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第二章
そして能力は開花する
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真の話を聞き終えた圭介が、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に喉に流し込む。
子供のくせにどこか冷めたような表情をしているアリスを思い浮かべ、圭介はやりきれない気持ちになった。
「私もなにかお手伝いしたかったけど、その時はまだ鍼師になったばかりで経済的にも技術的にも子供でしたから」
鍼師をしながら本格的に洋服作りの勉強もし、今の洋服教室を開いたのも、店を手伝いながら、アリスの世話ができるようになったのも本当に最近の話だという。
「いつもふざけて見えるけど、すごい人なんですよ山崎さんは」
そういって微笑む。
確かにいまの話を聞いた後では、大人気ない言動や行動さえ場を盛り上げるためにやっているように思えてくるから不思議だ。
何かというと山崎に食って掛かるアリスもあれはアリスなりの甘え方なのかもしれない。
「僕はなにかアリスのためにできますかね」
「はい。たまに店に遊びに来てください」
圭介の言葉に真が小さく微笑むとそう言った。
「ちなみに、アリスちゃんのあの能力はその事故の後に備わったみたいなんです」
先ほどまでのしんみりした口調とは裏腹に、今度は秘密ごとをこっそり話す子供のように真が言った。
「えぇ、そうなんですか?」
「はい、あのあとぜんぜん人と話さなかったんですけど、いつもアリスちゃんの部屋から話し声が聞こえるので、不思議に思った山崎さんがそっと扉を覗くと」
「覗くと……」
まるで怪談話をするかのように、真は声を潜めた。つられて圭介まで小声になる。
「アリスちゃんがエリザベーラに向かって、ぶつぶつ独り言を言ってたんです」
圭介は部屋で一人ぬいぐるみと話しているアリスを見たときの、山崎の心境を思った。
心を閉ざしてしまったアリス。
マリアや秋之助のためにアリスを立派に育てていこうと考えている山崎。
結婚だってしてないのに、いきなり小学生の娘ができた山崎は、きっと日々どうやってアリスと接していこうか苦悩していたに違いない。
そんなとき、ぬいぐるみに話している姿を見せられたら、きっとどこか打ち所が悪かったか、現実逃避をしてしまったと心配したに違いないだろう。
「山崎さんも事故のショックでどこかおかしくなったんじゃないかって、心が病んでしまっているんじゃないかって、それは心配していました」
目に浮かぶようだ。
「私はぬいぐるみと話せたらいいなと思ったこともありますし、空想して話したことはあったので子供によくあることだから、別にそこまで心配することはないと思ったんですけど」
真はアリスの行動を、あまりおかしいとは思わなかったらしい。
「その後、山崎さんが病院に連れて行こうとするから、私アリスちゃんに訊いてみたんです」
さわやかといえるぐらいあっさりとそう話した真を、圭介はしばし呆然と見つめた。
勇気あるというか、なんというか、普通もっとデリケートに扱う問題なんじゃあないだろうか。
「そしたらアリスちゃん、エリザベーラと会話ができるんだっていったんです」
「すぐに信じたんですか?」
「はい」
ここまでくるとある意味すごいというべきか。
でもこうやって疑いももたず信じてくれた人がいるから、アリスは周りの人に心を開いていけたんだろうなぁ。とも思った。
真はいたずらっ子のようにウインクすると、
「でも、山崎さんは初め信じていなかったみたいで」
その時のことを思い出したのか、真がクスクスと笑う。
「山崎さんが私の作ったクッキーを、アリスちゃんが学校から帰ってくる前に全部一人で食べてしまったことがあって」
「それを言い当てられたんですね」
「はい」
圭介もその時の山崎の慌てぶりを想像して、小さく微笑む。
「あくまでシラをきる山崎さんに、アリスちゃんが今までお店のぬいぐるみたちから見聞きして話さなかった話を全て話したらしいんです」
「そりゃあ、きついな」
なんせあの店にいては、ぬいぐるみの目の届かない場所などないに等しい。
二十四時間監視がついているようなものだ。
「山崎さん最後には観念して泣きながら謝っていました」
