果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第二夜

美しき女主人 ~二巡目~

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朝 7:00
 
ここはどこだろう…?
 暗くて、静かだ。
 ああ、そうだ…確か、俺は…。

 次々記憶が蘇る。
 真夜中に響いたノック。

 深々と胸を貫いた、冷たい衝撃。
 
 そして…心臓に振り下ろされた、慈悲の短剣。

…そうだった…。
死んだんだ…俺は…。

 享年二十二歳。案外、あっけない人生だった。
 想いあったティアラを迎えに行くことも出来なかった。
 あの故郷の孤児院で、子供達を教える度に冷やかされていたのが昨日のようだ。

 一体なぜ、殺されなきゃならなかったんだ?
 せめて、動機ぐらい知りたかった。

…………。
……………。
………………。



「う…」

 ——?

 どれくらい時間が経ったのか…?
 荒れ狂う風と窓に叩きつける雨音に、徐々に覚醒していく。
「気がつかれましたか?」
 目を開ければ見覚えのある天井、聞き覚えのある台詞。訳がわからないまま起き上がり、放心しながら背後の時計を覗き込めば針は七時前を指している。

 どういうことだ…?
 今までの事は、全て夢だったということか?

「ご気分がすぐれませんか?」
 
 茫然自失の体で辺りを見回すと、心配そうにシュゼット嬢が俺の目を覗き込む。何もかもが覚えのある光景…?
 その時、聞き覚えのある鐘が七つ打たれた。記憶の中で俺が修理した、玄関の大時計のものだ。前回は当然、こんなものはなかったはず。

「何か…悪い夢を見ておられたのではないですかな?」

 そう言いながら、執事さんが気つけのブランデーを差し出す。
 一瞬、殺された記憶が蘇り身が竦んだが…優雅なグラスでたゆたう琥珀色の液体を突きつけられて、試されている気になると腹が据わった。
「…頂きます」
 
 その様子に、彼は「ほう…」と感心したように目を細めた。
 やるなら殺れ。その気でいるならば、先刻、意識を取り戻す前に危害を加えているはずだ。それをしないということは、なんらかの理由なり目的があるはず。

  現時点でこのブランデーに毒物を入れるなどとは、考えづらい。
 執事さんの目を真っ直ぐに見据えながら、グラスを満たした香り高い琥珀色を干した俺を感心したように執事さんは見下ろす。…さすがに、上質なものだ。


 以前のやりとりをほぼ同じように繰り返すと、二人は部屋を後にした。
  前と同じように俺の服がかけてある。ふと不安に駆られて着せられていた寝間着をはだけて刺された胸を確認して見た。傷らしきものは、全くない。
 前と同じ箇所と違う箇所…これはなんの意味を持つというのだろうか?

 『どうか次回は、解き明かしてください』

 殺される時、息絶える寸前でかろうじて聞こえた執事さんの台詞がふとよぎった。あの時は『次回』などあるはずもないと否定したが…。こうなるとは思わなかった。
 全て夢だった? いや…全てを夢で片付けるには、そうではない証拠が多すぎるのだ。
 
 着替えると、とりあえず部屋を見て回ることにした。作業机の上には思った通り、修理しかけたオルゴールと修理用のツールが置いてある。そして見るのも嫌だったが、前回に俺が死んだ位置の床も確認してみた。あれだけの血溜まりができていたというのに、その形跡は全くない。

 じわり、と悪寒が背中を這い上った。何が真実で、何が偽りなのか…気がおかしくなりそうだ。
 ふと作業机に引き出しがあることに気づいた。何気なく開けると、無意味に紙片とペンが散らばっている。その下に何かを見つけ、かき分けて見ると…そこにはペン先で引っかいたようなメッセージが乱雑に刻んであった。



『-助けてくれ-』

『もういい、殺してくれ!』

『死にたくない!』

『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…!』

『十二時に、死神が来る』

『もう何度目の今日だろうか…』



 なんだ…これは…?
 メッセージではない。何か、もっと切実な叫び。
 自分よりも先に、ここに来た者がいる。それも、字を見る限り複数人。崩れた字、走り書きのような文字、そして…狂気を感じさせる叫びのような文字…。
 おそらくこれは…俺と同じく、ここに来て…殺された人たち…!
  
 その時、控えめにノックの音が響いた。びくりと肩を震わせて、引き出しのメッセージを紙片で埋めて元どおりに閉める。
 
『執事に見せるな』
 そんな警告も受け取ったような気がして。

「お屋敷の中はご自由にご覧ください。ただ、お嬢様は病弱なお方…お部屋からはそうそうお出ましになられません。お相手できず申し訳ありませんと、言伝を預かりました」

 前と同じく、軽食を持ってピシリとした一礼。前と同じ台詞。全く変わらないことに、ここまで違和感を覚えるとは思わなかった。

「執事さん…何が、目的だ?」
 俺の質問に、彼は思い出したように鍵束を取り出した。
「ええ、こちらもお嬢様からお預かりしておりました。お渡しするように、と。お使いください」

 わざととぼけているのか、それとも彼も俺と同じ状態に陥っているのか…しかし、全く何も知らないはずもない。あのブランデーの時の表情で、前の記憶があるのは確信したのだから。

 彼の退室後。俺は手の中の鍵束に目を落とし、息を呑んだ。鍵束の鍵が。

 一本、増えていた。
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