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第二章
真理はどこか
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人もまばらな茶屋で、ミーセスはアルベルトへの興味から、その背後に身を隠す様に座っているユリアーナへと視線を移した。
そしてアルベルトは、構っていられないと席を立とうとした。
「お前、目ぇ付けられてるぞ」
先程とは打って変わって、武人の顔をしているミーセス。
アルベルトはその顔に、懐かしさを覚えた。
裏切りミーセス。
その異名が付いたのは、エルセンティアの第1王子と第3王子の継承権を巡った内紛からだった。
騎士団は王族に忠誠を誓った貴族を長とした、平民混成の組織である。当然、第1王子を護衛対象とし、第3王子が挙兵した時点で討つべき敵と見なされた。
しかし——
『我が第2騎士団は第3王子に加勢する』
長の言葉は絶対。
規律を守らねば組織形態が瓦解し、どんな作戦とて上手くは行かない。
それは武力を国の守りとする者達なら、当然の理解だった。
しかし、その長が第3王子を支持すると言った。
志は立派だが、どうにも彼等が成功する様には見えなかった。
だからこそ、ミーセスの命に皆が目を見開いた。
結局、数人の隊員を除いて皆討ち死にした。
国を裏切った『裏切り者達』。
それが第2騎士団に付けられた名前となった。
何故あの時ミーセスが第3王子に付いたのか。
そんな事を聞いた時、彼の表情は今見せている物と同じだった。
「お前の運び荷……とんでもない奴に目を付けられてるぞ」
「……それは当然だ」
「誰だよ買い手」
「イシャバーム宰相閣下だ」
「はぁぁぁ……なるっほどなぁー」
まるで、「助けようと思っていたのに、それは不要か」とでも言いたげに、背もたれにドカッと座り込んだミーセス。
幾つもの対策を考えていたアルベルトは、焦る様な顔を見せる事も無くユリアーナの腕を掴んで立たせた。
「もういいか?」
「あぁ……会えて良かったよ、アルベルト」
「じゃあ、俺達は行く」
「……あの選択をした理由は、あったんだ」
何の?
と、アルベルトは聞かなかった。
大方、過去の傷に対しての言い訳なのだろう。
だがそんな事は今更で、アルベルトにとって過去は壊された時計。触れる事も、元に戻すことも出来ない物。
だからこそ、仕舞い込んだ心の片隅に目を向けるつもりはなかった。
「なぁアルベルト。俺は街の東外れで《リリク》って店をやってる……何かあったら声を掛けてくれ。旅をするなら、知っておいた方がいい情報がある」
アルベルトは振り向かず、肩越しにミーセスを見た。
そこには、先程見せていた様な軽薄な顔ではなかった。
鋭く、厳しく、腹を括った人間の顔。
「分かった。何かあれば頼らせてもらおう」
「あぁ。待ってるよ」
◇ ◇ ◇
全く、時間ばかり奪われる。
さっさとレークイスに入って、早くカッカドールへ向かいたいのに。
アルベルトの計画では、レークイスを発った後、東回りで農業大国カッカドールへ向かう予定であった。
そこで商売でも始めようか——そう思っていた。
「なぁ、アルおじさん」
「何だ」
「さっきのおじさんは、友達か?」
「……いや……」
「?」
怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもない。
けれど良い気分では無い事が分かる表情に、ユリアーナはアルベルトの背中をそっと摩った。
「何をしてる」
「なんか……苦しそう」
「苦しくはない。ただ、鏡を見た気分なだけだ……さぁ行こう。俺達が自由になるには、まだ乗り越えねばならん事が多い」
意を決した様な、遠くを見つめるアルベルトの顔。
ユリアーナを映していないその表情には、次第に深い皺が刻まれていった。
「なぁアルおじさん」
「……」
目深に被ったフードの中から、アルベルトはユリアーナを見下ろした。
そこには、指で顔中を引っ張って変顔をしているユリアーナが居た。
「うーうぇういーへうはろー」
「……行くぞ」
何がしたいんだ。
そうアルベルトは溜息を吐いてユリアーナに背を向け、歩き出す。
けれど、着いてこないユリアーナに気付いて振り向いた。
「ユリアーナ?」
「……」
「どうした」
「アルおじさん。嫌だよ」
「何が嫌なんだ」
「なんか……さっきのアルおじさん……僕の村を襲った兵隊みたいな顔してた……なんか嫌だ」
ミーセスに会った所為で、燻された過去に引き摺られていた。
アルベルトは前を向いて、呟いた。
「……そうか。だが、俺は兵士になど——二度とならん」
何が正しくて、何が間違いだったのか。
未だにアルベルトは見つけられずにいる。
ミーセスの所為で妻子を失ったのか。
