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#1 Transporter
ep.07 氷の花
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地味なワンピースだったのが良かったのか悪かったのか。
特に誰にも声をかけられることもなく、メリーは思い通りに道を歩くことが出来た。
かのスカイブループリンセスがこのようなところを歩いては大変なことだった。
だが、それも今は昔。ここは帝国じゃない。
ロイヤルブルーさえも噂でしか知らない田舎国家だ。金色の小麦畑がウリだという。なんと牧歌的な国家だろうと最初は思ったものだ。だが、近年は違う。赤レンガで整備された道路とキチンと区画整理された統一感ある家屋。その先には紡績工場の看板がかかって、工員がせっせと働いているのが垣間見れる。
もう、ここも近代都市の仲間入りなのだ。炎の国と言っていた王国時代が懐かしい。キョロキョロ見回しながら、かつて詰め込んだ知識と比較して街の様子を観察していた。
姉を探すどころではなかった。
土地勘なんてあるわけがない。
どこへどういったら、どこへいくのか、あるいはどこにむかっているのかもわからない。
なにもわからない。
今まで見たことの無かった景色に見惚れるように、現実の世界を一歩一歩旅した。
イマイチ自信なさげな小さな足どりで。
柑橘類のフルーツを投売りしてる露天商に驚き、上半身裸の男が大きな刃物を構えて吊るされた豚を解体する肉屋の姿に顔を覆い、元気溢れる子供たちの駆けっぷりに不思議な気持ちになる。
これが泥臭い下々の暮らしというものなのだろうという、客観的な判断と、人間臭いというのはこういうことをいうのだろうという当たり前の感情がないまぜになって、とても不思議な感覚に陥った。姉はこういうところで育ったのだろうか。
平民出身の皇族。
ある日突然現われた姉と呼ばれる人物。ミスティリアと帝国式の呼ばれ方を最後まで嫌がって、配下のものにまで呼び方をミストで通していた彼女。しまいにはマリアヴェールと言う名前をメリーベルと言い換えたっけ。本来名づけられたのはメリーベルであったのを知っているから余計にその名に固執して彼女は呼びつづけた。自分だけが知っている秘密をどうしてか、彼女は知っていた。ただの平民出身の女ではないことはわかっていたが、最初はどうしてもその名で呼ばれるのは許せなかった。
でも、今ではそれが心地よい。
母が名づけた名前で呼び合うことこそ、家族ってもの。
彼女が言った言葉だ。
自分を捨てて姉を育てることを選んだ母。複雑な感情を抱えつつ、憧れが妬みに変貌してうまく整理がつかない心にどうしてか、いつのころからか、姉のミストの肩に寄り添うようになっていた。
それが心地いいとばかりに。
だが、今ではひとりぼっちだ。
田舎都市とはいえストリートには、特に市場には行き交う人の活気溢れる声。売り子、買い手、値切りの声、子供の奇声、母の叱り、オヤジの笑い声、女のおしゃべり、年寄りの議論、ベタベタするカップル。若い男の罵りあい。どのシーンもまるでメリーを必要としていなかった。
今までなら、メリーの姿を見て無視できた人はいない世界にいたのだ。
待ち往く人の騒ぎから隔離され、まるで最初からいなかったように人ごみの中、メリーは肩を落とし、視線を落としながら歩きつづけた。
――わたしはこういう世界で生きられるのかな。
足取りも重く、たまたま見つけたベンチに腰を下ろす。
頭を抱えて、顔を覆う。
涙は出ない。自分の肩をぎゅっと抱きしめる。
怖いのとも違う。
寂しい、心細いといった方が正しいのだろうか。
ひとりでぽつんと放り投げられた喪失感。溶け込めない絶望感。
そこにいるのがつらい。意味もわからずつらくなるような感覚。
コン、と隣になにか置かれた音がしたが、どうせ自分とは関係ない人々の世界のこととタカをくくっていて、それほど気にもならなかった。
その声がするまでは。
「なにこれー。わー、氷で出来てるー。誰かの忘れ物?」
「きれいね、まるで氷の花」
そう。
きっかけは、氷の花。
――あ、
がばっとメリーは飛び起きた。
そばにいた女の子たちが急に立ち上がったメリーになんだろうと不思議そうな視線を送った。その女の子たちの手にあるものは氷細工の花。
メリーは睨むようにそれを見つめる。
そして、はっとするように辺りを見まわす。
急に心臓の激しく鼓動する。苦しいような感覚。
いるかもしれない。このどこかに、いるかもしれない。
思い切って、振り向いた、そして、路地裏に入る影。
ボリュームのあるショートカット。鮮やかなほど深い青。
すぐに消える水色のワンピース。
――わかっているならどうして。
どうして、真正面から現われないのだろうか。
――どうして。
そうやって、謎かけばかりして。
肩を落としながらも、追いかけようと意気込む。
だが、そんなメリーの前に立ちはだかった男がいた。
奇妙なほどな笑顔を浮かべた男が表情にそぐわぬ低い声でささやく。
「はじめまして、お姫様」
