ラジオ体操で世界最強 〜「才能なし」と笑われた雑用係、毎朝六時半の謎体操を続けたら全ステータスが壊れた〜

他力本願寺

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第10話 四人目の調律者と、動き出す陰謀

六日目の朝。
辺境都市リベルの空が、うっすらと白み始める。

いつもの古い訓練場には、すでに三人の美しい女性たちが集まっていた。
銀髪の女騎士セリア様。
金糸の髪を持つ聖女リーゼ様。
そして、昨日の今日で完全に目を血走らせている、エルフの研究者エルナ様だ。

「さあ、早く始めましょう! 私の観測器も、記録用の羊皮紙も準備万端よ!」

エルナ様は黒いローブを翻し、妙な形の魔道具を手に持って、俺の目の前で鼻息を荒くしていた。
徹夜明けなのか少しクマがあるが、その瞳は尋常ではない熱を帯びている。

「エルナ様、そんなに詰め寄られたら神声器しんせいきが置けません……。何度も言いますけど、本当にただの軽い体操ですからね?」

「分かっているわ! その『ただの体操』という偽装の中に、どれほど恐ろしい神代の英知が隠されているのか、この私の目で完全に暴いてみせるんだから!」

だめだ、この人も完全に話が通じない。
俺は諦めて短く息を吐き、木箱の上に黒い小箱を設置した。

朝六時半。街の鐘が遠くで鳴り響く。
それと同時に、小箱からあの陽気で規則正しい旋律が静かに流れ出した。

「これね……! この音律そのものが、大気中の魔素を一定の周期で強制的に整列させているわ……!」

エルナ様が小刻みに震えながら、俺の動きを見よう見まねで追いかけ始める。

まずは、両腕を空へ向かって大きく伸ばす。
背筋を伸ばし、深く息を吸い込む。
次に、腕を振って足を曲げ伸ばしする運動。

「くっ……あ、頭が、割れそう……!」

数秒と経たないうちに、エルナ様が悲鳴のような声を上げた。
彼女の長い耳が、ピンと突っ張るように震えている。

「エルナ様!? 大丈夫ですか?」

「気にしないで、続けなさい……! 動作に合わせて、脳内の魔術回廊が無理やり組み替えられている感覚がするわ。なんて緻密で、完璧な動線構造なの……。一見すると滑稽なこの手足の伸ばしが、全身の血管と筋肉を完璧に『調律』している……っ!」

セリア様とリーゼ様は、すでに数日間こなしているだけあって、随分と滑らかに俺の動きについてきている。
二人の表情には、苦痛ではなく、むしろ圧倒的な快感に満ちた笑みが浮かんでいた。

そして、全員で息を合わせて跳躍の動作に入った、その瞬間。

『――ピッ』

【参加者検知:4名】
【『神代式全身調律法じんだいしきぜんしんちょうりつほう・集団第一調律』の最大共鳴を確認】
【周囲の空間属性を『極清《ごくせい》』へ移行します】

神声器から、これまでで最も強烈な、まばゆいばかりの緑色の光が爆発した。

「な、何これぇぇぇ!?」

エルナ様の絶叫が響く。
俺たちの足元から広がった光の陣は、訓練場を飛び出し、ギルドの裏手一帯を完全に包み込んでいた。
大気中に漂っていたわずかな汚れや、古い建物の埃っぽさが、一瞬にして消し飛ぶ。
まるで、深い深い大森林の真ん中に立っているかのような、透き通った空気が全身を満たしていく。

俺自身の胸の奥でも、魔力の泉が爆発したかのように、凄まじい力が湧き上がっていた。
手足を一振りするだけで、風が巻き起こるような錯覚を覚える。

最後に、全員で深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
神声器の光が収まり、奇妙な旋律が止まる。