ミーセスが正しかった所為で、失ったのか。
どこかにある“真理”を探すことを、まだアルベルトは出来ずにいる。
そしてアルベルトは、構っていられないと席を立とうとした。
「お前、目ぇ付けられてるぞ」
先程とは打って変わって、武人の顔をしているミーセス。
アルベルトはその顔に、懐かしさを覚えた。
裏切りミーセス。
その異名が付いたのは、エルセンティアの第1王子と第3王子の継承権を巡った内紛からだった。
騎士団は王族に忠誠を誓った貴族を長とした、平民混成の組織である。当然、第1王子を護衛対象とし、第3王子が挙兵した時点で討つべき敵と見なされた。
しかし——
『我が第2騎士団は第3王子に加勢する』
長の言葉は絶対。
規律を守らねば組織形態が瓦解し、どんな作戦とて上手くは行かない。
それは武力を国の守りとする者達なら、当然の理解だった。
しかし、その長が第3王子を支持すると言った。
志は立派だが、どうにも彼等が成功する様には見えなかった。
だからこそ、ミーセスの命に皆が目を見開いた。
結局、数人の隊員を除いて皆討ち死にした。
国を裏切った『裏切り者達』。
それが第2騎士団に付けられた名前となった。
何故あの時ミーセスが第3王子に付いたのか。
そんな事を聞いた時、彼の表情は今見せている物と同じだった。
「お前の運び荷……とんでもない奴に目を付けられてるぞ」
「……それは当然だ」
「誰だよ買い手」
「イシャバーム宰相閣下だ」
「はぁぁぁ……なるっほどなぁー」
まるで、「助けようと思っていたのに、それは不要か」とでも言いたげに、背もたれにドカッと座り込んだミーセス。
幾つもの対策を考えていたアルベルトは、焦る様な顔を見せる事も無くユリアーナの腕を掴んで立たせた。
「もういいか?」
「あぁ……会えて良かったよ、アルベルト」
「じゃあ、俺達は行く」
「……あの選択をした理由は、あったんだ」
何の?
と、アルベルトは聞かなかった。
大方、過去の傷に対しての言い訳なのだろう。
だがそんな事は今更で、アルベルトにとって過去は壊された時計。触れる事も、元に戻すことも出来ない物。
だからこそ、仕舞い込んだ心の片隅に目を向けるつもりはなかった。
「なぁアルベルト。俺は街の東外れで《リリク》って店をやってる……何かあったら声を掛けてくれ。旅をするなら、知っておいた方がいい情報がある」
アルベルトは振り向かず、肩越しにミーセスを見た。
そこには、先程見せていた様な軽薄な顔ではなかった。
鋭く、厳しく、腹を括った人間の顔。
「分かった。何かあれば頼らせてもらおう」
「あぁ。待ってるよ」
◇ ◇ ◇
全く、時間ばかり奪われる。
さっさとレークイスに入って、早くカッカドールへ向かいたいのに。
アルベルトの計画では、レークイスを発った後、東回りで農業大国カッカドールへ向かう予定であった。
そこで商売でも始めようか——そう思っていた。
「なぁ、アルおじさん」
「何だ」
「さっきのおじさんは、友達か?」
「……いや……」
「?」
怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもない。
けれど良い気分では無い事が分かる表情に、ユリアーナはアルベルトの背中をそっと摩った。
「何をしてる」
「なんか……苦しそう」
「苦しくはない。ただ、鏡を見た気分なだけだ……さぁ行こう。俺達が自由になるには、まだ乗り越えねばならん事が多い」
意を決した様な、遠くを見つめるアルベルトの顔。
ユリアーナを映していないその表情には、次第に深い皺が刻まれていった。
「なぁアルおじさん」
「……」
目深に被ったフードの中から、アルベルトはユリアーナを見下ろした。
そこには、指で顔中を引っ張って変顔をしているユリアーナが居た。
「うーうぇういーへうはろー」
「……行くぞ」
何がしたいんだ。
そうアルベルトは溜息を吐いてユリアーナに背を向け、歩き出す。
けれど、着いてこないユリアーナに気付いて振り向いた。
「ユリアーナ?」
「……」
「どうした」
「アルおじさん。嫌だよ」
「何が嫌なんだ」
「なんか……さっきのアルおじさん……僕の村を襲った兵隊みたいな顔してた……なんか嫌だ」
ミーセスに会った所為で、燻された過去に引き摺られていた。
アルベルトは前を向いて、呟いた。
「……そうか。だが、俺は兵士になど——二度とならん」
何が正しくて、何が間違いだったのか。
未だにアルベルトは見つけられずにいる。
ミーセスの所為で妻子を失ったのか。
ミーセスが正しかった所為で、失ったのか。
どこかにある“真理”を探すことを、まだアルベルトは出来ずにいる。
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