アームチェア・ディティクデブ

上板橋喜十郎

文字の大きさ
4 / 6

第四章 集まる事実

しおりを挟む
三日後。
新宿三丁目は相変わらず人で溢れていたが、田所探偵事務所の中は静かだった。
田所は椅子に深く座り、胃薬を一粒口に放り込む。
「……まだか」
「警察は優秀でも、瞬間移動はできません」
夏野はパソコンから目を離さずに言った。
その時、ノックもなくドアが開いた。
「相変わらず嫌なタイミングで呼ぶな」
山岸が分厚いファイルを抱えて入ってきた。
「結果が出た」
山岸は資料を机の上に並べる。
「まず、入退館ログ」
六人全員、18時から20時まで、全員社内に滞在。
「全員、犯行可能時間帯に“消えてない”」
田所は頷いた。
「つまり、“アリバイが全員成立しているようで、全員成立していない”」
次に、エレベーター記録。
「十九時前後、三階と五階を頻繁に往復している」
夏野が言う。
「三階は休憩スペースと自販機……」
「全員が飲み物を取りに行ける場所だ」
山岸は続ける。
「防犯カメラのログ。十九時十分から十九時四十分まで、会議室フロアの映像が停止」
「誰が?」
「システム管理の権限があるのは甲斐だけだが……実際の操作ログは“ユーザー不明”になっている」
田所が目を細める。
「消されてるな」
「本人は“メンテナンス自動処理”と言ってる」
「証明できない言い訳だ」
夏野が言う。
「つまり、甲斐さんは“怪しいけど確定じゃない”」
「ちょうどいい位置だな」
次に、机の位置比較。
山岸が写真を並べる。
「前日と当日で、確実に三十センチずれている」
「誰かが動かしたのは確実だ」
「ただし、床の擦過痕は“一方向だけ”」
田所が少し首を傾げる。
「一方向?」
「つまり、一度しか動いていないようにも見える」
夏野が言う。
「事故の拍子で動いた可能性も……?」
「否定はできない」
次に、副社長と経理部長のメール。
「副社長は横領を社長に指摘されていた。経理部長はその責任を押し付けられていた」
「どっちも“消えてほしい相手”だな」
山岸はさらに続ける。
「営業部長・早乙女。当日、十九時十分から十九時二十分まで、社内の喫煙所に一人でいたという証言」
「証人は?」
「本人だけ」
田所は小さく笑った。
「一番信用できないアリバイだ」
「人事責任者・神崎。当日、精神科の予約履歴があり、“事件直前に辞表を書いていた”」
夏野が目を見開く。
「それ、かなり危ない状態では……」
「動機としては十分すぎる」
「秘書・小宮山。社長のスマホから“別れ話のメッセージ”が削除されていた」
田所が言う。
「殺意の種類としては、一番わかりやすい」
山岸はファイルを閉じる。
「全員、怪しい。」
田所は静かに言った。
「だから面白い」
夏野が聞く。
「どこから疑います?」
田所は即答しなかった。
少し間を置いてから言う。
「“一番、事件に関係なさそうな奴”からだ」
「誰ですか?」
田所は資料の一人を指差した。
「営業部長・早乙女。煙草を吸いに行った男は、大抵“何かを捨てに行っている”」
山岸が苦笑した。
「……偏見じゃないのか」
「偏見は、統計だ」
窓の外では、雨が少し弱くなっていた。
だが真実は、まだ誰の顔も見せていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...