アマツガミ

佐久間

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起点大君編

イカれ野郎

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「……仕方ありませんね」

 受肉が開始される魔属。紫色に輝く片桐の入った水晶。それを見つめる晴馬。魔属にすれば、自身の土俵で受肉が開始され、自分を唯一阻む者は満身創痍。魔属は悟る。

 勝った、と。

「プランBです」

 ほぼ同時に晴馬が呟く。直後、上空のヤミに向かって意識を飛ばす。

 (ヤミさん、お願いがあります。3秒です。魔属と片桐さんの受肉を、結界をもって3秒食い止めてください)

 (か、かしこまりました…!)

 理由を聞いている暇などない。ヤミはすぐに準備に取り掛かる。とはいえ、相手は大君級。例え受肉に際して魂が脆くとも、たった3秒だとしても、遮断は容易ではない。ヤミは自分の持ちうる最大限の結界術を準備する。

 《応用結界術・重箱じゅうばこ》!

 ヤミの放った結界。正確には、結界を箱型にはせず、壁のように重ねて魔属と片桐との間に設置した。通常、結界とは囲むもの。その際、当然壁となる部分は存在する。今のヤミの術は、一度構築した結界術を分解して壁として再構築。魔属と片桐を断絶する幾重もの壁として展開した。

 (小賢しい…!)

 邪魔を入れられた魔属は、苛立ちと共に次々に壁を壊していく。それになんとか耐えるヤミ。

 3…、

 2…、

 ヤミが壁を出す直前、晴馬は自分の両手を魔属の方に向かって伸ばしていた。正確には、晴馬が手を伸ばしたのは魔属に対してではない。そのだった。

 その周囲には、ほぼ何もない。唯一あるとすれば、先ほどの封印術のわずかな残骸のみだ。通常ならば、なんの価値もない残骸。いずれ霧散して消え得る存在。

 しかし、晴馬にとっては違った。

 (既に破壊された檻の残骸を認識。そして再構築)

 魔属の周囲から、小さな練気の残骸が浮かび上がる。そして、晴馬は操作を加えた。

 1…、

 ヤミの壁が破られる。

「十分です。さすがはヤミさん」

 晴馬が操作を加えた残骸は、形を成して、まるで魔属を喰らうかのごとく獣の牙へと変貌を遂げる。両手をまるで獣の口のように形作る晴馬のジェスチャーに呼応するように、大きく口を開けている獣に見える術。

「つい昨日、試作したばかりの物ですが、ないよりマシ。さぁ、最後の大勝負といきましょう…!」

 《仮色術式かしょくじゅつしき封牙抱擁ふうがほうよう

 その牙が、魔属に向かって襲いかかる。魔属は受肉の完了を眼前に控え、最後の障害と戦うこととなった。自身に迫る牙を押し上げる魔属。晴馬の質の高い練気を多く含んだ術式と、魔属の霊気を多く含んだ抗いが激しくぶつかる。

「クッソ…!ガァァァァァァ!!」

「………!」

 受肉目前のギリギリ脆い状態の魔属と、晴馬の術式がせめぎ合う。

 両者、悟る。この場を制した者が勝者だ。

 当然のことだが、こういう場合には、どちらか先に限界が来る。そして、大抵の場合、それは人間の方だ。ありがた迷惑なことに、今回もその例に漏れなかった。

 晴馬の目や耳、鼻から、血が飛び出る。同時に、封牙抱擁の牙が徐々に押し返される。もう晴馬の限界がここまで来ていた。

 この状態の晴馬でも均衡を保てているのは、魔属も万全の状態とはいかないからだ。現在進行形の受肉。その移行期間と呼ぶべき状態では、通常より脆くなる。その受肉の最中に、外からの攻撃に耐えている。魔属にしてみれば、二重の劇的な変動に耐えなければならなかった。

 だが、その均衡も天秤が傾きつつあった。徐々に押されているのは、晴馬の術式。いかに魔属が脆い状態でも、馬鹿力は相当なものだ。そもそも人間と大君級の魔属とでは、本来はタイマンなどありえないほどの差がある。いかに現在の晴馬と言えど、その差は中々埋まるものではない。

 (なかなかうまくいかないものですね…!だったら仕方ない…。プランCを…)

 たびたびの作戦失敗に対し、あまり使いたくはなかったプランCに出る、

 その直前。

 (あ…!?)

 (これは…?)

 完全に封牙抱擁が押し返される直前、魔属と晴馬は、魔属の身体の大きな変化を感じ取る。封牙抱擁の牙が、今度は徐々に大君に向かっていく。いや、正確には、封牙抱擁を押し返す大君の力が弱まっている。

 その正体を、両者同時に気付く。魔属の敵となりうる存在は、晴馬やヤミだけではなかった。

 そう、水晶の中で眠っている片桐だった。

 完全に受肉が完了すれば、片桐という存在は物理的、精神的にも消失する。それまでは、かなりの深度で繋がることとなる。つまり、片桐に何か変化が起きれば、魔属にも影響が及んでもおかしくはない。

 では、何が起こったのか。いや、起きたのではなく、起こしていた。

 (コイツ…!まさか、寿…!?)

