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3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女
6話 魔術師は鑑定する
しおりを挟む指に付いた砂の感触は少し粒子が粗めのようで、かなりザラザラしている。この辺の採掘場で採れたものなら、もう少し粘土質の土が付着しているのだが。これは違う。
更に魔術鉱石の表面を指で拭ってみる。すると削れて曇った表面に深い緑色が顔を出した。
「これは……」
「おっほー随分な上モノじゃん」
レインとユキノが共に声を上げる。
魔術鉱石が内包する魔力量の判断は非常に簡単だ。色が濃ければ濃いほど多い。それだけだ。
─────但し。
内包する魔力量が多ければ魔術鉱石の質や価値が高い訳では無い。
その判断基準は主に色の濃さと魔力量、不純物の有無、大きさと重量だ。
加工された物で尚且つ観賞用なら更にそのカットの美しさも判断基準に入る。
例えば、今コウェルが鑑定しているモノは色から判断して魔力の内包量は非常に高い。しかし大きさや形はあまり良くない。それと。
「モノは良いですけど難しいですね。産地は──────」
言いかけてコウェルは口をつぐんだ。作業場でアミーティアも鑑定しているので、ここで答えは口に出せない。
まあ、早い話が今回のは産地もあまり良くないので高い評価にはならないという事だ。
────なのでユキノとレインに目配せしてから再び鑑定作業を始める。
魔力量が分かったら次にするのは魔術鉱石の透明度、不純物の有無の確認を行う。本来なら特殊な道具を用いるのだが、コウェルはそういった道具をほとんど使用しない。やるのは砂と土のサンプルを少し採取してから魔術鉱石の水洗いだ。
「魔術鉱石って水で洗えるんですか……知らなかった……」
「特殊な魔術鉱石以外は大丈夫ですよ。でも一部の魔術鉱石は水に反応して爆発するんで水洗いは駄目ですね」
「コールも昔爆発させたもんね~?」
「屋根に穴空きましたよね。僕も最初はビックリしましたけど慣れましたよ」
「よくある事だもんね」
学生の頃に大爆発させた魔術鉱石の事を思い出し、その影響で吹き飛んだ屋根の一部分────補修済みだが色がそこだけ違う────を見上げて苦笑いする。それはそれは見事な大爆発だった。
「そうなんですかー………いやいやいや!よくあっちゃ駄目ですよね?!だって爆発ですよ爆発!?」
「意外とあるあるなんですよ。この前アルマでも壁吹き飛んだらしいですし」
「ええ………あ、でも、なんか聞いたことあるかも………」
ドン引きといった様子のレインに言いながらコウェルは丁寧に洗った魔術鉱石を綺麗に拭き上げる。アミーティアも洗えると判断したようでブラシを使用して魔術鉱石を丁寧に洗っている。
進捗はどうだろうか?と彼女が使っている作業机を見るとコウェルと同じように少量の土と砂のサンプル、草や根の切れ端まで分けて置いてあった。
(きちんと勉強してきたんだなあ)
土と砂はともかく草や根までサンプルを採る。地味な事だが産地特定の為には必要で重要だ。学院の授業では基本として教えられる技術である。言うだけあってちゃんと学んで、基本に忠実に作業を行っているようだ。
「さて、と」
アミーティアの鑑定進捗が問題なく順調なのを確認し、コウェルは自分の魔術鉱石の鑑定を進める。今度は不純物の有無の確認だ。
普段なら作業机に置いてある専用の照明または部屋の照明にかざして内部の状況を確認するのだが、今日の魔術鉱石は色が濃いだけに少々光を通し難いので別の方法を使う。
「アミーティアさん、ちょっとごめんね」
「あ、はい!大丈夫です!」
作業机に置いてある道具棚から黒い筒を取りテーブルに立てる。そしてその中に向けて基本魔法の中でも最も簡単な魔法を放つ。
「照明《イルミネーション》」
指先から放たれたビー玉ほどの大きさの小さな光は筒の中に落ちると同時に真っ直ぐな明るい光の柱になり天井を照らした。その光の上に魔術鉱石を置くとコウェルは「ん?」と眉を潜めた。
