、今初めて話した相手だから、沢田さんは私が"どういう事情"を抱えているかも知らない。
  沢田さん

「……柊ちゃん」
  榎がこちらを見る目は心配そうだが、何か思うところがあるようだった。
「…とりあえず、お友達から始めるのはどう?」
  榎にしては珍しい提案だった。三年前の事があってから、榎は私が男性と関わることには否定的で、それこそさっきのように私に近寄る男性に威嚇や警戒をしてきた。

「お、お友達からでも良いので、お願いします!僕にチャンスをください!」
  


  榎の助言もあったが、この時の必死な晴樹に私は絆された。





  私の彼氏は無敵だ。
  もう二度と。そう思っていた私を絆してしまったのだから。
  絆されてしまった私を、最後までその沼へと引きずり込んでしまうのだから。
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