称号は神を土下座させた男。

春志乃

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番外編

執事と奥様inイギリス 前編

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 お久しぶりでございます。
 水無月家の執事、園田充でございます。
 本日は日本より遠く離れた一路様と海斗様の母国・イギリス、ロンドン郊外よりお送り致します。

「今まで見た中では一番ね。趣があって、とても素敵だわ」

 雪乃様の弾んだ声に、その腰を抱いて隣に立つ真尋様も「ああ」と頷きました。楽しそうな雪乃様を見つめる真尋様の横顔はとても穏やかです。

「ここ、今残ってる家具はついて来るんでしょ? どれもこれもアンティークのいいやつだよ、素敵だね」

 一路様がリビングに置かれた古時計を見上げながら言いました。

「日本じゃ家は新しいものの方が好まれるけど、こっちはやっぱり古ければ古いほど、人気なんだ」

 海斗様の言葉に雪乃様が「そうなのね」と感心したようにおっしゃいました。
 私たちがいるのは、ロンドン郊外のとある住宅街のとある一軒家でございます。来年春より、水無月家と鈴木兄弟は、こちらへ居を移します。その際、水無月家の皆さまと私が住む家を、本日は下見にやってきたのです。
 小学校と高校の終業式を終えて、そのままこちらへとやって来ました。二日間ほどホテルで過ごしてから、昨日、今日と四つの物件を見て回り、五件目のここが最後だそうです。
 一八〇〇年代前半に建てられた、ビクトリアン様式の趣ある一軒家で地上二階、地下一階建ての立派なお屋敷です。イングリッシュガーデンと呼ぶにふさわしい素敵なお庭もついています。

「真尋さん、キッチンが見たいわ」

「あっちだ。ちょっと行って来る」

 そう告げて、真尋様と雪乃様がリビングを出ていきました。
 二階からは真智様と真咲様が探検している賑やかな声が聞こえてきています。

「いくつか見たけど、ここが本命だろうね」

「だろうな。マークおじさんの家に来たのは初めてだけど、すごく感じのいい家だ」

 一路様と海斗様の会話を聞きながら、私はなんとなく廊下へでて、一番近いところのドアを開けます。
 どうやらここはダイニングのようでした。飴色のテーブルと数脚の椅子が残されています。中へと入り、壁紙や床の様子を見ますが、丁寧に手入れをされて大事にされていたのが伝わってきます。
 この屋敷は、鈴木兄弟のおじい様の従兄弟のマーク様という方が、妻に先立たれて二十年、つい二か月ほど前まで住んでいました。ですが、高齢となり家や庭の管理がままならないということで、娘夫婦の暮らす田舎へと引っ越していきました。そして今もロンドンで暮らす信頼できる従兄弟に譲ったそうです。
 真尋様は、一路様のおじい様にとても気に入られているので、真尋様にならとおじい様がこの物件をおすすめしてくれたそうです。

「おや、これは……」

 ダイニングの片隅には、ダム・ウェイターと呼ばれる、いわゆる昇降機が残されていました。
 このお屋敷の大きさや年代からして、おそらく地下は使用人の作業と住居スペースだったと考えられます。このダイニングの下には厨房があり、このダム・ウェイターで料理が下から、一階のこのダイニングへと運ばれていたのでしょう。
 とはいえ、当家の料理人は雪乃様ですので、一階にあるキッチンで調理をすることになるでしょうから、これを使うことはないでしょう。ですが歴史的に大事な資料なので、きちんと手入れはしていきたいですね。

