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第18幕 vert olive
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温かいうちにと一口食べると、チーズのほどよい塩気とオリーブがツナに絡み、厚切りのフランスパンがサクサクふわふわで頬が落ちそうだ。
ご主人が看板メニューと言うだけのことはある。脇に添えられたプチトマトは甘さと酸味があり、口直しに丁度いい。
「本当に美味い! ブラックペッパーもいいパンチになっているし」
「悠斗さんが作る料理はなんでも美味しいけど、絶妙なバランスだよね」
「気に入ってもらえた? 具を乗せて焼いただけなんだけどね。素材はマスターの厳選だし、オリーブの実は自家製で、レシピ教えてって頼んでるのに口を割ってくれないんだ」
「当たり前じゃ。簡単に教えてなるものか。どれ褒められたついでに、もうちょい特別なのを……」
ご主人はガラスの小鉢に盛り付けたオリーブの実をカウンターに置いた。見た目は普通のグリーンオリーブだが、一粒口に入れると癖になりそうな味だった。
噛みしめると瑞々しいオリーブの実が弾け、旨味が口の中に広がっていく。
「これ、アンチョビだ」
俺がそう言うと、ご主人は嬉しそうに声を弾ませ説明してくれる。
「正解じゃ。種をくり抜いてな、中に詰め込むんじゃ。手間がかかる分、数は作れんから常連さんだけに出しとるんじゃ。つまみみたいな一品だが若者にもいけるかの?」
「はい! 毎日食べたいほど美味しい!」
「毎日? 瀬菜そんなに気に入ったの? なら早くレシピ盗まないとな……」
ひとり言のように呟く悠斗に、ご主人はすかさず追及する。
「これ、悠斗君。今ハッキリ盗むと言いおったな?」
「言ってませんよ。耳、悪くなりました?」
「聞こえとるわ! ほれ、三番テーブル。お客殿が呼んどるぞ!」
「はいはい」
まだ数カ月だというのに、すっかり意気投合しているようだ。バイトをすると聞いた時は気がきではなかったが、悠斗にとっていい息抜きになっている様子。
バイト募集した経緯は、ご主人と今まで一緒に働いていた奥さんが入院することになったからだった。アルバイトの募集は六ヶ月前後と短期間で、週三~四日ということもあり、中々募集が集まらないところに悠斗からの連絡があったようだ。
ご主人は休日以外の平日、学校終わりにもシフトを増やしてほしいと要望したが、悠斗が断固休日だけでと譲らなかったらしい。
「面接に来たときは、こんな学生にうちみたいな古い場所は合わんかと思ったよ。場合によっては週一でと、ふざけたことを言い出す始末じゃ。すぐに辞めるか、面接だけで来ないかもしれんなと……。まぁそれがどうしたことか。真っ直ぐで熱心過ぎるくらいじゃ」
注文を取る悠斗を眺めながら、ご主人が思いを口にする。常連のお客さんとも打ち解けている様子で、いい話し相手になっているみたいだ。
元々社交性のある悠斗だ。接客業は向いているのかもしれない。ご主人はずいぶん悠斗のことが気に入ったようで、高評価に俺自身がなぜだか擽ったさを感じてしまう。
「だからの、瀬菜君には申し訳ないが夏休みはバリバリ働いてもらう予定じゃ」
「へへっ、たまには休みもくださいね?」
「はははっー、たまにじゃぞ?」
「おや~、瀬菜、たまにでいいの~? 悠斗さんより瀬菜が爆発するんじゃない?」
ニシシッ……と、含みのある笑顔を向けてくる実千流をジロリと睨むと、ご主人は柔らかな眼差しを携え言った。
「悠斗君がうちを選んだ訳、聞いとるか?」
「えっと……悠斗、昔からアンティークが好きだから」
「ははっ、瀬菜は相変わらず鈍いな~♪」
「えっ、ほかになんかあんの⁉」
「いや、どうだろうね~♪」
「はははっー、ならこれはまたの機会に話そうかの~」
「それがいいと思いま~す♪」
ひとりキョトンと首を傾げる。実千流はどうしてこんなに察しがいいのだろうか。
