山椒魚

らくがき猫

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演じることは尊いと。あるいは見ると言う役割を押し付ける事。

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出勤してその足で有給手続きを取って同僚にもしばらく休むことを伝える。
なにかあったのかと聞かれるがどうにも答えようがないので友達に頼まれて調べものとだけ伝える。
ついでにあとどのぐらい休んでも大丈夫か上司に聞くが、担当の内容がオフシーズンのため休んでる間無給でもいいのなら2か月は大丈夫だ、と言われる。
この会社こそ大丈夫なんだろうか。



「とりあえず到着、と」
思わずひとりごちる。夏はまだ遠いとは言えもう冬の装いとは縁遠く日差しが強くなるこの時期、有給申請のためとは言えどスーツで会社に行ってそのまま着たため暑い。。
「一度帰ったほうがよかったかもしれないな。」
駅のホームを出て周りを軽く見るが駅の大きさの割に人があまりいない、が演奏の音やら時折車が道の間際を走っていき騒がしい。
演奏の音は駅の周辺地図を見る限りでは高校があるらしいのでおそらくそこから聞こえているのだろう。
電車に乗っているときに届いた彼のメールによると、女の子の両親に朝連絡したところ母親が電話に出たので今日訪ねていくとは伝えたらしいので女の子の家に向かうのだが、この時間はまだ行っても学校だろうし迎えを断っておいてある程度の家の場所を聞いておいた。
彼から聞いた話によると、どうも両親だけではなく近所の人たちも同じような体験をしているらしいので、そちらから先に回ることにしたのだが、人間というもの相手がそれ目的としてくると良きにしろ悪きにしろ身構えてしまい、いい加減なことを言えないと確信を持たない事柄はなかなか話してくれないものだ。
そのため、はじめは名乗らずにどんな話が流れているのか聞きたいのだが、なかなか思いつかない。
思いつかないまま女の子の家の付近まで来たのだが、12時を過ぎたあたりなので近くにあった喫茶店に入りとりあえず食事をしながら考えることにしようと思う。


喫茶店に入ると小さな個人経営の店らしく4人掛けのテーブル二つとカウンター席4つほどで田舎のおばちゃんという風体の女性が雑誌を読んでいた。
扉を開けた時の音でこちらを見て笑顔でいらっしゃいといいテーブル席に座るように促される。
一人だからと伝えるがカウンター席はお昼の時間帯常連客が来るのでテーブル席しか空いてないと水を運びながら言われる。
「メニューになくても簡単な物なら作れるから遠慮なく言ってね。そこに積んであるの裏の畑でとれた野菜。これも選んでくれたらできるからね。」
そういうとカウンターの中に入っていき何やら準備を始める。
よくあるメニューの中に見たことない、珍しいものを見みつける。興味は出るもののこの後歩き回ったりする可能性を考えると、冒険するのは怖いため極端なものは出ないだろうと思い日替わり定食を頼む。
すると積んである野菜から好きなのを選べと言われたのでなんとなく一番手前にあったナスを選ぶと5,6個つかみカウンターに入っていく。
日替わりといっても、たくさん客の来る店じゃないので、客が好きに選んだ野菜を日替わりの店の気分で作って出すのだと言われた。
食事ができるのを待っているとほかの客もまばらに来る。作り始めてからそう時間がたたないうちにすぐにカウンターの席は満員になった。
近所のお年寄り夫婦と近所の会社員だろうかスーツの男性と普段着の男性だった。
お年寄りが店に入るとともに野菜を積んである場所にさらに積み上げる。
「これ、今日取れた分。使い切れない分はつけもにでもしてやってよ。」
そういうと、自分で水をコップに注ぎ妻の所に持っていく。そのあとまた戻っていったかと思うともう二つ水をコップに注ぎ空いている席に並べる。
それとほぼ同時に男性二人もきた。
「いつもいい野菜を悪いね。おかげで買いに行く手間が省けるよ。」
「作りすぎて困ってるぐらいなんだそれを漬物にしてもらってるんだ遠慮なく使ってやってよ。」
常連らしい会話をしながら今日は珍しくお客さんきてるじゃないかと言いながらこちらを見て笑顔で会釈してくる。
思わず笑って会釈を返すが突然のことでこちらの笑顔はぎこちなくなっていないか少し心配になる。
「なにゆっとるの、あんたらだってちゃんと客じゃろ。今日はどの野菜つかうの。」
そのあとこちら向かって顔をあげて声をかけてくる。
「わるいね、こんあたり田舎なもんで普段見ない人が珍しくてな。特に美人さんだと周りも気になってしょうがないらしくてな。」
どうこたえるか迷い結局微妙な笑顔であいまいな返事を返す。
「それにしてもほんと珍しいこのあたりじゃ初めて見る顔だよ。最近越してきたか?」
「いえ、最近友人になった人がこちらにいるらしく、遊びに来てみたんですよ。」
とっさに誤魔化すが相手は元々探る目的ではなかったらしくすぐに別の話題になる。
「いっそその友達の近くに越してきちゃいなよ。このあたりは田舎だけど山みたいなのは遠いしその割に水はいいよ。」
と言いながら食事を運んでくる。どうやら完成したらしい。
「スーツ着てるから始めは仕事できたのかと思ったよ。お待ちどうさん、なすとトマトの煮物となす田楽。あとナスとひき肉の挟み焼きだよ。」
日替わり500円となっていたためそうめったな量は出ないと油断していたが田舎を舐めてはいけない。油断すれば私と同じような目に合うのだ。
「お・・おお・・・。」
思わず声が漏れてしまうがおばちゃんはさっさと戻ってしまいカウンターのメンバーからメニューを聞き幸せそうな顔でザクザク作り出す。
これは残せない・・・。残すことは許されない。