「あ……、あぁ……」

エルナ様は、その場にへたり込んだまま、自分の両手を見つめていた。
彼女の長い髪が、魔力の余韻でわずかに光を帯びて揺れている。

「私の……百年間、どれだけ瞑想をしても超えられなかった、魔力の保有限界が……。たった数分の、この妙な動きだけで、底が抜けたわ……」

彼女はぽろぽろと涙を流しながら、這いつくばるようにして俺の足元にしがみついてきた。

「ロイ様……! あなたは神よ、いや、旧文明の生き神様だわ……! 私、一生あなたについていく! この儀式のすべてを解明するまで、絶対に離れないんだから!」

「ひえっ!? エルナ様、落ち着いてください! 俺はただの雑用係ですから!」

俺は慌てて足を引こうとしたが、エルフの細い腕とは思えないほどの力でしがみつかれて動けない。

「うむ。エルナ殿も、ついにロイ殿の真の偉大さに気づいたようだな。だが、ロイ殿の隣のポジションは、そう簡単に譲るわけにはいかないぞ」

セリア様がなぜか誇らしげに胸を張り、木剣を握り直す。

「そうです。ロイ様の慈悲深きお導きを独占することは許されません。明日からは、皆で仲良く順番を決めましょうね」

リーゼ様も、普段の聖女としての穏やかな笑みを浮かべながらも、目の奥は全く笑っていない。
なぜだろう、三人の間で妙な火花が散っているような気がする。
俺はただの才能なしの荷物持ちなのに、どうしてこんなことになってしまっているのだろうか。

「あの……俺、そろそろギルドの仕事に行かないといけないので、失礼しますね」

俺は三人の視線から逃げるように、大急ぎで訓練場を後にした。





ギルドの酒場に入ると、いつもとは違う緊張感が漂っていた。

「あ、ロイ君! おはよう!」

受付カウンターの奥から、ニーナさんが大きな手を振って手招きをしていた。
彼女の手元には、真新しい羊皮紙の書類が置かれている。

「おはようございます、ニーナさん。今日の掃除の指示ですか?」

「ううん、違うよ。……今日ね、ロイ君の『冒険者昇格試験』の当日なの」

ニーナさんは真剣な表情で、その書類を俺に差し出してきた。

「再測定でEプラスの評価が出たから、特例で即日試験が認められたの。課題は、街の南にある『初心者の森』での、月見草つきみそうの採取。銀貨五枚の登録料は……ギルドマスターが、ラグスさんの過去の報酬から強制的に相殺して補填してくれたわ」

「えっ……ギルドマスターが、ですか?」

「ええ。あんな不正をギルドが見過ごすわけにはいかないもの。だからロイ君、お金の心配はしないで、全力を尽くしてきて」

ニーナさんは優しく微笑み、俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。
彼女の手の温かさが、俺の緊張をほぐしてくれる。

「ありがとうございます、ニーナさん。俺、剣も魔法も使えないですけど……薬草を摘むのだけは、雑用で何度もやっていますから。不合格にならないように、いつも通り丁寧に、地道に頑張ってきます」

俺が本心からそう告げると、ニーナさんはなぜか少しだけ複雑そうな顔をして、それから嬉しそうに笑った。

「うん。ロイ君なら、絶対に大丈夫。いってらっしゃい」





ギルドの重い扉を押し開け、街の外へと歩み出す。
俺の腰には、相変わらず中身のない、古い革の鞘だけがぶら下がっていた。
武器は持っていない。ただの採取依頼だし、初心者の森には凶暴な魔獣なんて出ないはずだ。

歩みを進める俺の背中を、ギルドの二階の窓から見下ろしている男がいた。
銀の胸当てをつけた剣士、ラグスである。

「……出かけやがったな、ゴミクズが」

彼の顔は、ドロドロとした暗い喜悦に歪んでいた。
その手の中では、禍々しい紫色の光を放つ『狂乱の魔石きょうらんのませき』が、不気味に脈打っている。

「ニーナもギルドマスターも、あのクズを随分とお気に入りのようだが……それも今日で終わりだ」

ラグスは懐に魔石を忍び込ませると、俺の後を追うように、音もなくギルドの裏口から飛び出していった。

「森の奥で、魔獣の群れに八つ裂きにされて死ね。お前には、それがお似合いだ」

悪意の刃が、すぐ後ろまで迫っているとも知らずに、俺はただ真っ直ぐに、初心者の森へと向かって歩き続けていた。
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