底辺家族は世界を回る〜おじさんがくれた僕の値段〜

ROKUMUSK

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第三章

満たされた腹に満ちる過去 sideミーセス

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 俺の部下だった男と、その弟子、そして俺は今、共に旅をしている。

理由はイグラドシアに隠れ住む仲間の音信が途絶えたからだ。その情報を掴んだ時、拠点としているレークイスでアルベルトに再会した。

レークイスの軍事顧問ガルフェウスが王の側を離れた──異例の動きあり。向かったのはサザンガードで誰かを迎えに行った。そう一報を寄越した上で俺の部下は後を付けた。

『人買いと何やら話をしていた。そして何かを渡していた様だ』

この国はまた、火種を撒くつもりなのか──

そう思った。
俺は2度ど故郷の様な国を生まない為にここで生きる事を決めた。だから、今度またあのガザンとの戦いや、エルセンティアにした様な戦を起こすなら、内部から瓦解させてやる。

しかし、蓋を開けてみればその相手はアルベルト。
この男の事は良く知っている。

正義感が強く、弱い者を見捨てない。
忠義深い犬のような男だった。
なのに0か1かの判断が早すぎて…

結局俺は見限られた。

 ガルフェウスが現れた理由はアルシャバーシャがユリアーナを買ったという情報を掴んだからだろう、そうアルベルトは言っていた。それだけではなさそうだがな。

だから俺はこの旅はお前の為にすると決めた。
あの日の贖罪の為に。




「オッサン!」

ユリアーナは野良猫の様なガキだった。

「僕のだぞっ!」

食い意地が張っていて、

「アルおじさんの隣は僕っ!」

縄張意識が強くて、

「それは何だ?煙が美味いのか?」

好奇心旺盛で。

「具合悪いのか?」

馬鹿で可愛い。俺の隊に配属された頃のアルベルトに似ている。

「うっせーーーな!ミャーミャー鳴くんじゃねぇよ!」

「……何だよっ!ふんっ!」

コイツが纏わりつくとイライラする。
何も知らない純粋さに、抑えていた心のささくれがチクチクしてくる。

「団長」

「あーーっ!悪かった、ハイハイ、悪ぅございました!」


暑さのせいだ。
喉も乾いたけど、一口飲みゃきっと飲み干してしまう。
風の止んだ砂丘の真ん中は地獄だ。
そんな地獄では簡単に閉じた扉が開くから、俺は嫌いなんだ。砂が。

「アルベルト」

「何だ」

「後、2時間って所か?」

「……いや、4時間位だろう」


この時期の太陽と月の動きは緩やかなのに、極端な暑さと寒さが交互に訪れる季節の動きは読みにくい。


「なー。水飲んでいい?死にそう」

夕方、どうせ雨が降るだろうとアルベルトが眠った隙に水を飲んだ。けど雨が降っても乾燥には負けるのかすぐ喉が渇く。

「マグを使え…水袋で飲むと飲み切るぞ」

「俺の水なんだけどなぁ」

「あぁ、お前のなんだから飲みきりたければ飲めばいい…後は知らんからな…買い込んだ水の半分がもう無いんだ」

飲んだのは俺だけじゃねーだろ!
と言いたいが、美味い飯を食った後だ。
従っとくか。

「……へーい」

アルベルトが優しくない。
昔は『ガラムハット団長!』なんて言いながら、可愛らしく俺の後ろを尻尾振って着いて来てたのにな。

「俺はお前に懐いた事などない…記憶を改竄するな」

「えっ…やべ。声に出てた?」

「……お前の顔が分かりやすすぎるだけだ」

俺をよく知る男が、逃げ道を用意してくれていた。
それでも、手を伸ばせなかった。

国のために殉じる。それが俺たちの誇りだった。
だがコイツは違った。守るべき現実を選んだ。

「失っちゃいけない物を失ってからじゃ遅いんですよ! 団長っ!
今すぐ解散して家族を逃がすべきですっ!」

判断も決断も、後悔はない。
結果はどんな選択にもついてくる。
欲しい未来を思い描き、犠牲も非難も最悪も全部、折り込み済みだった。

……それでも。
コイツだけは違った。理想じゃなく“現実”を選んだ。
優しすぎるその背中を、俺は怒鳴って突き放した。

「……騎士団に入った時点で、国のための命だろうがっ!」

でも本当は──
共にいたかった。あの手を、繋いだままでいたかった。

コイツは死にかけの仲間たちを引き連れ、家族を守るために走った。
俺は、自分が見捨てられた気がして、咄嗟に手を引っ込めたんだ。

選ばなかったんじゃない。選べなかった。
それが、俺の人生で唯一の後悔だ。

「俺の国は……家族なんです」

あの言葉と共に去っていった背中を見て、気づいた。
俺の描く未来に“国”はあっても、“家族”はいなかった。

だからあの時、あの国に、俺の居場所はなかったのかもしれない。



「アルおじさん…眠い」

「荷台で寝てろ」

「あと一つ……ことば…」 

「そんな頭で覚えれはしない」

ユリアーナを抱き上げるアイツの顔は表情が無い。なのにそこには無条件に与えられる何かがある。

俺には抱けなかった感情だ。

貴族の5男として生まれ、家族であって家族では無い家で、愛や優しさ、労りなどと言った感情を育てる事は出来なかった。

7歳で婚約、10歳で結婚、15歳で第1子、続けて2子、3子と生まれたが、自分の子だと分かっていても、自分の子だと思えなかった。

それよりも、国へ抱く希望と未来の方に興味があった。

俺を見捨てて、いつ死んでもおかしく無い仲間を抱えて戦線離脱したあいつを眺めてた。

恨みながら、その潔さに憧れ、頑なになったこの手を引っ張って欲しいと切に願った。そう願っても、俺は後悔など無いと言い切った俺の選択を捨てるわけにはいかなかった。

…そう願っていたなんて、認めたくなかったしな。

民の苦しみを知り、安寧をただ願い動いた主人と共に生きると決めていたから。

あの日見送った背中にあった絶望は、今の背中にはもう何も無い。ただ柔らかい熱に包まれているだけだった。 

だから…。

今度は俺も、お前達の背を追いかけようと思う。
倒れそうになった時、支えが欲しくなった時。

俺が次は支える。
これこそ後悔の無い道だと信じているから。


「団長、さぁ出発だ」

「はぁ、長い1日だったな。行くか」





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