何とか食べ終えてあまりの量に動けなくなっているとあれま。残してもよかったのに全部食べたのかいと驚かれる。
出しておいてこの扱いにこっちが驚くわ。
でも、無理して食べたのが顔に出てしまっていたらしく、落ち着くまでそこで休憩してなよ。夕方まではほとんど客は来ないから大丈夫だよと言われて、お言葉に甘えさせていただく。
食後のお茶まで出していいただき休憩していると男性二人はそろそろ仕事の時間なのでと言って会計を始める。
「ごっそうさん。また明日。お嬢ちゃんも気に入ったらまたおいで。」
そう言って二人そろって出ていく。もうお嬢ちゃんという年ではないのだが。
そのあとカウンターにいたおばちゃんも出てきて席に座って老夫婦と話を始める。食事が終わるとまた友達に戻るようだ。


本来の目的の女の子の情報をどうやって集めるか悩んでいると、向こうからやってくる。
「そんであんた。訪ねてきたって言ってたけどどなたの所かね。このあたりは駅の周りはしっかりしてるけど少し離れると入り組んでるんだ。道はちゃんとわかるかい?」
訪ねていく先まで誤魔化してしまうと何かあったときに厄介だし、隠すこともないかと思い女の子の名字を伝えると老夫婦たちがこっちに声をかけてくる。

「お嬢さんあそこの嫁さんの友人かい。初めて行くのかい?」
急に声をかけてくるので驚いたがそうですと言うとおばあさんが前の席に座ってもいいかと言って移動してくる。
特に断る理由もないため、どうぞというと何やら言葉を探しながら言ってくる。
「あそこの娘さんはちょっと変わってると感じるかもしれないけど怖がらないであげてくれるかい?」
と。

噂で聞いた程度ではなく近所の人、特に老人たちは彼女のことをよく知っているようだ。ただ両親のように怖がっている老人もいないらしい。
女の子は人の心を読んでるかもしれないというそれらしいぼかしとともに女の子がどんな子かを説明される。
とても優しい子で困ってる人がいるとそれを何も言わなくても顔を見るとすぐに手伝ってくれると。
それも困っている場ではなくて例えばちょっとしたこと。足を痛めてしまい運ぶのが難しくて困っていた荷物を突然運んできたり、近所に持っていく予定の回覧板を、いつの間にか代わりに次の家に置いてきてくれていたり。
もしくば、なるべく口に出さないようにしていた悩み事をこうすればいいよと突然言ってきて言われたとおりにしてみるとすんなりとうまく行ったり。

