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鏡月

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2章 騎士と少女と界層魔術師

2話 お嬢様と騎士

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コウェル·ジュリアスとユキノ·フローズは滅多に王都に来ることが無い。

特にコウェルは人混みをかなり嫌うらしい。
なので本当に用がある時以外は王都に現れないらしいのだ。

かといって出向くにもジュリアス界層魔術師事務所の場所までは王都から歩いて半日以上は掛かってしま─────


(いや、歩いて行けなくは無い……よね?)


────思いつきというのは怖いものである。


アミーティアはお嬢様育ちだが体力には自信がある。


端から見れば小柄で可憐。
整った身だしなみや容姿からも育ちの良さが分かる少女。
いわゆる深窓の令嬢だが、彼女は机に向かって黙々とやるデスクワークよりも野外を探索出来るフィールドワークが好きだ。

徒歩での長距離移動も嫌いでは無く、
むしろゆっくり歩いて色々見るのも好きだ。

(確か、あの辺って歩きやすかったハズだよね)

記憶では王都からジュリアス界層魔術師事務所までの道のりは平坦だった。多分。


「よし!」


思い立ったが吉日。

日はまだ高い。
行くなら今すぐ。

持ち物は、まあ、なんとかなる。
でも食料くらいは買っておいたほうがいいかも知れない。

(とりあえずお店で何か買っておこう)


そう思いアミーティアがヒョイッと立ち上がると


「おやおや学生さん、お1人ですか?」


「ひゃ!?」



後ろから不意に声を掛けられた。

それに驚いて短い悲鳴を上げ振り向くと、真っ白な角帽子を被り、同じく真っ白なローブを身に纏った中年の男が目を細め笑顔で立っていた。

街に溶け込むどころか浮きに浮いているその姿。

誰が見ても怪しく胡散臭い。


「あ、えぇと……ちょっと急ぐのでっ!」


彼女はお嬢様育ちではあるが世間知らずでは無い。

明らかに怪しいその姿に警戒しない訳がなく。
出来る限りの作り笑いで男の横を通り抜けようと試みる─────

「お待ち下さい迷える学生さん。
ここでお会いしたのも神様の思し召し!
少し私の話に耳を傾けて下さいませんか!?」


が、遮られてしまった。

小太りな見た目の割に素早い。
しかも男は何だか怪しい事を宣っている。

こうなると正直どうすれば良いか分からなくなる。

無理矢理押しのけて逃げれば良いのだろうか。

でも、それはそれで何か申し訳ない。
ぶつかった転ばれて怪我なんかさせたら大変だ。

悲鳴でも上げて助けを求めれば良いのかも知れない。

でも話しかけられただけで特に何かされている訳では無い。


(ど、どうしよう………)


困惑しつつ考えを巡らせていると


「おお!迷える学生よ!空を見てご覧なさい!天は常に我々の味方です!」


男は何やら天を仰いで両手を広げ「神は全てを見ている」だとか「聖なるものは正しくなければ」等と説き始めた。

周りの人々は男を奇妙なモノを見るような目で見て遠巻きにすれ違っていく。 
助けを求めるにも、その前に足早に去っていってしまう。


本当にどうしよう。


そう思っていると。


「貴様。ここで何をしている」


緑の装衣を纏ったポニーテールの女性が間に割って入った。


「な、何だ貴様は!私は今その子に神を」

「貴様らの歪な神をこの少女に説いて何をするつもりだ。答えろ」

「か、神を愚弄するか!!我々の神を!!?」

「知らん。質問に答えろ」


「……貴様………何者だ!」


「獅子皇騎士団 三番隊隊長レイン·リバーだ。
早く質問に答えろ。私の気はあまり長くないぞ。聖者よ」



【獅子皇】という言葉と共に女性が鋭く一睨みし名乗ると男の顔色が変わった。

同時に街を行く人々がざわめく。

聖者という言葉ではなく。
明らかに獅子皇という言葉と彼女の名に対してだ。


獅子皇騎士団。

ウィンブルガー騎士団 序列一位。
あの獅子皇騎士団だ。


「剣姫か……!邪な魔女共の下僕共め………」

「邪?笑わせるな。それは貴様らだろう。
自己紹介なら牢獄でしろ。
それとも、貴様が望むなら今すぐ輪切りにしてやる。選べ」


言って女騎士は静かに剣を抜いた。
見たことが無い細身の片刃の剣だ。


「こ、こ、ここで私を斬るのか?!この私を!神々の裁きを受けるぞ!!」

「知るかバカモノめ」


美しく凛とした顔に僅かな狂気を浮かべ女騎士は怪しく笑う。

それを見た白装束の男の顔から表情が消えた。

人間の顔というのは、こんなに白くなるものなのか。

女騎士の背後から様子を見ながらアミーティアがそう思っていると、男は一瞬だけこちらに目線を向けた。

そして苦虫を噛み潰したような顔で何か呟いた。

何を言ったか分からなかったが、その後、震えた声で「もうよい!」と捨て台詞を吐き足早に人混みの中へ消えていった。

「全く………」


女騎士は抜いた剣を鞘に戻し深い溜息をつく


そして


「大丈夫ですか?変な事とかされませんでした?」


少し間を置いてから女騎士レイン·リバーは
ゆっくりと少女の方へ向き直り、先程までの凛とした姿とドスの効いた声とは全く違う優しい声と優しい表情で心配そうに少女を見て首を傾げた。


「へっっっ!?あ、ふぁい!?」


さっきと同じ人物とは思えない変わりようだ。

それに改めて見ると─────物凄い美人だ。

緑色の髪を束ねてポニーテールにしているのが可愛い。それと、なんというか。
もう言葉に出来ないくらいカッコイイ。

少女が丸い目を更に丸くして変な声を混じらせながら返事するとレインは「大丈夫そうですね」と、また優しく微笑んだ。

「か、カッコイイ………」

自分の頬が赤くなるのを感じつつ思った事を素直に口に出してしまった。
だが、幸か不幸か。レインには聞こえていなかったようで彼女は懐から取り出した手帳に何か書いている。

「レイン様!申し訳ございません遅くなりました!聖者はどちらへ!?」

少女がレインに見惚れていると
彼女の元に武装した兵達が駆け寄ってきた。

彼女と同じ装衣を纏っている所を見ると
彼らも獅子皇の団員のようだ。


兵に声を掛けられたレインは「問題無いですよ」と手帳を持ったまま、集まった彼らを見据えると。


「聖者は二番街方面に逃走しました。
見つけ次第拘束してください。
奴には聞きたいことがありますので、必ず生かしたまま捕らえてくださいね。
ですが、抵抗するなら腕の一本や二本までなら許します。話せる状態なら構いません。
私はこの学生さんにお話を伺ってから向かいますので、それまでの指揮はロブさん。お願いしますね」


実に丁寧な口調で指示を出した。

やはり先程のように聖者と対峙していた時と雰囲気が全然違う。

「了解!よし、お前達は三番街から回り込め!我々は二番街だ!行くぞ!」


ロブと呼ばれた若い兵士が指示を出す。
その指示を受けた兵達は「了解!」と声を上げ
素早く二手に分かれ街へ駆けていった。

そしてレインは手帳に再び何かを書き込んで、それを懐にしまうと「お待たせしました」と少女に微笑んだ。

「では、ちょっとお話を伺いたいので屯所までご同行願えますか?お時間は取らせませんので」

「はい!」

言われて頬を僅かに赤く染めた少女が返事をすると彼女は、また優しく笑った。

    
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