「みーくん、どこー?」

「はい、こちらに」

 真智様の声に私は廊下へと出ます。
 すると丁度、お二人が階段から降りて来たところでした。

「どうされました?」

「みーくんのお部屋はどこにする? 一番大きい寝室はお兄ちゃんと雪ちゃんが使うって言ってたけど、それ以外にも四つも部屋があるんだよ!」

 双子様もなんとなくここが本命で、ほぼ決定的なのは分かっているのでしょう。

「そうなのですね。ですが私はできれば、二階より一階に部屋があると仕事がしやすいのでありがたいのですが」

 水無月家で働き始めた当初、私がお借りする部屋の話になった際、好きに見て決めろと言われ「この部屋でいいです」と選んだ部屋は、物置でした。私が生い立ち故に遠慮しているのだと案じて下さった皆様は、真尋様が私の背を撫で、雪乃様が手を繋いでくれ、双子様が私を抱き締めて慰めて下さいました。違うのです。言い訳をさせてください。私がそれまで住んでいたアパートよりも広かったものですから、そこが物置だと知らなかったのです。荷物もほとんど置かれていなかったですし、物置が十五畳って庶民は知らなかったんです。
 結局、一階には鈴木兄弟様が使っているゲストルームしかないという理由で、二階の真尋様の書斎の隣の部屋を頂きましたが、来客対応や執事としての仕事は夜遅くまですることもありますし、夜中にやってしまいたいこともありますので、万が一にも主人一家を起こしてしまうのは申し訳なく、一階のほうが仕事はしやすいのです。

「それかいっそ地下でもいいかもしれません」

「地下もあるの?」

「行ってみたい!」

 お二人がぱっと顔を輝かせました。

「地下は使用人が暮らすように作られているので、入り口は多分、別にあるのですよ。一体、どこにあるのか私も分からないので、一緒に探しましょうか」

「うん! 楽しそう!」

「お家の中? それとも外かなぁ」

 小さな手が私の白手袋をはめた手を当たり前のように取ります。先にどこへ行こうか、と話し合うお二人に私が笑みを零した時でした。
 カランカランと玄関の軒先につるされていたサーバン・ベル呼び鈴が鳴らされました。

「あれ? あ、もしかしておじい様かな」

「様子を見に来てくれたのかもな」

 一路様と海斗様がリビングから顔を出します。
 私は、一度、双子様の手を離して、襟を正して玄関に向かいます。不審者ではないと思いますが、ここは海外。いつだって警戒は必要です。

「May I have your name?」

「みっちゃん、私よー」

 聞こえてきたのは、知っていますが、ここにはいるはずのない方の声でした。
 急いで鍵を開けてドアを開けますと、そこには真尋様と双子様のお母様である真奈美様が立っておられました。彼女の後ろには大きなスーツケースが二つもあって、そのケースの上にも鞄が二つ乗っています。

「久しぶりね、みっちゃん」

「お久しぶりでございます。ですが奥様、なぜここ……に?」

 私の後ろにいたはずのお二人が何故か息を呑むと、脱兎のごとく二階へと駆け出して行ってしまいました。一路様と海斗様、そして私は顔を見合わせ、首を傾げます。真奈美様からはお二人が見えていなかったのでしょう、私たちの様子に不思議そうに首をかしげています。

「とりあえず、俺が様子を見て来るよ」

 そう言って海斗様が二階へと向かって下さいました。一路様が私の隣にやってきます。

「真奈美さん、お久しぶりです!」

「あら、一くん! 相変わらず可愛いわね!」

 真奈美様は嬉しそうに一路様とハグとキスの挨拶を交わしました。一路様も慣れた様子で応えます。

「……母さん?」

 今度は真尋様の声が聞こえてきました。
 真尋様と雪乃様がキッチンから廊下へと出てきました。私が場所を譲ると真奈美様は息子夫婦ともハグとキスを交わしました。
 真奈美様は、はっきりとした顔立ちの美しい女性で、すらりと背が高く、おしゃれで溌剌とした方です。

「なんでここにいるんだ?」

「今年の年末年始は日本で過ごそうと思って。でも日本に帰ったら誰もいないんだもの。驚かせたかったから電話できないし、それで一くんたちに聞いてみようと思ったら、一くんも海斗くんもいないでしょ? そうしたらエレナちゃんが教えてくれたから、内緒で来たの。エレナちゃんたちも一緒に来たのよ。ご実家のほうに行くって言ってたわ」

 うふふ、と真奈美様は悪戯の成功に満足げに笑いました。
 ちなみにエレナちゃんとは、海斗様と一路様のお母様のことでございます。鈴木家のご夫婦もクリスマスまでにはこちらに来るとおっしゃられていましたので真奈美様と一緒に来られたのでしょう。

