ハッピーレクイエム

煙 亜月

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II Con amore è per te

014 停止

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一四 停止

 高志の死後、オーケストラは顧問への処分、および団への有期活動停止処分がいい渡された。しかしながらあの日、冬季定期演奏会でベートーヴェンの交響曲第三番「英雄」を演奏したので、その第二楽章、通称「葬送行進曲」を高志に捧げようと隠れて練習する者もいた。が、すぐに立ち消えとなった。大学事務局の制止もだが、セカンドクラリネットの高志本人や、ファーストオーボエのわたしはもちろん、精神的ショックで多くの団員が抜けていることの方が大きかった。いや、それ以上に「あの日を思い出してつらくなる」と反対の声が団員から多く上がったことが最大の要因だったのだ。

 わたしは生きる道標を見失っていた。両親や周りの大人たちを見て、わたしも二十歳になれば人生の目途が立っているものと思っていた。それは高校生から思っていたことだ。だんだんと二十歳、という数字はわたしに将来への期待を奪い、時限爆弾のように時を刻むようになった。

 二十歳にもなって訳も分からず生きるのは、無駄以外のなにものでもない。生まれは選べないが、少なくともその先は、すべて自分のビジョンにもとづいて設計を立てたかった。
 しかし現実は二十歳の誕生日を目前に控えてなお、なんら自分の生きる方向性さえをも決めてなかった。
 冬を迎え、いまだにわたしの遺伝子工学には明るいビジョンも、先の見通しすら立ってない。仮にいくばくか学部の中で成績が高くても、修士号や博士号でもなければ製薬企業や、化粧品や薬品などの化学工業、農芸化学、そしてラボなどの研究職など、およそ遺伝子工学分野では就職は厳しい。学部卒では満足なアドバンテージの持てる領域ではなかったのだ。
 わたし、なんで遺伝子工学なんか目指しちゃったんだろう。
 プログラミングをもっと履修しておけば、遺伝とITがオーバーラップする方面へ強くなれたのかもしれないのに。AIを組んで、ずっとパソコンとにらめっこしていた方がよかったのだろうか。いや、ゲノム解析のゼミに入っていれば――
 学生指揮者でバスーン奏者でもあった吉川は臨床医になるべく演習漬けの日々で、ファーストクラリネットの鈴谷は保健体育の教員免許を取ろうとしている。部長の田中も他大学の法科大学院を受験しようとしているのに、わたしだけ、なんで。
 トウモロコシを、それも病気や多雨、干ばつにも強く、飢饉から多くの人を救えるほどにたくさん収穫できるトウモロコシを作るためだ。そうだ、わたしは穀物への遺伝子工学的アプローチを通じて途上国を支援するための研究、その準備をしているのだ。そしてその練習がこの学部なら、わたしはみごとに落伍したとしかいいようがなかった。目の前の酒の瓶や缶を眺める。
 やっぱり、バチカンのいう通りなのかな。ラグに寝転がり天井をあおぐ。遺伝子操作――組み換えにせよなんにせよ――の領域は神の所業に近い。わたし、神様に怒られたのかな。それも、じわりじわりと。
夜も更け、カーテンから漏れる街灯の青い光と、PCのモニタだけが照らすワンルームで、だれにも顧みられず、わたしは自分自身を浪費している気がした。あるいは、これがわたしの人生の答えなのかもしれない、とおぼろげに考えながら。

 わたしがヒトを造り、成功を収めることができたら、まず創造主としての神の存在は揺らぐと考えていた。わたしにヒトが造れず、わたしの命が絶えたなら――神になり代わって創造を手掛けることが、神の意志にもとる行為だったと悟れる、その二つに一つだった。
 しかし今、わたしは高志を失ったショックによって身も心も空っぽで、とても神を試したり、あるいは救済を求めたりする考えを持つことはなかった。できなかったのだ。この人生は無駄だった。二〇年と少し前の受精卵から始まった、神が用意してくれた人生を、わたしの失敗でだめにしたのだ。
 命を造るどころか、命を無駄にした。高志を殺したのもわたしで、わたしを殺すのもわたしだろう。高志や、ほかのだれのためにならないことくらい百も承知だ。わたしは、自分のためだけに自分を葬りたい。
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