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龍人の村編
閑話 侯爵当主の末路
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昼間にも関わらずカーテンを締め切り薄暗い部屋の中で、中年の男が一人頭から布団を被りガタガタと震えている。部屋のドア越しに家人が声を掛けているようだが、男は一切、返答をしなかった。
「あぁ、御仕舞いだ……」
男の震える小さな声が布団の隙間から漏れる中、男一人しか居なかったはずの部屋に新たな人影が現れる。足音も無く影は男に近付くと、躊躇いもなく布団を剥ぎ取った。
「こんには、侯爵さん。お久しぶりね」
話し掛ける女は、どこか愉しげで弾む声は鈴を転がす様に軽やかなのに、言葉を紡ぐ唇は毒々しい程真っ赤に染まっていた。
「ひっ!ま、待ってくれ!」
「待つ?どうして?」
女が不思議そうに首を傾げると、白銀の長い髪がサラリと流れる。男はベッドの上で姿勢を正すと、女に向かって頭を下げた。
「わ、私の魔力は少ないが、指輪を渡した娘は多い」
「だから?」
「報酬はその娘から取ってくれ!」
男の言葉を聞いた女の目に怒りが浮かぶ。頭を下げている男は、その変化に気付かずに言葉を続けた。
「頼む!息子や領地をこのままにして逝くのは困るんだ。娘なら!ルナ・ニールセンなら多少、魔力を!?」
男の言葉が途中で不自然に止まった。何故なら女が白く細い手で喉を掴んだからだ。男の口から息をする音だけが漏れ、汗が滝の様に流れ布団や女の手を濡らした。
「ダメよ。報酬を払う約束したのは貴方でしょう。指輪を持っていた娘じゃないわ」
「あ、あ……」
『契約に従い“氷の魔女”が命令する。呪具使用の報酬を寄越せ』
女の言葉が終わると同時に男の胸が光る。服を突き通す程の強い光は、カーテンすら意味を成さない。一瞬とも数時間とも感じる時間の後、光が消えると男の手には深いシワが刻まれていた。
「あーあ、足りないわ……まぁ、良いわ。あと一年くらいは生きられるかも」
「あ……あ……わ、私は……」
男は女の言葉を理解出来ずに震えながら、シワだらけになった自分の手を見詰める。女は小さく息を吐き出すと、汚い物を見るような視線を男に向けた。
「呪具を使用するリスクを私はちゃんと説明したわよ。覚えていないのかしら?」
「ッ!?」
「思い出したようね。使用契約には対価となる報酬がいる。その報酬は貴方の命。魔力の量は関係無いのよ」
震えが止まらない男は、女の言葉を改めて理解し顔に絶望の色が浮かぶ。頭を左右に動かし何かしようとしている男に対し、女は再び手を伸ばすと頭を鷲掴みにして動きを止めた。
「魔女を騙せるとでも思っていたの?貴方が死ぬまで呪具を使い続けて対価は娘に払わせる気でいたの?」
立て続けに尋問の様な言葉を受けた男はただ震えるだけで何も答えない。黙りの男に痺れを切らした女は、小さな声で力ある言葉を紡ぐ。
『氷の魔女が契約者に命じる。嘘偽り無く全てを話せ』
「がぁ!……私よりルナ・ニールセンの方が若く魔力も多い。だから私より彼女を差し出せば魔女は喜び自分は逃げられると考えていた」
男は自分の言葉を止めようと両手で口を押さえるが、自分の意思とは無関係に口が動き言葉を紡ぐ。頭を横に振って必死に否定を示す男だったが、女は無表情で彼を見詰めていた。
「……それは契約違反よね」
「ま、待ってくれ!ちゃんと報酬は払ったじゃないか!!」
男は縋る様に女の服に手を伸ばしたが、シワの深い手は簡単に払い退けられる。それでも詰め寄ろうとした男は女の目を見て息を詰まらせた。
氷の様な青だった女の目が血の様な赤に染まる。あり得ない光景に男が仰け反るが、女は気にするなこと無く言葉を続けた。
「私の前で言葉にした時点で違反よ。人間ごときが」
一度、言葉を切った女の手が再び男の喉を捕らえる。痛みで顔を歪める男を無表情で見詰める女は、指先に力を込めた。
「私を騙そうとするなんて、随分、甘く見られたものね……ルナ・ニールセン……どんな娘かしらね」
口から泡を出し気絶した男に興味を失った女は足音もなく部屋から消えた。
