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鏡月

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1章 ジュリアス界層魔術師事務所

3話 魔術師事務所 総合組合

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 魔術師事務所 総合組合。

 通称『総組』は各地に出張所を設けている。

 彼らは現場ではなく机に向かって無数の資料と日々睨み合い、時には不備だらけの資料を携え魔術師事務所に殴り込み───訂正を求めに向かう。

 そんな彼らの主な仕事は魔術師や魔術師事務所へ仕事を回す事。

 報酬の支払いや適切な事務所運営が行われているかの調査。
 場合によって監査を行う事も彼らの大事な仕事である。


 適切な運営が行われていないと当然ながら



「──運営規則5条4項。
 依頼人に関する情報文書の管理が行えていませんでした。罰則規定に基づき4000ゼニーの罰金です」


「いや、それは少し忙しくて……ついうっかり……」


「『つい』と『うっかり』で運営出来るほど魔術師事務所の運営は甘くありません。
 次回このような事があったら再評価試験ですよ」




 彼ら魔術師には守るべき義務がある。


 魔術師および魔術師事務所に課せられる三大義務。


 1、社会への奉仕
 魔術師事務所および魔術師の業務は社会への奉仕活動である。
 いついかなる時も奉仕の心を忘れてはいけない。


 2、公平な対応、公平な調査、公平な報酬
 魔術師事務所および魔術師は常に公平な立場でいなくてはならない。
 いかなる時も対応、調査、報酬に差をつけてはならない。


 3、平和的解決
 魔術師事務所および魔術師は常に平和的解決を目的として行動しなくてはならない。



 個人からの依頼はもとより国からの依頼を受け、三大義務を遵守し、解決が困難な厄介事を片付け時には仲裁する。



 これらを守っていないと────このように総組本部へ呼び出さこっぴどく叱られる。


 程度によっては魔術師の再評価試験。


 魔術師の階級は大きく分けて三つだ。

 新卒の魔術師が多い組合魔術師。

 経験を積み試験を受け合格した公認魔術師。

そして───魔術師の極みたる界層魔術師。

 
 その階級の魔術師として相応しいかどうかの試験を受けなくてはいけなくなる。

 ちなみにこの再評価試験を受けて合格する魔術師は殆どいない。


 そんな感じで半ばお役所仕事的な立場で物事を動かしているのだが、彼ら組合にも魔術師事務所と同じく決まり事。

 
 つまり義務がある。


『魔術師への正確な情報提供』だ。


 単純なことだがこれがとても大事なことで
 例え腕の立つ魔術師でも正確な情報無しに
 行動計画は立てられない。

 正確な情報無しには
 予算や貴重な人員を割けないからだ。

 仕事を選ぶ界層魔術師事務所は尚更だ。

 だからこそ魔術師は情報にうるさい。物凄く。



「ごめんあそばせ。
 本部長はいらっしゃいますか?」


「はい?どちら様────!?」


 ────なので情報に誤りがあった場合。


 こうして王都の総組本部に
 事務所の関係者が乗り込んでくるのも至極当然のことである。


 オマケにその事務所関係者が魔女で。

「ジュリアス界層魔術師事務所のユキノ·フローズと申します」


 界層魔術師事務所の冠名魔女で。

 魔女らしい帽子に魔女らしいタイトなシルエットの正礼装を着て現れれば、それは組合にとって只事では無い。


 そんな姿の魔女に窓口で声を掛けられれば
 眉間にシワを寄せて事務作業をしていた引っ詰め髪の女性担当者も「少々お待ち下さい!」と、このように慌てて事務所の奥に駆け込んで行く。

 もちろん総組本部に相談に来ている者達にとっても大変な出来事な訳で。


「氷華の魔女様だ……」


 氷華の魔女。

 ユキノ·フローズはいわゆる綺麗な顔立ちのタイプの女性である。
 そのスタイルもかなり良く身長も比較的高い。

 身につけている礼装は露出こそ───太もも辺りまでスリットは入っているが────少ないものの体のラインはバッチリ主張している為。
 豊かな胸元やヒップラインなどはかなり目立つ。

 容姿だけでも目立つその人が氷華の魔女ともなれば。もちろん周りの視線は彼女に釘付けとなる。


「大騒ぎになってますけど」

「見られるのも仕事」


 事務所でダレていたあの腑抜けた表情と声はどこへやら。

 コウェルに耳打ちされたユキノは実に上品な笑顔と声でそれに答えると、こちらを見ている魔術師達に小さく手を振った。


 (事務所に居る時と全然違うんだよな……)


 毎度の事ではあるが
 先程までのユキノの姿と今の姿は正反対だ。

 事務所のソファーで猫の如く転がっていたり
 部屋のクッションの上でナマケモノのように
 だらしなく伸びているあの姿に反し。

 今は妖しく艶やか。

 魔女らしいミステリアスな雰囲気と
 何を考えているのか分からない得体の知れなさがある。


 それよりも。


 (本部長、苦手なんだよなあ………)


 ユキノのカリスマモードよりも、これから確実に顔を合わせる事になる総組本部長の方が問題だ。

 トール·フェゴール魔術師事務所 総合組合本部長。

 長ったらしい肩書だが
 彼は魔術師を束ね実力と信用ごとに仕事を振り分ける総組の本部長。

 立場故か元々なのか
 その性格は傲慢で尊大。

 決して見習えるような人柄では無いが
 魔術師の中で唯一騎士の称号を持つ凄腕の公認魔術師だ。

 積み重ねてきた実績や統率力と高等魔法を連発出来る程の実力は本物。

 しかしながら気に入らない者に対しては口を開けば嫌味か罵詈雑言。

 良く言えば組合の法律であり秩序。
 悪く言えば独裁者。

 この手の人間が得意という者はほとんどいないが、実力のある魔術師であり経験豊富な魔術師である事も事実。

 界層魔術師として認められてもおかしくない人物であり、彼を弾劾する者や逆らう事が出来る者もいないのが事実だ。

 出来るとすれば現在唯一の界層魔術師であるコウェルか魔女や魔導師だけ。

 しかしながらコウェルは本部長が苦手だ。
 弾劾なんてする気にもならない。。

 ユキノもその事をよく知っている。
 だからこそ、こういう時は

「コウェル?
 知ってると思うけど本部長は陰険で口も悪いし顔も悪いし可愛くないオッサンだしキモいし言葉の圧も強い。
 でも今の貴方は界層魔術師事務所の所長。
 ホノカが認めた界層魔術師。
 だから相手が誰でも言うべきことは言わなきゃダメ。それに魔術師としての格なら貴方の方が上なんだからアイツの顔色伺う必要無いからね」


「────はい、ユキノ様」



 こうやって叱咤しつつ背中を押してくれる。

 一言二言三言多いのは御愛嬌だ。


「お、お待たせいたしました!!氷華の魔女様!氷の魔術師様!!こ、ここここちらへどうぞ!あ!いえ!失礼しました!ご案内します!!」

 そう思っていると先程の担当者がバタバタと戻ってきた。

 よほど急いだのだろう。
 メガネが思い切りズレている。
 だが本人はそんな事まで気が回っていない様子だ。

「行きましょうかコウェル」

 師は微笑む。

 しかしその内に「めんどくさいから早く片付けよう」というモノが見える。

 周りには女神の如き微笑みに見えているだろうが、この笑顔は本当に早く帰りたい時の笑顔だ。

 ちなみにそれはコウェルも一緒である。

 報酬の為とはいえさっさと帰りたい事には変わり無い。

 そんなユキノにコウェルは「はい」と頷き
 担当者の案内のもと総組本部の奥へ歩を進めるのだった。





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