鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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サメのぬいぐるみ

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 水槽のトンネルを歩いていると、まるで自分まで魚になった気分だ。
 80種類以上の魚がいるらしい。どこを見ても新しい発見がある。

 青い光と水の流れが、緊張する心を静めてくれる。
 鮫嶋くんの手を振り払うのは簡単なはずなのに。
 離したくないのは怖いから? それとも……。

 トンネルを抜けると、激しくなっていた心音も落ち着いてきていた。

「あ、マンボウだ」

 鮫嶋くんの声で私は前を向く。
 どうやらここはマンボウの専用水槽らしい。目の前にはマンボウが5匹、それぞれのペースで泳いでいた。

「顔薄いね、マンボウ。目がまんまるで可愛い」

「そうだよな。のんびり泳ぐ姿に癒される……」

 マンボウの横のゾーンはサメも泳いでいる大型水槽だった。

 無邪気な子どもたちが高い声で「サメのお顔こわーい!」「食べられるー!」なんて、はしゃいでいる。

 鮫嶋くんはサメの方をちらりと見てから、またマンボウを繁繁と観察しはじめた。

「あのサメ達も『マンボウに生まれたかったぜー』なんて、思ってるかもな」

「なんで?」

「顔が怖いと、損ばかりするからな」

 鮫嶋くんはサメと自分を重ねているんだろう。

「……私は、サメかっこいいと思うな。強くて、頼もしくて……」

「……ふーん。愛奈って変わってるな」

 握られた手の感触が、少しだけ強くなった気がした。

「あ……あれ、ジンベエザメ?」

 特徴的なフォルムをした二匹のサメが美しく泳いでいる。
 背中にある白い斑点模様はまるで絵に描いた水面のようだった。

「ジンベエザメって有名だけど、ジンベエザメがいる水族館はあんまりないんだぞ」

「そうなんだ! 可愛い……」

 深い青色のなかで戯れるように泳ぐ姿は、まるで恋人のようだった。
 こうやって、手を繋いでいる私たちも、周りの人から見たら恋人のように見えてるのかな。

「ね、写真撮らない?」

 鮫嶋くんにそんな提案をするのは、初めてのことだった。

「別にいいけど」

 泳ぐジンベエザメを背に、私たちは並ぶ。スマホを取り出して、カメラアプリを開いた。
 暗いからあんまりうまく撮れないかも。
 だけど、私たちが笑顔になっているこの瞬間だけはどうしても残しておきたかった。

 ――カシャッ。

 まるで青い洞窟にいるみたいな私と鮫嶋くんと、二匹のジンベエザメ。

「ありがとう」

「それ、俺にも送ってよ」

「もちろん」

 この前連絡先は交換したし、あとでまとめて送ろうかな。そう思っていたときにスマホに通知が届いているのに気づく。
 
「お母さんだ」

 メッセージアプリには届いていたのは、笑顔のおばあちゃんの写真だった。
 ぎこちないピースをしている姿が、なんだか愛らしい。

「リハビリ、順調なんだって!」

「良かったな。愛奈のお母さんも、そろそろ帰ってくるのか?」

「それはまだ……わからないけれど」

 鮫嶋くんの言葉でふっと気づく。
 おばあちゃんが元気になるのも、お母さんが帰ってくるのももちろん嬉しい。
 だけど、そうなると鮫嶋家に住むのは終わりになる。
 そのことを考えると、なんだか胸にチクリとした痛みが走った。


 一通り館内を回ったあと、お土産コーナーに私たちはいた。
 きらびやかなグッズにキーホルダー、海をモチーフにしたお菓子などが所狭し並べられていて、まるで海の中にある宝箱のなかに入ったみたい。

 
 商品を見ながら話していると、ひと際目につくものがあった。

 「これ、すっごくいい……かも」

 置いてあったのは、サメのぬいぐるみ。30センチくらいの大きさのそれは、つぶらな瞳でこちらを見つめていた。青い背びれがシュッと立っていて、大きく開いた口から見える鋭い歯がかっこいい。

 ――鮫嶋くんに、似てるかも。

 顔とかじゃなくて、雰囲気? いや、顔もちょっと似てるかも。なんてことを思いながら、さすがに口には出せない。

 欲しいと思ったけど、値段は私からすると高めだった。
 帰りの電車代のこともあるし、さすがに……。

 ふにふにとそのぬいぐるみをしばらく触ったあと、棚に戻す。
 後ろ髪を引かれながらも、先に進もうとした。

 すると、鮫嶋くんは私が戻したサメのぬいぐるみを手に取り、レジに並んだ。
 鮫嶋くん、なんだかんだ言いながらサメ好きだよね。鮫嶋くんがあのぬいぐるみを持っているの、なんだか可愛らしい。

 そう思っていると、レジから戻った鮫嶋くんは袋に入ったぬいぐるみを渡してきた。

「え……?」

「やるよ。今日付き合ってくれたお礼」

「で、でも! 悪いよ!」

「いいんだよ。それに……」

 鮫嶋くんは天井を見たり、壁の方を見たり、私と視線を合わせずに口をもごもごと動かしていた。

 続きの言葉を待っているけれど、なかなかに次が聞けない。

「それに?」

「同居だっていつか終わっちゃうからな。思い出というか、なんだ、その」

 耳まで真っ赤になった鮫嶋くんに、思わず笑ってしまう。

 袋ごとぎゅっと抱きしめる。

「ずーっと、大切にする。ありがとう」

「……おう」

 怖いこともあったけど、鮫嶋くんのおかげで最高の日曜日になったのでした。
 
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