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序章

攻撃

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 目の前に箱がある。その箱の中に布でできた人形がある。
 その箱の奥に鏡。

「大丈夫、お父様、先代もそうでございました」

 後ろに控える叔父の声が優しい。

「片目ではございましたが、きちんと仕事をなされておりました」

 唇を噛む。『片目』その言葉が、ちりっと胸を焼く。

「それで?」

 わざと慇懃に物を言う。偉そうに物を言う。そうした方が、当主らしいと助言してくれたのも、この叔父だ。

「新しい当主の力を見せてやるだけです。何、向こうもまじないの家系でございます」

 同じまじないの家系。『気』を操り、『術』をかける。

「蚊に刺されたぐらいにしか思いません」

 蚊と言われイラついた。西を代表する術家の当主の力を蚊と言われて何かが逆立つ。

「……蚊かどうか……確かめればいい」

 目の前の人形を睨みつける。
 後ろで叔父がそうでございますねと優しく言ってくれる。

「ああ、出てまいりました」

 叔父の言葉に目を鏡に向ける。だが、そこには薄く曇った鏡があるだけだ。
 自分には見えない。だが、この叔父には見える。だから、大丈夫。

「やられますか?」
 
 できますか?と叔父が尋ねた。できないと言いたくない。できるところを見て欲しい。
 自分が当主にふさわしいと、この叔父に認めさせたい。
 手の中に『気』を溜める。見えない。でも、自分は『気』を使い、術は掛けられる。
 小さく頷くと、叔父が軽く頭を下げた。

「竹内夏乃。今の竹内の当主でございます」

 叔父の目には、今、この鏡の中にその竹内の当主、竹内夏乃の姿が見えている。
 『気』を溜めた両手で、人形の足を鷲掴みにする。
 ぐっとあらん限りの力で人形の足を握りしめる。

「ああ……」

 叔父が、ほれぼれするというような声を上げた。

「驚いたようでございますね」

 叔父の言葉に力を入れすぎて震えた手をどうにか解く。

「……転んだ?」

 自分はできたのだろうか……。叔父が楽しそうに笑った。

「見事に転んで頭を掻いておりますよ」

 転んだだけか……とも思うが、東を代表する術家の当主が無様に転び、頭を掻いている姿を想像したら口元に笑みが浮かぶ。

 大人が子供に転ばされたと気がついたら、どう思うだろう。

「やはり、お力は先代より強うございますね」

 先代……自分の父親で、叔父の兄だった。
 その父より力が強いと言われ、背筋が伸びる。
 そうよ。私が当主だもの。
 叔父がもっと自分を褒めようとしてくれたのに、屋敷の奥で悲鳴が聞こえ、叔父がそちらを振り返る。
 大事な時なのに……。
 役立たずのくせに……。ぎゅっと膝の上に置いていた手を握りこんだ。
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