君と初恋をもう一度

さとのいなほ

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夏休み①

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 茹だるような暑さの中、答案用紙を埋めていく。夏休み中にも関わらず朝陽達は学校へ来て何度目か分からない模試を受けていた。今の科目で最後だ。暑さと蝉の鳴き声で集中力が削がれるが、負けじと問題用紙を睨む。
 二回目の見直しが終わった時に終了、と試験官役の教師が言う。答案用紙が回収されると同時に緊張の糸が解けた。
 今回の模試も手応えがあったし相応の結果が出てくれるはずだ。筆記用具を片付けていると試験官と入れ替わりに入ってきた担任が話し始めた。

「今日で一旦、補習なども終わって本格的に休みに入ります。 事故などに気をつけて、勉強に励みながら楽しい夏休みにしてください。 ではまた休みの後半に会いましょう」

 担任の言葉通り、夏休みが終わらないうちにまた補習が始まり学校に来なければならない。帰りに洋介がぶつぶつと文句を言い、茉莉がフォローする。

「休みならきちっと休ませろよなあ」
「受験生だもん、仕方ないよ」

 途中にある公園にアイスの移動販売を見つけて寄り道をした。ソーダ味のアイスキャンディーが口の中も気分も爽やかにしてくれる。

「二人はどこか出かけるの?」
「今のとこ予定無し」
「俺も無いな」

 父親は仕事、瑞月も夏休みだが大学の短期講習や短期のバイトで忙しくしている。瑞月とどこかへ行きたいが休みが合わなかった。昨日から泊まりがけで短期バイトへ行っている。
 揃って溜め息をつく朝陽と洋介に茉莉が含みのある笑みを見せた。

「じゃあ一緒に海、行かない?」

 茉莉の手には海辺のホテルのチケットが握られていた。



 本来なら茉莉の叔父家族が行く予定だったのだが、急用が入り行けなくなり、茉莉の家族も忙しく、友達と行っておいでと茉莉の手に渡ったのだという。
 朝陽と洋介、茉莉は電車とバスを乗り継いで目的の海岸までやって来た。昼間、ビーチで遊んで夕方ホテルへ行く予定だ。二泊三日で、明日の予定はまだ決まっていない。

「海だー!」

 広い砂浜に、カラフルなパラソルがいくつも広がっている。シートを持った洋介が真っ先に駆け出して朝陽と茉莉が後を追う。
 スペースを見つけてシートを広げる。茉莉が日焼け止めスプレーを貸してくれて、各々体に噴射する。

「……洋介、背中お願いしていい?」
「お、おう!」

 下がスカートになっている、白地に淡い花柄のビキニを着た茉莉が洋介に日焼け止めスプレーを渡す。結局この二人はまだお互いに告白はしていないらしい。洋介は分かりやすく顔を真っ赤にして、茉莉の背中に噴射している。
 朝陽は飲み物を買ってくると二人に告げて散策がてらその場を離れた。自分はいない方がいいと思ったからだ。
 海の家へ近づくに連れて焼きそばやイカ焼きの香ばしい匂いが食欲をそそる。昼も近いし、飲み物の他に食べ物も買っていこう。
 列に並んでしばらくして、朝陽の番になる。

「すみません、お茶と焼きそば3つお願いします」
「はーい。 お茶はボックスの中から好きなの取っていってください」
「ん?」

 店員と朝陽の声が重なる。お互い、聞いたことのある声に顔を上げる。見れば瑞月がTシャツにエプロンをつけて接客していた。目を丸くした瑞月が最初に言葉を発した。

「朝陽? どうしてここに?」
「茉莉達と遊びに来た。 瑞月もバイトってここだったんだな」
「そう。 大学の先輩に誘われたんだ。 すごい偶然だね」
「ああ」

 思わぬ再会に自然と笑顔になる。あと二日会えない予定だったからパッと心が明るくなった。瑞月は一昨日からバイトでここに来ていたらしい。
 実の所、茉莉に誘われた時に来るか迷ったのだが、来てよかった。