「ところでちぃと咲は? ここじゃないの?」

 真奈美様がきょろきょろと辺りを見回します。

「とりあえず、寒いから中へ入ったらどうだ? 生憎、水も電気も止まっているからもてなしはできないが」

「そうね、雪ちゃんが風邪を引いたら大変だもの」

 真尋様の言葉に真奈美様が中へと入りました。私は、真奈美様の荷物を中に入れてドアを閉めて、内鍵をかけます。
 私はダイニングへ先にいき、テーブルと椅子を整えます。誰も済んでいないため火事になっては大事です。そのため暖炉などをつけられないので、家の中はひんやりしています。真尋様がご自身のマフラーを解いて椅子に敷き、そこに雪乃様を座らせました。ご自身はその隣の椅子に座り、真奈美様はテーブルをはさんで息子夫婦の正面の席に座ります。

「それで、どうしたんだ?」

「だから年末年始は息子夫婦と子どもたちと過ごそうと思って。今年は頑張って仕事を調整したの。いいでしょ? まあ、割と年明けてすぐに今度はロスに行かないといけないんだけど」

「まあ、ちぃちゃんと咲ちゃんも喜びます。賑やかなクリスマスと年越しになりそうだわ。ね、真尋さん」

「君が良いなら俺は別にかまわん」

 ふと、真尋様のスマホがメッセージの着信を知らせました。真尋様は、少しだけ眉を寄せましたがすぐに返事を打ち込み、スマホをポケットに戻します。

「ちょっと上の様子を見て来る」

 手短にそう告げると真尋様は席を立ち、ダイニングを出て行きました。僕も行く、と一路様もその背に着いて行きます。

「……本当にいいのかしら? 雪ちゃんが良いって言うならってあの子自身はどうなの?」

 真奈美様が不安そうに言いました。

「大丈夫ですわ。あの人、本当に嫌だったらそもそも家に上げてくれませんから」

 雪乃様がくすくすと笑いながら言えば、真奈美様は「それもそうね」と苦笑を一つ零されました。
 なにせ、つい先日、真奈美様の夫であり真尋様兄弟の父親である真琴様が我が家への出禁をくらったばかりです。一緒に暮らしているわけではありませんし、そう頻繁に会うことはないでしょうが、真奈美様がその話を夫から聞いていないはずもありません。

「この間は真琴さんがごめんなさいね。雪ちゃんにとても失礼なことを言ったみたいで」

「いえ、気になりません。私も色々言ってしまいましたし……まあ、謝りませんけど」

 うふふ、と雪乃様は笑みを一つ。真奈美様が「雪ちゃんのそういうとこ好きよ」と可笑しそうに笑いました。
 ですが真奈美様は笑みをひっこめると、はぁ、とため息を零して椅子の背凭れに身を預けます。

「今回、真琴さんったらかなり頭に来たみたいで、電話口で散々怒ってたけど自業自得よ。今回だけは私だって味方できないわ。ちぃと咲が可哀想よ。そりゃあ、私だって息子たちと暮らしたいわよ。でも、それは真智や真咲、真尋や雪ちゃんが私と暮らしたいって言ってくれたらっていうのが大前提でしょ。普段、面倒を見もしないであの子たちの意思を無視するなんて馬鹿げたことよ」

 雪乃様が少し驚いておいででした。
 真琴様の言い分から、てっきり真奈美様も同じ考えだと思っておりましたし、了承の上だと思っていたのです。ですが、どうやら夫婦間で意見が食い違っているようでした。

「あの子たちは、私より貴女や真尋が好きだわ。でもそれは私や夫が自分で招いたことだもの。嫉妬したり、矯正しようとしたり、追い詰めたりするのは間違っていると思うの。だって、それと引き換えに私も夫も好き勝手に生きているんだもの。自由には責任や代償が伴うものよ……もちろん、任せきりにして悪いとは思っているんだけど」

「お義母様も知っている通り、私は子どもが産めませんから。ちぃちゃんや咲ちゃんは、我が子というには大きいかもしれませんけれど、それでも……そういうふうに思わせてくれる優しい子たちです。ですから迷惑だとか悪いなんて思わないで下さいな」