 片桐は、水晶の中で自分の寿命を削ることで、魔属からの受肉に抗っていた。受肉の前の繋がった状態では、より自分の命に変化が生じることで、相手の心身にも影響が及ぶ。ましてや、寿命という生命に直結する部分に変化が生じれば、尚のこと。本来ならば、大君によりほぼ無力化されていた片桐。ここに来て、さらなる異常性を発揮して見せていた。

 徐々に徐々に、封牙抱擁に押される大君。晴馬はここぞとばかりに、力を込める。目や耳、鼻から血が流れ出るが、そんなことはどうでもいい。

 今、この瞬間、全身全霊をもって事を成す。それ以外は雑音。

 それは魔属も同じ。封牙抱擁に押され続ける。なんとか保とうとするが、それを許さんばかりに片桐が寿命を削っていく。

「グッ……!!」

 ついに魔属の膝が地につく。

 (クソが…!クソが…!クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが!!!)

 魔属は心の中で叫ぶ。しかし、状況は進む。魔属の望まぬ方向に、着実に。

 (ふざけんな…!!あと一歩!あと一歩だろうがよ!100年近くも待ったんだ!人を食わずに!誰も襲わずに!待ったんだ!待ったんだ!ずっとずっとずっとずっとずっと!!なんでだ!なんでだ!なんでだ!なんでだ!なんでここまで来てこうなる!)

 さらに封牙抱擁が魔属に迫る。自身の胸が膝につくまで、身体を屈める魔属。

 (まだまだまだまだまだまだまだまだ!!ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!)

 魔属の身体が押し潰されるように、封牙抱擁の口に呑まれかける。

 (クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!)

 封牙抱擁の閉まる口の中から見えた、水晶に浮かぶ一般人。あともう少しで、この器に移れた。あともう少しで。

 あの伏魔師だけならなんとかなった。けど、よりによって器が最後の最後で最大の壁となった。しかも、超えられぬ壁となって。

 片桐に手を伸ばす魔属。その腕もろとも、封牙抱擁の口が閉まる。

 なんなんだよ、寿命を削るって。んなもん、俺でも思いついてもそうそうやらねぇよ。テメェ、器以外はただの人間だろうがよ。テメェは、テメェなんか…!

「この……!イカれ野郎がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

 バクン。

 封牙抱擁の口が完全に閉じた。直後、裏界が崩れ始める。黒い荒野が、壁が崩れるように崩壊していく。辿り着いたのは、大君との決戦を前にしたあの地下室の入り口。

 時刻は午前4時。少し太陽の光が顔を見せ始めた地下室で、晴馬は床に座り込む。直後、少しの吐血と共に、咳き込む。さすがにアドレナリンでは隠しきれないダメージが押し寄せていた。

 さすがにこのままでは、これからに支障が出かねない。晴馬は自身で応急処置を行う。その傍ら、片桐が横たわる。見た限り、明確な傷は負っていない。晴馬は自身の軍服を脱ぎ、片桐に掛け布団代わりとして提供する。横たわるその姿を見つめる晴馬。

 今回、彼なしでも一応、勝算があった。しかし、それだけでは魔属に対して決定打になっていたかどうかは分からない。が、結果からすれば、今回の彼の寿命を削るという荒業が功を奏したことは事実だ。

 恐らく無意識であろうが、普通の人間にできていい芸当ではない。というか、伏魔師でもそんな芸当は、よっぽど特殊なシチュエーションや術式でもない限りできはしない。一応、あの大君と命の深淵まで繋がったことで、そこまでのレベルの芸当ができたかもしれない、という仮説は成り立つ。

 ただ、晴馬が同じ立場だったらできるかどうかは分からない。改めて、片桐という人間の異質さを頭に刻む晴馬。

「《ヨミ》さん、いますか?」

 晴馬は虚空に向けて、誰かを呼ぶ。晴馬の目線の先の虚空から現れた、とある影。それは、ヤミと同じような猫のような犬のような風貌の者。特徴としては、ヤミの耳が立っているのに対し、この者の耳は垂れ耳である。

「はぁ~い、なぁにぃ?はるさ~ん。って、どしたの?その怪我」

 目を擦りながら、晴馬へ用件を尋ねる者、もとい《ヨミ》。明らかに眠そうである。

「ちょっと、厄介な相手と戦いましてね。ですが、命に問題はありません。本命も片が付きましたし。それよりも、校舎内はどうでした?」

「それがね~。『怖いの』みんなどっかいっちゃったの~。はるさんがなんかした~?」

 ヨミの言う『怖いの』とは、魔属である。ヨミは晴馬がこの校舎で仕事を始める初日から、校舎内の魔属をメインとする経過を記録する役割を担っていた。晴馬自身の仕事に対する自己分析の役割もあるが、今回の役割として大きいのは、後日の報告として必要だからだ。

 特に今回は、校舎内の魔属が、かの魔属が作り出したという証明をしたかったからという側面が大きい。通常の魔属の組織態では、仮に頂点個体の魔属が消滅したとて、序列が下の魔属まで自動的に消えるわけではない。組織態を相手にする際は、基本的に序列が下の個体である雑魔や低ランクの妖まで、約99%の掃討を完了してこそ任務達成となることが多い。

 しかし、今回の魔属は魔属が作り出したもの。よって、魔属の無力化と同時に消えたことが証明になった。今回のヨミが行っていた記録は、その事後報告として活用するつもりだ。今件のケースがかなり特殊なだけに、相応の証明がなければ、任務達成の判断を、評議会がしにくいかもしれないと考えての行動だ。

「それは良かった、ありがとうございます。仕事はひと段落しましたよ。ヨミさんも永らく仕事をしておつかれでしょう。どうぞおやすみください。ヤミさんは先に休まれてますよ」