数時間後、城内に衝撃が走る事となる。
十数年ほど老けた姿で侯爵が自室に倒れていたと見張りの兵士から一報が届けられたのだった。
「あぁ、御仕舞いだ……」
男の震える小さな声が布団の隙間から漏れる中、男一人しか居なかったはずの部屋に新たな人影が現れる。足音も無く影は男に近付くと、躊躇いもなく布団を剥ぎ取った。
「こんには、侯爵さん。お久しぶりね」
話し掛ける女は、どこか愉しげで弾む声は鈴を転がす様に軽やかなのに、言葉を紡ぐ唇は毒々しい程真っ赤に染まっていた。
「ひっ!ま、待ってくれ!」
「待つ?どうして?」
女が不思議そうに首を傾げると、白銀の長い髪がサラリと流れる。男はベッドの上で姿勢を正すと、女に向かって頭を下げた。
「わ、私の魔力は少ないが、指輪を渡した娘は多い」
「だから?」
「報酬はその娘から取ってくれ!」
男の言葉を聞いた女の目に怒りが浮かぶ。頭を下げている男は、その変化に気付かずに言葉を続けた。
「頼む!息子や領地をこのままにして逝くのは困るんだ。娘なら!ルナ・ニールセンなら多少、魔力を!?」
男の言葉が途中で不自然に止まった。何故なら女が白く細い手で喉を掴んだからだ。男の口から息をする音だけが漏れ、汗が滝の様に流れ布団や女の手を濡らした。
「ダメよ。報酬を払う約束したのは貴方でしょう。指輪を持っていた娘じゃないわ」
「あ、あ……」
『契約に従い“氷の魔女”が命令する。呪具使用の報酬を寄越せ』
女の言葉が終わると同時に男の胸が光る。服を突き通す程の強い光は、カーテンすら意味を成さない。一瞬とも数時間とも感じる時間の後、光が消えると男の手には深いシワが刻まれていた。
「あーあ、足りないわ……まぁ、良いわ。あと一年くらいは生きられるかも」
「あ……あ……わ、私は……」
男は女の言葉を理解出来ずに震えながら、シワだらけになった自分の手を見詰める。女は小さく息を吐き出すと、汚い物を見るような視線を男に向けた。
「呪具を使用するリスクを私はちゃんと説明したわよ。覚えていないのかしら?」
「ッ!?」
「思い出したようね。使用契約には対価となる報酬がいる。その報酬は貴方の命。魔力の量は関係無いのよ」
震えが止まらない男は、女の言葉を改めて理解し顔に絶望の色が浮かぶ。頭を左右に動かし何かしようとしている男に対し、女は再び手を伸ばすと頭を鷲掴みにして動きを止めた。
「魔女を騙せるとでも思っていたの?貴方が死ぬまで呪具を使い続けて対価は娘に払わせる気でいたの?」
立て続けに尋問の様な言葉を受けた男はただ震えるだけで何も答えない。黙りの男に痺れを切らした女は、小さな声で力ある言葉を紡ぐ。
『氷の魔女が契約者に命じる。嘘偽り無く全てを話せ』
「がぁ!……私よりルナ・ニールセンの方が若く魔力も多い。だから私より彼女を差し出せば魔女は喜び自分は逃げられると考えていた」
男は自分の言葉を止めようと両手で口を押さえるが、自分の意思とは無関係に口が動き言葉を紡ぐ。頭を横に振って必死に否定を示す男だったが、女は無表情で彼を見詰めていた。
「……それは契約違反よね」
「ま、待ってくれ!ちゃんと報酬は払ったじゃないか!!」
男は縋る様に女の服に手を伸ばしたが、シワの深い手は簡単に払い退けられる。それでも詰め寄ろうとした男は女の目を見て息を詰まらせた。
氷の様な青だった女の目が血の様な赤に染まる。あり得ない光景に男が仰け反るが、女は気にするなこと無く言葉を続けた。
「私の前で言葉にした時点で違反よ。人間ごときが」
一度、言葉を切った女の手が再び男の喉を捕らえる。痛みで顔を歪める男を無表情で見詰める女は、指先に力を込めた。
「私を騙そうとするなんて、随分、甘く見られたものね……ルナ・ニールセン……どんな娘かしらね」
口から泡を出し気絶した男に興味を失った女は足音もなく部屋から消えた。
数時間後、城内に衝撃が走る事となる。
十数年ほど老けた姿で侯爵が自室に倒れていたと見張りの兵士から一報が届けられたのだった。
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