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IX 『ひとりよりふたりが良い』
077 姉妹
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七七 姉妹
「ショウちゃん、また見ーっけ!」
横山は嬉しそうにトレイをわたしの隣に置く。「焼き鳥シスターズだね、うちら」
「シスターズ、って」いいかけたが、横山が下を向いて祈りを捧げていたため、途中で口を閉ざす。
「いっただーきまーす」横山はおいしそうに焼き鳥にかぶりつく。「お祈りのときに待っててくれるって、クリスチャン同士のよさがあるよね」
がやがやとやかましい学生食堂で、かの女の声は大きくも小さくもないのによく伝わってくる。張りとか、切れのある声だ。
「串、外さないの?」早くもネギマのいちばん手元の肉を食べようとする横山に質問する。
「だって、串外したら焼き鳥じゃないじゃん。それだったらフライパンで炒めた方が早いっしょ。これ、日本って国のマナーだよね」と、わずかに舌を出して唇を舐める。
父のようだ。様子があまりにも似ており、図らずも思い出し笑いを浮かべる。「どしたの、ショウちゃん? なんか、表情筋が嬉しそうだよ?」
「いや、ちょっと亡くなった父を思い出して、ね。焼き鳥の食べ方とか」
横山はふうん、と相槌を打ち、「ショウちゃん、お父さんのこと、大切なんだね」とつぶやいてご飯をかき込んだ。わたしがどう返そうかと思案していると「ああ、ごめんね。うち、ただ思ったこと口に出ちゃう性格なんだ。でも――」と、口いっぱいに頬張ってしゃべるのをやめる。
「うん?」とわたしは横山の続きを問う。
「亡くなった人って、みんな愛されるよね」横山はそういい、「ごちそうさま」と手を合わせて席を立つ。「じゃ、お先に。次はもう少しゆっくり話したいね、ショウちゃん」
かの女はトレイを返却口に持って行き、そのまま外へと消えた。
――不思議だった。嫌な気持ちにはならなかった。よくよく考えれば皮肉とも取れたのに、不快感すら抱かなかった。横山か。残っていた食事を平らげ、わたしも席を立つ。
いつまでも悲しんでたら、父さんも浮かばれないよね。
夜になるのが早い。もう寒さを感じる時間だ。
この時刻ならまだ人も少ないはず。大講堂の扉を開ける。
「おつかれさまです――あ、高志。と、横山さん」
「ああ、聖子。おつかれ」
「ショウちゃん、お昼ぶり。暖房、今つけたとこ」
見れば二人ともコートも脱がず、寒そうにしていた。広い大講堂では空調が効いてくるまでに時間がかかる。最終時限やそのあと、講義や発表などでの使用がなかった場合は暑いか寒いかのどちらかだ。横山のいうとおり、さきほど空調をオンにしたのだろう、なるほどコートも(できれば手袋も)脱ごうと思える室温ではなかった。
「もう少し効いてくるか、人の熱であったまるまで待機だな」高志はその場で寒そうに足踏みしている。
「なにいってんだか。椅子や譜面台、広げるなりなんなりしてたら体もあったまるでしょ。そんなじいさんみたいなこといわないの」と、わたしはかれの肩を叩く。大きな引き出し式のステージ下収納を開け、パイプ椅子を三、四脚出して腕を通す。
「へえ。平松って尻に敷かれるタイプだったんだ。意外」
「あのなあ。これまでずっとオケにいて、こいつはこういうもんだ、って見抜けなかったってのも意外だけどな」そういうとかれはパイプ椅子を片手に四脚ずつ持ち、舞台階段で壇上へ上る。「わ、いいとこ見せようとしてる。平松、かわいいんだ」横山はコートのポケットに両手を突っ込んだままけらけらと笑う。「学指揮のときはこんなことなかったのにさ」といい終わらないうちに下を向いて黙る。
「ヨッシーのことはもういいだろ」
そういうかれの口許に一切の笑みや緩みはない。「これはヨッシーに対してもな」
少しの沈黙をおいて、横山は身体をフラフープをするかのように円を描いて揺すりながら、
「なんかさあ、聞いたんだけど、ショウちゃんたちって一目惚れだったんだね。いいね。うち、そういうの憧れるわ」
と明るい声音で(ふたりのうちのどちらに対してでもなく)いった。「いいなあ、美人は。うちもそばかす、なかったらなあとか思うもん」
「それはちょいと違うかもな。おれが見初めたときは軽く二、三〇メートルは離れてたし。おれの視力でもそこまでは――」
扉が開く。「おつかれさまです――あ、先輩、おつかれさまです!」一年生の子が入ってくる。立て続けに幾人も大講堂に流れ込み、三人の会話はかき消された(とはいえ、わたしは蚊帳の外のような話題であったし、なんのデメリットもなかったのだが)。