「雪ちゃんは良い子ね。安心してあの気難しい息子と可愛い息子たちを任せられるわ」

 真奈美様はそう言って、机に頬杖をつきました。

「でも、真尋って変なところが私に似たんだなって実感しちゃった」

 真奈美様がどこか嬉しそうに言いました。

「真尋ったら真琴さんの部屋の荷物とか家具、全部会社に送り付けたでしょ? あれ、私も似たようなことやったことあるのよ」

「まあ……お義父様に、ですか?」

 雪乃様が驚いていますが、私も驚きを隠せません。
 真尋様と雪乃様に負けないくらい、真奈美様と真琴様は仲の良い夫婦ではあるのです。

「ええ。交際している時にね。きっかけは覚えてないんだけど喧嘩をしてそれがだんだん大きくなっちゃって、カチンとくることを言われたのよ、確か。それで頭にきたから、当時私が住んでたマンションの部屋にあった真琴さん関連のもの、ひげそりとか着替えとかそういうのをぜーんぶ段ボール箱に入れて、あの人のマンションに送りつけてやったわ。もう大慌てで平謝りして来たから、仲直りしたけど」

 あの真琴様が平謝りしている姿は想像できないと一瞬思いましたが、真尋様はよく雪乃様に土下座して平謝りしていますので、きっとあんな感じだったのでしょう。似てると言ったら、真尋様がキレそうなので、このことは園田充の心の中にしまっておきましょうね。

「だから事が落ち着いて、冷静に考えたら親子で同じことしてるって気づいて笑いが止まらなくなっちゃった」

「ふふっ、親子って変なところが似るっていいますものね」

「お母さん!」

「おかえり!」

 ようやく賑やかな声がダイニングへとやってきました。

「ちぃ、咲、ただいまぁ」

真奈美様が華やぐ笑みを浮かべて立ち上がり、息子たちをその腕に抱き締めて、ちゅっちゅっとキスをします。双子様は、キスを嬉しそうに受け止めて真奈美様の頬にお返しをしていました。
 真尋様も雪乃様の下に戻ってきました。
 雪乃様に手を差し出して、彼女を立ち上がらせます。雪乃様がお礼を言って、真尋様の首にマフラーを巻きなおします。

「フランスに連れていかれると思ったらしい」

 小声で真尋様が雪乃様に囁きました。雪乃様と私は顔を見合わせ、そして、納得しました。どうりで勢いよく逃げて行ってしまったわけです。
 真奈美様が休暇のために戻ってきただけだと知って、今は安心して甘えているのでしょう。お二人は別に真奈美様が嫌いなわけではありませんし、むしろ特別に大好きな人には違いありませんから。

「母さん、寒いからここは少し見るだけの予定だったんだ。手入れは春に越して来てからするつもりだ。今日はホテルに帰るが、母さんはどうする?」

「同じホテルがいいけど、部屋空いてるかしら」

「あら、スイートルームで部屋なら有り余ってますから、フロントに言えば大丈夫じゃないかしら。ねえ、真尋さん」

 雪乃様が答えれば、真奈美様が真尋様に顔を向けます。

「雪乃がいいなら俺は構わん」

「やったぁ。ありがとう。ちぃと咲もいいかしら?」

「うん! お母さんならいいよ!」

「今日は一緒に寝ようね!」

 真奈美様の手をそれぞれ握りしめて、双子様が嬉しそうに言いました。お母さんなら、ということは、きっとお父さんはだめなのでしょうが、自業自得なので致し方ありませんね。まあ、来ても私が追い返しますけど。
 車へ移動しましょう、と声をかけ寒いお家を後にします。最後に海斗様が、おじい様から預かっているこの家の鍵をかけます。その間に私はポーチに停めた車のトランクに真奈美様の荷物を積み込みました。

