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鏡月

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1章 ジュリアス界層魔術師事務所

5話 魔術師総合組合本部長

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「これはこれは氷華の魔女様とコウェル·ジュリアス界層魔術師殿ではございませんか。
わざわざこのような所へご足労頂き、恐悦至極にございます」


白髪の男は深い皺の刻まれた鋭い双眸をユキノでは無くコウェルに向け、歌劇の演者の如く大袈裟に振る舞って見せる。

トール·フェゴール魔術師総合組合 本部長。

凄腕の魔術師。

でも、皮肉で嫌味な人だ。


「本部長。私もコウェルも歌劇を見に来た訳では無いのだけど」

「ああ、これは失敬。
どうぞ、こちらへお掛けください。
君、氷華の魔女様と氷の魔術師様に何かお飲み物を。私はコーヒーだ、砂糖は、いれないように」

「はははは、はい!!ただいま!!」

「私はお構いなく」

言葉に感情が全く籠もっていないユキノ。
なんなら目が若干吊り上がっている。

しかし本部長は慣れている。

軽く受け流すと先程の事務員に茶汲みの指示を出し執務椅子に静かに腰掛ける。

そして同じく、ソファーに腰掛けたユキノとコウェルを見据えた。

「それで、何事でしょうかな?」

本部長は厳格で威圧的。
それでいて静かに切り出した。

ここに来たからには、つまらない用事では無いんだろう?そう言いたげに。

「先日、総組から頂いた依頼の件で伺いました」

コウェルも静かに切り出す。
ただ、静かに丁寧に、慎重に。

「聞こう」

本部長が頷く。

コウェルはスッと立ち上がり、彼に前回の依頼書と事の顛末を纏めた資料を手渡した。

そして本部長にバレないように静かに呼吸を整える。

苦手だが言うことは言わなくてはならない。


「魔術鉱石採掘場内の調査とお伺いしていたのですが現地を訪れたところ。
魔術鉱石採掘場はコボルトの要塞化した巣になっており、総組の初期調査と相違がある状況でした」


「ほう、して、対処は?」

 
「想定外の状況でしたので、まずは付近の住人の安全確保。
その後全てのコボルトを討伐。
巣は住人の協力を求め全て解体し、使用されていた木材等は総組の指示を待つため現地で保管してもらっています」


