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1章 出会い編
2.マサキくん、王手ですよ
しおりを挟む――え、えーっと。
急に心臓が高鳴った。
顔も赤くなっていたかもしれない。
将輝は動揺を隠せずにいた。
スマホに映っている将棋アプリにトモダチ申請がきている。
名前はharuka。
ついニヤけてしまう。
承諾ボタンをタップする指がかすかに震えていた。
生唾を飲み込み、すかさずプロフィール欄を覗きこむと、勝率7割、棋力を測るレーダーチャートは巨大な五角形だった。
こんなの見たことない、と呆気にとらわれる。
じんわりと冷や汗。
見なきゃよかった。余計に萎縮してしまうところだ。
実際、背筋までこわばって完全に猫背になっていた。
翌日、朝、廊下ですれ違っても、気安くおはようだなんて、声に出せなかった。
遥も気づいていないのか、将輝に声をかけてくることもなかった。
自分からあいさつしているわけではないので、それはそうだろうと将輝は勝手に納得した。
なにを勘違いしているんだと首を振る。
しかし、授業中に事件は起きた。
机の下に隠したスマホの画面が光る。
通知が届いたのだ。
――誰だよ、授業中に。
授業といっても、部活動の説明だから、カモフラージュするような教科書やノートはない。
「君たちはなんらかの部活に入ってもらいたい……」
担任が部活の手続きの流れや生徒会やらの組織の仕組みを黒板に板書しだした瞬間に、今だとばかりにスマホに目を落とし、ロックを解除する。
将棋アプリの通知だった。
――アップデートはまだ先のはず……?
見慣れない通知に眉をひそめるも、操作する指は反射的に詳細を調べようとする。
……対局のお誘い通知だ。
名はharuka。
――正木遥。
トモダチ申請があったのだから、対局の誘いがあっても不思議ではない――が。
思わず二度見してしまう。
――え! い、いま?
恐る恐る後ろを振り向くと、窓際後方に彼女の姿はあった。
その位置的優位性を活かし、頬杖ついて手元を隠している。
開けっ放しの窓から春風がそよいで、黒髪が揺れていた。
――絵になるなあ。
などと、感心している場合ではなかった。
視線を落としているから、表情まではわからない。
でも、あれは間違いなくスマホを触っている態勢だ。
体を傾ける角度といい、視線の先にあるのまちがいなくスマホだ。
「……おい……」
この手のサボりのノウハウなら負けていない。
「おい、椎名、聞いてるか? 一応、授業中だぞ」
唐突に教室へ、担任の先生の野太い声が響く。
「す、すいません!」
反射的に謝罪する。
クスクスとクラス中から自分に対しての笑い声が聞こえてくるようで、将輝は真っ赤な顔で机に突っ伏す。
――あー、恥ずいな、もう。ぼくとしたことがなにをしているんだ。
部活動のプリントが配られ、真面目に読んでいるフリをして、スマホの画面を気にしてる素振りをみせずなんとか乗り切ってみせた。
もちろん、隠れて対局なんて、できるわけがない。
「ねぇ、無視したでしょ」
からかうように後ろから声をかけられて、将輝は飛び上がるようだった。
おそるおそる振り返って、ジト目の彼女がそこにいた。
正木遥だ。
印象より、背が高いと将輝は感じた。
背筋が伸びて、すらっとした手足がブレザータイプの制服によく似合っていた。
イスに座った将輝は、彼女を見上げるようなかっこうになる。
でも、目を合わせる前に、視線を逸らしてしまう。
「……授業中だったから」
なんとか、当たり前のいいわけでしのぐ。
――マサキさん、か、かわいい。
整った顔立ちなのは、知っていたつもりだったが、間近に見た彼女の顔が胸を打つ。
自分の心の声なのに、今にも言葉が出てきてしまいそうで、慌て将輝は赤面しながら口元を抑える。
「なにその反応……まあいいけど。今日はお友達こないの?」
意外なことを聞いてきた。
放課後、先日は友人の武田の呼びかけで、彼女の足を止めた。
いわゆる、きっかけの人物。
「今日はバイトなんだって」
平静を装って、将輝は応える。
「ふーん、この時期にもうバイトかあ」
まだ高校生活が始まったばかりにも関わらず、彼はすぐに行動した。
「ぼくはあんまり行動力ないから、そういうのすぐ決められないんだよね」
ははは、と自虐的に笑うも、遥は笑っていなかった。
「そう……将棋、誘ってくれたのは悪ノリ?」
え、いや、それは、興味本位で、とばたばたと手足を動かして誤魔化した。
「私の誘いには乗ってくれなかったけどね」
「いやそれは、授業中だから」
先ほどと同じ回答。
「真面目だね、ま、嫌いじゃないけどね」
ん?嫌いじゃない?
え?
「……暇だから、放課後ならいいかなって思ったんだけど」
変な間ができて、遥も視線を逸らしながら口にしていた。
なんだか照れているようだった。
「今なら全然大丈夫。なんなら盤と駒があればいいよね」
カラ元気で声のボリュームを上げるのは将輝。
「盤と駒……?」
将輝の何気ない言葉。
将棋は9×9マスの将棋盤に2人で8種40枚の駒を使って対局するボードゲームだ。アナログな盤と駒は、今ではどこでも置いてあるようなものではない。
遥がなにかに気づいたように、部活動のプリントをつまみ上げる。
部活かあ、と将輝は頬をかく。
「……ぜんぜんきいてなかったけど、どれか入らないといけないの?」
「え~、聞いてなかったの?」
遥は初めて知ったかのように大げさに驚いてみせる。
「……君がしかけたんじゃないか……」
ボソっと愚痴るも遥は聞いてない。
「部活動か生徒会、どちらかに入らないといけないんだってさ」
「部活ねえ……」
遥の問いかけには興味無さそうに流して、思い出したようにスマホを操作させ、将棋アプリを起動させる。
「……もし、時間あれば、一局どうですか?」
遥に画面を突きつける。
しかし、遥はスマホは一向に取りださず、部活動のプリントを眺めている。
やがて、細い指先がマップ上の一つの部室を指す。
「……?」
遥の視線の先にある文字に、将輝は目を見張る。
「将棋部?」
将輝が気づいたことに満足したように遥は頷く。
「あるんだね、入るの?」
「まさか。どうせ弱小だろうし。でも、部があるってことは盤と駒くらいあるよね」
盤と駒。
その言葉を飲み込むと、なんだかアプリがチープにみえてきた。
「……借りれないかな、盤と駒」
将輝の言葉に、遥がにやりとした。
「借りて、どうするの?」
わざとらしく問う。
どう、てそりゃあ……
「マ、マサキさんと一局どうかなって」
噛みながら。
将輝は目を逸らして誘う。
「行ってみる? いいよ、わたし、暇だから」
遥もわざと声を大きくして、顔を見られないように先を歩いた。
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