「真尋、俺と一は、このあとはおじい様のとこに帰るよ」

「ああ。やはりこの家を譲ってほしいとおじい様に伝えておいてくれ。もちろん後日、挨拶に行くつもりだが今日は寒くて雪乃も心配だし帰る」

「OK、伝えておくよ」

「海斗くん、一緒にマーケットに行く約束、忘れないでね!」

「案内してくれるんでしょ?」

「もちろん。ちぃと咲もうちに遊びにおいで。おじい様とおばあ様も喜ぶよ。な、一路」

「うん。一度、真尋くんのクローンと噂の二人に会ってみたいって言ってたから、是非来てね」

「そんなに似てるかな? 僕たちは一卵性だから同じ顔だけど」

 双子様が顔を見合わせます。その二人と手をつなぐ真奈美様が「そっくりよ」と笑いました。

「あなたたち三人とも誰がどう見ても父親似だから、あなたたちが赤ちゃんの時、私に似てるところを探したほどよ。精々、人種くらいしかなかったけど」

 確かに、と私たちは頷きますが、真尋様は父親似と言われるのが嫌なのか、うんともすんとも反応しませんでした。

「ほら、風邪を引く前に車に乗れ」

 ポーチに停めていた車のドアを開け、真尋様が雪乃様を促します。
 雪乃様が素直に乗り込み、次に双子様と真奈美様が乗り込みました。

「俺と一路は迎えを頼んであるから……ああ、ほら来た」

 二人はどうする、と真尋様が尋ねる前に黒い車が門の前で止まりました。当たり前ですがイギリス人の運転手が降りて来て、帽子を軽く持ち上げて挨拶をしてくださいました。私も一礼を返します。

「Thank you、Mr.Smith! じゃあ、俺たちも行くよ」

 海斗様が運転手に声をかけて私たちを振り返ります。

「またマーケット行く時にねぇ」

 そう告げて二人も迎えの車に乗り込みました。
 車が門をふさいでいる形でしたので、先にお二人の乗った車が出発しました。私も真尋様が乗ったのを確認してドアを閉め、運転席へと乗り込みます。何を隠そう私はちゃんと国際免許を取得済みでございます。イギリスは日本と同じ左側通行なのも有難いですね。
 コの字型の後部座席では、真奈美様を真ん中に双子様があれこれ楽しそうにお話をしていて、それを向かいに座った雪乃様と真尋様が優しく見守っておいででした。

「それでは出発いたしますね」

 そう声をかけて、私は車を発進させたのでした。






「あら、良い部屋ね」

「一路のおじい様の紹介だ」

 老舗の高級ホテルは、鈴木家のご紹介で、今回は利用させて頂いております。
 リビングダイニングにキッチン、バスルームが二つ、トイレも二つ、主寝室が一つに他にも寝室が三つあります。

「主寝室は、俺と雪乃で使っているから他の部屋を好きに使ってくれ」

「分かったわ。ちぃと咲はどこのお部屋なの?」

「僕と咲はここだから、お母さんは隣ね! こっちはみーくんのお部屋なんだよ!」

 真智様が真奈美様の手を取り、真咲様がドアを開けて部屋を案内します。
いつも一番小さい部屋を私は選びます。すると優しい方々なので「大きな部屋でなくていいのか? 遠慮するな」と毎回言ってくださいますが、一番小さい部屋だって私が住んでいた部屋より広いのです。私は庶民生まれの庶民育ち、広すぎる部屋は落ち着かないのですが、これがなかなか皆様に伝わらないのです。
私は、早速決まった真奈美様のお部屋にスーツケースを運ぼうとしますが、真奈美様に止められてしまいました。

「待って、みっちゃん。鞄は両方運んでもらいたいんだけど、ケースは赤いほうだけ部屋に運んでもらえる? こっちはみんなへのお土産よ!」

「おみやげ!?」

「お菓子!?」

「ふふっ、お菓子もあるわよ」

 真奈美様がはしゃぐ双子様の頭を順番に撫でます。私は言われた通り、二つの鞄と赤色のスーツケースだけを真奈美様の部屋に運び入れます。
 リビングへ戻れば、双子様が早速、真奈美様と一緒にケースを開けて、中を覗き込んでいました。

