マサキくん、詰みですよ!〜僕のノートは、君の勝ちで埋まっている〜

みすてー

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1章 出会い編

1.マサキくん、マサキさんですよ

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 ただ、名前を呼ばれただけだった。
 けれど、その呼び声がぼくの日常を変える一手になった。
 
「マサキ~、いるか?」

 隣のクラスから乱入した男子生徒は、おもむろに名前を呼んだ。
 放課後の帰り支度をしていた中、その名前に反応したのは、一人ではなかった。
 聞き馴染みのある声に、穏やかに振り向く男子生徒。
 そして、たまたまその男子の隣を歩いていた女子生徒が警戒するように機敏に振り向く。
 二人同時に振り向き、その違和感に、顔を見合わせる。

「え、えっと……呼ばれたのは僕だよね……」

 自席に座ったまま、渦中の男子生徒は恐る恐る女子生徒の顔を見上げてみる。
 整った顔立ちながらも、不機嫌そうな眼差しだ。
 黒髪ロングがブレザーの制服によく映え、胸元には一年生をしめす赤いネクタイもきっちり結ばれている。
 背も高く姿勢もいいから、高みから見下ろされているようだ。

「マサキ、これ、だれ?」

 マサキと呼ばれた男子生徒に、隣のクラスからきた異邦人は状況がつかめず、おもむろに聞いてしまう。

 女子生徒は、はあ、と呆れ加減にため息をつきながら、しかたなさそうに説明を始めた。

「私もマサキていうの、名前を呼ばれたのかと思って」

 同じ名前?

「おまえもマサキなのか?」
 追い討ちをかけるように異邦人はたたみかける。

「失礼ね、私はマサキが名字なの。正しい木と書いてマサキ・・・。マサキくんは名前なんでしょ」

 マサキさんは飲み込み早く、マサキくんは一歩遅れて理解した。

「あ、そうなんだ。誤解させてゴメン。将棋の将に輝くでマサキです」

 将棋の将……?
 マサキさんは静かに口の中で繰り返す。
 まるでなにかに気づいたように。

「いつも将棋の将ていうけど、武将マニア的には武将の将じゃねえの?」
「そうだね、武将マニア的には正木さんは房総出身だったりするのかな、里見家臣の正木氏みたいな……」
 そこまで言って、マサキさんが急に意味深にマサキくんに向き直っているのに気づく。

 決心したように、口を開くマサキさん。

「きみ、将棋、指せるの?」

 え、そこ?

 隣りのクラスからきた友人が先に反応する。
 ハテナが止まらないようだ。

 しかし、マサキくんは、彼女の言葉にはっとした。

「たしなみ程度だけど……その、マ、マサキさんは指せるていう言い方をするくらいだから強そうだね……」

 女の子の名前を呼ぶのに自分の名前を言わなきゃいけない気恥ずかしさにもぞもぞしながらも、問い返した。

 彼女は少しだけ、口元を隠して、たじろいだ。
 なにか失言してしまったかのように。

「? どういうことだ?」

 会話に入れず、解説を求める。まさに異邦人になっていた。

「タケチャン。将棋を指す、ていう言い方してるのは、だいたい経験者。普通、できるとか、囲碁みたいに打つって言う人が多いからさ。で、そんなこと聞く女子の指し手はだいたい強い」

