黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第四章 迷い山の地下神殿

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 ジメジメとした汗が出てきた。

 緩やかな傾斜はやがて勾配に。木々たちの狭いトンネルは、ヒカルの呼吸をより窮屈にさせた。

 まさしく獣道。地面には人の足跡は無く、代わりに木々たちの根っこが、あちらこちらから顔を覗かせている。

 光は相変わらず僅かしか届いていない。今まで晴れたお天道様の下を歩いていたから、この陰湿な山道が余計に心を締め付けた。

 ましてや、向かう先は誰もが嫌う魔の鳥籠だ。兵士たちの緊張感が無理にでも伝わって、ヒカルの体力はどんどん削られていく。

 隣には、例の自転車おじちゃんに似た兵士が歩いていた。黄金竜を見たと報告した兵士だ。彼の顔もまた、汗でいっぱいに光っていた。

「黄金竜は本当にこの先に居るんですかね?」

 ヒカルの突然の問いかけに、兵士はビクリ、と反応した。

 虚ろな目はキョロキョロと周囲を警戒している様子。それでいて、彼はヒカルをグイと睨み付けた。

「俺の言っていることが嘘だって言いたいのか?」
「いや、そういう訳では」

 チッ、と舌打ちをして、兵士は唾を吐いた。

「だったら変なことを聞かずに着いてこいよ。黄金竜は必ずあの山にいるんだからよ」

 そんなに怒らなくても良いじゃないか、とヒカルも心のなかで悪態をつく。自転車屋のおじちゃんだって、頭ごなしに怒ったりはしないのに。

 確かに怒りっぽいけどさ――。

 ヒカルは、ひそかにこの兵士のことを「マフラー」と名付けた。
 原付バイクの「マフラー」を直してもらおうとおじちゃんを訪ねた時、「素人が格好つけて改造なんかするからだ」と頭ごなしに怒られたことがあった。

――もっと大切にしなくてはいかん。物だって生きているんだぞ。

 改造なんかしていない、ただの故障なのに、と伝えても、おじちゃんは全く聞き入れてくれなかったのだ。五年以上も乗り続けていた中古の原付バイクだったから……。

 以来、ヒカルはおじちゃんの怒りっぽさが苦手になったのだけれど、腕は確かに一流なもので、それからも何かとお世話になった。マフラーも破格で綺麗にしてもらった。

 そして、件の「マフラー」さんは、ヒカルを睨み付けたあと、とっとと先頭の方に逃げていった。

 汗がいよいよ止まらなくなった。

 道はどんどん狭くなると思いきや、途端に木々のトンネルが無くなり、視界が一気に広がった。

 ちょうど中腹辺りだろうか。湿った木々の道から、草木が全く生えていない拓けた岩場になっていた。

 地面が剥き出して、綺麗に木々たちとの境界線がある。

 ゴツゴツとした岩場が山頂へと続いている。山が禿げている。緑色から黄土色へ。空は相変わらずの蒼天だ。

 眩しい。太陽の隣には、山の頂上が近くに見えた。眼下には歩いてきたジャスパー街道もあった。さすがは山と言うこともあり、ジャスパー街道の伸びる先が遠くまで分かった。

 さて、一息などついている暇はヒカルたちにない。

 ここは「魔の鳥籠」なのだ。

 人類未踏の地。彼らが生まれた時から、ここは入らずの場所なのだから、いつ、何が襲ってくるのか、ブリーゲルやウインたちにもわからない。

 名前の分からない見たこともない鳥が飛んでいく。ヒカルはやけにその鳥が怖く見えた。

 何も分かるはずがない。なにせ、この山に入って帰って来た者が一人もいないのだから。

「本当に合っているのか?」

 ブリーゲルがカリンダに問いかけるのも、これで何度目になるのだろうか?

 その度に、カリンダはただ頷いて答えるばかり。

 黄色い目をした少女カリンダは、この世界を飛び回る黄金竜を察知できるのだ。そんな彼女は、確かにこの山から黄金竜の気配を感じている。

 ヒカルが「マフラー」と名付けた兵士が、この山の方へと飛んでいく黄金竜を見たと言う。

 ただ、この山が曲者なのだ。人の立入が禁じられた場所。

 「魔の鳥籠」と呼ばれるこの山の中で、一行は立ち止まっていた。

 狭く窮屈な木々を抜け、山肌が見える禿げた岩場をも進み、隊長のブリーゲル率いるヒカルたちは、遂に山頂付近へと到達した。

 そんな彼らを待ち受けていたのは、ぽかり、と口を開けた洞窟への入り口だった。

 それだけではない。明らかに人の手によって造られたであろう入り口なのだ。綺麗に四角く切り取られ、まるでコンクリートのような白い石で整えられている。

 確かに人の文明を思わせるそれは、すでに朽ちて所々が崩れているのだけれど、よく見ると細やかで幾何学的な模様が列をなしているのが分かる。

 いったい、どこの誰がいつ造ったものなのか。

 人の侵入を許さなかった山の中で、しかも、ここだけが太古の文明の名残がある。

 ブリーゲルやウインも、この異様すぎる突然の光景に、なかなか足を進めることが出来なかった。

 しかし、カリンダだけは、依然として黄金竜の気配を感じるのだと、入り口に向かって指を指し続ける。

「隊長……?」

 躊躇うブリーゲルに向かい、「マフラー」がおどおどと声をかけた。

「私も……確かに見ました。りゅ、竜神様が、鳥籠へと飛んでいく姿を……」

 ブリーゲルは、「マフラー」を見るだけで返事はしなかった。

 ヒカルも妙な考えが沸いてきた。ここがなぜ「鳥籠」という異名を持つのか。

――もしかしたらこの山は、黄金竜の棲み家なのでは?
 誰が造ったのか分からない律儀な入り口を潜ると、スヤスヤ、と寝息を立てる黄金の竜がいるのかもしれない。

 ヒカルも、いよいよ緊張を飲み込んだ。ごくり、と乾いた音がなる。

 このまま山の中には入りたくない。背中のリュックの中身を見させておくれ。

「隊長! 必ず黄金竜はいます!」

 「マフラー」が、半ば狂気のように、まるで何かにとり憑かれているかのように叫んだ。ヒカルは、「マフラー」の口から唾が飛び出すところを見た。

 カリンダも頷く。「この中に竜神様が居る」と言わんばかりに、入り口の中を指差す。

 ブリーゲルとウインが顔を合わせる。迷う隊長に向かって、ウインもゆっくりと頷いた。

――行くしかないよ。
 ブリーゲルだって怖いのだ。兵士たちもきっと、心の隅では「引き返そう」という指示を期待しているはずなのだ。

 だが、ウインの言葉通り、彼らは進むしかない。

 竜神様をお守りするために。そして、この世界を正すために。

 例え何があろうとも、と誓ったあの日のことを忘れたのか!
 ブリーゲルは、きゅっと両目を閉じると、腕を前に伸ばして、片ひざを着く。

 兵士たちも真似る。ヒカルもその所作を知っていた。

「すべては竜神様の御心に」

 ただ一人。カリンダだけは、ぼー、と空を眺めていた。
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