71 / 96
VIII 正しさ
071 鬱憤
しおりを挟む
七一 鬱憤
「休憩終わり。この場で集団面接に入ります。まず、お互いに顔が見える程度に円形になるよう、席を移動して下さい」
集団面接はディベート方式ではなくディスカッション方式で行われた。議題は、「趣味の共有と発見」と設定された。討論ではなく会議、協議を意図されたものだ。議題に即した自分の意見でいかに席巻するかという勝敗、結果至上主義ではなく、いかに柔軟に対応、進行させるかという過程に重きを置かれていたので、わたしには少々物足りないようにも感じられた。とはいえ、やろうと思えば――ディベートであれディスカッションであれ――いくらでも好印象を与えうるだけの自負はあった。車座に椅子を並べた学生たちに高橋先生がいう。
「制限時間の三〇分間、あなた方の裁量でディスカッションしてください。正解も失敗もありません。しいていうなら、ボールに一度も触らなかった、もしくは触らせなかったお友だちには、あまり嬉しくないジャッジが待っている、と思っていただいて結構です。ともあれ、あなた方にとってはこれが当ゼミの初仕事です。漠然としたテーマですが、なにをどうすれば生産的で建設的な場となるのか、どうぞみなさんで糸口を探ってください。あの時計で二十五分まで。始め」
趣味、か。とくに趣味らしき趣味もなく、またほかの学生と共有したい自分の考えや価値観もなかった。まずいテーマかもしれない。わたしは目だけ動かす。周りの学生の出方を観察する。
左隣の横山が手を挙げた。
「えっと、まず自己紹介から始めません? 初対面に近い人もいるんだし。自分は創薬二年の横山里美です。趣味といえば、さいきん車の免許取ったんで、モペットっていうバイクでそこらへんを散歩するのが趣味かな。モペットってのは自転車に三〇ccくらいのエンジン積んだかわいいバイクです。扱いとしては原付なんで車の免許で乗れるんです。ヘルメットは必要ですけどね。あとはまあ、子どもの頃から続けてるバイオリンと、高校の軽音でベースしてたくらいかな。それじゃあ、時計まわりでいいですよね?」
横山の作った流れに続き、ほかの学生たちもそのまま自己紹介を続ける。最後にわたしの順番が回ってくる。自分にしか聞こえない程度に咳払いをする。
「生命工学科二年、朝野聖子です。大学オケでファーストオーボエを吹いています。オケ以外では――その、大学生という身分を活かして、皆さんが答えた趣味のうち、せめて二、三種類は試してみようかと思っています」
――思う、か。結語としては貧弱な語彙だ。よろしくない答えだな、と即座に悔やむ。さっきまでの自負はどこへいったのだろう。
その後は主に横山が先導し、ほかの学生たちと時間一杯までこれが楽しい、あれが面白いと会話し、しかしかれらも自分の話しすぎを察すると、ごく自然に聞き役に回るなど、おおむねよくできた立ち回りだった。
三〇分が経過し、高橋先生が終わりを告げる。無性に疲れてしまった。
「ショウちゃん!」面接を終え、廊下に吐き出された学生のあいだを縫って横山が寄ってくる。「どしたの? 元気ないの? なんか、ぜんぜんしゃべらなかったじゃん」
わたしがなにもいわず横山の顔をぼんやり見ていると「あ――じゃあ、オケで話そっか」と、若干の気まずさを漂わせながら肩に手を置く。
わたしは二の腕を上げてその手を払う。
「えっ」
驚く横山を尻目に、わたしは廊下を進む。「ショウ、ちゃん?」
廊下を歩いたってどこへも行けないのに。このあと大講堂で、嫌でも横山と顔を合わせるというのに。どこへも行けない道を進んでいる。
この当時から、わたしには行き場のない思いがあった。その思いがなんなのか、まったく判然としないまま、ただ闇雲に歩き回っていたのだ。このときからすでに、自分でもなにに対して腹を立てているのか、了解しがたい不機嫌さに悩まされつつ、ずっと頭のもやもやした感じに苦しんでいた。つまるところ、わたしはわたしをうまくできなくなっていた。
