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鏡月

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1章 ジュリアス界層魔術師事務所

7話 魔術師は叱られる

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 首都であるガーベラは通称『王都』と呼ばれ、他国よりも進んだ魔法技術によりインフラ整備や乗り物の開発が盛んに行われており

 整備された道路では魔力を結晶化した鉱石『魔術鉱石』を燃料として走る『魔動車』も行き交っている。

 近代化された街並みには大型の商業施設が立ち並び、それを目的とした観光客もあり右を見ても左を見ても人だらけだ。

 ────そんな人混みの中からでもウィンブルガーを統治する王族の居城は大きく穏やかに。静かに城下を見守っている。

 武力侵攻や武力行使を良しとしない。

 争いを好まない穏やかな国柄。

 当然国民性も穏やかだが。


 そんな穏やかさと無縁な場合もある。


 総組で報酬受取の手続きをしている間、
 冠名魔女ユキノ·フローズは不機嫌だった。


 正礼装を身に纏い『氷華の魔女』としてのカリスマを放ちつつ、話し掛けてくる若い魔術師等には笑顔で優しく「あらあらうふふ」と対応していたが、弟子から見れば彼女の雰囲気だけで機嫌の悪さは分かる。



 なので。


「コール」

「はい」

「バカにされることに慣れちゃダメって私何回も何回もなんっっっっっかいも言って聞かせたと思うんだけど??」

「仰るとおりです……」




 地味ではあるが街中では目立ちすぎる正礼装から、普段使いの魔女らしくないカジュアルな服装に着替えた彼女はオープンカフェの一角で紅茶とショートケーキ。

 そしてパンケーキを食べながらテーブルの向かい側に座る愛弟子に言葉のムチを振るっている。

 街の人々には氷華の魔女の姿は正礼装。
 または準礼装のイメージしか無いらしく───そもそもこういった場所に冠名魔女が来ると思っていない人が多いので───気づかれる事は無い。

 コウェルに至っては見た目こそ人目を引く容姿ではあるが、界層魔術師事務所 所長らしからぬ威厳の無さもあり彼がコウェル·ジュリアスだと気付かれることは────全くと言い切っていい程無い。


 ましてやガサツにショートケーキとパンケーキを交互に食べながら紅茶を啜っている女性に滔々と叱られていれば尚更である。


「優しくて努力家なのはコールの良いところだし私も好きだよ?
 そりゃあもう撫で回してあげたいくらい可愛いし?
 だ·け·ど!優しすぎるのと自信の無さと鈍感な所はほんっとに!ほんっとうに!ほんっっっっとーーーーに!キミの悪い所!ホノちゃんにも申し訳無いと思わないの?」

「た、確かにそうですけど!
 さっきのあの状況だと流石にユキノ様、本部長吹き飛ばしそうでしたし……」

「しないわよそんな事。バーサーカーじゃあるまいし。自分のお師匠様を誰だと思ってんのキミは。アイツに長々とお説教してやろうと思っただけよ、全くもう」

 ジトッとコウェルを睨みながら言ってユキノは切り分けたパンケーキを口に運んだ。

 コウェルはそれを苦笑いで返す。


 ───そうは言うが

 さっきのあの顔は本気で総組ごと本部長を吹き飛ばすつもりにしか見えなかった。

 並の魔女ならばともかくユキノのような冠名魔女。

 氷華の魔女なら本気を出さずとも
 総組を更地に出来ることを知っていれば尚更だ。


「本部長相手に頑張ったのは認めるし素直に褒めるところだけどね?
 傲慢になれとは言わないからもう少し自信を持ちなさい。お師匠様命令ねコレ。
 それとも、もう一回ホノちゃんと合宿する?
 今度は二ヶ月くらい」