その声音におぞましさを感じるのは本能的になのか、メリーは震える拳をぎゅっと握り、いつでも走れる準備をした。
特に誰にも声をかけられることもなく、メリーは思い通りに道を歩くことが出来た。
かのスカイブループリンセスがこのようなところを歩いては大変なことだった。
だが、それも今は昔。ここは帝国じゃない。
ロイヤルブルーさえも噂でしか知らない田舎国家だ。金色の小麦畑がウリだという。なんと牧歌的な国家だろうと最初は思ったものだ。だが、近年は違う。赤レンガで整備された道路とキチンと区画整理された統一感ある家屋。その先には紡績工場の看板がかかって、工員がせっせと働いているのが垣間見れる。
もう、ここも近代都市の仲間入りなのだ。炎の国と言っていた王国時代が懐かしい。キョロキョロ見回しながら、かつて詰め込んだ知識と比較して街の様子を観察していた。
姉を探すどころではなかった。
土地勘なんてあるわけがない。
どこへどういったら、どこへいくのか、あるいはどこにむかっているのかもわからない。
なにもわからない。
今まで見たことの無かった景色に見惚れるように、現実の世界を一歩一歩旅した。
イマイチ自信なさげな小さな足どりで。
柑橘類のフルーツを投売りしてる露天商に驚き、上半身裸の男が大きな刃物を構えて吊るされた豚を解体する肉屋の姿に顔を覆い、元気溢れる子供たちの駆けっぷりに不思議な気持ちになる。
これが泥臭い下々の暮らしというものなのだろうという、客観的な判断と、人間臭いというのはこういうことをいうのだろうという当たり前の感情がないまぜになって、とても不思議な感覚に陥った。姉はこういうところで育ったのだろうか。
平民出身の皇族。
ある日突然現われた姉と呼ばれる人物。ミスティリアと帝国式の呼ばれ方を最後まで嫌がって、配下のものにまで呼び方をミストで通していた彼女。しまいにはマリアヴェールと言う名前をメリーベルと言い換えたっけ。本来名づけられたのはメリーベルであったのを知っているから余計にその名に固執して彼女は呼びつづけた。自分だけが知っている秘密をどうしてか、彼女は知っていた。ただの平民出身の女ではないことはわかっていたが、最初はどうしてもその名で呼ばれるのは許せなかった。
でも、今ではそれが心地よい。
母が名づけた名前で呼び合うことこそ、家族ってもの。
彼女が言った言葉だ。
自分を捨てて姉を育てることを選んだ母。複雑な感情を抱えつつ、憧れが妬みに変貌してうまく整理がつかない心にどうしてか、いつのころからか、姉のミストの肩に寄り添うようになっていた。
それが心地いいとばかりに。
だが、今ではひとりぼっちだ。
田舎都市とはいえストリートには、特に市場には行き交う人の活気溢れる声。売り子、買い手、値切りの声、子供の奇声、母の叱り、オヤジの笑い声、女のおしゃべり、年寄りの議論、ベタベタするカップル。若い男の罵りあい。どのシーンもまるでメリーを必要としていなかった。
今までなら、メリーの姿を見て無視できた人はいない世界にいたのだ。
待ち往く人の騒ぎから隔離され、まるで最初からいなかったように人ごみの中、メリーは肩を落とし、視線を落としながら歩きつづけた。
――わたしはこういう世界で生きられるのかな。
足取りも重く、たまたま見つけたベンチに腰を下ろす。
頭を抱えて、顔を覆う。
涙は出ない。自分の肩をぎゅっと抱きしめる。
怖いのとも違う。
寂しい、心細いといった方が正しいのだろうか。
ひとりでぽつんと放り投げられた喪失感。溶け込めない絶望感。
そこにいるのがつらい。意味もわからずつらくなるような感覚。
コン、と隣になにか置かれた音がしたが、どうせ自分とは関係ない人々の世界のこととタカをくくっていて、それほど気にもならなかった。
その声がするまでは。
「なにこれー。わー、氷で出来てるー。誰かの忘れ物?」
「きれいね、まるで氷の花」
そう。
きっかけは、氷の花。
――あ、
がばっとメリーは飛び起きた。
そばにいた女の子たちが急に立ち上がったメリーになんだろうと不思議そうな視線を送った。その女の子たちの手にあるものは氷細工の花。
メリーは睨むようにそれを見つめる。
そして、はっとするように辺りを見まわす。
急に心臓の激しく鼓動する。苦しいような感覚。
いるかもしれない。このどこかに、いるかもしれない。
思い切って、振り向いた、そして、路地裏に入る影。
ボリュームのあるショートカット。鮮やかなほど深い青。
すぐに消える水色のワンピース。
――わかっているならどうして。
どうして、真正面から現われないのだろうか。
――どうして。
そうやって、謎かけばかりして。
肩を落としながらも、追いかけようと意気込む。
だが、そんなメリーの前に立ちはだかった男がいた。
奇妙なほどな笑顔を浮かべた男が表情にそぐわぬ低い声でささやく。
「はじめまして、お姫様」
その声音におぞましさを感じるのは本能的になのか、メリーは震える拳をぎゅっと握り、いつでも走れる準備をした。
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