「始めは驚くかもしれないけど、あの子も悪さをしようとしてるわけじゃないんだよ。」
と、言う。
「あの子も?」
と思わず返してしまうとおばあさんが言うには以前もみんながとは言ってもお年寄りたちが猫の子と呼ぶ子供がいたそうだ。
格別頭がいいわけではないが、近所のお年寄りにかわいがられていて、その子供の近くにはいつも猫がいたので老人たちが猫の子と呼んでいたそうだ。
その子も不思議と、あった人が困ってる老人だと顔を合わすと何も言わずに聞きもせずにそれを当たり前のように手伝ってくれたのだという。
ただその子の場合は老人以外が相手の時は挨拶はするものの顔はあまり合わせずにそのまま去っていったためその子のことは近所の大人たちの話題にはならなかったようだ。
女の子は言葉がしゃべれるようになってから、しばらくの間顔を見た人の考えていることを子供の言葉で周りに伝えたのだという。
当然両親は驚いたし、言われた大人たちは怯えた。綺麗な大人は隠し事無い大人は少ない。いや、めったにいない。
本人が隠したいと思っている、考えていないと思いたいことを、たくらみも何もなさそうな子供に全部ばらされるのは怖いだろう。
女の子の両親は友人が多い夫婦だったらしいが、最近はそのせいかめったに人が訪ねてこないため、以前とは違いかなり静かに隠れるように生活しているらしかった。
妙に細かく説明してくるので、はじめは少し警戒したが、その女の子は普段からこの付近で生活している老人や老人と話す機会の多い人たちからは大切にされていて、機会があれば女の子のためにもほかの大人たちの誤解を解いてあげたいと思っているそうだ。
そして私はたまたまだが、話を十分に聞いてくれる時間が合って、その女の子に会う可能性も高いためまず最初に誤解されないようにと思わず話していたそうだ。
もし誤解するような人間ならこの時点で怖がって帰っていくだろうという、傷つけるぐらいなら会わせないほうがいいだろうという計算も合ったと正直に言われてしまう。
そこまで話が終わるとこちらを向き直り、もう一度訊ねてくる。
「女の子の母親の友人と聞いたが、どうにも年が離れすぎているし雰囲気というものが全く違うように思える。何しに来なさった。」
おそらくすべて包み隠さず言われた上に正面から聞かれて誤魔化せるほど私は度胸もない。そして嘘も準備していなかった。
そのため正直に話すしかないと思い、ここに来た発端からすべて伝える。

「あんれま、あの兄さんの頼んだ人かい。」
女の子のことを聞いて調べるために来たといったあたりではかなり怖い顔になっていたがそれを頼んできたのが彼だと伝えると一転場の空気が和らぐ。
「てっきりどっかの雑誌の記者とやらがまた来て、あの子を付け回す気かと思ってたよ。しつれいしたな。」
この場をどうやって収めて逃げようかと思ってた私は拍子抜けするほどの変わりようだった。
よっぽどこのあたりで彼は信用されているのだろうか。と、もう一つ情報がでた。
「記者がまた来て?」
と聞いたところ、どこかで聞きつけた怪しげな雑誌の記者が、一時期このあたりで女の子を探して聞きまわったり徘徊していたそうだが、かなり不審な見た目だったのと、このあたりの留守の家に勝手に上がりこんで小物とは言えども物を取っていたらしくそれを調査して逮捕したのが彼だったそうだ。
「あの時はそこの子だけが危ないわけじゃないかもといって、休みの日だと言っていたが何日かに一回は子供たちの通学の時間帯は見守りの大人たちに混ざって一緒に子供たちの登下校を見守ってくれたり変なことがあったりしたら連絡してくれと言われちょっとしたことだけど心配になって連絡したら夜中でもすぐにでも飛んできてくれて。」
後で確認したところ彼が女の子を迷子として送り届けたのはこの事件が終わった後日のことだったらしい。
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