セイレーンのガーディアン

桃華

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キズナとキオク

11.ゼルの容態(アスカ)

 頭を冷やすなんて言って病室を出たけれど全く冷静になれない。
 私の気持ちはシュウには伝えないことを決めていたし、最近はテルに惹かれていくシュウを応援できるようになったと思っていた。

(それなのに、なんでだろう)

 今まで沢山の辛い思いをしてきたシュウを私は知っている。何も出来ないけれど、不安な時1番に駆けつける。シュウは甘えることが苦手だから、辛いことが起きたら傍で支えることが私の役目だって。おこがましいけれどそう思っていた。
 でも、テルは違った。甘えることが苦手なシュウを認めてた。微笑みながら「甘えていいよ」って言える人だった。テルは支えるんじゃなくて、シュウを救ってあげられる人だって思えた。
 それなのに、テルがシュウの傍に居ることを聞かされた途端何かが音を立てて崩れ落ちた。
 「用済み」と言われた気になった。私の19年(もうすぐ20年だけど)を、否定されたようだった。
 認めたくなくて、国王陛下に当たってしまったことは、申し訳無かったと思っている。
 そんなことを考えながら行く当てもなく歩いていると、院内のカフェが目に止まった。

「そう言えば…、ゼルにご褒美あげるって言ったんだった」

 ふと思い浮かんだのがゼルの顔だったから。言い訳するように呟いて、カフェのショーケースの前に立った。
 あれだけ頑張ったゼルへの『ご褒美』が、院内のケーキだなんてかわいそう。そうは思ったけれど、手土産が無いと気まずくてゼルの元へ行けない気がした。

「おすすめはタルトタタンですよ」

 ショーケースの前で立ちすくんでいるアスカに、クルーの女の子が微笑みかけてくれた。

「あ…すみません。じゃあそれ2つと、コーヒーをお願いします」

「かしこまりました」

 小さな箱に詰められた食べる気もないケーキを手に、ゼルの病室の前で立ち止まった。

「ゼル君…痛い所無い??」
「着替え…手伝おうか?」
「着替えは男の手があった方がいいだろ?俺が手伝おうか?」
「何言ってるのよ!」
「ご飯食べさせてあげようか?」
「抜け駆けしないで!!お世話係は私でしょ?非番のあんたは帰りないよ!!」 

 病室から漏れ聞こえてくる甘い声に、思わず扉を開こうとした手を引っ込めた。
 忘れがちだけれど…ゼルは誰もが振り返る顔立ち、透明感半端ない美少年。そして誰にでも優しく、笑顔を絶やさない。だから、接する人全てを魅了してしまう。
 この病院でもその力は大いに発揮されているようで、そんな不純な動機の看護師達がゼルの病室には溢れている。

(…私の動機も大概不純か)

喪失感を埋める為に辿り着いたのがここだったんだから。
 誰かに必要だって言って欲しい。そう思ってゼルの元に来たんだから。ゼルの気持ちを知っていて、応えられない自分も分かっていて、辛くなったら利用する。ミーハーな看護師よりも、私の方がよっぽど最低だ。

 一度引っ込めた手をドアノブにかけると、扉を勢いよく開いた。

「ゼルー。入るわよー」

わざと気怠そうに声をかけると、ベッドに群がる看護師の隙間から、ゼルがひょっこりと顔を見せた。
 苦々しい顔をしていたゼルがこちらを向いた瞬間に表情が明るくなった。

「アスカさん!来てくれたんですか?」

嬉しいと微笑むゼルに、罪悪感を感じない訳じゃ無い。チクリと心が痛む。
 そんな気持ちを気付かれないように、大袈裟にため息を吐いて、ベッドの隣に置いてある椅子に座った。

「あ…もう、こんな時間!ゼル君、何かあったら呼んでね」

「私ももう行かないと…じゃあ!」

 サボっていると報告されるのが怖いのか、看護師達が蜂の子を散らしたように去って行った。その後ろ姿にも、ゼルは笑顔でお礼を言っている。

「ゼルって、本当…優しいよね」

 コーヒーに口をつけながらつぶやいて目を逸らした。

「アスカさんにそう思われているなんて嬉しいです」

 ゼルは頬を赤らめて微笑む。両手はギブスで固定されたままだ。

(まだダメなんだ)

 ゼルの傷はとっくに治ってはいるけれど、あの日からチカラのコントロールが上手く出来なくなっている。治療には、国王が当たってくれた。だけどゼルは痛みを感じないから、自分でもどこに怪我があるか分からない状態。
 検査に次ぐ検査で、ようやく全て治ったと報告をうけた頃には丸一日経っていた。そして面会に行ったその場で私は腕をゼルに握り潰された。
 その場にいた全員が青ざめていたけれど、大怪我をした私は以外に冷静で、被害者が私で良かったなんて思っていた。

 ゼルは普段、10%位のチカラで生活してると言っていた。だけど、それが出来なくなって常に戦闘中のバカ力…つまり、100%のチカラが出てしまう状態になっているらしい。特に握力のコントロールがおかしくなっているようで、握った物全てを潰してしまう。だからゼルの手は、指先だけを残してギブスで手を固定されている。

 線の細い身体からは信じられないようなパワー。更に筋肉量も一般の人よりかなり多いって、今回診察した国王が驚いていた。
 思い出しながら、もう一度コーヒーに口を付けた。