「わぁ~い。じゃあ、そうする~。おやすみなさ~い」

「はい、おやすみ」

 ヤミは大きな欠伸をかきつつ、フワフワと飛びながら晴馬の影に戻っていった。

 記録と聞くと、ヤミの結界やそれこそ体を張って大君と対峙した晴馬と比較すると、さほど労力はかからないイメージだが、晴馬やヤミとは違うベクトルで労力はかかる。

 ヨミが行っている記録方法は、となり、校舎内の状況を記録することだ。

 人間に置き換えてみよう。人間は、何かを記録するとき、写真や動画のように何らかの媒体を用いている。言い換えればそれらの媒体がなければ、例えば自分の脳に、完璧に記録、いや、記憶しておくことなどできないからだ。

 しかし、ヨミの場合はそれをやってのける。言うなれば、少なくとも晴馬の仕事中、ずっと携帯のカメラを起動し続けているのと同義。携帯などの媒体も充電が減っていく。ヨミも同じで、相応の体力を削られるものだ。眠気という疲労が襲ってきてもおかしくはない。

 ヨミに労いの言葉をかけつつ、晴馬は地下室を出て、その扉にとある「札」をつける。その「札」は、魔属の霊気などの影響が外に漏れ出さないようにする札である。
 更に晴馬は、一般人へのカモフラージュとして、地下室を見つける前の大きな木として見える結界を展開して、校舎を後にした。

 その中庭は、一般人から見れば、あの激闘があったことなど見せるそぶりもないいつも通りの中庭として、生徒や教師を迎えるのだった。


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 片桐を抱えて校舎を出た晴馬。その矢先、とある人影たちが眼前に現れる。それは、晴馬と同じような狐のお面をつけ、軍服を着た者達だった。言うまでもなく『同業者』だ。晴馬が眼前に来ると、面々は一斉に頭を45度で下げる。非常にシンクロ性が高く、規律のある動きだ。

「任務、お疲れ様です」

「………支援申請を出した覚えはないですが」

 先頭に立つ軍服の男性からの労いの言葉に、怪訝な表情で言葉を返す晴馬。

「それは承知しておりますが、《成宮様》からのご指示ですので、何卒ご容赦を。《葉乙女はおとめ》様にも話がついて、病院で待機していただいております。《消毒》は我々にお任せいただいて、どうぞこちらへ」

 晴馬の頭に浮かぶ、旧知の人物達。また、先頭の男性が誘導する先には、伏魔師の組織が使用している社用車が停まっていた。自分の任務に多くの人が関わるのは不服ではあるが、本命の片はついたし、ここまで準備されて無下にするのも気が引ける。

 それに、自身の身体が治療と休養を求めて叫んでいることも事実。

「……分かりました。お世話になります」

 晴馬は明らかに不本意ということは、その場にいた同業者にも明らかだったが、ここでそんな議論をするつもりはない。晴馬や片桐と共に車に乗り込む者達以外は、校舎へ向かっていく。

 晴馬は片桐を背負いつつ、黒塗りの社用車に乗り込んだ。抜群の座り心地を誇る座席に座し、校舎を見つめる。昇り始めた朝日に照らされた校舎が、魔属の巣窟から、未来ある若者を迎える学び舎へと姿を変える。


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 翌日、晴馬は再び間立高校の校舎に来ていた。もちろん、時刻は夜中。校舎内は非常に静かで、晴馬にとって心地よい散歩ともなっていた。

 昨日の大君との激闘を経て、今回の案件は一旦、収束を迎えた。まだ事後処理や様々な考察すべき、きな臭い事情もあるが、評議会員から任命された仕事という意味では完遂と言っていいだろう。よって、現時点で校舎内に対処すべき魔属はいない。

 今の校舎全体が心地の良い場所なのは、校舎の魔属をあらかた掃討したこともあるが、昨日の同業者が《消毒》という作業を行った為でもある。その《消毒》とは、《白色術式・精練せいれん》を用いた作業だ。

 薄い霧のような練気があふれ出るこの術式は、体術の点掌と同じように伏魔師にとってほぼ必須の術式。伏魔師の間では《消毒》と呼ばれている。

 戦闘は勿論、魔属がはびこった場所には、相応の霊気が漂うもの。放置しておくと、この場所を利用する一般人に影響が出かねない。また、霊気につられて新たな魔属を呼び寄せる恐れもある。それらを防ぐ為に、練気による術式を使用して、霊気を消しさり消毒していくわけである。伏魔師の世界では、通称として《消毒》と呼ぶ。

 大君が隠れていたこの土地だが、日中は進学校として多くの若者達で賑わう場所でもある。見方を変えれば、生徒達に何かしら魔属の霊気などによる影響を受けた前例がなかったのだ。では、なぜそれだけの大物が潜んでいながら、日中への影響が皆無だったのか。あくまで晴馬の憶測にはなるが、恐らく大君が意図して霊気を操作し、日中の世界に影響がないようにしていたためだろう。また、大君が作り出したダミーの魔属以外に新たな魔属を呼び寄せなかったのは、大君が何かしらマーキングの要素で退けていたからだろう。理由は恐らく、これまで慎重に受肉の為に身をひそめ、器と相応の伏魔師が来ることを待っていた為だろう。下手にどこの馬の骨とも知らぬ魔属を呼び寄せては、受肉の計画に支障がでる可能性も捨てきれない。

 何はともあれ、様々な要素で作り出された薄氷の上の状態だったことは確かだ。ただ、晴馬にとっては解決するべき任務の1つで、タラレバなどをするつもりはないし、しても意味がない。現在、起こっていることがすべて。