 説得力ある経験談に聞こえたのか、タケチャンは、なるほど、と力強くうなずく。

 マサキさんは不敵に笑みを浮かべていた。

「余計なこと言ったかな。そういうマサキくんも強そうだね」
 肩口から流れる黒髪を軽くかき分けて、返答した。

「いや、僕はほんとにたしなむ程度で……」

 将輝ははにかむように謙遜した。
 その様子をニヤニヤしながら、タケチャンがのぞきこんでくる。

「なんかおもしろそうだな、マサキさん。今って、ヒマ? 勝負してみてよ。アプリとかねえの?」

 煽り気味に話を進める。

 どちらかというと、困り顔は将輝の方だ。

「……あるよ、このアプリなら対局できるけど?」

 空席になった隣のイスに腰を下ろし、正木さんはスマホを取り出す。
 組んだ長い足が伸びていた。
 なんだか挑戦的だった。

 細い指先が画面上をタップして、有名な将棋アプリのタイトル画面を見せてくる。

「盛り上がってきました!」
 タケチャンは無責任に、はやしたてる。

 逆に将輝はそのアプリの画面を見て、パッと明るくなった。
 よく知っているタイトルだった。
 急に親近感が湧く。

「そのアプリなら、ぼくもやってるから。じゃあ、一局だけ、トモダチ対局」

 ――同級生の女の子とアプリで対局だなんて、なんだか恥ずかしいな。

 呼びかけておいて、将輝は時間差で顔が熱くなるのを感じた。
 耳まで赤くなっているのがわかる。
 手のひらで頬を触るとやはり熱をおびていた。錯覚じゃない。
 思わず、顔を隠すようにスマホの画面を目線の高さまで上げる。
 タケチャンが画面と将輝の横顔をのぞきこんで、ニヤニヤとしていた。
 ――まったく。おもしろがって。
 
 対戦モードから画面が遷移していき、『対局開始』の画面が現れた。

 siiiina5級
 haruka二段
 
 差は歴然だった。
 
 いきなり段位があらわれ、マサキくんは吹きそうになった。

 勝てるわけない。

 あっ。
 あっ、間違えた。
 え、そんな。
 ウソでしょ。

 指し手が進む事にマサキくんの悲鳴のような独り言が、悲しく響く。

 タケチャンは笑いを堪えるのに精一杯。

 ドドーンと効果音と演出エフェクトが飛び出して勝負あり。

「強い、強いよ」

 感嘆の声を上げるのはマサキくん。
 ようやく笑みを浮かべたのはマサキさん。

「でも、マサキくんの中盤の角成かくなりはよかったよ、そのあとが続かなかったけど」
「あ~、成ったのに満足して3三に戻ったら、7七銀で塞がれて……」

 お互いの棋譜をすらすらと語り合う、感想戦。
 対局した二人だけの振り返りだ。

「そのまま銀とる?」
「ゴメン、それめっちゃ悪手。ちょっと手がぬる過ぎるよ」

 ポツンと置いていかれるのはタケチャン。
 面白がっていたのも束の間、専門用語はわからない。

「ついていけない。数字言われてもサッパリだ、俺、そろそろ帰るぞ。ていうか、俺、帰るから呼びに来たんだけどな」

 タケチャンはもう飽きたのか、やれやれといわんばかり。

「ゴメン、タケチャン。符号じゃわからないよね。将棋は強い人ほど、感想戦はいろいろ気づかせてくれて楽しくなっちゃうんだ。えーと、マ、マサキさん?harukaさん?ありがとうございました」

 対局後のあいさつとばかりに、頭を下げる。
 と、マサキさんも慌てて頭を下げてくる。

正木遥まさきはるか
「え?」
「わたしの名前」
「あー、なるほど」

 だからharukaなのかと、当たり前のような感想をもつ。

「こいつは椎名将輝しいなまさき、俺は武田」

 武田は聞かれてもいない自己紹介をする。 

「まだやってくのか?」
 呆れたように武田は将輝に問いかける。
「いや、もう帰るけど……そのまえに」

 将輝は遥に向き直って、

「楽しかったので、また対局してもらっていいですか」

 対局のお誘い。
 声を掛けておいて、またしても将輝の方が先に耐えられなかった。
 軽い気持ちで誘ったものの、遥の顔を見ていたら、赤くなってしまって、目を逸らす。

 逆に遥が将輝をじっと見つめていた。
 まるで、見定めるように。
 顔立ちのいい、真剣な眼差しがそこにあった。

 直視できない。

「……いいよ、また対局しよう」

 静かに、でも明るい声音だった。

「何だよ。お前ら。仲良しかよ、俺帰った方がいい?」

 慌ててカバンを携えて、将輝は武田のご機嫌をとるように帰り支度を促し始めた。

「じゃあ、また、マ、マサキさん!」
 手を振り、武田の肩を押して教室を後にした。


 気づけば、他の生徒はいない。
 教室に一人でポツンと残された遥。
 手元のスマホには、まだ将棋アプリが起動したままだった。

「マサキくん……か……」

 将棋の将に……輝く。

 名前をつぶやく。
 スマホを操作する指は、いつの間にか、トモダチ申請を押していた。
 
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