29 / 32
3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女
9話 思惑
しおりを挟むイナ村鉱山。
良質な魔術鉱石を産出し続ける宝の山は山奥にある。徒歩で向かうには遠く危険な為、イナ村から作業員専用のトロッコに乗るのが普通なのだが。
「もーーー!痛いーーーーー!下手くそーーーーー!!!」
「クソいてぇ」
魔導師や魔女。魔術師で転移魔法が使えるならば『ここに来る』だけなら楽勝である。着地時の訳の分からない体勢。とんでもない衝撃はともかく。
「これはこれは、速度が乗りすぎましたかねぇ」
「速度とかそういう問題じゃないでしょ絶対!!!!」
「首か?それとも腰から下か?選べコラ」
顔面から地面に突っ込んだであろう黒髪の胡散臭い魔導師は「はっはっはっ」と土だらけの顔で無駄に爽やかに笑うが、派手に尻餅をついて涙目で叫ぶサクラと地面にめり込んでいたジェノはお怒り模様。
当然ながら剣やら槍やらをしっかり構えてノワールに詰め寄るが────
「まあまあ二人共落ち着いて下さい。こちらですよ」
彼はいつも通りの胡散臭いニコニコ顔。猛る二人を意にも介せず、長いローブの裾を引きずったままスタスタと坑道へ向かう。
「オイ、止まれ。立ち入り禁止だ」
しかしその坑道はコウェル·ジュリアスがコボルトの群れの討伐。および要塞化した巣を村の住人と共に撤去した場所。そしてジェノ達黒豹騎士団が後片付けをしたばかりの坑道だ。
中の調査は済んでいるが激しい戦闘があったようで内部の補強材が脱落していたり、岩盤にヒビが入っていたりと崩落の危険もあるため立ち入り禁止にしている。
それにも関わらずノワールは「そうですか」と笑みを浮かべ中に足を踏み入れる。
「ちょっとノワール!」
「大丈夫ですよ。私がいる限りは崩落も危険もありませんから。それに、お見せしたい物は、この中にありますので」
呼び止めるサクラの声にそう応えるとノワールは真っ暗な坑道内に姿を消した。その姿を見送るとジェノは深い溜息をつき。
「面倒くせぇ」
そう呟いてガシガシと頭を掻き、本当に面倒くさそうにその後について坑道に向かった。
「あ、ジェノ!待ってってば!ランタンくらい持っていきなさいよもう!」
近くに放置されていたランタンに明かりを灯し、慌ててサクラも彼を追いかける。
「この中って調べたよね私達?」
ジェノに小走りで駆け寄り問うと彼は正面を見たまま「ああ」と空返事した。
坑道内は兵達にも調査させた。その後に見落としが無いか自分達も隅々まで調べたし、異常は───そこら中にコボルトの死体が転がっていた事以外は────見受けられなかった。勿論サクラもそれを確認しているし、団長であるジェノも内部を見ている。
坑道内の補強や岩盤はかなり危険な状態になってはいるが、これといって怪しい所は無い。
そう思いながらランタンの灯りが照らす薄暗い坑道内に目を凝らしていると、何かが地面に横たわっているのが見えた。ジェノも同じく視認したようで、彼は素早く抜刀すると躊躇うことなく横たわっている何かの首辺りに剣を突き刺した。
「コボルトの死体か。回収忘れか?」
「え、この辺の死体全部回収したけど……」
「残党か。ランタン貸せ」
狼のような頭に毛深く筋肉質な体をしたそれを見てジェノは呟いた。そしてサクラからランタンを受け取ると横たわるコボルトをジッと見つめ、背中辺りの毛を掻き分けるようにして地肌を観察し、やがて複雑な模様の痣を見つけると彼は不機嫌そうに舌打ちした。
「また強化痕か。だりぃ仕事が増えたなクソが」
「同じ強化痕?」
「同じだ。クソ聖者共は俺様の仕事を増やしたくて仕方ねえらしい。サクラ、キャンプに伝話しろ」
「了解」
魔法による強制的な強化の痕。これも恐らく聖者が絡んでいる。こうなると術式の解析の為に死体も回収しなくてはいけない。
しかし、ここからキャンプに戻ってそれを伝えるのは時間が掛かるので魔術鉱石を利用した通信手段の【伝話】を使用する。
移動せずとも目的の相手と会話が出来る便利な代物だ。手の平サイズで持ち運びしやすいので携帯出来る物が一般的だ。
少し大きめで多機能付きの据置タイプもあり魔術師事務所なんかでは据置タイプを複数設置している所もあるが、導入コストの問題で設置していない所の方が多い。
ちなみにその辺に関して騎士団は予算がしっかり降りているので、何かと呼び出しが多い騎士団長や副団長にはこうして支給されているし、据置機もキャンプに設置している。
(聖者共、何が目的だ)
ジェノはサクラが伝話をしている間にコボルトの死体を調査しながら思考を巡らせる。
外傷は────自分が刺した所以外は無い。恐らく魔法による一撃だ。まだ暖かさがあるところから絶命してからさほど時間も経っていない。状況的には自分達を案内する前にここへ来たノワールが一撃で葬ったと見た方が良さそうだ。
それよりも強化痕だ。回収した100体ものコボルトの体には全部同じ強化痕があった。ハッキリ分からないが強化痕の形を見るに同じ術式で強化されているのは間違いないだろう。
他にも疑問はある。