 晴馬が辿り着いたのは、大君と相まみえることとなった、例の地下室がある中庭。すでにカモフラージュは済ませている為、地下室ではなく、大きな木がそびえている。

 ここから裏界へ行き、激しい戦闘があったとは思えないほど静かで心地のいい場所である。木の前に立ち、晴馬はとある疑念を抱く。あの地下室、誰が作ったのかは分からないが、例の札と共に大君を封印する部屋となっていた。

 伏魔師の長い歴史の中で、伏魔師が確認できていないそういった場所は、数多く存在する。かつて、伏魔師が現在の組織として活動する前の、伏魔師と魔徒の区別すらもついていない時代まで遡れば、記録すらもまともに残っていないだろう。また、伏魔師の組織に所属していない、その道の者の仕業という可能性も捨てきれない。今や、悪霊や怨霊のこの世ならざる事件を対処している中では、最大手となっている伏魔師とその組織だが、さすがにその道の事情のすべてを管理と把握はしきれない。伏魔師と遜色ない技術を持つ者や、なまじ知識で手を出す者などが対処した件があっても不思議ではない。正直、晴馬が所属する組織にとっては、ありがた迷惑ではあるが。

 では、あの地下室に何が疑念があるのか。まずは、封印に使われていた札が風化していたことだった。あの札、晴馬が見た限り相当強固な封印用の札であった。それこそ、100年近くは持ちそうなほどの代物だ。実際、大君級を封じるには妥当。そしてこの校舎ができたのは、精々ここ10年年。

 少なくとも、この校舎ができてから現在に至るまでの年月では、到底風化するはずもない代物だったのだ。

 では、なぜ風化するまでに至ったのか。

 答えは二つに一つ。恐らく、同業者、もしくは類似する者が、外から細工を加えたからだろう。札の能力を薄めたといったところだ。一般人にはできようもない。しかも、同業者であったとしても、並みの者ならば効果を薄めることもできない物だった。つまり、相当な練者の仕業だ。それこそ、至印将クラスの。

 では、いつ、誰が、何のために封印に細工をしたのか。これに関しては考えようがない。犯人の候補が多すぎるからだ。まず、疑いたくはないが至印将及び、評議会員。次に外部の伏魔師。反伏魔師団体、違法な宗教組織を始めとする魔徒。などなど、軽く考えるだけでも多岐に渡る。目的なども検討もつかない。そもそも、現段階では晴馬の憶測だ。

 更にあの部屋自体にも疑念が生じる。これまで晴馬は、魔属を封印する場所は、記録を含めて相応に見てきた。しかし、これまでの例と比較すると、どうにも違和感がある。閑散としているが、どこかが感じられる。言語化は難しいが、

『封印』というより、そう、まるで…

『監禁』…?

 あらかた考える晴馬。ふと、自身の右手で『印』を結び、結界術を発動させる。その結界術が展開されたのは、晴馬の後方、中庭に隣接する廊下付近。

「何者ですか?」

 振り返る晴馬の先、晴馬の展開した結界術の中に、全身を黒いローブをまとった人物が囚われていた。言葉は発しないが、少し焦りの様子が窺える。また、フードを深くかぶり、顔は見えない。

「このタイミングで顔を出すということは、今件に関して何かしら事情を知っているということでしょう?話していただきましょうか」

 まるで、尋問をする前のように圧を出しながら、結界術に囚われた黒いローブの者に近づく晴馬。右手で『印』を結び、術式の脅しをかける。

 ふと、結界内のローブの者が、焦りを含んだ動作をやめた。そして、ローブのフードに隠れた顔を上げ、晴馬を見据える。

 そのローブの足元に、雫が数滴落ちた。それは、ローブの者の顔付近から出ていた。思わぬ光景を目撃した晴馬は、少しの呆気と怪訝、警戒が入り混じった感情をもって、ローブの者の顔があると思しき部分へ目線を移す。

 ローブの者も、少し目線を上げる仕草をし、晴馬の両目にローブの者の右目が辛うじて映る。少し月明かりに照らされ、瞳に宿る雫が晴馬の視界に入った。

 (涙…?)

 晴馬は不思議な光景を前に、警戒と不思議が半々の状態。ローブの者は、自分の瞳に宿る雫に気が付いたのか、右腕で拭い去る。

 直後、

「じゃあ…、またな。…晴馬」

 ローブの者から突如、自分の名前と別れ、再会の約束が一方的に告げられる。

「は?なんで私の名を…」

 眩い光がローブの者を包む。流石に対応できず、晴馬は自分の視力を守る為に、左手で目を覆い、無慈悲な光から瞳を守る。光が止んだ直後、ローブの者は結界内から姿を消した。

 (結界を破壊…?いや、結界は形を保っている…。それに、術式を使った気配もない。まるで、消えた?)

