底辺家族は世界を回る〜おじさんがくれた僕の値段〜

ROKUMUSK

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第二章

アハルモニ

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イシャバームを太陽が昇る前に俺たちは出国した。
意気揚々と俺の前を歩くユリアーナの背には、昨日買ってやった荷物が背負われている。

 昨日の夕方を俺は思い出す。共に行ける事を喜んだユリアーナ、そして虚無の様なもう1人のユリアーナの姿を。

望んではいけない

そう強く思っている様な事をユリアーナは言いながらサンダルスーリを抱きしめていた。

初めて俺があいつに与えた物だ。

 確かに、金の無い生活をして来たのならユリアーナの様な思考にもなるのだろうが、当のユリアーナは違うんじゃないだろうか。

あの時の瞳に、悲しみも、妬みも、羨望すら無かった。

だってそれが私達底辺でしょう?
そう目が訴えている気がした。
「欲しい」とさえ言えないのは、底辺かどうかの問題じゃ無い。

抑圧された者が手放した思考の問題だ。

使い古し品とはいえ、綺麗に使われていた物、使用期間が短い物、補強し直されている物を選んで買った。

急には俺を親と思へとは言えない…俺だってなれるとは思わんからな。

だが、少しづつ…良い物に触れて欲を出せる様にしてやりたい。
それ位なら俺にも許されるだろうか。



「おじさんっ!」

「…」

まるでサナと付き合い出した頃の様なやり取りだ。
名を呼べと、俺はサナが慣れるまで言い続けていたな。

ガキだった。
今もきっと大して変わらんのかもしれんがな。

「~~っ!アルおじさんっ」

「アルでいい」

「えーそれ…なんか恥ずかしくて嫌だっ!」

「俺はお前の叔父じゃない」

「そうだけどそっちじゃねーよ!…むむむっ!んーーっ!」

「別に良いけどな…何でも」

「何でも良いんじゃないかっ!…ア、アルッ!」


今から名前を呼ぶ事に慣らさないといけない理由が俺にはある。
ユリアーナに強制するつもりはないが、レークイスは一筋縄では行かない土地柄だ。

疑り深い、執念深い、誤魔化しが効かない。

アルシャバーシャ様に頂いた証文ペンダントが何処まで効力を発揮するか分からない。もしも弟君がアルシャバーシャ様の縁者だと既に知っていたなら、この証文ペンダントが逆に仇となる可能性もある。だからこそ既に買い手が付いた事、俺がその指導係となった事を理解させる必要がある。

師弟関係、もしくは気兼ね無い関係。それらを見せられたなら真実味が出るだろう。

「これから向かう場所はオアシスを2箇所。テカハ、フリオリ。そしてサザンガードで一泊したらレークイスだ」

次第に昇り始めた太陽を背に、キラキラと光る銀髪を靡かせ後ろ歩きをするユリアーナにこれからを話した。

そしてアルシャバーシャ様から頂いた、首から下げたペンダントを取り出し見せた。

「これはアルシャバーシャ様から頂いた物だが、これがお前を虜囚…奴隷から解放する物だ」

「……何で、あの女男はそれをくれたんだ?」

「それについてはテカハで話す。今覚えておかなくてはならないのは—— これからお前はアルシャバーシャ様に買われた小姓で、俺はお前の指導係だ。という設定だ」

「はぁ?」

こいつの怪訝な顔はまるで地面で干からびたエーリカエルの様で思わず吹き出してしまった。本当に、ふっ、良く似ている。

「クッ…ふっ…」

「何…は?…何笑ってんだよっ!」

「いや……ふふっ、ふっ、何でもない」

一頻り噛み殺した笑い声を溢していたら、急にびゅうびゅうと強い風が立ち上がった。

その風は俺のフードをはためかせ、ユリアーナのポンチョもバサバサ揺らしている。その隙間から覗く銀糸の様な髪は風に遊ばれていて、一瞬だったが、俺は嬉しそうなユリアーナの瞳を見た。

「…何か知らないけどさ、良いよ…笑ってもさ」

「……」

何か悟った様な顔はまるで大人顔負けで、狡賢いユリアーナは俺という人間を見透かしているようだ。

だが ——。

太陽に照らされたその顔を、ちゃんと見れて良かったと思う。
それはきっと俺の知らない過去のお前なのだろうから。

「アハルモニ」

もう使われる事のないエルセンティア語。
光の神の名で、祝由の言葉。

今日という日に、始まりの日に、これから続く日々に。

「?アハ、何?」

アハルモニ祝福をお前に」




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