「どったのコール?」
弟子の様子を怪訝に思ったユキノがテーブルに頬杖をついたまま問うと、コウェルは魔術鉱石に目を向けたまま首を傾げ筒の上で魔術鉱石の向きを変えたり、持ち上げて光にかざしたりしながら呻いた。そして、ハルトからの依頼状をもう一度手に取り文面に目を走らせた。
「あー、そういう事か……」
「なに?どしたの?」
「ユキノ様も見たら分かりますよ」
言ってコウェルがユキノに魔術鉱石を手渡すと、彼女はそれを光に透かして「ん~?」と呻いたあと「あー」と納得した様子で頷いた。レインは何がなんだかといった様子で首を傾げている。
「さーすが創剣の魔女。クーちゃんらしいわね」
「レインさんも見てみますか?」
「興味はありますけど、私みたいな素人が見て分かるモノなんですか?」
「普通の魔術鉱石を見た事あるなら分かると思います」
コウェルから魔術鉱石を受け取り、半信半疑でジーッと眺めてからレインも二人と同じように光に透かして見る。すると彼女もその違和感にはすぐ気付けた。
「結晶……?」
本来なら透明もしくは気泡だったり小石などが混ざっていたりする魔術鉱石の中に複雑な形の結晶。例えるなら星形が二つ組み合わされたような形の結晶が見えた。
「この結晶が入ってる魔術鉱石って希少なんですけど、扱いが難しくて一般流通しないんですよ」
「こんなキレイなのに?!」
「はい。結晶入りはカットすると爆発するので」
「サラッと物騒なこと仰らないでください」
爽やかに実に普通の事のように言うコウェルをジトッと見つめてからレインは魔術鉱石を彼に手渡した。
「でも。この結晶入りの魔術鉱石を好んで使う人もいるんですよ」
「こんな危険物を?あ、そうかクリス様だから……」
「そういう事です。使い方は────明日直接伺った時に見せて貰いましょうか」
「私、明日王都に帰りますけど」
「これをどうぞ」
コウェルは魔術鉱石の鑑定書を書きながらハルトから預かった三枚目の書状を彼女に手渡した。彼女はそれを怪訝な表情で受け取り、ジーッと読み進め──────
「あの」
「はい」
「私、そんなに疲れた顔してます???」
レインの問いに「してます」と食い気味で答えるコウェルとユキノ。本人は気付いていないようだが顔には色濃い疲れが────その原因の一端はユキノだが─────しっかり張り付いている。ちなみにハルトの頼み事というのは彼女の休暇だ。
彼女の立場上。王都で過ごせば何かと目について休暇にならない。なので王都から離れたジュリアス界層魔術師事務所で休暇を取らせて欲しいとの事らしく、コウェルとしてもハルトには普段から色々とお世話になっているので断る理由も無い。当のレインは鏡なんか取り出して自分の顔を見たり、突然の休暇だったりで困惑しているようだが。
「見事なお疲れ顔よレインちゃん」
「ええ……もしかしてロブさん達にもそう見えてたかな……」
「ロブさん、レインさんをよく見てますからね。きっとハルト団長に進言されたんだと思いますよ。溜息もバレてますよ多分」
「ですよね~………うわぁぁ………申し訳ないなぁ………ロブさんごめん~…………」
テーブルに突っ伏して「みんなごめん~」と呻くレイン。女性の身でありながら獅子皇の騎士であり三番隊隊長。いわゆる『出来る女』の典型たる彼女は頑張りすぎる所が玉に瑕だ。部下のロブや隊員達から慕われている故に、弱い所や疲れている所を見せないように気丈に振る舞っている節があるらしい。ハルトの言葉を借りると息抜きが下手くそなのだ。
「まーいいんじゃない?ユキノ様的には美人さんとお風呂チャンス出来たから大歓迎」
「お風呂は一人で入らせて頂きます。それに私、長風呂なので」
突っ伏したまま顔をあげユキノを機嫌を損ねた猫のようにジッと見るレイン。そして「ヒエッ」と短い悲鳴をあげるユキノ。
でもって。
「か、鑑定!出来ましたっ!」
魔術鉱石の鑑定を終えたアミーティアが書き終えた鑑定書と魔術鉱石を手に弾けた声をあげた。
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