 思わぬ事態の連続に、周囲を警戒し、魔属や生命体を問わず、気配をしっかり探っていく。しかし、周囲にそれらしい気配はなかった。恐らく、今の人物は今件に関して何らかの事情を知っている者として間違いない。それに、晴馬の名前を知っていた。

 仮に、晴馬が知らない人物が晴馬を一方的に知っていたとして、いきなり下の名前で呼ぶことは不自然だ。普段から本人相手に言い慣れていなければ、ああも自然と呼ぶことはできない。つまり、自分と相応に交流のある人物に絞られる。しかし、どの人物も、あのような不審な動きをする理由がない。証拠もない限り、聞いて回ったとて徒労に終わるだろう。

 現時点で可能な限りの思慮はしたものの、先へ進むための材料は皆無だ。後日、心当たりを聞いて回るとしても、今は八方塞がりだ。

 晴馬は思慮をやめ、校門に戻ってきていた。念のため、ざっと校舎内の状態を見つめる。時刻は4:00前後であり、人間を始めとする生命体はいない。そして、魔属の反応もなかったことを確認して、晴馬は校舎を後にした。


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 翌日、晴馬は病院に来ていた。ただの病院ではなく、伏魔師の息のかかった病院でもある。通常の一般的な診療も受け付けてはあるし評判も高いが、伏魔師関係の治療も受け持っている。

 とある病室。その個室にて、ベッドに身体を預けつつ、ベッド頭部を上げて漫画を読んでいる片桐。読み慣れていて、それでいて評判も高い人気の漫画だが、どうにも片桐の頭には入っていかない。それもそのはず。先日、相当な見慣れない現場を目撃したからだ。

 覚悟して首を突っ込んだ世界だが、親譲りの度胸があっても、どうしたって知らない世界での体感は、情報を処理するのに時間がかかる。実は片桐は、あの大君が作り出した水晶の中で意識があり、晴馬とのやり取りをなんとなく感じていた。不思議な感じで、意識がぼーっとする中で、ガラス越しに晴馬を見ている感じだった。

 そのことを思い出してぼーっとする中、病室のドアがノックされる。

「はい」

「失礼します」

 漫画を消灯台に置き、入室許可の返事を返す。許可を受けて入ってきたのは、昨日の激闘を演じた男、晴馬。

「お加減はいかがですか?」

「ありがとう、大丈夫だよ。と言うか、自分でもびっくりするほど元気なんだよね」

 自分の持ってきた花束や果物を置き、来客用の椅子に腰をかける晴馬。苦笑いしつつ、自分の無事を返す片桐。

「片桐さん。改めてではありますが、この度のご協力、ありがとうございました。また、危険事に巻き込んでしまって、誠に申し訳ございませんでした」

 椅子に腰を掛けつつ、深く頭を下げる晴馬。「危険事」に関しては、片桐にも覚えがあった。協力したことは抜きにして、かの部屋で片桐を突き飛ばし置き去りにしたことだ。さすがに、なんの説明もなしでは焦るものだ。

「ああ、あれね。怒ろうにも、正直何が起こっているか分からなかったから、怒りようがないや。その代わり、説明を頼むよ」

「もちろんです」

 晴馬は一呼吸置いて、経緯の説明を始める。

「今回の本命は、伏魔師が定める魔属のランクの中でも『大君』という相当強力な個体でした。しかも、中々に尻尾を出さない。そこで、私はあえて相手の思惑に乗ることにしました。大君の目的とは、『受肉』です」

「受肉…?」

「ええ。詳しい説明は省きますが、簡単に言えば魔属が人間の身体を乗っ取ることです。そして今回、乗っ取られるターゲットとなったのは勿論、片桐さん、貴方です」

 改めて、思った以上に危険な部分に首を突っ込んでいたことに気付き、少し悪寒が走る片桐。

「なので、私はあの部屋で、片桐さんを引きはがすことに決めました。私が近くにいては、大君は手を出してこないと思いましてね。そして相手の思惑に乗り、魔属の懐に入った、といった具合です」

 恐らく片桐に分かりやすいように、だいぶ簡単に説明をされたと考える片桐。細かな用語はまだピンと来ていないが、なんとなく理解できた。

「と、いう説明では、いささか都合が良すぎますね。要は、貴方をおとりにして本命を引き出した、ということです」

 その言葉と共に、再び頭を下げる晴馬。

「改めて、申し訳ございませんでした」

 少し呆気にとられる片桐。元々、晴馬は同年代にしては大人びている感じはしていた。そして、片桐には知りようもない修羅場もくぐってきているだろう。正直、あまり晴馬のことは良く知らないが、元来は簡単に一般人に頭を下げるような立場の人物でもないだろう。彼のこれまでから、そういった雰囲気を感じ取った。

「あー、いや、まぁ、納得のいく説明をしてもらったし、気にしないでくれよ。それに、首を突っ込んだのは俺だしさ」

 片桐にしてみれば、晴馬の行動には驚いたが、蓋を開ければ十分納得はいくものだった。いや、そんな格好のいい心情ではない。単純に、細かい部分でまだ理解できないというのが本音だ。

 ある程度のやりとりが終了した直後、病室のドアがノックされる。

「はい」

「しつれーいしますー」

 現在の部屋の主である、片桐の返事を受けて気だるげな声で入ってきたのは白衣の男性。欠伸を掻き、眼には隈を携えており、髪はボサボサで、彼の生活感がうかがえる。晴馬や片桐よりも、少し上の年齢の印象だ。