「…腕…本当に、大丈夫ですか?」

 申し訳無さそうに、ゼルが顔を覗き込んで呟いた。

「昨日も言ったでしょ?直ぐに治して貰ったから平気」

「すみません…でも不安で…。僕がアスカさんを傷モノにしてしまったから」

 真面目に話ししていても、ゼルは唐突に変なことを言ってくる。飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

「その言い方はやめて」

「あはは。責任取りましょうか?結婚します?」

 確信犯だ。平静を装って睨みつけた。

「未成年でしょ。…そんなこと言ってると、ケーキあげないわよ?」

「え?怪我させたのに、ケーキ貰えるんですか?」

「ご褒美。忘れてる?言ってたでしょう?」

「もちろん覚えてます!」

「その手じゃ食べられないだろうけど…」

 ケーキの箱を開こうとした途端に、嬉しそうにしていたゼルの顔付きが変わった。

「!!待って下さい!!」

「…何?!どうしたの?」

予想していなかった大声に手が止まる。

「美味しそうですけど、初めてアスカさんから貰う『ご褒美』は、記念に取って置きたいので…どうしようかと」

そんなことを呟きながら真剣に悩んでいるゼルが、おかしくて口の端が少し上がった。

「腐るから食べなよ。食べさせてあげるから」

箱を開くと、リンゴの甘い香りが病室に広がる。少しお腹が空いて来たかもなんて思いながら、フォークを刺した。

「あーっ…」

なんて、悲しそうにしているゼルの口に入れると、以外に味わって食べている。

「美味しい?」

そう聞くといつもと変わらない笑顔を見せて頷いてくれる。

「今まで食べたケーキの中で1番美味しいです」

「…こんなのでいいの?」

命懸けで戦った『ご褒美』がその辺で買ったケーキとか、怒って当然なのに。

(しかも…適当に選んだヤツだし)

それでもゼルは嬉しそうに「ハイ」と頷いて、もう一口目を口を開けて待っている。罪悪感でゼルを直視出来なくなる。「もっと良い物が良かった」と、小言を言ってくれた方がよっぽどマシだった。

「これ院内のカフェのやつだよ?」

「いいんです。じゃなくて、…なんで」

かわいいことを言ってくれるゼルと、目が合わせられない。話を変えようと、わざとタルトタタンにもう一度一度フォークを刺した。

「ケーキも嬉しいけれど、今日アスカさんが来てくれたことが、僕にとって最大の『ご褒美』なんですけれどね」

いつもいきなり臭いセリフをさらりと入れてくる。ため息と共に顔を上げると、ゼルの真剣な眼差しにドキっとしてしまった。

「ハイハイ」

その姿は窓から差し込む光と相待って、凛として見えて美しい。照れ隠しの為に、タルトタタンを頬張った。

「本心ですよ?…アスカさんが無事で良かった。怪我が治って良かったって」

何も言えずにもう一口頬張る。

(罪悪感…?それとも意識してる…?)

さっきまで感じていたはずの、甘い香りも味もよく分からない。静かな病室に、自分の鼓動の音が響いて聞こえる。

「僕のことを心配してくれて、こうやって様子を見に来てくれて嬉しいって」

(…ダメだ)

「違うから。心配して…とかじゃないから」

フォークを静かに置くと大きく息を吐いて顔を上げた。

「また…利用しただけだから…ごめん」

言わなくて良かったのに。言ってしまったらゼルを傷つけてしまうと分かっていたのに。罪悪感に耐えきれなくなって、本心を言ってしまった。目を丸くしているゼルにもう一度「ごめん」と呟いて、病室を出ようと立ち上がった。

「良かった…覚えててくれたんですね」

ゼルはそう言うと、ベッドから立ち上がり、扉に向かって歩こうとするアスカの服の裾を背後から掴んだ。
 指先だけなのに、すごいチカラで引かれて倒れそうになったアスカの腰と肩に手を回すと、耳元でニコっと微笑んだ。

「辛いときは僕に甘えて下さいって言ったこと、忘れてなくて良かったです」

 この状況も、セリフやゼルの表情もすごく甘いけれど…。

(…苦し…)

 『抱き止めた』くらいの感覚だろうけれど、指だけなのに骨がミシっと音を立てて軋む。腰に回された腕は、強い打撃を受けたようで、息ができない。更にゼルは、抱きしめる腕に力を入れるから、身動きが取れなくなった。

(…っ…このままじゃ締め殺されるっ)

 何とか気付かせようと、肩に回った腕を震えてる手で叩いた。

「…!!すみません!!大丈夫ですか?」

 腕の中で苦しむアスカに気がつくと、ゼルは慌てて腕を解いた。アスカはその場に崩れ落ち、肩で大きく息を吸う。何とか呼吸はできたけれど、肋骨が痛んで咳き込んだ。

「っ…大…丈夫」

 青ざめて覗き込んできたゼルを、手で静止しながらうずくまった。額からは脂汗が流れる。

(…死ぬ所だった…)

「すぐに、医師を呼びますから!」

(こんな動く凶器を病院に放つことは出来ない!!)

 咄嗟に、手を出してゼルの服の裾を引いた。

「…自分で…行くから…っ」

「でもっ…」

 フラフラと立ち上がると、ベッド脇にあるナースコールに向かって歩いた。押した途端に、ベッドに倒れ込んでしまった。そこからは一歩も動けなくなってしまった。

 遠くで、ゼルが医師を呼ぶ声が聞こえる。焦っているゼルとは違って、久しぶりに何も考えずに眠れそうだなんて、最後まで自分のことばかり考えながら目を閉じた。
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