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1章 ジュリアス界層魔術師事務所
6話 魔女の逆鱗
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「……言うようになったな小僧」
「どうされますか、本部長」
「いいだろう。
この俺に面と向かってここまで言った度胸に免じて望み通り倍額を支払おう。
ソフィア、コーヒーはもう良い、支払いの準備をしろ」
「ははははい本部長!!!!」
眉間に皺を寄せた本部長がコーヒーと飲み物を出すタイミングを計っていた事務員を一瞥すると
事務員は飲み物を載せたお盆を持ったまま慌てて部屋を出ていった。
そして
「用が済んだのなら出て行け。私も暇ではない」
「あ、ありがとうございました、本部長」
明らかに機嫌を損ねたであろう本部長が低い声でそう宣う。
対してコウェルは立ち上がり深々と礼を返す。
なんとかなった。
あとは報酬を受け取ってさっさと帰ろう。
そう思いながら隣を見ると
「ふーん」
ずっと目を閉じ、黙って一連のやり取りを聞いていたユキノが静かに立ち上がった。
そしてその顔に張り付いている冷たい微笑みを見てコウェルは戦慄した。
怒っている。
間違いなく、しかも、かなり。
何かおかしな事をしただろうか。
本部長の圧に負けかけたが言うべきことは言ったし、いや、思いつく限りでは何も無い。
しかし、何か自分で気付かないうちにやらかしたのか?
彼女の表情に恐怖を憶えつつそう思っていると、ユキノはコウェルの肩に優しく触れ「頑張ったね」と彼を見ずにいつもの優しい声で言った。
これはすぐに分かった。
ユキノ様が怒っている相手は僕じゃない。と。
「本部長、ひとついいかしら?」
優しい声。
しかし冷たく刺さるような声が静かな部屋に響き、冠名魔女の凍てつくような視線が本部長へ向けられる。
「なんだ?」
本部長は表情を変えずにユキノを睨み返す。
それに対して彼女はクスッと
いつもとは違う妖艶で危険な笑みを浮かべた。
男を射殺すような妖艶さではなく
得体の知れない魔女そのものの危険で妖しい笑みを。
「私の可愛いお弟子くん。
いえ、コウェルをバカにするのもだけど
この子を小僧って呼ぶのをいい加減やめてくださらない?
私からすれば貴方も─────」
「────小僧なんだから」
室内が強烈な冷気に包まれていく。
魔女や魔導士は悠久の時を生きる魔族の末裔。
彼らにとって力で相手を黙らせることは
小枝を折るくらい簡単だ。
力だけでなく
言葉ひとつだけで相手を黙らせることも。
「留意しよう」
「これはお願いじゃないの。命令。
冠名魔女としての命令よトール·フェゴール。
私の可愛い弟子を侮辱する事は誰であろうと許さない」
感情の無い声と共に冷気が強まる。
窓には氷の華が咲き、床が凍りついていく。
魔女や魔導師は
有限の命である己の弟子に最大の愛情を注ぐ。
魔女や魔導士の弟子への侮辱は師への侮辱。
師への侮辱は弟子への侮辱とされ
逆鱗に触れたも同然の行為。
彼女らが人間に友好的とはいえ
本部長の言動や態度は命を奪われてもおかしくない程の蛮行。
しかし。
「ゆ、ユキノ様、大丈夫です!
僕は気にしてませんから!!こちらにも不備がありましたし本部長も悪気があった訳では無いと思いますし!!
それに、えーと、本部長もお疲れなんだと思います!はい!多分!!!!」
こうして愛弟子に必死に止められると
「………貴方がそう言うならいいけど」
愛情を注ぐ故に弱い所もある。
ユキノの場合は特に。
止められて不服なのかユキノは物凄く不満そうに愛弟子をジトッと睨んだ。
さながらお預けを食らった犬のような
実に不服そうな顔だ。
同時に凍てつく冷気が収まり室内は元の温度と姿を取り戻した。
ユキノは数秒不服そうに愛弟子を睨んだあと本部長に向き直り
「今後コウェルに対する侮辱は許さない。
次は無いわよ」
先程までの妖艶な笑みを取り戻して言った後。
ユキノはコウェルに「帰るわよ」と明らかに不満そうな顔で言い、彼の手を引いて乱暴に執務室の扉を開け、その場を後にした。
「な、何があったんですか本部長……」
そして彼らと入れ替わる形で執務室へやってきたのは先程、本部長の指示を受けていた引っ詰め髪の事務員。
ズレた眼鏡の奥では丸い瞳がオドオドと挙動不審に動き回っている。
「魔女の癇癪だ、放っておけ」
本部長がため息を混じらせながら言うと
今度はその事務員を真っ直ぐに見据えた。
すると事務員は「左様ですか」と声を震わせながら答え、扉を閉めてから本部長に歩み寄り淹れ直したであろうコーヒーを執務机に置いた。
「それで、小僧とグレンの関係性は分かったか」
「────いえ。
ですが、何らかの繋がりはあるかと存じます」
そして本部長の問に答えた。
その瞳は真っ直ぐに本部長に向けられ、
震えていた声や気弱な印象はそこに無くなっている。
「小僧の周辺を徹底的に洗え。
それと黒豹、いや、ジェノに伝えろ。
『次はうまくやれ』とな」
「承知しました」
深く頭を下げると事務員は姿を消した。
雲散霧消。
その場から完全に消え去った。
そして残された本部長は1人、
「コウェル·ジュリアス」
若き界層魔術師の名を転がすように呟き
窓から王城を見上げるのだった。
「どうされますか、本部長」
「いいだろう。
この俺に面と向かってここまで言った度胸に免じて望み通り倍額を支払おう。
ソフィア、コーヒーはもう良い、支払いの準備をしろ」
「ははははい本部長!!!!」
眉間に皺を寄せた本部長がコーヒーと飲み物を出すタイミングを計っていた事務員を一瞥すると
事務員は飲み物を載せたお盆を持ったまま慌てて部屋を出ていった。
そして
「用が済んだのなら出て行け。私も暇ではない」
「あ、ありがとうございました、本部長」
明らかに機嫌を損ねたであろう本部長が低い声でそう宣う。
対してコウェルは立ち上がり深々と礼を返す。
なんとかなった。
あとは報酬を受け取ってさっさと帰ろう。
そう思いながら隣を見ると
「ふーん」
ずっと目を閉じ、黙って一連のやり取りを聞いていたユキノが静かに立ち上がった。
そしてその顔に張り付いている冷たい微笑みを見てコウェルは戦慄した。
怒っている。
間違いなく、しかも、かなり。
何かおかしな事をしただろうか。
本部長の圧に負けかけたが言うべきことは言ったし、いや、思いつく限りでは何も無い。
しかし、何か自分で気付かないうちにやらかしたのか?