「片桐さーん、調子はいかがですー?」

「お陰様で元気です」

「そっか、それならなによりー」

 患者たる片桐の快体を知り、少し疲れぎみの笑みを浮かべる白衣の男性。

「おっと失礼、晴馬君も来てたね」

「ご無沙汰しております」

 丁寧に頭を下げる晴馬。

「知り合い…?」

 他人とは思えぬやり取りを展開する晴馬と白衣の男性。片桐からすれば、2人とも顔は知っているが、いかんせん繋がりなどは知りようもない。

「ええ。なんとなくお分かりかと思いますが、この方も伏魔師です」

「どうもー。改めまして、伏魔師兼、この病院の特科部長の《葉乙女はおとめ愛徒まなと》でーす」

 右手をひらひらと振り、本業含めた自己紹介を行う葉乙女。至印将の一角、《恵愛将けいあいしょう》でもある。

「伏魔師としてもそうですが、ここの病院の医師としてもご活躍されている方です」

「おかげで寝る暇、あんまりないけどねー」

 晴馬からの補足と本人からの言葉に、すぐに二足の草鞋で活動していること、そして、相応の苦労があることを悟る片桐。

「晴馬君はホントにご無沙汰だもんねー。普段はあんまり僕が出張るような怪我しないから、今回はまぁまぁな傷負ってきてビックリしたよー」

「お見苦しい姿を、失礼しました」

 フランクなやり取りではあるが、やはり前日の戦闘は、素人目から見てもかなりの激闘であったと会話から片桐にも伺える。もっとも、あくまで表面上に理解したにすぎないが。

 ある程度の雑談をし終えたところで、置いてけぼりの片桐に気がつく葉乙女。

「おっと、また失礼。片桐君の検査結果が出たから、伝えにきたんだった」

 葉乙女は、小脇に抱えていたA4サイズの封筒の中へ手を伸ばす。取り出されたのは、片桐の今回の件に際しての、医療的検査結果の書類。

「ちょうど晴馬君にも聞いてもらいたいんだけど、片桐君はいいかな?」

 片桐に是非を問う葉乙女。晴馬も今回の件の関係者ではあるが、厳密に言えば家族でも親族でも、後見人でもない。本来なら、ほぼ赤の他人に個人情報たる自分の身体の詳しいことまで認知されるのは、敬遠されるもの。

 しかし、それはあくまで一般人の常識的なところ。今回は暗黙の例外だろう。

「勿論です」

 なんとなく察して、片桐も許可を出す。

「OK。では結果なんだけど、単純な身体への異常はなかったよ。擦り傷一つなかった」

 とりあえずの一安心だが、ここまできて一般的な身体の異常云々だけで一喜一憂するほど、濃い体験はしていない。

「じゃあ、ここからが本題。少し話がずれるんだけど、片桐君は今回の相手、専門的に言うと、魔属については聞いたかな?」

「はい、なんとなくは。すごく強力な個体?だったとか」

「OK。ひとまずはその認識で十分だ。晴馬君が相手した個体は、伏魔師としてもかなり厄介な相手でね。本来なら、魔属は討伐が最理想なんだけど、強力な個体が相手ではそれが無理な時もある。そういう時は、無力化を最優先とした『封印』という形をとることが多いんだ。ここまでの説明はOK?」

「えっと…。なんとなく大丈夫です」

 細かいプロセスなどは片桐にも理解しかねるが、理屈は理解できる。

「理解が早くて助かるよ。なんとなく察してるかもだけど、今回の魔属も封印という対処がされたわけで、晴馬君が見事に成し遂げたんだ。それはそれで素晴らしいんだけど、それとは別に、厄介な事情も付いてきてね…」

 葉乙女は説明をしつつ、次の書類を取り出し、片桐の小灯台に設置してあるサイドテーブルの上に置きつつ、片桐の目の前に差し出す。その書類には、とあるレントゲン写真と説明文が載っていた。

「ココ、見て」

 葉乙女は、その写真を片桐と共に見つつ、片桐のレントゲン写真のちょうど心臓付近を指差す。そこには、心臓の半分程度の大きさで、ひし形の何かが載っていた。

「このひし形みたいなのはね、今回の封印した魔属の魂の一部みたいなものなんだ」

「魔属の魂…?」

 自身の心臓部分に手を置き、写真と併せて現実を受け止める。しかし、あまりに非現実的で、実感しようもない。

「そ。まぁ、あんまりピンとこないよねー。ちなみに、今回の魔属の目的である『受肉』については…?」

「軽い説明は先ほど」

 葉乙女の目配せに、端的に答える晴馬。

「ならOK。もちろん、その受肉自体は避けられたんだけど、受肉を阻止する段階で、片桐君と魔属は物理的にも精神的にも深く繋がった状態があったんだ。身体を乗っ取ろうってんだから、当然っちゃ当然だよね」

「まぁ、確かに」

 葉乙女の感想に、細かいことは置いておいてなんとなく理解していく片桐。

「んで、こっからがビックリポイントなんだけど。そこから抗うために、片桐君は自分の寿命を削って抗ったらしいんだよね」

「えー…、俺、そんなことしたんですか…。我ながら引くな…」

 片桐の、自身を客観視した自虐に少し微笑む葉乙女。下手に尻込みしたり、トラウマを抱えてもおかしくはないと、医療関係者である葉乙女は懸念していたが、少し杞憂だったようだ。

「寿命という、命に関わる部分で無茶をしたからか、魔属が封印される直前に、魔属の魂が分裂しちゃって、片桐君の身体にある意味で封印された形になったってわけ」

 寿命云々含めて、片桐に自覚はなかった。いや、正確には、あの大君と融合する時、確かに何かやったことは覚えている。しかし、それが自分の寿命を削っているとは思わなかった。逆に意図して自分の寿命を削ることができたとしたら、それはそれで絶句モノだが。

「そりゃ、参りましたね。まるで漫画の世界だ」

 自分の心臓をさすりながら、自分の置かれている状況に対して、やや嘲笑気味に笑う片桐。今回の晴馬への取引の時からそうだが、歳不相応の度胸と寛容さ。片桐のそんな様子に少し驚きつつ、すぐに心の襟を正す葉乙女。

