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1章 ジュリアス界層魔術師事務所
2話 魔女は働きたくない
しおりを挟む魔女や魔道士。
その名からイメージするのは人それぞれ三者三様だ。
性悪で偏屈だったり、人の不幸は蜜の味といった様子で不気味に笑うイメージもあるだろう。
それに彼らは見た目こそ人間だが
体の一部が人間と異なる者も多い。
簡単に言えば翼が生えてる者や角がある者も居るので常にそういうイメージは付きまとう。
彼らはいわゆる古の魔族の末裔。
同じような種族では亜人という者達もいる。
しかし亜人は魔女や魔道士よりも人間に近い全くの別者だ。
何よりも魔女や魔道士の寿命は人間や亜人より遥かに長い。
彼らがどの位の時を生きているのかを正確に知る者はいない。
当然ながら魔力も人間や亜人の比にならない程高く、それぞれの力も凄まじい。
だからこそ畏怖される存在─────だった。
過去は。
今の時代を生きる彼ら魔女や魔道士は人間に敵意を持たず、むしろ人間との摩擦を嫌う。
過去には人間と争った事もあるらしいが今では文献の中だけでの話。
おとぎ話だ。と笑う人が居るくらい昔だ。
歴史として受け継がれているが
現代では彼らは人間社会に溶け込み普通に暮らしている。
一部の魔女や魔道士は過去の過ちを再び起こさぬようにと国の中枢で重要な役職に就き、人間や亜人らと平和への道筋を日々探っていたり、
「良かったんですか?断って」
「いいのいいの。
調停役とか私そういうキャラじゃないし
セレちゃんがやってるでしょ」
こうしてダラダラと静かな暮らしを選ぶ魔女もいる。
ウィンブルガー王国首都ガーベラより南。
隣国ロミリアユニオンに隣接する広大な湖。
その畔にある決して立派とは言えない古い丸太小屋。
ジュリアス界層魔術師事務所はそこにある。
そしてその丸太小屋の庭先の椅子に腰掛け、ガーデンテーブルに上半身を預けて猫の如く伸びている長い蒼銀の髪の女性。
『氷華の魔女』ユキノ·フローズ。
自称普通の魔女は
その切れ長の目を細め大きな欠伸をしている。
腰まで届く長く繊細で艷やかな蒼銀の髪。
宝石のように妖艶な光を湛えた────今は非常に眠そうに淀んでいるが─────紫色の瞳。
幼さが残るもどこか大人びた妖艶な顔立ちには『ゆるふわ』という言葉が同居しており
彼女の柔らかな雰囲気に恋に落ちる男も多いのだが。
こうしてガーデンテーブルに酒場の酔っ払いの如く突っ伏して眠たそうに呻いている姿は
全ての魅力を九割ほどダウンさせている。
「あぁ…………働きたくない……働きたくない………」
でもってこの本当にやる気の無さそうな声である。
自称普通の魔女ことユキノはテーブルに突っ伏したままそう宣い紫色の瞳を正面に向けた。
向い側に座っている長い黒髪を束ねた───一見すると女性に見える彼はユキノのだらけ具合に苦笑いする。
そして手にしていたコーヒーカップをソーサーに静かに置いて笑うと。
「働いてください」
異性であればコロッと落ちそうな
爽やかで実に真っ黒な笑みを浮かべ目の前の魔女の言葉をズバッと切った。容赦なく切った。
「やだ!!」
「働いてください」
「また女の子に間違われたクセに~!」
「それとこれとは別問題ですユキノ様。
冠名魔女なんですから働いてください、セレスティア様に怒られるの僕なんですよ。
調停役じゃなくても仕事はありますよ例えば国境管理人とか」
「コール!いつからそんな厳しい子になったの!ママ悲しい!」
「ユキノ様は僕の師ではありますが母じゃないです。そして僕は元々こういう性格です」
「よよよ……昔は可愛かったのに………
というかコール?所長になってから性格悪くなってない?なったよね?疲れてる?
お師匠様が添い寝してあげようか??
