殺し屋だった私が、異世界で"癒しの聖女"をやることになった件 ~前世のスキル、バレたら処刑です~

他力本願寺

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第6話 ガレノス老医師の眼


「ふむ。見事な治癒魔法じゃ。まさしく奇跡の御技と言うべきか」

むせ返るような薬草の匂いが充満する、王宮の医務室。
白髭を撫でながら、小柄な老人が感心したように頷いた。
王宮医務室の主任医師を務める、ガレノスという名の男だ。
年齢は七十代半ばといったところか。丸眼鏡の奥の瞳は、年老いてなお鋭い光を宿している。

「もったいないお言葉ですわ、ガレノス様」

私はにっこりと完璧な聖女スマイルを浮かべ、会釈した。

本日は王宮内の視察を兼ねて、医務室の慰問に訪れていた。
訓練で怪我をした若手騎士たちを聖光魔法でパパッと"治療"し終え、一段落ついたところだ。
護衛のクロードは扉の外で待機しているため、今はガレノスと私の二人きりである。

「いやいや、謙遜されるな。これほど短時間で骨折を完璧に繋ぐとは」
ガレノスは丸眼鏡を押し上げ、私の手元をじっと見つめた。
「歴代の聖女様の中でも、群を抜いておられる」

「神の御加護があらんことを。私はただ、祈りを捧げているだけですの」

——なんて、可憐な少女を演じながら。
私は目の前の老人を、プロの暗殺者としての視点で緻密に観察していた。

重心のブレがない立ち姿。指先に染み付いた、無数の薬物による変色。
そして何より、部屋の奥に整然と並べられた薬瓶の並び順。
ただの医者ではない。
毒と薬、生と死の境界線を熟知している、本物の「専門家」の気配だ。

「聖女殿。もしよろしければ、少しだけ薬草の仕分けを手伝っていただけんかな?」
「ええ、喜んで。私にできることなら何でも」

私は優雅な足取りで、ガレノスの作業台へと向かった。
テーブルの上には、山のような乾燥植物が広げられている。
止血作用のあるアレン草。鎮痛効果の高いロゼの花。
どれも前世の地球にはない植物だが、この世界の知識は頭に叩き込んである。

「これは……月見草ですね。綺麗な青い花」
「ほう。よくご存知で」

私は無意識に、月見草の束を手にとって選別を始めた。

「ええ。でも、少し注意が必要ですわね」
私は茎から根の部分を素早くむしり取り、別の小皿へと分ける。
「お花や葉は解熱剤になりますけれど、この根っこの部分は——」

言いかけて、私はピタリと口をつぐんだ。

「……根っこの部分は、なんですかな?」

ガレノスが、作業の手を止めて私を見ていた。
穏やかだった老人の瞳が、底知れぬ深さを持って私を射抜いている。

——しまった。

背筋に冷たい汗が伝う。
つい、前世で毒物を調合していた頃の「癖」が出てしまった。

「聖女殿」
ガレノスが一歩、私に近づく。
「なぜ、『月見草の根は毒にもなる』とご存知で?」

静寂が、医務室に降り下りた。

王宮の公式な医学書には、月見草の効能しか記されていない。
根に微量の毒素が含まれ、抽出して煮詰めれば強力な麻痺毒になることは、裏社会の人間か、ごく一部の専門家しか知らないはずの「禁忌の知識」だ。
純真無垢なはずの聖女が、知っていていいことではない。

——誤魔化せるか?
——いや、この老人の目は誤魔化せない。中途半端な嘘は逆に怪しまれる。

私の思考は、コンマ一秒の世界で最適解を弾き出した。
私はゆっくりとガレノスに向き直り、今日一番の、神々しいまでの微笑みを浮かべた。

「神の啓示で……自然のことわりが、少しだけ見えるのですわ」
「……神の、啓示」
「ええ。この根からは、命を奪う『暗い影』が視えましたの。だから、取り除かなくてはと」

完璧な言い訳だった。
魔法や奇跡が実在するこの世界において「神の啓示」は絶対の盾となる。

ガレノスは私の顔をじっと見つめていた。
疑念、驚嘆、そして……微かな歓喜。
複雑な感情が入り混じったような顔で、やがて彼は深く息を吐いた。

「なるほど。……神の啓示。そういうことにしておきましょう」
「ええ。そういうことですわ」

ガレノスは白髭を撫でながら、ふっ、と小さく笑った。

「聖女殿、あなたの"診断"はいつも正確ですな。……まるで、毒を知り尽くした者のように」

その言葉に込められた意味を、私は正確に理解した。
彼は私の嘘に気づいている。
だが、それを他言するつもりはない、という暗黙のメッセージだ。

「面白い聖女殿ですな。私はずっと、こういうお方を待っていたのかもしれん」
ガレノスは恭しく頭を下げた。
「……どうか、お体にはお気をつけて。ご存知の通り、この宮廷は——病人が多い」
「忠告、感謝いたしますわ。ガレノス様」

私は内心で安堵の息を吐きながら、医務室を後にした。
どうやら、この伏魔殿にも一人くらいは「話の通じる」味方ができたらしい。
毒の知識を持つ聖女と、それを黙認する老医師。
悪くない取引だ。

——さて。宮廷の「病」とやらを、順番に治療していくとしようか。

パタン、と医務室の扉が閉まる。



一人残されたガレノスは、月見草の根が置かれた小皿を見つめていた。

「神の啓示、か……」

老医師の口から、微かな呟きが漏れる。

「あの目……あれは間違いなく、自分の手で"人を殺したことのある"目だ」

長年、王宮の裏側で数え切れないほどの死体を見てきたガレノスには、わかる。
あの若く美しい聖女は、底知れぬ闇を抱えている。

「だが……決して、悪い目ではなかった」

ガレノスは月見草の根を火にくべながら、静かに目を細めた。
王国を覆う深い病巣。
それを切り裂く劇薬が、ついにこの宮廷に現れたのかもしれない。


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【あとがき】

第6話をお読みいただきありがとうございます!

今回は王宮医務室の老医師、ガレノスとのエピソードでした!
元暗殺者ゆえの「毒の知識」がついポロリと出てしまい、絶体絶命のピンチ!?
……と思いきや、無敵の言い訳「神の啓示」で強行突破するリーゼ。
そして、すべてを察しつつも黙認してくれるガレノス。
頼もしい(?)暗黙の協力者が誕生しました!

「この宮廷は病人が多い」というガレノスの言葉。
リーゼの"治療"のメスが、いよいよ本格的に入り始めます!

次回、第7話「神殿長フェリクスの誘い」では、
胡散臭さMAXのイケメン神殿長がリーゼに急接近!
彼の口から語られる、前代聖女の不穏な秘密とは……!?
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