30 / 53
第二章
敵の顔をした敵は破顔する 2
しおりを挟む“何故だ”。
その疑念が、アルベルトの思考を覆い尽くしていた。
彼は自分に膝蹴りをしたユリアーナに怒りをぶつける訳でも、躾が出来ていないとアルベルトを叱責するでもなかった。
「ヴァジャ、良かったな。行っていいぞ」
サザンガードの役人に通行許可と商品確認の印とサインがされた書類、そしてユリアーナの証文証書とペンダントを手渡され、アルベルトは戻って来たそれらをじっと見た。
「どうしたのですか?」
その白く鋭い顔には、“見抜いている”という無言の圧が滲んでいた。
「いえ、大変な失礼をしまして…申し訳ありません」
「えぇ、本当に…これがアルシャバーシャ様の商品でなければこの場で首の骨を折ってましたね」
冗談か本気か。
彼からは何の温度も感じない。
淡々と、冷酷に、まるで狼の様な佇まいに肝が冷えるのを感じ、アルベルトは懐から小さく美しい刺繍のされた巾着を取り出し渡す。
「ふっ、口止めですか」
「いえ。治療費と言うには烏滸がましいですが、お受け取り下さい」
それを受け取った役人は巾着をしげしげと見つめ、中身を手に取った。
「今は亡きエルセンティア…失われたエルセール織の巾着に聖白金1枚…詫びにしては大きく出ましたね」
アルベルトは恭しく礼をする。
この手の人間を敵に回して良いことなど何一つもない。
だから出せる価値ある物を全て差し出した。
レークイスで出すつもりの物だった。
「貴方にお返ししますよ」
だが、逆に突き返されてアルベルトは下げた頭を上げずに眉間に皺を寄せた。
—— 何故。受け取ってくれたならこれきりに出来たのに。
「実に…楽しみだ」
その言葉にアルベルトは頭を上げた。
そこにはうっとりと、いやらしく嗤う役人の顔があった。
「いーやーだーーー!離せよっ!いかねぇって言ってんだろっ!」
喚きながらアルベルトに引き摺られて行くユリアーナ。
だが、縛られた両手はこっそり、でもしっかりとアルベルトのコートの裾を握っていた。
ついにサザンガードに入国した2人。
ふと、アルベルトが振り返りフリオリの関所を見た。
「……」
そこにはサザンガードの役人が立っていた。
そして歩み寄るとアルベルトに「これを」といって金のペンダントを手渡した。
「あの…何故…」
「アルシャバーシャ様にお渡し下さい」
「…誰の物か伺っても?」
「彼が見れば分かります」
渡されたのは、確かにアルシャバーシャから渡されたものと同じ意匠のペンダントだった。
——だが、刻まれていた名前は違った。
イルシャム•ギッデク•ペオドート
アルシャバーシャの弟の名前であった。
深入りしてはならない。
深掘りすべきではない。
ただ黙って受け入れろ。
本能がアルベルトの恐怖と好奇心を押し留め、ゆっくりとその手を懐に入れた。
「貴方は実に賢いな…そう、知ればその子の命は無かったでしょう…これからも是非…日の当たらぬ場所で息を潜めて生きてください」
まるで敵にならなくて良かった、とでも言うかの様に彼はアルベルトに餞の笑顔を見せた。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~
イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。
ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。
兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。
(だって飛べないから)
そんなある日、気がつけば巣の外にいた。
…人間に攫われました(?)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる