【完結】モフモフたちは見てる〜アリスのぬいぐるみ専門店〜

トト

文字の大きさ
14 / 60

職人山崎の真骨頂

しおりを挟む
 圭介は体を起こすといつのまにかかけられていた毛布をたたみ周りを見渡した。
 少し薄暗くなった部屋の中で、コタツ机の上にはラップの掛けられたチャーハンとすっかりさめた昆布茶がおかれていた。
 とりあえず電気をつける。時間は十七時を少し回ったところだった。

「三時間も寝てしまったのか……」

 アリスの部屋からは、かすかに電気をつけるまえに光が漏れていたので、そこにいるのは間違いないだろう。

 グーとおなかがなる。

「電気がついたから、そのうち来てくれるかな」

 自分の腹を押さえながら、とりあえず誰かが来るまで机に置かれているご飯を食べることにする。
 少し冷たかったがなかなかの味だった。

「ふう」

 満腹になったおなかをなぜながら、部屋の中を再び見渡した。気がついてもよさそうだが、食べ終わってしばらくしても誰も姿を現さない。
 圭介は少し不安になって立ち上がった。
 アリスの部屋の前までいき、ノックしようと手を上げたまま、やはりもう少し待とうかと迷う。
 その時カタリと台所のほうから音がした。
 どうやら台所の隣にも、もう一つ部屋があるらしい。音はそちらのほうから聞こえてきた。
 一瞬考えた後、圭介はアリスの部屋から音のした部屋に向きを変えると、思い切ってその襖をノックした。

「はい」

 中から低い男の声で返事がかえってくる。
 圭介は「すみません」と、いいながらその襖を開けた。

「起きたか。もうすぐ終わるから、ちょっと待っていてくれ」

 振り返りもせず、椅子に座ったまま何か作業をしている山崎の姿があった。

「はい」

 圭介はそう返事をしながら見るともなく部屋の中を見渡す。
 六畳ほどの畳部屋。部屋の隅には三つ折にされた布団が置かれたままだ。それもそのはず本来布団が収納されるべきタンスには、大小さまざまな引き出し収納ケースがぎっちり詰まっている。
 収納ケースにはそれぞれ『目・黒』『目・緑』『鼻』などと書かれた紙が貼られている。
 山崎は自分はぬいぐるみ作り専門だと言っていたことから、全てぬいぐるみの材料なのだろう。
 圭介の立っている場所から斜め左側の窓に、向かい合うように置かれた作業机、その前の椅子に座り込んだまま、山崎は黙々と作業をしている。
 あのいかつい見た目で、あの店に飾られている繊細なぬいぐるみが作られているかと思うと、なんだか不思議な気がして、おもわず後ろから覗き込むようにして見る。

「へぇ~」

 そのいかつい体格ばかりに気を取られていたが、こうしてぬいぐるみを縫い上げている山崎の手は、見た目とは裏腹に長く綺麗な指をしていた。
 ぬいぐるみに糸を通すその動きも、まるで指揮者のようにリズミカルで、おもわず見入ってしまった。

「よしできた」

 山崎が仕上げに糸きりバサミで糸を切る。
 そして今まさに出来上がったばかりのぬいぐるみを持ったまま作業の様子を見ていた圭介のほうに体を向けた。
 ホームページで見たときより、店に飾られているぬいぐるみを直に見た時感じた思いより、さらに胸を熱くする何かが、圭介の胸にこみあげる。
 まるで今まさに赤ん坊が生まれた瞬間に立ち会ったかのような、そんな感動。

 クルリとした大きくつぶらな瞳。光沢さえ感じるつややかな毛並み。
 しかしそれ以上に、今にも動き出さんばかりの生命の息吹のようなものが、そのぬいぐるみにはあるような気がした。
 『専門はぬいぐるみ作り』と聞いた時には、少し疑っていたが、これを目のあたりにしては認めざる得ない。
 下の階のぬいぐるみたちも皆山崎が命を吹き込んだものなのだろう。

「それも売り物なんですか」
「売り物といえばそうだが、オーダーメイドの品だ」

 そういうと山崎は、一枚の犬の写真を見せてくれた。
 おもわず目の前のぬいぐるみと写真を見比べ、感嘆の声を上げる。

「こいつは、そいつの形見みたいなもんかな」
「形見?」
「あぁ、愛犬が死んでしまった飼い主が、よくそっくりのぬいぐるみを注文してくるんだ、もちろん形見だからもとの愛犬の毛を少しまぜて作ってある」

 いわれて思わず納得する。
 さっきアリスに愛情を持って接したぬいぐるみには、心が宿ることがあるといわれたせいかもしれない。
 だから、自分が今このぬいぐるみに感じたものは、決して勘違いではなかったんだという思いが圭介を深く頷かせていた。
 山崎の作ったぬいぐるみには、確かに飼い主とその犬の想いが宿っているように思えた。

「じゃあ、そろそろ行くか」
「あっ、はい」

 犬のぬいぐるみに見とれていた圭介が、慌てて返事をする。それから思い出したかのようにお礼を言った。

「ごはん、ごちそうさまでした」
「うまかったか」
「はい」

 山崎がニカリと笑う。そしてまるで子供にするように、圭介の頭をポンポンと叩いた。
 山崎に言ったら俺はそんな歳じゃないと怒るかもしれないが、その手は大きくてとても暖かく、圭介に田舎の父親を思い起こさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...