「休憩終わり。この場で集団面接に入ります。まず、お互いに顔が見える程度に円形になるよう、席を移動して下さい」
集団面接はディベート方式ではなくディスカッション方式で行われた。議題は、「趣味の共有と発見」と設定された。討論ではなく会議、協議を意図されたものだ。議題に即した自分の意見でいかに席巻するかという勝敗、結果至上主義ではなく、いかに柔軟に対応、進行させるかという過程に重きを置かれていたので、わたしには少々物足りないようにも感じられた。とはいえ、やろうと思えば――ディベートであれディスカッションであれ――いくらでも好印象を与えうるだけの自負はあった。車座に椅子を並べた学生たちに高橋先生がいう。
「制限時間の三〇分間、あなた方の裁量でディスカッションしてください。正解も失敗もありません。しいていうなら、ボールに一度も触らなかった、もしくは触らせなかったお友だちには、あまり嬉しくないジャッジが待っている、と思っていただいて結構です。ともあれ、あなた方にとってはこれが当ゼミの初仕事です。漠然としたテーマですが、なにをどうすれば生産的で建設的な場となるのか、どうぞみなさんで糸口を探ってください。あの時計で二十五分まで。始め」
趣味、か。とくに趣味らしき趣味もなく、またほかの学生と共有したい自分の考えや価値観もなかった。まずいテーマかもしれない。わたしは目だけ動かす。周りの学生の出方を観察する。
左隣の横山が手を挙げた。
「えっと、まず自己紹介から始めません? 初対面に近い人もいるんだし。自分は創薬二年の横山里美です。趣味といえば、さいきん車の免許取ったんで、モペットっていうバイクでそこらへんを散歩するのが趣味かな。モペットってのは自転車に三〇ccくらいのエンジン積んだかわいいバイクです。扱いとしては原付なんで車の免許で乗れるんです。ヘルメットは必要ですけどね。あとはまあ、子どもの頃から続けてるバイオリンと、高校の軽音でベースしてたくらいかな。それじゃあ、時計まわりでいいですよね?」
横山の作った流れに続き、ほかの学生たちもそのまま自己紹介を続ける。最後にわたしの順番が回ってくる。自分にしか聞こえない程度に咳払いをする。
「生命工学科二年、朝野聖子です。大学オケでファーストオーボエを吹いています。オケ以外では――その、大学生という身分を活かして、皆さんが答えた趣味のうち、せめて二、三種類は試してみようかと思っています」
――思う、か。結語としては貧弱な語彙だ。よろしくない答えだな、と即座に悔やむ。さっきまでの自負はどこへいったのだろう。
その後は主に横山が先導し、ほかの学生たちと時間一杯までこれが楽しい、あれが面白いと会話し、しかしかれらも自分の話しすぎを察すると、ごく自然に聞き役に回るなど、おおむねよくできた立ち回りだった。
三〇分が経過し、高橋先生が終わりを告げる。無性に疲れてしまった。
「ショウちゃん!」面接を終え、廊下に吐き出された学生のあいだを縫って横山が寄ってくる。「どしたの? 元気ないの? なんか、ぜんぜんしゃべらなかったじゃん」
わたしがなにもいわず横山の顔をぼんやり見ていると「あ――じゃあ、オケで話そっか」と、若干の気まずさを漂わせながら肩に手を置く。
わたしは二の腕を上げてその手を払う。
「えっ」
驚く横山を尻目に、わたしは廊下を進む。「ショウ、ちゃん?」
廊下を歩いたってどこへも行けないのに。このあと大講堂で、嫌でも横山と顔を合わせるというのに。どこへも行けない道を進んでいる。
この当時から、わたしには行き場のない思いがあった。その思いがなんなのか、まったく判然としないまま、ただ闇雲に歩き回っていたのだ。このときからすでに、自分でもなにに対して腹を立てているのか、了解しがたい不機嫌さに悩まされつつ、ずっと頭のもやもやした感じに苦しんでいた。つまるところ、わたしはわたしをうまくできなくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる