国王への報告書(第三王女の公務記録)

ささやんX

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第5話 降臨

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「それしか無いのですね」
私は、目の前で正座し床に頭をドンと付けて(痛そう)懇願するヴェルデリア市長の頼みを、渋々ながらも了承した。
「ありがとうございます」
彼にすれば、こんな機会に立ち会うのは初めてだから、嬉しさを隠さない。
一方、シルフィアを見ると、彼女はすっきりした感じになっている。
「ご迷惑を掛けて申し訳ありません、姫様」
口ぶりと態度が微妙に違う。
市長の横に立つ神主は、腕を組んだまま不敵な笑いを浮かべている。
私と市長は、立ち上がって本殿の端へ移動する。
神官が、本殿の中央に残ったシルフィアと神主に木刀を渡した。
数回の素振りの後、二人が少し距離を取った。
あの子供が透明になって消えた直後へと時を戻すわ。

私を守るように前に出て身構えていたシルフィアが、その構えを解いて言った。
「気配が消えました」
私の目の前で起こった不思議な出来事を知らない神官や村人たちは、合体した神具を丁寧に二つに分ける。
そして神官の一人が本殿の扉を開けると、二つの神具を皆で抱えながら中へ入っていった。
それ以降は「初穂捧げの儀」ではないため、私の公務じゃない。
あとは市長から、礼を言われて鳥居を出れば、初回の公務は終わるのよ。
確かに消えた子供、土着の神かな、悪意は感じなかったけど、わからない。
本殿の中にいるような気がするけど、それは言わない。
消えた子供は、神の使いかもしれないけど私をからかっただけだろう。
私の横で一連の不思議な出来事を目撃していたヴェルデリア市長は、「まさか、まさか」と呟き続けている。そして彼は、少し離れた場所にいた神主を呼び寄せ、何やら深刻な相談を始めたようだった。驚く神主をよそに、市長が私に向き直って言った。
「王女様、お願いがございます」
市長は私を本堂へと招いた。
私は市長、そして神主と共に本殿への石の階段に足を掛けた。
香木の匂いが内部から微かに漂い、ロウソクの揺れる炎が見えた。
階段を上がりきると履物を脱ぐよう指示された。
これは初めてで身が引き締まる。
そして磨きあげられた板の間に私は足を踏み入れた。
私に続いてシルフィアが入る。
彼女だけが神主から同行を許可されて、他の二人の侍女には私は休憩を与えた。
本殿の奥に厳かな雰囲気を湛えた祭壇が見えた。
祭壇の手前に、二つの神具は丁寧に並べられていた。
私達は本殿の奥へと進む。
そこにいらしたのは、穏やかな表情を浮かべ、慈愛に満ちた眼差しを湛えた豊満な女神像だった。 
神主の真似をして、私もその本尊に深く頭を下げて礼をする。
そして、本殿の板の間に、私の横にシルフィア、目の前に市長の横に神主が座った。
シルフィアが市長を制するように低いで言った。
「我が国フォルティシア国の王女に対し、いかなる無礼な発言もなされませんよう、よろしくお願いいたします」
赤みの残っていた市長の顔から赤みが引いた。
「わかっております」
「失礼ながら、お酒が抜けていらっしゃらないように見えるのは、私の気のせいでしょうか」
「そ、それは…」
彼女の指摘は正しい。
「では、貴女が話を進めなさい」
私は静かに言った。彼女は私に一礼すると口を開いた。
「それでは、何があったか、教えていただけませんでしょうか、姫様」

「これが私が知っている事の全てです」
目の前で男の子が消えたところで、私は話をやめた。
そして私は本堂の奥の女神像を見る。
「あの男の子は、女神様ではありませんね」
まずは無難な意見で言う。その言葉に頷きながら市長が口を開く。
「私は女神様に使わされた眷属かと考えております」
「失礼ながらそれは市長の単なる感想ですよね、それとも神職のご資格をお持ちでしょうか」
シルフィアの口調は、普段でも手厳しい。ましてや私の事になるとなおさら。
市長はいい人だと思うけれど、こういう会話には不慣れか。
市長も顔が真っ赤になって黙り込む。場を繋ぐように神主が尋ねた。
「ところで姫様、体調はいかがでしょうか」
「良いですね、この市はとてもいい所だと思います」
さり気なく市を褒める。
「白いモヤからは、なんらかの加護を感じましたか?」
「加護ですか…?」
国教以外の加護を受けたとは、立場上言ってはいけない事を思い出す。
もちろん、シルフィアも十分承知している、私と同等以上に。
「くれぐれも姫様のご発言、他言無用でお願いいたします。さもないと」
シルフィアの人差し指が、彼女の首の前を右から左へと動いた。
これは公の場で、侍女が王女に対して注意できないゆえの言い回し。
市長がどう取ったかはわからないけど、緊張が増したのは分かる。
私は、さすがにシルフィアの太ももを(わかったわと)パンと叩いた。
「私はお二人を信じています、いいですね」
公務は、言葉選びが大変だと思い知らされる。
同い年と話すのとは訳が違う。
「加護というより回復魔法の類かと思いました」
これは私の実感だわ。
「では、侍女殿、消えた男の子をどう思われます?感想でも一言欲しいですな」
神主さんは、シルフィアに尋ねた。私は彼女に促すように微笑む。
シルフィアは目を丸くしたが、気を取り直して答える。
「可愛い、いえ、悪意の無い妖精のようでした」
その言葉に、神主を足す。
「その悪意の無い妖精が、王女様に好意を寄せて…」
それ以上の言葉は出なかった。
横に座っていたはずのシルフィアが神主の前にいて、すでにその首に手刀を落としていた。
神主はその一撃で失神する、ただ床に倒れ込まないようにシルフィアが肩を支える。
「王女様に対する不敬は許されません」
彼女は神主の耳元で冷たく言い放つと神主に喝を入れて蘇生させた。
それを見ながら私は何気なく腹に手を当てた。
少しふっくらしているのは食べすぎ。
できれば、明日の昼までには…、へこませたい。
とにかく、色々な思いで頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
ただ、この地では、何も進まない事は確かだわ。
後は、私が帰ると言って立ち上がれば、誰も止められない。
市長は、シルフィアを眼の端に入れながら黙っている。
空気が硬い、でも良い終わり方ではないけど、しょうがないわ。
突然、笑い声が本堂をこだました。
「我が社で、我が信徒を打ちのめすとは、不遜の極み」
辺りを見回して声の主と眼が合った。
「ふむ……王女、か。この不遜な侍女の行いは許されるものではないぞ」
低い声が響いた。それは、どう考えても神主自身の声ではない。
主神か、あるいはその眷属が、神主の身体に憑依したらしい。
もちろん、この目で見たのは初めて。
とにかくシルフィアが神主を失神させたことが、気に食わないのは確かね。
神主の身体を借りた存在は、私たちをそのまま返してくれる気は無さそう。
「どうか、どうか、穏便に! 神よ、それに王女様。いざこざは避けましょうよ。
豊穣祭じゃないですか、何とか、円満な解決策はございませんか……!」
市長は、憑依した神主にも、そして私にも、交互に懇願するように語りかける。
彼の額から冷や汗が流れ、顔に色が無い。
そこは少し気の毒に思うけど名案が私には思い付かない。
その時、神が憑依した神主が、ふと思いついたように提案した。
「舞を奉納してみよ」
「舞?」私はすぐにその真意を掴めなかった。
「その娘が得意な剣で、我を鎮めてみよ」
どうやら、シルフィアの記憶を探ったらしい。
「私が勝てばいいと言う事ですか?」
シルフィアがそう言った途端、本堂内に雷鳴が轟いた。
私の髪がふわっと広がる。
「舐めるな小娘、拙い剣技で舞って魅せよ、それだけじゃ」
シルフィアが私を見た。殺されるわけではなさそうだ。私は頷いた。
話が今に追いついた。

「行きます」
シルフィアは、神主との距離を一気に詰めた。
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