「これはチョコレート、こっちはガレットよ。皆で食べてね。こっちはね、一くんにお土産の、すごく甘いお菓子。こっちは海斗くんで……これは真尋と雪ちゃん」

「ありがとう」

 可愛いらしくラッピングされた箱を真尋様が受け取ります。真尋様の膝の上に置かれたそれを雪乃様がリボンを解いて、蓋を開けます。

「まあ、素敵……!」

 そこに収まっていたのはティーカップのペアのセットでした。
 白磁に品のある可愛らしい花の絵が描かれています。
雪乃様がカップを慎重に取り出して、うっとりと見つめます。真尋様はそれを一瞥して、箱の中にあるソーサーを手に取りました。カップをひっくり返して、底を確認します。

「リモージュか」

「そうよ。あっちの骨董市で見つけたの。素敵でしょ?」

「カップの良し悪しは俺には分からんが、雪乃が喜んでいるのでありがとう」

「なんてお土産甲斐のない息子かしら……」

 半目になる真奈美様に雪乃様がじろりと真尋様を睨みますが、真尋様は首をかしげています。真奈美様と雪乃様が顔を見合わせて、ため息を零されました。

「お義母様、私はとっても嬉しいです。とっておきの紅茶を淹れて、楽しみますね」

「ありがとー。これね、雪ちゃんの好きそうなデザインだと思ったの。それで、こっちはアンティークの小物入れ!」

「まあ、とても素敵……!」

 きゃっきゃっと盛り上がる妻と母に真尋様は腑に落ちない顔をしていました。
 雪乃様至上主義の真尋様からすれば、雪乃様が喜んでいる=真尋様もとても嬉しい、或いは、喜んでいるに繋がりますので、その喜びが今一つ彼女たちに伝わっていないのが解せないのでしょう。
 真尋様、もっとこう言葉を選びませんと、と私は心の中でアドバイスさせて頂きました。

「真智にはこれよ」

「うわぁ! 僕の好きな選手のユニフォームだ! ありがとう、お母さん!」

 真智様が嬉しそうにサッカー選手のユニフォームとグッズを受け取ります。
 真智様は活発で、とくにサッカーが大好きなのです。サッカー強豪国のフランスのチームにいる選手にいわゆる推しがいて、よく我が家のリビングで同じくサッカーが大好きな海斗様とテレビで試合を観戦しています。

「真咲は、えーっと、あったあった。これね。フランス語よ。こっちはお母さんが使ってみて、使いやすかった辞書」

「……! わぁ……!」

 真咲様が真奈美様から受け取ったのは、世界一有名な魔法使いの児童書のフランス語のものと辞書でした。
 真咲様はとくに語学が好きで、英語はほぼマスターしておりますので、次はフランス語やスペイン語などを勉強していました。なので、そのプレゼントは特別に嬉しいものに違いありません。
 喜ぶ双子様に、真奈美様はにこにこしています。
 真尋様、これがお土産甲斐ってやつですよ。

「それで、これ! はい、みっちゃん」

「え。私に、ですか?」

 思いがけないお言葉に私は目を丸くします。

「そうよー。みっちゃんだって大事な家族でしょ? 私の可愛い息子たちと娘を大事にしてくれているんだもの、お土産だって買って来るわよ」

 真奈美様がふふっと笑いながら、私の手に細長い箱を乗せました。
 私は「あ、ありがとうございます……っ!」となんとかお礼を言って、箱のリボンを解いて蓋を開けます。双子様が「なにもらったの?」と横から覗き込んできました。
 そこに入っていたのは、美しい万年筆でした。ペン先やアクセントは金色、それ以外は艶のある深紅で、上品で芸術品のようです。

「それね、すごく書きやすいし、何より素敵でしょ? みっちゃんに似合うと思って」

「あ、ありがとうございます……! 大事に致します、奥様!」

「ちなみに、なんと……真尋とお揃いよ」

「奥様ぁ!!」

 喜びのあまり叫ぶ私に、真奈美様はケラケラと笑いながら真尋様に同じような箱を渡しました。真尋様が蓋を開ければ、中には銀と黒の同じデザインの万年筆が鎮座していました。

「……気になっていたブランドだ。ありがとう」

 無表情がほろこんで、嬉しそうな真尋様に奥様も満足げで、雪乃様は微笑ましそうに目を細めています。
 真奈美様は、どっかの誰かさんと違い、きちんと子どもたちの好きなものや嫌いなもの、興味のあるものを把握しています。それは忙しい仕事の合間を縫って、まめに子どもたちそれぞれに連絡を入れているからこそでしょう。