「じゃあこれ焼きそば3つ。 飲み物と合わせて2400円……奢ろうか?」
「いいよ。 2400円ちょうど」
「はい、確かに。 楽しんでおいで」
「瑞月もバイト頑張って」
「ありがとう」

 バイバイと満面の笑顔で手を振る瑞月に朝陽も手を振り返してシートへ戻る。バイトの休憩時間で会えたりしないだろうか。忙しそうだから難しいと思うが、期待を込めてメッセージを送る。

「なにニヤついてんだよ」
「瑞月があっちでバイトしてたんだよ」

 焼きそばを食べ終えて、シートに残るという茉莉を置いて朝陽と洋介が海に入る。

「瑞月さんとはどうなんだよ」

 泳ぎながら洋介が聞いてくる。

「どうって?」
「仲良くしてるか?」
「なんだよそれ、まあ普通に仲良いよ」
「ふーん……」

 ゴボゴボと水面に口をつけて、曖昧な顔をする。

「……茉莉に告白しようかなって思ってるんだけど」

 二人のなんとも言えない空気を感じる度にもどかしい気持ちになっていた朝陽からすればようやくかと思うのだが、同時にやっぱりこの小旅行に自分は邪魔だったのではないかと申し訳ない気持ちが出てきてしまった。

「俺、先に帰ろうか?」
「なんでだよ! 気を遣わなくていい」
「でも」
「むしろいてもらわないと困るんだよ。 アイツと二人だとなに話していいか急に分からなくなるし」
「……分かった」

 身に覚えのある朝陽は洋介の頼みを聞いてやることにした。洋介によるとちょうど明日花火大会があるらしく、そこで告白するとのことだった。

「だからその時だけ二人にしてほしい」
「分かった」

 遠泳を終えてシートに戻ると茉莉がかき氷を食べて二人を待っていた。茉莉の横には後二つ、少し溶けているかき氷が置いてある。

「どうしたんだそれ」
「瑞月さんが買ってきてくれたの。 すぐ戻っちゃったけど」
「マジか」

 置いていった携帯を見るとちょうど泳いでいる時間に瑞月からメッセージが来ていた。すぐに返信したが次に瑞月が携帯を見るのはいつになるのだろう。うなだれる朝陽に茉莉が言う。

「また暇を見て来るって言ってたし、落ち込まないで。 ほら、かき氷食べよう?」
「俺ブルーハワイもーらい」
「じゃあ朝陽はメロンだね。 ……なんか、こういうので沈む朝陽見るの面白いね」

 クスクスと笑う茉莉に洋介も同調する。

「確かに! 意外だよなあ」

 朝陽から見たら二人も同じだと言ってやりたかったがなんとか抑えてかき氷を食べる。
 結局、ホテルへ移動する時間まで瑞月が現れることはなく、沈んだ気持ちのままチェックインしたのだった。



 悪いことはそう続かないものだ。洋介と二人部屋でぼんやりとして日中の疲れを癒していると、瑞月からメッセージが送られてきた。近くに泊まっているからもしよかったら会えないか、という内容だ。添付された地図は朝陽達が泊まっているホテルを示していた。同じホテルに泊まっていると返信すると、部屋番号が送られてきた。
 ガバッとベッドから勢いよく起き上がった朝陽を洋介が驚いた顔をして見つめている。

「急になんだよ」
「瑞月に会ってくる」
「は? あー、夕飯までには帰ってこいよ」

 送られてきた番号の部屋の前で電話をかける。

「部屋の前にいる」
「今開けるね」

 すぐにドアが開いて瑞月が顔を出した。白い肌は日に焼けて赤くなってしまっている。

「いらっしゃい」
「瑞月……!」
「う、わっ」

 瑞月に抱きついて雪崩れ込むように部屋に入る。後ろ手に鍵を締めて、瑞月を改めて瑞月を腕の中に収める。毎日家で顔を合わせているから、少しの間でも瑞月と離れていたのは思っていたより堪えていたらしい。シャワーを浴びたのか石鹸の匂いがする。