「討伐はコウェル·ジュリアス界層魔術師殿が1人で片付けたのか。数は、なるほど100体程か」

「はい」

「この数を1人でやるか───あの小僧が随分成長したものだな。せいぜい氷華の魔女様に感謝することだ」

「……恐縮です」


本部長は資料を読みながら報告を聞き皮肉交じりに言葉を返す。

本人は褒めてるつもりかも知れないが
言葉ひとつひとつには鋭いトゲが混じっている。

しかし、そういう人だ。この人は。

ユキノは───ソファーに腰掛けたまま黙って目を閉じている。何も言わずに。


「資料も、ほう、まともに書けるようになったか。ああ、界層魔術師殿なら当然の事か。
気にしないでくれたまえ」

一枚捲っては丁寧に書かれた文字を一字一句、誤字脱字ひとつ見落とさないかのように視線を走らせ、また資料を一枚捲る。


「採掘場への被害は」

「大きな物はありませんでした。
ですが、坑道がいくつか崩落しているようなので騎士団へ報告済です」

「獅子皇か?」

「はい。ハルト騎士団長へ直接報告しました。
すぐに復旧してくださるそうです」

「この程度の仕事を獅子皇にやらせるのは役不足も良いところだ。
私の方から復旧は黒豹に任せるよう進言しておく」

「え?あ、はい……」

「何か不服か?」

「いえ………」

鋭く睨みつけられたコウェルが引くと本部長は静かに資料を置く。

「獅子皇は要所を守る精鋭。
そう簡単に動かせる者達では無い。
ましてや、剣聖たるハルト騎士団長に土木作業をさせるつもりか?君は?」

滔々と宣った。

ウィンブルガーを守る騎士団。

その中でも『獅子皇』は国の要であり最強と名高い騎士団。

争いを好まぬウィンブルガーの最強の盾。

他国からの侵攻を幾度となく無傷で退けた精鋭が集まる騎士団。

その獅子皇の騎士団長ともなれば────本部長が言う通り安易に動かすことなど出来ない。

しかしその団長は気さくな人間であり、たまに事務所に顔を出しに来る位にコウェルやユキノとの付き合いは長い。

その関係性もあって「困った事があれば訪ねるように」と言われていたのだが、少し軽率だったかも知れない。

それに今思えば本部長は騎士の位を持つ魔術師。

自分よりも騎士団の内情に遥かに詳しい。
コレは先に伺いを立てるべきだった。


「だからこそ黒豹に任せる。
奴らはこの手の仕事のプロだからな。
コウェル·ジュリアス界層魔術師殿。
賢い頭があるのなら少しは考えることだ」

「承知しました……」


「もう一つ。
わざわざ総組本部まで来たのは大方この依頼の事前情報に相違があり、行動計画に影響が出た。
その為の報酬の引き上げを直談判しに来たという所だろう。違うか?」


威圧感の塊を前にコウェルは「はい」と力無く答える。


依頼を出す前に総組の方で現地調査を行う。

総組の義務である『魔術師への正確な情報提供』の為に。

腕の立つ魔術師でも正確な情報無しに行動計画は立てられない。

動く前にやり方も考えなくてはならないので事務所的にも『きちんとやってもらわないと困る』事だ。

今回の場合だとそれが正しく行われていなかった。

更に第三者からの依頼では無く総組からの直接依頼であった為、不備の報告と報酬の引き上げを求めるために直接出向いた訳だが───逆効果だったかも知れない。


「で、ですが、コボルトの巣の存在は依頼書に明記されていませんでした。
それに短期間で作られた巣であれば」

「そうだ、要塞化はしない」


コボルトはいわゆるゴブリンの一種だ。

一匹なら危険度は高くないが集団になると危険性が増してくる。

要塞化した巣に住むコボルトはドラゴンにも近い脅威だ。

巣が要塞化すれば近代兵器とまではいかないが
大砲や連弩のような殺傷力の高い武器まで用意し始める。

場合によっては騎士団でも手こずる程強力な個体も現れ、手の付けようがなくなる事も稀にある。

救いなのは巣は短期間で要塞化しないという事だ。

要塞化には最低でも1年はかかる。

なので現場をきちんと確認していれば調査資料に記入されているハズなのだ。

「僕は、失礼、私は要塞化した巣がある事が依頼書にも調査資料にも明記されていないのは総組側の重大なミス。
調査不足による義務違反だと考えています。
よって────」


「報酬は2000ゼニー上乗せで支払おう。
それ以上は無しだ」

コウェルが言うより先に本部長は語気を強めて言って資料を机に放り投げた。

強い語気と尊大な態度にコウェルは一瞬たじろぐ。

昔の自分なら回れ右して帰っている所だ。
しかし今は違う。

今の自分は界層魔術師。
それに、今回の件は明らかに総組のミスだ。
こちらも死に目に合った以上は退く訳にはいかない。

「倍額を要求します」

同じく語気を強めて───迫力は本部長の半分以下かも知れないが────返した。

譲れない条件だと。

「分かっていないようだなコウェル君。
獅子皇を勝手に動かそうとしたのは越権行為だ。それを考慮し、お咎めなしで2000ゼニー上乗せをしてやろうと言っているんだ私は」


「確かに獅子皇に関しては私の配慮不足でした。
ですが、そもそも事前情報が正しく提供されていればこういう事にはならなかったのではありませんか?私は総組の信用に関わる大きな問題だと思いますが」

負けじとコウェルも返す。

なるべく言葉を選んで本部長の威圧感に呑まれないように冷静に。

相手が誰だろうと言うことは言わなくてはいけない。

報酬の為だけでは無い。

総組の誤った事前情報のせいで死にかけたのは
獅子皇よりも大きな問題だ。

恐らくハルト騎士団長だったらそう言う。
間違いなく。


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