黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第九章 道中の夢

5 召喚士ウイン

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 もう一人の男はネムと名乗った。

 頭に髪が無いのは、きっと高齢だからだろう。ウインはネムに頭を下げ、パピーのことをお願いすると、ネムは優しい笑顔で快諾してくれた。

「さっそく取りかかろう」
「感謝致します」

 パピーたちには、この寺院の中の広間の一つを与えてもらったのだ。昔と比べ、竜信仰の人口も減ったのだと、ネムは笑いながら言った。

 ネムと目があう。彼もまた、黄色い目をしていた。

「おやおや……このお方は?」
「ヒカルと申す旅の者です。熱心な信者でして、竜神様を探しているとか」

 ウインがいじ悪く説明する。ヒカルはとりあえず頭を下げるだけにした。

 その後、ネムはパピーたちを連れて部屋から出ていった。しばらくの宿部屋を案内するために。ウインの言った通り、パピーたちはしばらくこの寺院で暮らし、やがては外で家を建てるのだ。

 部屋には、ヒカルの他に、ブリーゲルとウイン、そしてカリンダだけとなった。
 感動の再開? なのだけれど、妹は相変わらず黙ったままで、兄と弟だけが懐かしの言葉を交わしていた。

「いつからセイリンに?」
「四日ほど前だ。もう少し待とうと思っていたのだが、お前たちが間に合って良かった」
「間に合う? 何がさ?」
「竜神様は今、オルストンにいらっしゃられる。都市は崩壊し、今は誰もいない廃墟だそうだ」

 ブリーゲルの言葉に、ウインはもちろんカリンダも動揺の息を漏らした。

「オルストンの国民たちは?」
「どこかに避難したのか、それとも……」
「なら、なぜ竜神様は誰もいないオルストンに?」
「それが分からないんだ。報告によれば、竜神様はオルストンの地に降りて、まるで寝ているかのように鎮座しているらしい」

 はぁ、と今度はウインが疑問の息を吐く。

「今、セカイ中の人々がオルストンに向かっているのだ。もちろん、我々の同志たちも」

 保護派の連中は竜を守りに、討伐派の連中はこの隙に討伐するために。文字通りの行動が、セカイ中で起きているのだ、とヒカルも理解できた。

「しかし、オルストンをぐるっと囲んだ要所要所には、討伐派たちの砦があるはずでは?」
「だからこそ危惧してるんだ。もしも一斉に討伐派と我々との争いが起きてしまえば、今まど以上の大きな戦争になる」

 避けては通れない。
 ブリーゲルは静かにそう付け加えた。

「俺たちの軍は西の拠点グラタに向かわせている。一つだけで良い。どこかの砦を一つでも落とせれば、後はなんとかなる」
「そこに兄さんも行くつもりだったんだ」
「そうだ。ここからだと、オルストンの方が近い。他の同志たちがノリータ側から、そして我々がオルストン側からの挟み撃ちにできる。集中して落とすべきはグラタだ」

 竜に会うための保護派たちの進行と、それを阻止し討伐するための討伐軍。
 ブリーゲルは地図を持ち出して、今語った戦略をウインに具体的に説明していた。

 置いてけぼりのヒカルは、部屋の隅っこにいるカリンダに目を向けた。昨夜以降、まだ何も話していない。避けられているのは分かるけれど、いつもよりも遠い気がする。
 良く見ると、顔色も良くない。

 どうしたのか、と声を掛けようとしたその時、部屋の扉が突然開き、優しい笑顔のネムが戻ってきた。

「賢者様がお呼びです。ウイン、ブリーゲル、カリンダ、そして大槻ヒカル様」

 違和感。
 久しく呼ばれた本名だからなのか。いや、違う。このセカイには、自分の本名を知る人はいないはず。

 なのに、思い返せば魔の鳥籠の中でも、元の世界の廃墟でも、「大槻ヒカル」と呼ばれたのだ。

「ど、どうして俺の名前を?」
「そこまで! 今は賢者様がお呼びになられているのです」

 ネムから優しい笑顔が消えている。見ると、ウインたちは膝をついて姿勢をただしているではないか。

「疑問はたくさんあるでしょう。しかし賢者様がきっと力になってくれます」

 そう言うと、ネムは上半身だけ服を脱いだ。ヒカルは「あっ」と声を出す。彼の胸元には、目を閉じたもう一つの顔が見えたから。

「すべては竜神様の御心に――」

 ネムが目を閉じると、胸元の顔の目が開いた。
 思わず背筋に鳥肌が立つ。男か女かも分からないその顔と目があった。

「ウイン、ブリーゲル、カリンダよ。顔を上げなさい」

 賢者と呼ばれた胸元の顔は動いておらず、代わりにネムの口が動いた。しかし、その声は老人の優しい声ではなく、しゃがれた男の声だった。

「久しぶりだな、カリンダ。大きくなった」
「……はい」

 カリンダが弱々しく返事をする。ウインとブリーゲルは、未だに頭を下げたままだ。

「ブリーゲルよ。そなたはグラタに向かうと言ったな?」
「はい! 同士の道しるべとなるべく、討伐派の拠点を落とすためです!」
「なら、早くした方が良い。すでにぶつかっている所もある。それにグラダには何があるのかも知っているな?」
「オルストンとノリータの連合拠点では?」
「それだけではない。グラダにはオニが眠っている。お主も知っているだろう? 討伐派はそいつの覚醒を狙っているのだ」

 オニ――鬼? このセカイにも鬼はいるのだろうか。

「それは、ただの迷信では?」
「馬鹿者。現に討伐派たちはすでに見つけておるぞ。オニの存在を」
「はあ……」

 さて――と、賢者がウインに目を向ける。

「ウインよ。そなたも逞しくなった。器も二十八か。誇らしいぞ」
「はい。光栄です」
「ウインとカリンダよ。お主たちがここに来たのは欠片の試練のためであろう」

 試練? そんなことは聞かされていないと、ヒカルはウインの顔を見る。

「はい。しかし、試練は我々兄弟の問題です。その者は関係のない単なる旅人でございまして」
「ほう。ならば、カリンダの欠片パートナーはお主という訳か?」
「……そのつもりですが?」

 ネム……いや、胸元の顔が大きな声で笑う。

「それは違うぞ、召喚士ウイン。カリンダはすでに欠片をその心に決めておる。お主ではなく、この単なる旅人だ」
「なっ!」

 ウインは飛びつく勢いでネムを見る。

「そうだろ? カリンダよ」
「カリンダ! どういうことだ!?」

 今度はブリーゲルが声を荒げる。
 いつのまにか渦中の中心にいたヒカルは、試練だとか欠片だとか、意味の分からない言葉に全くついていくことが出来ていない。

 自分がここに来たことも、黄金の懐中時計に填める、赤い宝石が目当てだというのに。

「私は……」

 二人の兄から向けられる険しい視線を受けながら、カリンダはゆっくりと口を開いた。

「私は、ヒカルを欠片に試練を挑みます」
「ふむ」

 賢者が「許可する」と呟くと、ウインはおもむろに立ち上がって、ネム詰めかける。

「ご冗談を! この者は武術も魔法も、召喚も使えない一般人です! なのに試練を許可するなど、結果は見えている!」
「そうです! 賢者様、今一度お考え直しを」

 ウインとブリーゲルの詰問に、賢者は黙ってヒカルを見た。

「カリンダが選んだのだ。竜の子である彼女自身が」

 ウインと目が合う。その目には見たことのない悲観、そして憤りが込められていた。
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