私は一向に構わ」
「今日ご飯抜きですね」
青年。
いや、ジュリアス界層魔術師事務所の所長である彼が中性的な顔に笑みを含ませた黒い何かを再び浮かべると、ユキノは「やだーーーーーーーーー!」と子供のように声をあげて突っ伏したままテーブルをバシバシ叩いた。
コウェル·ジュリアス。
冠名『氷華の魔女』こと
ユキノ·フローズの唯一の弟子。
そして数百年振りに新たに認められた界層魔術師であり、ジュリアス界層魔術師事務所の若き所長でもある。
その才能と師の二つ名から『氷の魔術師』という名で呼ばれる事もある。
当然ながら周りからは『天才魔術師』だとか『奇跡の魔術師』とも呼ばれているが、師でありコウェルという弟子を誰よりも良く知るユキノは「努力の天才」と言う。
誰よりも学び、誰よりも苦労したからこそ掴めた誇るべき栄光だ───と。
「メシぬきだけはご勘弁を……」
「じゃあ働いてください」
「労働は敵だからヤダ!」
「やっぱりご飯抜きですね」
「……メシ抜きなんかしたらマジで人間滅ぼすからね私」
「ええ………その脅しは無しですよユキノ様……」
「今日カレーね、返事」
「わかりましたよ……」
しかしながら彼、コウェル·ジュリアスには所長らしさ、特に威厳がない。全く。
ユキノに圧されるとこの通りである。
全体的に中性的な顔立ちなのと結んではいるが長い黒髪。
更に全体的に線が細く、背も目立つほど高い訳でも無い。
声もさほど低くなく所作も丁寧な事もあり女性に間違われやすい。
そして貫禄というモノとは全く無縁。
おまけに腰の低さ────ユキノに対しては辛辣だが────も相まって事務所で仕事をしていても彼が所長だと思わず、初対面の者には秘書や従業員と勘違いされるくらいだ。
そんな真面目なコウェルと自由奔放なユキノ。
性格は見事に正反対だが────
「それはそれとして………ユキノ様。
この前の件、総組に報告入れに行きたいんですが」
「うぇ?………あー、アレね……別に報告しなくて良いんじゃない?」
「最初は僕もそう思ったんですけど……よく考えたらこれをネタに保証金倍額請求出来るなあと思って」
「…………オーケー報告しよう。私も行く」
「働きたくないんじゃなかったんですか?」
「それとこれとは別問題。
あと思い出したらムカついてきた。私のかわいいかわいいお弟子くんをあんな危ない目に合わせたんだから『お話』しなきゃでしょ」
師と弟子は似るらしく絶妙に息が合う。
ユキノに至っては嫌な事───コウェルが受けた依頼の事だが───を思い出したらしく綺麗な顔に物凄く悪い笑みを浮かべている。
「じゃあスイマセンけど……」
「転移魔法?」
「………お願いします」
コウェルが深々と頭を下げてそう言うと
ユキノは再びジトーッと彼に目を向けた。
実に、実に、じ つ に 不満そうな膨れっ面で。
「お師匠様命令!魔動車買え!」
ビシッという音が聞こえそうな勢いで
弟子を指す。
で、指された弟子はフッと真顔になると空を見上げた。
「そんなお金無いです……事務所だってきちんと建ててないのに……」
光の無い真っ黒な瞳で遠くを見つめ「ははは」と乾いた笑いをあげた。
界層魔術師となれば立派な建物の事務所を持っているモノ。
しかしながら彼の場合はこの湖畔の丸太小屋が事務所代わりだ。
立地は最悪なので依頼の数は他所と比べると少ないが、コウェルの対応の丁寧さが評判を呼んでおり大口の依頼がよく舞い込んで来る。
なので金銭面の問題は無縁なハズの界層魔術師事務所なのだが。
彼の場合は様々な事情から資金繰りに物凄く苦労している所がある。
「貧乏を全面に出さないでよ悲しくなるじゃん……」
はー。と溜息をつきユキノはガクッと肩を落とし「仕方ない」と、やる気無さそうに宙に術式を刻む。
転移魔法は高等移動魔法。
界層魔術師といえども苦手な魔法はある訳で
この手の魔法が苦手なコウェルには使うことが出来ない。
「いい加減覚えてよね~」
「はい……でも毎回座標設定が上手くいかなくて……」
「あー、まあ、難しいからねぇ。この前山奥まで吹っ飛んでたもんね」
もちろん使おうと思えば使えるし試したこともあるが、この前試した時に座標設定を一桁間違えたらしく、知らない土地の知らない山奥に飛んでしまい大変な事になった。
という訳で現状こうしてユキノに頼むしか無いのだが、彼女はとにかく楽がしたいので位置調整や座標に気を使うような面倒くさい魔法は使いたがらない。
で、それらを解決するには魔動車。
魔術鉱石を燃料とし動力機関を動かし進む車。
これがあれば良い。
全て解決だ。
なんなら馬でも良い────費用さえあれば。
「ホントすいません……」
「あとでマッサージ、返事」
「はい……」
「紅茶とケーキ奢り、返事」
「はい……」
言われたコウェルが苦笑いしながら返事をすると、ユキノは大きな溜息をつくのだった。
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