「ショウちゃん、また見ーっけ!」
横山は嬉しそうにトレイをわたしの隣に置く。「焼き鳥シスターズだね、うちら」
「シスターズ、って」いいかけたが、横山が下を向いて祈りを捧げていたため、途中で口を閉ざす。
「いっただーきまーす」横山はおいしそうに焼き鳥にかぶりつく。「お祈りのときに待っててくれるって、クリスチャン同士のよさがあるよね」
がやがやとやかましい学生食堂で、かの女の声は大きくも小さくもないのによく伝わってくる。張りとか、切れのある声だ。
「串、外さないの?」早くもネギマのいちばん手元の肉を食べようとする横山に質問する。
「だって、串外したら焼き鳥じゃないじゃん。それだったらフライパンで炒めた方が早いっしょ。これ、日本って国のマナーだよね」と、わずかに舌を出して唇を舐める。
父のようだ。様子があまりにも似ており、図らずも思い出し笑いを浮かべる。「どしたの、ショウちゃん? なんか、表情筋が嬉しそうだよ?」
「いや、ちょっと亡くなった父を思い出して、ね。焼き鳥の食べ方とか」
横山はふうん、と相槌を打ち、「ショウちゃん、お父さんのこと、大切なんだね」とつぶやいてご飯をかき込んだ。わたしがどう返そうかと思案していると「ああ、ごめんね。うち、ただ思ったこと口に出ちゃう性格なんだ。でも――」と、口いっぱいに頬張ってしゃべるのをやめる。
「うん?」とわたしは横山の続きを問う。
「亡くなった人って、みんな愛されるよね」横山はそういい、「ごちそうさま」と手を合わせて席を立つ。「じゃ、お先に。次はもう少しゆっくり話したいね、ショウちゃん」
かの女はトレイを返却口に持って行き、そのまま外へと消えた。
――不思議だった。嫌な気持ちにはならなかった。よくよく考えれば皮肉とも取れたのに、不快感すら抱かなかった。横山か。残っていた食事を平らげ、わたしも席を立つ。
いつまでも悲しんでたら、父さんも浮かばれないよね。
夜になるのが早い。もう寒さを感じる時間だ。
この時刻ならまだ人も少ないはず。大講堂の扉を開ける。
「おつかれさまです――あ、高志。と、横山さん」
「ああ、聖子。おつかれ」
「ショウちゃん、お昼ぶり。暖房、今つけたとこ」
見れば二人ともコートも脱がず、寒そうにしていた。広い大講堂では空調が効いてくるまでに時間がかかる。最終時限やそのあと、講義や発表などでの使用がなかった場合は暑いか寒いかのどちらかだ。横山のいうとおり、さきほど空調をオンにしたのだろう、なるほどコートも(できれば手袋も)脱ごうと思える室温ではなかった。
「もう少し効いてくるか、人の熱であったまるまで待機だな」高志はその場で寒そうに足踏みしている。
「なにいってんだか。椅子や譜面台、広げるなりなんなりしてたら体もあったまるでしょ。そんなじいさんみたいなこといわないの」と、わたしはかれの肩を叩く。大きな引き出し式のステージ下収納を開け、パイプ椅子を三、四脚出して腕を通す。
「へえ。平松って尻に敷かれるタイプだったんだ。意外」
「あのなあ。これまでずっとオケにいて、こいつはこういうもんだ、って見抜けなかったってのも意外だけどな」そういうとかれはパイプ椅子を片手に四脚ずつ持ち、舞台階段で壇上へ上る。「わ、いいとこ見せようとしてる。平松、かわいいんだ」横山はコートのポケットに両手を突っ込んだままけらけらと笑う。「学指揮のときはこんなことなかったのにさ」といい終わらないうちに下を向いて黙る。
「ヨッシーのことはもういいだろ」
そういうかれの口許に一切の笑みや緩みはない。「これはヨッシーに対してもな」
少しの沈黙をおいて、横山は身体をフラフープをするかのように円を描いて揺すりながら、
「なんかさあ、聞いたんだけど、ショウちゃんたちって一目惚れだったんだね。いいね。うち、そういうの憧れるわ」
と明るい声音で(ふたりのうちのどちらに対してでもなく)いった。「いいなあ、美人は。うちもそばかす、なかったらなあとか思うもん」
「それはちょいと違うかもな。おれが見初めたときは軽く二、三〇メートルは離れてたし。おれの視力でもそこまでは――」
扉が開く。「おつかれさまです――あ、先輩、おつかれさまです!」一年生の子が入ってくる。立て続けに幾人も大講堂に流れ込み、三人の会話はかき消された(とはいえ、わたしは蚊帳の外のような話題であったし、なんのデメリットもなかったのだが)。
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