「ええ!?そ、それだけは許してください!」


 その一言に真っ青になったコウェルがこの通りです!とテーブルにめり込む位の勢いで頭を下げるとユキノは「どうしようかなぁ~」とニヤニヤといやらしく笑った。


 ホノカはユキノと同じ冠名魔女だ。


 氷華の魔女という名を持つユキノと同じく。
 劫火の魔女という名を持つ魔女。

 だが、その仰々しい二つ名に反して賑やかで人懐っこい魔女である。

 彼女が住んでいる村の住人には『大型犬のようだ』とも言われている。

 会話の中で名前が出るだけにユキノとも仲が良く、時折事務所へ遊びに来ては湖で釣りをして帰ったりと自由奔放な魔女である。

 面倒見もよく彼女の世話になった魔術師はとても多いのだが─────彼女は界層魔術師試験における最難関でもある。

 厳格な性格とは程遠く能天気で明るく人懐っこいが、彼女の試験はどんな問題よりも難易度が高い。

 想定通りの問題は出ず
 過去の問題はアテにならない。

 不合格の理由を訊ねれば「さあ、どうしてでしょうか?」と無邪気な笑顔ではぐらかされる。

 コウェルもそうだった。

 結果的にはホノカの出す難問を突破し界層魔術師にはなれたが、それまでに二回不合格を出している。

 ダメ元の三回目で合格した際に不合格理由を聞いて納得はしたが、魔女や魔導士の視点と自分の視点、界層魔術師と普通の魔術師の考え方の違いも思い知った。

 その理由に気付けないと数十回、数百回の不合格も充分あり得たし、考え方によっては界層魔術師への昇格は望めなかったかも知れない。


 ────それはともかく。

 コウェルにとってホノカとの合宿は試験よりもツライ事情がある。

「暑いんですよあそこ……」

 暑さだ。

 ホノカの住む村は1年を通して常夏。

 雨が降れば大雨、そして高温多湿。
 慣れてない人間が暮らすには厳しい環境だ。

 景色と自然の豊かさだけは良いのでバカンスなんかで訪れる人もいるらしいのだが
 コウェルには何であんな暑い場所にわざわざ行くのか理解出来ない。

 でもって。

「まあホノちゃんの所が暑いのは仕方ないわね。というかコール?私昔から思ってたんだけどキミいくらなんでも暑さに弱すぎない?」

「雪と氷しか無い所で育ちましたから……」

「それは知ってるけど。
 それでもさすがに慣れ───あ、クリームソーダ美味しそう、頼んでいい?頼むからね」

「あ、はい」

 コウェルは暑さに弱い。
 どうしようもなく暑さに弱い。

 どれくらい弱いのかと言われると、今、ここ王都の気温は20℃少しだが、これでもコウェルにはちょっと暑いくらいだ。

 なので、常夏どころか灼熱地帯のあの村で二ヶ月も暮らせばミイラ化必至なのだ。

 雪と氷しか無いような所で育ったとはいえ、住んでいれば気候にも慣れるのかも知れないが。

 それでも未だにコウェルは「気温は一桁が一番丁度いい」と思っている。


「ん??そういえばコール?
 私の所に来て何年だっけ?10年くらい?」

「13年ですね」

 不意に聞かれてコウェルが答えると
 ユキノは「ん?」と再び小首を傾げて呆けた声を出した。

「あれ…………コール?今何歳?」

「今年で24ですよ」

「え、じゃあ私が拾った時キミ11歳だったの?マジ??」


 目をまん丸くするユキノにコウェルは「そうですね」と頷く。

 それを聞いた彼女は「えーマジかあ」とスプーンを咥えたまま頬杖をついた。

 そして目の前で苦笑いする弟子をジーッと見つめ少し間を置いてから控えめに笑った。

「ずいぶん思い切ったねぇ」

「本の影響というか……あるじゃないですか……
 そういうの。上手くいきませんでしたけどね……」

 笑いながら言い色々思い出したコウェルは頭を掻いた。

 ───ここよりも広い世界を見てみたいという漠然とした夢。

 本の中にあったような
 華やかで明るい世界を物語の主人公のように1人で歩いてみたい。

 子供ながらにそう思って無謀な計画を立て
 行動した結果が今。

 描いた夢は叶ったが両親や姉には物凄く迷惑をかけてしまった。

 心配もさせてしまったので今は決して誇れる行動では無かったと思っているが、当時の自分は当然ながらそこまで考えて行動していなかった。

 幸運だったのは踏み出した一歩目が地獄に通じる落とし穴では無く、その先にユキノという道標が居た事。

 今思えば無謀に無謀を重ねた行動で反省するべき事しか無い。

「あそこで私がコール拾ってなかったら、そのままコボルトの餌だったもんね」

 ユキノはクリームソーダの上のサクランボを口に放り込み宣った。

 子供ながらに考えた行動計画は穴だらけだったので、当然ながら王都のだいぶ手前で行き倒れた。

 そこをたまたま通りかかった魔女ことユキノに拾われるというミラクルこそ起きたが、それが無かったら────。


「ゾッとしますよ本当に」


「ま、結果的には私のお弟子くんになって界層魔術師にもなったワケだし?結果オーライよ。
 ただしきちんと親孝行すること!
 パパさんママさんに迷惑かけてるんだからねー。お師匠様命令、返事」


「はい」


「よし、んで?合格報告はしたの?」


「はい、手紙を送りました。
 返事も来たんですけど父さん驚いて椅子から落ちたらしいですよ」


「あらら、それじゃあお見舞いにいかなきゃいけないねー。近い内に顔出しに行こうか」


「そうですね」

 ユキノが空になったグラスにスプーンを入れていつも通り笑うと、コウェルも笑って返した。

 その時。


「ひったくりだァーーーーーーー!!!!」


 賑やかな人の波の中から物騒な叫び声が響き渡った。

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