100体ものコボルトをたった一人の聖者が強化出来るものなのか。捕らえられた聖者は確かにそれなりに強い魔力の持ち主だったらしいが、それにしても100体だ。一人で強化するなんて事は魔導師や魔女でも1日仕事になる。
これは─────
「裏に何かある。そうお考えですか」
「……ソフィア、何しに来やがった」
「わ、ビックリした……」
聞き覚えのある声にサクラは驚きジェノは今日何度目かの溜息をつき振り向く。
「本部長からの言伝をお持ちしました。次はうまくやれ。との事です」
華奢な腰や細い腕の白さが目立つ黒づくめの装束を纏った女性は深々と会釈した後、細い声で宣う。
「………どんだけコボルト狩らせるつもりだあのクソ親父」
「総組としても現場の状況と依頼書の内容に相違があるのは────」
「だから俺らで減らしといてやったんだろうが。聖者の野郎が潜んでんの知ってたらこうなってねぇよ」
「だからこそ本部長は『うまくやれ』と仰ってるのではありませんか?調査に不足があるのでは。と」
「テメェ……」
ソフィアは表情ひとつ変えずジェノの言葉を淡々といなす。そして彼女の言葉に明らかに機嫌を損ねたジェノの横を足音すら立てずに通り、今にも斬りかかりそうな彼を気にすることなくコボルトの死体に目を向けた。
「捕らえた聖者はフィーネ様の夕飯になりました。お陰で多少の情報は得られましたが、確信を得るには足りません。
しかし何者かの指示で聖者共がコウェル·ジュリアス界層魔術師様をここへ誘導したのは間違いないかと」
「その何者が誰かは分かったんだろうな?」
「情報が足りません。ジェノ、サクラ様、貴方達もその情報を得ていません。勿論、本部長も」
表情ひとつ変えずにコボルトの死体を一通り調べ腰に下げている小さなポーチからノートを取り出して何かを書き込むと彼女は坑道の暗闇の先でボンヤリ光る物を見つめた。
「─────ですが。彼は何かを得たようです」
抑揚の無い静かな声で良いソフィアは闇に向かって歩を進める。不機嫌なジェノと緊張した面持ちのサクラもその後に続く。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜
秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。
そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。
クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。
こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。
そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。
そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。
レベルは低いままだったが、あげればいい。
そう思っていたのに……。
一向に上がらない!?
それどころか、見た目はどう見ても女の子?
果たして、この世界で生きていけるのだろうか?
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
最前線
TF
ファンタジー
人類の存亡を尊厳を守るために、各国から精鋭が集いし
最前線の街で繰り広げられる、ヒューマンドラマ
この街が陥落した時、世界は混沌と混乱の時代に突入するのだが、
それを理解しているのは、現場に居る人達だけである。
使命に燃えた一癖も二癖もある、人物達の人生を描いた物語。
現世に侵略してきた異世界人を撃退して、世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。
佐久間 譲司
ファンタジー
突如として人類世界に侵略を始めた異世界人達。圧倒的な戦闘能力を誇り、人類を圧倒していく。
人類の命運が尽きようとしていた時、異世界側は、ある一つの提案を行う。それは、お互いの世界から代表五名を選出しての、決闘だった。彼らには、鉄の掟があり、雌雄を決するものは、決闘で決めるのだという。もしも、人類側が勝てば、降伏すると約束を行った。
すでに追い詰められていた人類は、否応がなしに決闘を受け入れた。そして、決闘が始まり、人類は一方的に虐殺されていった。
『瀉血』の能力を持つ篠崎直斗は、変装を行い、その決闘場に乱入する。『瀉血』の力を使い、それまでとは逆に、異世界側を圧倒し、勝利をする。
勝利後、直斗は、正体が発覚することなく、その場を離れることに成功した。
異世界側は、公約通り、人類の軍門に下った。
やがて、人類を勝利に導いた直斗は、人類側、異世界側両方からその身を狙われるようになる。人類側からは、異世界の脅威に対する対抗策として、異世界側からは、復讐と力の秘密のために。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる