底辺家族は世界を回る〜おじさんがくれた僕の値段〜

ROKUMUSK

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第三章

寝物語

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 レークイスの東に出る関所へと向かう街道を、3名はゆっくりとした速度で行く。その舗装された道は滑らかで、揺れも少なく3時間程度で河口地域に造られたサザンガードの外れと、そこに隣接したレークイスの関所に到着した。

「ユリアーナはここで待っていろ。出国手続きをしてくる」

「俺も出るからよー。ユリアーナ、ぜってぇ出んなよ」

「オッサンに言われなくても分かってるし!」


 幌馬車の荷台でユリアーナはアルベルトが買った物を漁って幾つかを並べ置いた。

「カッカドールの言葉…今から勉強しなきゃな!アジャプ小麦粉モウチダールザブサルユック干し肉

 アルベルトがメモ代わりに書いた物に、南部の共通語ウドゥ語を書き加えた石板をユリアーナは声を出して読んで行く。そして何も書かれていない石板にそれらの文字を写して練習していた。


 生きる事だけを望んでいた日々には考えられなかった。
どんな事が出来るようになれるのか、何処まで行けるのか。ユリアーナは既に、明日、明後日——未来が楽しみになっていた。


「待たせた……」

 アルベルトとミーセスが幌を微かに開けると、そこには食べ物や日用品が散乱していた。驚いたミーセスだが、アルベルトは、うつ伏せで必死に文字を書くユリアーナの姿をじっと見つめた。


「おいっ!ユリアーナっ!ったく!散らかすなよ!」

 タラップから乗り込むミーセスは、ユリアーナを跨いで御者台背後の座席に腰を下ろした。


「あっ!お帰りアルおじさんっ!ごめんっすぐ片付けるよ」

「…文字を練習していたのか?」

「うんっ!」

「分からん言葉があればミーセスに聞け」

 そう言うと、近付き抱きついてきたユリアーナの頭を一撫でした。
 ミーセスが同行すると決まってから、ユリアーナがアルベルトに抱きついたり、腕を掴んで歩くようになった。アルベルトはその行動を単純にミーセスへの威嚇行動と捉えていたが、擽ったくもあった。

「俺は教えねぇぞ!面倒臭ぇ!」

「だったら降りろ。タダで乗せてやる義理はない」

「こっちはお前の、口に出来ない仕事の片棒担いでやんだぞ?そりゃねーだろ」

「金は払ったはずだ…子守の一つは出来るだろう。団長も親だったんだからな」

ニヤリと笑うアルベルト。
ミーセスは腕枕で横になると「へーへー」と言い、横目で荷を片付けるユリアーナを見つめた。そして目を瞑るとアルベルトに声を掛けた。


「さっ!出発しようぜっ!」






 イシャバームとサザンガードの間に広がる砂漠程ではないが、レークイスと次の国、ルシュケールとの間にも砂丘があった。だが、この砂丘にオアシスは無いため食事を済ませた3名は幌馬車の荷台と御者台で横になっていた。


 今も北の空に輝く旅星。
雨季前の空は、何故か合間に酷く乾燥する日があり、今夜の月と星々は目が痛い程に輝いていた。

「アルベルト」

「何だ」

「ユリアーナを娘にするのか?」

「……まずは弟子だな」

「はっ!段階踏ませるなんて昇級制かよ?」

「親子…と、なる事があっても…俺1人で決める事じゃ無いだろう」


共に生きると決めた。
いつかは互いに手を離すのだろうが…。
けれどその時は、きっと苦しくは無い。
ただ安堵するだけだろう。

アルベルトの囁きとも呟きとも取れぬ声に、ミーセスはユリアーナへと向けていた視線をアルベルトに向けた。


「俺はよ、後悔はしてねぇんだ……でも理解はして欲しかった…欲しいってずっと思ってんだよな」


頭上の幌の隙間から覗く大きな、大きな月。
それはまるで神の瞳の様で、飾った言葉も嘘も吐けなかった。


「聞いてくれねぇかアルベルト」

「寝物語には良いだろう…そのまま寝るかもしれんがな」

「ははっ!良いぜ?でも……夢の中で逢っちまうかもな」

「……団長は誰と会う…」

「…殿下…かねぇ?」


妻子では無く?信じた挙句、遺された者の事など考えもせず儚くなった第3王子に会いたいのか?そう、呟くとアルベルトは目を細めた。

「あの時…第1王子が国をレークイスに売ろうとしていた。きっと魔法兵器の事を知っていたのだと思う…」

「なら何故それを俺達に言わなかった」

「騎士団は混成だ。その情報がどの様に、何処に伝わり更なる混乱を巻き起こすのか…想像も出来なかったからだ」

混乱に次ぐ混乱は、敵味方すらその境界を曖昧にさせていて、誰を信じるべきなのか第3王子ですら分からなかった。挙句、両王子の実母である王妃が嫡出子を見捨てて、第5王子を擁立するとした事も内紛を激化させた要因であった。

「俺は彼の方に…貴賤のない…世界を夢見たんだ」

その結果が外患なのだとしたら、彼等は余りにも幼稚で浅慮だと思った。例え、そこに10代の未成熟な理想論があったとしても、歩き始めると政治を学ばされる貴族なのなら考えて然るべきだったろう、そうアルベルトは思った。

「貴族なんて存在しなくたって世界は回るのに…勝手に作った豪華な檻を守る事に意味があるって思ってんだよ」

「…それを団長の家族は許したのか」

「いいや、あいつらは生まれついて特権意識の塊だからな」

「子もいただろ」

「義務や責務、諦めがあってもやる事やってりゃ子は出来る……育てる事をしなけりゃ愛情なんて湧きはしねぇよ。俺は実の子よりも部下を大切に思ってたよ」

その言葉を以前聞いたならアルベルトはナイフに手を掛けただろう。しかし、今のアルベルトには違って聞こえた。












































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