「ねえ、お母さん、これ読んでほしい」

 真咲様が、さっそくもらった本を掲げてねだります。
 真奈美様は、息子の頭をなでて「いいわよ」と頷きました。
 広げた荷物をざっくりと片付けて(真智様はユニフォームを服の上から着て)、真奈美様がソファに座り、双子様がその両側に座ります。
 私は朗読をするなら、喉が渇くだろうと予測して、キッチンで飲み物の仕度をします。さすがは紅茶の国だけあって、備え付けのキッチンには数種類の茶葉が用意されているのです。

「Harry Potter à l’école des sorciers」

 真奈美様の声が優しく物語を読み解きます。
 真咲様は、とくにこのシリーズの大ファンで、日本語版も英語版も何度も読み返していますし、年明けにこの本場イギリスで聖地をめぐるのだと予定もたてておりますから、それはそれは嬉しそうです。
 フランス語はまだ勉強中で、あまり分からないはずなのに、それでも二人は熱心に耳を傾けています。
 ふと見れば、真尋様はとても穏やかな顔をして、真奈美様の読み上げる物語を聞いているようでした。雪乃様が私の視線に気づいて微笑みます。私も、親子の穏やかな時間が嬉しくて笑みを返しました。
 真尋様と真奈美様は、真智様と真咲様がお生まれになるまで、どこかぎくしゃくとした親子だったと聞いています。
 ご存知の通り、真尋様は非常に優秀で、そして、感情の起伏が無に等しい方でした。きっと双子様のように無邪気に親に甘えるなんてことはしたことがなかったのでしょう(かくいう私もありませんが)。
 そんな息子にどう接すればいいか分からなかった真奈美様と、真奈美様に対してとくに執着心もなかった幼かったころの真尋様はどこかずれたままの関係をそのままにしていたそうです。
 ですが、双子様が産まれてお二人の関係は、劇的に改善したと教えて頂きました。
 双子様を見つめる愛情に満ちた母の眼差しが、自分にも平等に、それこそ幼いころからずっと向けられていたことに真尋様は気づいたのだと言います。それがよくわからないけど、とても、とても嬉しかったのだと真尋様は、雪乃様に零したそうです。
 それに何より、どっかの誰かさんは完璧に放棄してしまっていますが、真奈美様は真尋様を知る努力を、理解しようとする努力を今も欠かさずに続けています。分からなければ、真尋様の取り扱説明書と言ってもいい雪乃様に躊躇いなく聞くほどです。

「お母さん、これはどういう意味?」

「これはねえ、フランスらしい言い回しなんだけど」

 真咲様の質問に真奈美様は丁寧に答えます。
 親子間であっても、関係を維持するにはお互いの努力が必要だと私は思っています。
 私も本当の両親とともに暮らしていた頃、なんとか二人の気を引こうとあれやこれや努力はしてみましたが、それが報われることは終ぞありませんでした。嘆き続ける母と無視する父。その間で、私はだんだんと自分の気配を消して、無でいることを選びました。そのほうが私は平和だったのです。
 確かに真奈美様は、海外を拠点にしていて、一年のほとんどの時間を共に過ごすことはできませんが、とても素敵なお母さんだと私は思っております。
 両親のセキュリティ認証を解除するように言った真尋様が、結局、最後の最後で真奈美様の分だけは残すようにと意見を変えたことは、真奈美様のこれまでの努力がそこにある証です。
 私は、静かにキッチンからリビングへ移動し、それぞれの前に紅茶の入ったカップを置きました。
 真尋様に目で、座れ、と促されて一人掛けのソファに腰かけます。
 私たちは、真奈美様が物語を読み上げる優しい声を聴きながら、紅茶を楽しみ、午後のひと時を心豊かに過ごしたのでした。



続く
ーーーーーーーーー
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明日は番外編更新の予定を変更して、私の都合で本編の更新になります。
次のお話も楽しんで頂けますと、幸いです。
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婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

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