「一応、医療面からして、魔属の一部が身体にあることに対する影響は、今のところはない。けど、これからどうなるか想像ができないこともまた事実なんだ。解決の選択肢はいくつかあるけど、ここですぐに決められるもんじゃなくてね。多分、これから伏魔師側から、コンタクトがあると思う。応じてもらえれば、何かしら選択肢は出ると思うよ」

 さすっていた自分の心臓付近を、今度は少し硬く握り、葉乙女の言葉に従うつもりの片桐。それ以外の選択肢はない。それを悟るには十分な立場。

 話がひと段落した段階で、葉乙女の胸元のポケットから電子音が響く。

「おっと、呼び出しだ。僕はこれで失礼。ひとまずお大事ね、片桐君」

 片桐に手を振り、ゆっくりと病室を後にする葉乙女。改めて自分の心臓付近に意識を移す片桐。いつもと変わらない自分の身体。しかし、片桐の知らないところで、着実に変化が起こっている。事実を伝えられた以上、実感したいようなしたくないような。そんな不思議な感覚に包まれる片桐。

 そんな中、晴馬がゆっくりと立ち上がる。ちなみに、晴馬は事前にこのことを葉乙女から聞いてはいた。だから、片桐から今回の魔属の分裂を責めらめたりされる覚悟はあった。しかし、片桐は晴馬へ責めたり、責任を感じさせることもなく、余裕のある面持ちで聞いていた。

 その様子を見て、晴馬は決して責められずにホッとしていたわけではない。片桐が、現在は現実離れした事実を処理するためにリソースを割いている可能性もある。そのことを念頭において、自分の持ってきた荷物をまとめる。

「私もこのあたりで失礼します。また何か進展があったらご連絡しまので。では」

「うん。ありがとう」

 端的に挨拶を済ませた晴馬は、そのまま病室を後にする。


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 病室を出た晴馬。そのすぐ横に、葉乙女が立ったまま壁に背中を預けて立っていた。

「……お呼び出しがあったのでは?」

「あったはあったけど、僕が行くような用事でもなかったからね。優秀な看護師さん達に任せたさ。それに、そもそも、僕はこれから休憩なんだ。そこでさ、ちょっと話があるんだけど、付き合ってもらえるかな」

「……かしこまりました」

 少し口角を上げだ葉乙女と、やや警戒感を滲ませる表情の晴馬。2人は病院の廊下を歩く。


 --------------------------------------


 2人がたどり着いた先は、とあるカフェ。シックな雰囲気で、リラックスするにはもってこいだ。2人は奥の2人席に座する。間も無くして、店員が注文を伺いに来た。

「さて、何か口にしながら話そうか。僕はカフェオレで。晴馬君はどうする?勿論、僕の奢りだ」

「……コーヒーで」

 フランクな葉乙女に対して、警戒感を拭わぬ晴馬。2人の注文を聞き、店員は静かに2人を後にする。

「さてと」

 葉乙女は自身の右手で印を結び、防音の類の結界を展開した。この店は、伏魔師の息のかかったカフェでもある。一般人の利用も勿論可能だが、伏魔師としての内容の話をするのにももってこいだ。その上で結界を張ったのは、呼び出しだ葉乙女なりの晴馬に対してのマナーだ。

「ひとまず、先の任務達成、お疲れ様」

「……どうも」

 アイスブレイクではないが、ひとまず晴馬の労を労う葉乙女。本題を突き詰めるだけなら、わざわざカフェは選ばない。

「今回の事後報告書、見せてもらったけど、やっぱり思い切ったねー。一般人との取引もそうだけど、大君級を相手に支援申請無しだなんて。というか、大君相手に単独だなんて、よく評議会も許可を出したね。もしかして、何か裏技でも使った……?」

 脳裏にちらつく、千太郎と他の評議会員とで内容を変えた資料。後悔はしていないが、変に突っ込まれるのも面倒である。

「……企業秘密で」

 一般的にも非常に便利な熟語でごまかす晴馬。晴馬の明らかに何かを隠している言動に、軽く笑う葉乙女。晴馬はやろうと思えば、完全無欠のポーカーフェイスとすっとぼけで乗り切ることはできる。しかし、それは晴馬にとって信用しきれない人間に限る。今回の晴馬がうやむやにごまかしたのは、ある種、信用している人間にしか見せない信頼の表れでもあった。晴馬が意識しているかどうかはさておき、葉乙女にとっては少しうれしくもある。

「安心してくれ。よっぽどの非人道的な一手でも使っていない限り、僕からとやかく言うつもりはないさ。何はともあれ、命あっての任務達成。結果オーライってもんだ」

 伏魔師の世界は結果が全て。任務で評価されるのは、優先順位が高い順に、

 1、任務達成か否か。要は結果。

 2、周囲への影響。器物破損等々。

 3、アフターケアの充実性。

 となる。
 そして、この3つの評価を受ける大前提なのは、無論、命あってこそ。死んでしまっては、誰かがどれだけの勲章を論じようと、当の本人に受け取る術はない。

 その意味では、晴馬の今回の仕事ぶりは見事だった。任務達成はもちろんのこと、例の校舎での器物破損はゼロ。アフターケアは後続の伏魔師に任せたが、日中への影響もほぼない状態で任務を終えている。その証拠に、学校は本日も何事もなく動いている。