「朝陽……?」

 抱きついて離れない朝陽の頭を撫でて、苦笑混じりに瑞月が聞いてきた。

「寂しかったの……?」
「……お前はどうなんだよ」
「ふふ、平気だよ?」
「……」

 サラリと言われてしまい、軽くショックを受けた。確かに二日三日会っていない程度だが、そう言われてしまうと自分がなんだか子供っぽいような、あるいは自分だけが執着しすぎているようなそんな気がしてしまう。

「嘘だよ。 ねえ、こっち来て」

 瑞月は黙り込んだ朝陽の手を引いて部屋の奥に誘う。そのままベッドに腰掛け、朝陽にしなだれかかる。そして何かを期待するように、朝陽の太ももに手を置いて、すう、と内ももへ滑らせる。
 二人を包む空気が熱を持ったものに変わる。ドキドキと胸を高鳴らせて視線を合わせる。

「本当は会えてすごい嬉しい。 ねえ、今って時間あるの?」

 時計は18時前を示している。19時から洋介達と夕飯を食べる予定だ。

「1時間くらいなら」
「じゃあ、ちょっとだけイチャイチャしよう?」
「うん」

 瑞月の肩を掴んでベッドに押し倒す。そのまま唇を合わせて貪るようなキスをする。日に焼けたせいだろうか、瑞月の唇はいつもよりかさついている。

「んっ、んん……ふぅ……」

 Tシャツを捲り、すべすべとした肌に手を這わせる。胸の突起を指の先で撫でたり、ぐりぐりと押し付けると瑞月はピクピクと体を震わせた。

「ぁっ……あ、さひ……下も触って……」
「うん……」

 手を伸ばして硬度を増した瑞月の中心に触れようとした時、部屋がノックされた。

「みーづきー!」

 ドンドンドン、と声の主は雰囲気をぶち壊すように強く扉を叩く。

「朝陽、ごめん……」

 瑞月は気まずそうに謝って衣服を正す。朝陽もそれに倣って仕方なく服を着直して、ドアを開けに行く瑞月の背中を見る。
 招かれざる客は瑞月の大学の先輩だった。西野涼という男は日焼けで小麦色になった肌に明るい茶髪と軽そうな印象だ。

「で、この子誰?」

 朝陽の隣に無遠慮に腰掛ける。

「涼君、この子は」

 瑞月が答えようとすると何かに思い当たったようで大きな声で遮った。

「あー、花の子!?」
「涼君ちょっと……」
(花の子……?)

