徳川家の右腕

ジミーとノア

文字の大きさ
2 / 8

流通革命案

しおりを挟む
「面白い話を聞かせてもらった。九郎兵衛といったな」

 徳川家康の目が鋭く光る。僕の言葉一つひとつを慎重に吟味しているのが伝わってきた。

「流通の改善……具体的にはどうすればよいと思う?」

 問われて背筋が伸びる。ここぞとばかりに準備してきた案を述べ始めた。

「まず検地制度を見直すべきです。現行の太閤検地は土地の正確な評価ができていないため、不公平が生じております」
「それはわしも感じておったが……」

 太閤検地とは、豊臣秀吉が全国統一した頃の1587年以降に行った土地の調査である。

 全国の田畑の面積と収穫量を全国統一の基準で測定し、土地の生産力を「石高こくだか」で表す「石高制」を確立。これにより武士や荘園の特権を廃止し、領主と農民を直接結びつける近世の封建体制の基礎を築いた(引用:Wikipedia)。

 家康の眉間に皺が寄る。確かに検地制度の改革は政治的リスクが高い。それでも指摘しないわけにはいかなかった。

「そこで各村に『石高札』を設置してはどうでしょうか。毎年の収穫量と実際に納付された租税を掲示するのです。これにより農民の透明性向上だけでなく、担当者の腐敗防止にもつながります」

 家康が静かに唸った。僕は様子を見て続ける。

「さらに重要なのは運搬コストの削減です。街道整備だけでなく『定期便船』の制度化を提案いたします」
「定期便船?」

 側近たちが首を傾げる。

「はい。現在は荷物を載せる商人ごとに船を雇っていますが、一定の日にち・航路で貨物を集積輸送する仕組みを作れば安価になります。例えば京・江戸・大阪の三都を結ぶ輸送網です」

 真剣な顔で説明しながら、自分の商売の構想まで膨らんでいく。この仕組みを実現できれば、莫大な利益が見込めるはずだ。

「ふむ……面白い」

 家康は満足げに頷いた。

「ただし実現には莫大な資金が必要であろう?それにはどう対応する気だ?」

 核心を突く質問だ。当然の疑問だろう。

「そこで私の商会にお任せいただきたいのです。最初は私が元手を出します。成功したら、利潤の一部を国庫に還元する仕組みにすれば良いかと」

 これは一種の官民連携モデルだった。国家のインフラ整備を民間資本で賄うという発想はこの時代では画期的と言える。

「大胆な提案だな……」

 家康は扇子を閉じて考え込む。そのとき突然障子が開いた。

「父上!また怪しげな話に惑わされておいでですか!」

 怒鳴るように入ってきたのは、まだ幼さの残る青年だ。家康によく似た顔立ちをしている。確か秀忠……後の二代将軍である。

「秀忠よ、これは大事な話だ。黙っておれ」

 父親の厳しい声に青年は一瞬たじろいだが、それでも僕の方を睨んだ。

「このような出自不明の者を信用なさるのは危険だと、何度言えば分かるのですか!」

 場の空気が凍りつく。すると家康は意外にも優しく微笑んだ。

「出自か……わしも尾張の一城主からここまで来た。境遇など関係あるまい」

 その一言に周囲が静まり返る。秀忠も反論できず唇を噛んだ。

「さて九郎兵衛。もう一つ気になることがある」

 改まった様子で家康が問うてきた。

「貴様はどこでそのような考えを学んだ?」

 これは最も答えにくい質問だ。現代から転生してきたとは、とても言えない。

「……私は幼少より算術を得意としておりました。また各地を旅するうちに、商人たちの話を多く聞いたおかげにございます」

 苦し紛れの言い訳に、内心冷や汗をかく。だが彼は意外にも納得したようだった。

「そうか。ならば……」

 彼は机上の硯を引き寄せ筆を執った。

「これを持ってゆけ。正式に許可を与える」

 差し出されたのは徳川家の朱印状。

『江戸・京都・大阪間に於いて定期輸送を許可す 慶長八年十月吉日 徳川家康』

「これをもって全国の港で自由に活動するがよい。ただし失敗は許さぬぞ」

 冗談半分とは思えない眼光に背筋が寒くなる。とはいえ千載一遇のチャンスだ。

「ありがとうございます!必ず成果を挙げてご覧に入れます」

 深々と頭を下げて退出しようとすると、背後から家康の声がかかった。

「ところで……貴様の店で扱ってる金利の件も気になっておった。あれほど安価にして本当に採算が取れるのか?」

 振り向くと、今までに見たことがないほど純粋な好奇心を帯びた眼差しをしている。

「はい。長期的には多くの顧客を集められる。メリットの方が大きいのです」
「ほう……そういうものか」

 彼の顔に少年のような笑みが浮かぶ。まさに歴史を変えた英傑の顔だった。

 帰り道、僕は興奮を抑えきれずにいた。夢にまで見たビジネス計画が突然現実になろうとしている。しかし一方で不安も募る。この世界の常識を知らない自分が、本当にうまくいくのだろうか?

 店に戻ると、重次郎が待っていた。

「坊ちゃん! 驚きましたよ。あんな大役を任されるなんて……」
「いや実は……」

 これまでの経緯をかいつまんで説明する。当初は半信半疑だった番頭も、徐々に真剣な表情になっていった。

「これは大きな商機ですね。私も全力でお支えいたします」
「ありがとう。それにしても……」

 ふと窓の外を見る。夕暮れ時の空は、茜色に染まっていた。

「徳川様はすごい御方だったな……」

 思わず漏れた感嘆の声に、彼が答えた。

「そうですなぁ。でも坊ちゃんだって負けていませんぜ。少なくとも私の目にゃ、同じくらい大きな野望を持っているように見えるけどねぇ」

 温かい眼差しに胸が熱くなる。

 こうして僕の江戸経済改革の旅が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...