彼女の表情に恐怖を憶えつつそう思っていると、ユキノはコウェルの肩に優しく触れ「頑張ったね」と彼を見ずにいつもの優しい声で言った。
これはすぐに分かった。
ユキノ様が怒っている相手は僕じゃない。と。
「本部長、ひとついいかしら?」
優しい声。
しかし冷たく刺さるような声が静かな部屋に響き、冠名魔女の凍てつくような視線が本部長へ向けられる。
「なんだ?」
本部長は表情を変えずにユキノを睨み返す。
それに対して彼女はクスッと
いつもとは違う妖艶で危険な笑みを浮かべた。
男を射殺すような妖艶さではなく
得体の知れない魔女そのものの危険で妖しい笑みを。
「私の可愛いお弟子くん。
いえ、コウェルをバカにするのもだけど
この子を小僧って呼ぶのをいい加減やめてくださらない?
私からすれば貴方も─────」
「────小僧なんだから」
室内が強烈な冷気に包まれていく。
魔女や魔導士は悠久の時を生きる魔族の末裔。
彼らにとって力で相手を黙らせることは
小枝を折るくらい簡単だ。
力だけでなく
言葉ひとつだけで相手を黙らせることも。
「留意しよう」
「これはお願いじゃないの。命令。
冠名魔女としての命令よトール·フェゴール。
私の可愛い弟子を侮辱する事は誰であろうと許さない」
感情の無い声と共に冷気が強まる。
窓には氷の華が咲き、床が凍りついていく。
魔女や魔導師は
有限の命である己の弟子に最大の愛情を注ぐ。
魔女や魔導士の弟子への侮辱は師への侮辱。
師への侮辱は弟子への侮辱とされ
逆鱗に触れたも同然の行為。
彼女らが人間に友好的とはいえ
本部長の言動や態度は命を奪われてもおかしくない程の蛮行。
しかし。
「ゆ、ユキノ様、大丈夫です!
僕は気にしてませんから!!こちらにも不備がありましたし本部長も悪気があった訳では無いと思いますし!!
それに、えーと、本部長もお疲れなんだと思います!はい!多分!!!!」
こうして愛弟子に必死に止められると
「………貴方がそう言うならいいけど」
愛情を注ぐ故に弱い所もある。
ユキノの場合は特に。
止められて不服なのかユキノは物凄く不満そうに愛弟子をジトッと睨んだ。
さながらお預けを食らった犬のような
実に不服そうな顔だ。
同時に凍てつく冷気が収まり室内は元の温度と姿を取り戻した。
ユキノは数秒不服そうに愛弟子を睨んだあと本部長に向き直り
「今後コウェルに対する侮辱は許さない。
次は無いわよ」
先程までの妖艶な笑みを取り戻して言った後。
ユキノはコウェルに「帰るわよ」と明らかに不満そうな顔で言い、彼の手を引いて乱暴に執務室の扉を開け、その場を後にした。
「な、何があったんですか本部長……」
そして彼らと入れ替わる形で執務室へやってきたのは先程、本部長の指示を受けていた引っ詰め髪の事務員。
ズレた眼鏡の奥では丸い瞳がオドオドと挙動不審に動き回っている。
「魔女の癇癪だ、放っておけ」
本部長がため息を混じらせながら言うと
今度はその事務員を真っ直ぐに見据えた。
すると事務員は「左様ですか」と声を震わせながら答え、扉を閉めてから本部長に歩み寄り淹れ直したであろうコーヒーを執務机に置いた。
「それで、小僧とグレンの関係性は分かったか」
「────いえ。
ですが、何らかの繋がりはあるかと存じます」
そして本部長の問に答えた。
その瞳は真っ直ぐに本部長に向けられ、
震えていた声や気弱な印象はそこに無くなっている。
「小僧の周辺を徹底的に洗え。
それと黒豹、いや、ジェノに伝えろ。
『次はうまくやれ』とな」
「承知しました」
深く頭を下げると事務員は姿を消した。
雲散霧消。
その場から完全に消え去った。
そして残された本部長は1人、
「コウェル·ジュリアス」
若き界層魔術師の名を転がすように呟き
窓から王城を見上げるのだった。
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