圭介にはその光景がまざまざ思い浮かべられて、おもわず声をあげて笑ってしまった。でも山崎の涙はきっと安堵の涙でもあったに違いない。
子供のくせにどこか冷めたような表情をしているアリスを思い浮かべ、圭介はやりきれない気持ちになった。
「私もなにかお手伝いしたかったけど、その時はまだ鍼師になったばかりで経済的にも技術的にも子供でしたから」
鍼師をしながら本格的に洋服作りの勉強もし、今の洋服教室を開いたのも、店を手伝いながら、アリスの世話ができるようになったのも本当に最近の話だという。
「いつもふざけて見えるけど、すごい人なんですよ山崎さんは」
そういって微笑む。
確かにいまの話を聞いた後では、大人気ない言動や行動さえ場を盛り上げるためにやっているように思えてくるから不思議だ。
何かというと山崎に食って掛かるアリスもあれはアリスなりの甘え方なのかもしれない。
「僕はなにかアリスのためにできますかね」
「はい。たまに店に遊びに来てください」
圭介の言葉に真が小さく微笑むとそう言った。
「ちなみに、アリスちゃんのあの能力はその事故の後に備わったみたいなんです」
先ほどまでのしんみりした口調とは裏腹に、今度は秘密ごとをこっそり話す子供のように真が言った。
「えぇ、そうなんですか?」
「はい、あのあとぜんぜん人と話さなかったんですけど、いつもアリスちゃんの部屋から話し声が聞こえるので、不思議に思った山崎さんがそっと扉を覗くと」
「覗くと……」
まるで怪談話をするかのように、真は声を潜めた。つられて圭介まで小声になる。
「アリスちゃんがエリザベーラに向かって、ぶつぶつ独り言を言ってたんです」
圭介は部屋で一人ぬいぐるみと話しているアリスを見たときの、山崎の心境を思った。
心を閉ざしてしまったアリス。
マリアや秋之助のためにアリスを立派に育てていこうと考えている山崎。
結婚だってしてないのに、いきなり小学生の娘ができた山崎は、きっと日々どうやってアリスと接していこうか苦悩していたに違いない。
そんなとき、ぬいぐるみに話している姿を見せられたら、きっとどこか打ち所が悪かったか、現実逃避をしてしまったと心配したに違いないだろう。
「山崎さんも事故のショックでどこかおかしくなったんじゃないかって、心が病んでしまっているんじゃないかって、それは心配していました」
目に浮かぶようだ。
「私はぬいぐるみと話せたらいいなと思ったこともありますし、空想して話したことはあったので子供によくあることだから、別にそこまで心配することはないと思ったんですけど」
真はアリスの行動を、あまりおかしいとは思わなかったらしい。
「その後、山崎さんが病院に連れて行こうとするから、私アリスちゃんに訊いてみたんです」
さわやかといえるぐらいあっさりとそう話した真を、圭介はしばし呆然と見つめた。
勇気あるというか、なんというか、普通もっとデリケートに扱う問題なんじゃあないだろうか。
「そしたらアリスちゃん、エリザベーラと会話ができるんだっていったんです」
「すぐに信じたんですか?」
「はい」
ここまでくるとある意味すごいというべきか。
でもこうやって疑いももたず信じてくれた人がいるから、アリスは周りの人に心を開いていけたんだろうなぁ。とも思った。
真はいたずらっ子のようにウインクすると、
「でも、山崎さんは初め信じていなかったみたいで」
その時のことを思い出したのか、真がクスクスと笑う。
「山崎さんが私の作ったクッキーを、アリスちゃんが学校から帰ってくる前に全部一人で食べてしまったことがあって」
「それを言い当てられたんですね」
「はい」
圭介もその時の山崎の慌てぶりを想像して、小さく微笑む。
「あくまでシラをきる山崎さんに、アリスちゃんが今までお店のぬいぐるみたちから見聞きして話さなかった話を全て話したらしいんです」
「そりゃあ、きついな」
なんせあの店にいては、ぬいぐるみの目の届かない場所などないに等しい。
二十四時間監視がついているようなものだ。
「山崎さん最後には観念して泣きながら謝っていました」
圭介にはその光景がまざまざ思い浮かべられて、おもわず声をあげて笑ってしまった。でも山崎の涙はきっと安堵の涙でもあったに違いない。
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