 もしかして幼少期のあの話のことだろうか。なぜこの男が知っているのだろう。疑問に思っていると、西野がまじまじと朝陽を見つめてきた。顔を逸らしても追ってくる。

「昼に焼きそば買いに来てたな」
「あ、はい」
「俺作ってたんだよ、美味かったか?」
「う、美味かったです」

 どんどん顔を近づけてきて圧をかけるように聞いてくる。美味いと答えるしかないじゃないか、と目を逸らしながら言うと、よしよしと笑みを浮かべた。

「いい子だ」

 わしゃわしゃと頭を撫でられる。瑞月とは違う雑な撫で方だ。ボサボサにされた髪を直しながら、西野に瑞月との関係を訊ねる。

「あの、瑞月……さんの先輩なんですよね?」
「そう、西野涼だ。 よろしく」
「山崎朝陽です、よろしくお願いします」

 差し出された手を握り返す。様子を見ていた瑞月が口を開いた。

「涼君はなんで俺の部屋に来たの?」
「ああ、酒飲もうかと思って」

 ほら、と持ち上げたレジ袋には缶やお菓子が詰まっていた。

「朝陽も飲むか?」
「未成年に飲ませようとしないで」

 朝陽に渡されたチューハイを瑞月が取り上げて袋の中に戻す。
「一口くらいいいだろう?」
「だめ。 朝陽をワルの道に引き摺り込もうとしないで」

 二人のやりとりを見ていて、朝陽は気持ちが徐々に曇っていった。瑞月と西野の距離が妙に近いし、瑞月も朝陽に対してとは別の甘えを見せているような気がした。

「大学の先輩なんですよね……?」
「いや、子供の頃からずっと一緒」
「涼君とは家が近所なんだよ」
「まさか大学まで同じになるとは思わなかったけどな」
「それこっちの台詞。 馬鹿っぽいと思ってたのに」
「失礼だなお前」

 二人の仲の良さに納得したが、それでももやもやとした気持ちが晴れない。突然やって来て瑞月に親しげにしている西野にジリジリとしたあまり良くない感情を抱いてしまっている。

「昔はいい子だったのになあ。 涼君涼君ってついて来てさ」
「いつの話だよそれ。 昔のこと話すのおっさん臭いよ」
「俺がおっさんならお前もおっさんだ」
「はー? そんなわけないでしょ」

 瑞月の表情がコロコロと変わり、朝陽には見せない顔を西野に見せている。朝陽をよそに盛り上がっている二人にふつふつと何かが湧き上がって来ていた。

(……ダメだ)

 西野の方が付き合いが長いのだから親しげであって当たり前だ。そう分かっていても無性にイライラしてきた。これはいけない、そう思った朝陽は退散することにした。

「……俺、自分の部屋に戻る」
「もう行くの?」
「うん」
「朝陽、また来て。 ご飯食べた後でも」
「うん、連絡する」

 そう約束をして暗雲が途切れかけたところで西野が言った。

「いやいや、朝陽も友達と来てんだから邪魔すんなって」
「は? 邪魔なんかじゃ」
「気を遣わなくていいって。 な、瑞月?」
「え……えっと……」

 同意を求められた瑞月は困惑した様子で視線を彷徨わせた。朝陽にとって瑞月が邪魔であるはずがないのに。

「若者は若者同士で楽しむべきだ。 恋人だからってしゃしゃり出るのは重いぞ?」

 西野は恋人と言った。朝陽と瑞月の関係を分かった上でなぜこんなことを言うのか朝陽には理解できなかった。不安そうな顔をして瑞月が聞いてくる。

「そ、うかな……そうなの、朝陽?」
「そんなわけないだろ、お前が邪魔な訳……」
「瑞月、直接聞かれたらそうだって言えないだろ?」
「違う、俺は本当に……」
「朝陽」

 朝陽の言葉を遮って瑞月が言う。

「気を遣わなくていいよ」
「は……?」
「そうだよね、もともと洋介君達と来てたんだもんね」

 うんうん、と西野がしたり顔で頷いている。

「ごめんね朝陽、三人で楽しんでおいで」
「待っ……」
「というわけだ。 邪魔して悪かったな」

 半ば追いやられる形で瑞月の部屋を出た。ドアを隔てた向こう側で飲むぞ、と息巻く西野の声が聞こえた。

(……クソッ!)

 先程まで嫉妬に染まっていた心が今は怒りと虚しさに溢れていた。勝手なことを言う西野への怒りと、朝陽ではなく西野の言葉を信じた瑞月に対する寂しさでぐらぐらと視界が揺れる。

(あんな顔するなら謝るんじゃねえよ……)

 朝陽に謝った瑞月は今にも泣きそうな顔をしていた。そんな顔をさせるために瑞月に会いに行ったわけではないのに。朝陽自身が瑞月に会いたくて部屋まで行ったのに全く伝わっていなかった。
 朝陽の好意は今までも瑞月に伝わっていなかったのだろうか。だから西野の言葉を容易く信じてしまったんじゃないか……。そう考えると悔しくてもう一度、今度は小さく声に出してクソ、と吐き捨てた。
 今日中に必ず瑞月に会う。そう決心して朝陽は部屋に戻った。
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