「ほれ、またポメポメになっとるぞ」
また犬に例えられてしまう。眉を寄せ自分なりに考えを出そうと唸っていると、肩にぬくもりを感じた。
ご主人が看板メニューと言うだけのことはある。脇に添えられたプチトマトは甘さと酸味があり、口直しに丁度いい。
「本当に美味い! ブラックペッパーもいいパンチになっているし」
「悠斗さんが作る料理はなんでも美味しいけど、絶妙なバランスだよね」
「気に入ってもらえた? 具を乗せて焼いただけなんだけどね。素材はマスターの厳選だし、オリーブの実は自家製で、レシピ教えてって頼んでるのに口を割ってくれないんだ」
「当たり前じゃ。簡単に教えてなるものか。どれ褒められたついでに、もうちょい特別なのを……」
ご主人はガラスの小鉢に盛り付けたオリーブの実をカウンターに置いた。見た目は普通のグリーンオリーブだが、一粒口に入れると癖になりそうな味だった。
噛みしめると瑞々しいオリーブの実が弾け、旨味が口の中に広がっていく。
「これ、アンチョビだ」
俺がそう言うと、ご主人は嬉しそうに声を弾ませ説明してくれる。
「正解じゃ。種をくり抜いてな、中に詰め込むんじゃ。手間がかかる分、数は作れんから常連さんだけに出しとるんじゃ。つまみみたいな一品だが若者にもいけるかの?」
「はい! 毎日食べたいほど美味しい!」
「毎日? 瀬菜そんなに気に入ったの? なら早くレシピ盗まないとな……」
ひとり言のように呟く悠斗に、ご主人はすかさず追及する。
「これ、悠斗君。今ハッキリ盗むと言いおったな?」
「言ってませんよ。耳、悪くなりました?」
「聞こえとるわ! ほれ、三番テーブル。お客殿が呼んどるぞ!」
「はいはい」
まだ数カ月だというのに、すっかり意気投合しているようだ。バイトをすると聞いた時は気がきではなかったが、悠斗にとっていい息抜きになっている様子。
バイト募集した経緯は、ご主人と今まで一緒に働いていた奥さんが入院することになったからだった。アルバイトの募集は六ヶ月前後と短期間で、週三~四日ということもあり、中々募集が集まらないところに悠斗からの連絡があったようだ。
ご主人は休日以外の平日、学校終わりにもシフトを増やしてほしいと要望したが、悠斗が断固休日だけでと譲らなかったらしい。
「面接に来たときは、こんな学生にうちみたいな古い場所は合わんかと思ったよ。場合によっては週一でと、ふざけたことを言い出す始末じゃ。すぐに辞めるか、面接だけで来ないかもしれんなと……。まぁそれがどうしたことか。真っ直ぐで熱心過ぎるくらいじゃ」
注文を取る悠斗を眺めながら、ご主人が思いを口にする。常連のお客さんとも打ち解けている様子で、いい話し相手になっているみたいだ。
元々社交性のある悠斗だ。接客業は向いているのかもしれない。ご主人はずいぶん悠斗のことが気に入ったようで、高評価に俺自身がなぜだか擽ったさを感じてしまう。
「だからの、瀬菜君には申し訳ないが夏休みはバリバリ働いてもらう予定じゃ」
「へへっ、たまには休みもくださいね?」
「はははっー、たまにじゃぞ?」
「おや~、瀬菜、たまにでいいの~? 悠斗さんより瀬菜が爆発するんじゃない?」
ニシシッ……と、含みのある笑顔を向けてくる実千流をジロリと睨むと、ご主人は柔らかな眼差しを携え言った。
「悠斗君がうちを選んだ訳、聞いとるか?」
「えっと……悠斗、昔からアンティークが好きだから」
「ははっ、瀬菜は相変わらず鈍いな~♪」
「えっ、ほかになんかあんの⁉」
「いや、どうだろうね~♪」
「はははっー、ならこれはまたの機会に話そうかの~」
「それがいいと思いま~す♪」
ひとりキョトンと首を傾げる。実千流はどうしてこんなに察しがいいのだろうか。
「ほれ、またポメポメになっとるぞ」
また犬に例えられてしまう。眉を寄せ自分なりに考えを出そうと唸っていると、肩にぬくもりを感じた。
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