 ただ、わざわざそのことを労うために、この場所で防音の結果を張ったわけではない。

「お褒めの言葉はありがたいですが、そろそろ本題へ入っていただけますか」

 それを察せない晴馬でもない。

「そうだね。じゃあ、本題。君さ、あの片桐君を始めから封印の器にするために、彼との取引に応じたね?」

 葉乙女が切り込んだのは、先ほどの評価優先順位にあまり適用されない項目。それは、言うなれば『倫理観』。任務のやり方が人道に反してなかったかどうか、である。

「……なぜそう思われるのですか?」

 晴馬もなんとなく言われることを察してか、さほど心拍を上下させることはない。

「やっぱり、君が他者の協力を受け入れたことかな。他の伏魔師の協力でさえ、君にとってはノイズになりかねないのに、一般人の協力ときた。君を知ってる人間からすると、あんまり考えられないからね。相応の利用方法を思いついてのことかと、思ってさ。正確には、片桐君の身体を使って大君を封印しようとした、ってところかな?」

 なんでも1人で。それが晴馬の常であり、自他共に認める晴馬の評価だ。

「半分正解、半分不正解です」

「その心は?」

 晴馬は真っ向から否定するという選択肢と、矛盾を生ませない建前の答えもあった。しかし、葉乙女が相手とあっては、下手な否定の土俵はすぐに崩されかねないからだ。また、一応前述の葉乙女への信頼もあるし、今件での葉乙女に医療面でお世話になった恩もある。ゆえに、変にごまかしたくはなかった。

「まず、片桐さんを封印の器にするプランもありました。それは事実です。しかし、あくまでプランCです」

「Cと言うと、第3案ってところ?」

 複数のプランを考案する際、分かりやすくアルファベットを使用して優先順位を決めるやり方は、シンプルかつ有効的だ。葉乙女も、Cの前にプランAとBがあるということは想像に易かった。

「はい。プランAは、大君の受肉の途中の段階で、《封印札・崩意》を使っての封印。それがムリならプランB、破壊されるであろう崩意の残骸を使って、つい先日作ったばかりの封印系術式での封印。それがムリなら、いよいよプランC。片桐さんの中に封印することです」

 葉乙女の中では、この時点でプランBについて、やや冷や汗をかくくらいのツッコミどころだが、本件とはズレるので黙っておくことに。

「だけど、そのプランCを実行する前に、片桐君の方から実質的にプランCを実行する形になったってところかな?実際は、結果的に魂の一部が片桐君に宿って、魔属の本体はあの学校に再び封印された、と」

 事前に概要を聞いていたこともあって、ここまでの結論へはすぐに辿り着けた葉乙女。

「今更ですが、聞いてどうします?やっぱり、評議会の倫理査問にかけますか?」

 やや嘲笑気味に、今回の件での倫理性について葉乙女に問う。晴馬自身、自分の選択と行動に後悔はない。実際に結果は出せたのだから尚更だ。だが、その代りに片桐背負わせたものを考えると、すべてがすべて素直に完結とはいかない。ある種、葉乙女へ晴馬自身の選択と行動、結果に対する倫理的な答え合わせを求めているという感覚が、晴馬の中に無意識的に存在していた。

「いやいや。僕が知りたかったのは、片桐君を封印の器という、実質的な生贄にする気が始めからあったかどうかだ。もし君の言うプランCしかしなかったら、倫理査問にかけただろうね。けど、今聞いて、あくまで最終手段に近いということはよく分かった。人によってはこの時点で倫理的にアウトかもしれないけど、そもそも今回のことに関しては、片桐君から首を突っ込んできたという事情もある。ある程度の覚悟と責任は、自分でとってもらっていいだろうさ」

 話がひと段落した段階で、店員が注文の品をテーブルに運ぶ。先に葉乙女が自分の注文したカフェオレを口にする。晴馬はまだ手をつけなかった。

「それにねぇ…。元々、至印将が実質的に失敗した案件だから、同じ至印将としては少し倫理的にグレーでも、君も片桐君も五体満足で任務達成とあっちゃ文句のつけようがないんだよねぇ。ま、如更己きさらぎ君とか、早瀬ちゃんとかはいい顔しなさそうだけどねー」

「別に構いませんよ。4年前から、いい顔で見られたことなんてないですから」

 コーヒーを口につける晴馬。砂糖の入ってない強い苦味だ。

「ところで、砂糖入ってないコーヒーって、美味いの?」

 自身のカフェオレと見比べつつ、コーヒーの評価を問う葉乙女。

「ええ、この苦味がとても。飲んでみますか?」

「いーや、やめとくよ。苦いのは現実だけで十分。せめて口に入れる物くらいは、甘い方がいいや」

「気持ちは分かります」

 その後、他愛のない雑談をして、2人はカフェを後にした。


 --------------------------------------


 自分の身体について、専門家より説明を受けた片桐。正直、あまりにも想像のつかない世界過ぎて、実感がないというのが実際のところだ。

 しかし、それ以上に、今の片桐の心にしこりを残すことがあった。あの大君との戦いの最中、恐らく受肉と呼ばれる自分の身体が乗っ取られる時、無我夢中で争った先、まるで、自分の意識と時空が凝縮された不意義感覚。

 その中で、片桐はを聞いた。誰が言ったはわからない。そして、どのような意味なのかも。その言葉を晴馬や葉乙女に言うべきか迷っていた。本来なら言うべきだろう。恐らく、彼らの専門だ。

 しかし、どうしたことだろう。どうにも言い出せなかった。なぜかはわからない。その代償かは分からないが、その言葉がずっと頭の中で響いていた。


 その言葉とは、


 《アマツガミ》
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