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鏡月

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3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女

9話 思惑

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 イナ村鉱山。

 良質な魔術鉱石を産出し続ける宝の山は山奥にある。徒歩で向かうには遠く危険な為、イナ村から作業員専用のトロッコに乗るのが普通なのだが。


「もーーー!痛いーーーーー!下手くそーーーーー!!!」

「クソいてぇ」


 魔導師や魔女。魔術師で転移魔法が使えるならば『ここに来る』だけなら楽勝である。着地時の訳の分からない体勢。とんでもない衝撃はともかく。


「これはこれは、速度が乗りすぎましたかねぇ」

「速度とかそういう問題じゃないでしょ絶対!!!!」

「首か?それとも腰から下か?選べコラ」


 顔面から地面に突っ込んだであろう黒髪の胡散臭い魔導師は「はっはっはっ」と土だらけの顔で無駄に爽やかに笑うが、派手に尻餅をついて涙目で叫ぶサクラと地面にめり込んでいたジェノはお怒り模様。

 当然ながら剣やら槍やらをしっかり構えてノワールに詰め寄るが────


「まあまあ二人共落ち着いて下さい。こちらですよ」


 彼はいつも通りの胡散臭いニコニコ顔。猛る二人を意にも介せず、長いローブの裾を引きずったままスタスタと坑道へ向かう。


「オイ、止まれ。立ち入り禁止だ」


 しかしその坑道はコウェル·ジュリアスがコボルトの群れの討伐。および要塞化した巣を村の住人と共に撤去した場所。そしてジェノ達黒豹騎士団が後片付けをしたばかりの坑道だ。

 中の調査は済んでいるが激しい戦闘があったようで内部の補強材が脱落していたり、岩盤にヒビが入っていたりと崩落の危険もあるため立ち入り禁止にしている。

 それにも関わらずノワールは「そうですか」と笑みを浮かべ中に足を踏み入れる。


「ちょっとノワール!」

「大丈夫ですよ。私がいる限りは崩落も危険もありませんから。それに、お見せしたい物は、この中にありますので」


 呼び止めるサクラの声にそう応えるとノワールは真っ暗な坑道内に姿を消した。その姿を見送るとジェノは深い溜息をつき。

「面倒くせぇ」

 そう呟いてガシガシと頭を掻き、本当に面倒くさそうにその後について坑道に向かった。

「あ、ジェノ!待ってってば!ランタンくらい持っていきなさいよもう!」


 近くに放置されていたランタンに明かりを灯し、慌ててサクラも彼を追いかける。



「この中って調べたよね私達?」

 ジェノに小走りで駆け寄り問うと彼は正面を見たまま「ああ」と空返事した。

 坑道内は兵達にも調査させた。その後に見落としが無いか自分達も隅々まで調べたし、異常は───そこら中にコボルトの死体が転がっていた事以外は────見受けられなかった。勿論サクラもそれを確認しているし、団長であるジェノも内部を見ている。

 坑道内の補強や岩盤はかなり危険な状態になってはいるが、これといって怪しい所は無い。

 そう思いながらランタンの灯りが照らす薄暗い坑道内に目を凝らしていると、何かが地面に横たわっているのが見えた。ジェノも同じく視認したようで、彼は素早く抜刀すると躊躇うことなく横たわっている何かの首辺りに剣を突き刺した。


「コボルトの死体か。回収忘れか?」

「え、この辺の死体全部回収したけど……」

「残党か。ランタン貸せ」

 狼のような頭に毛深く筋肉質な体をしたそれを見てジェノは呟いた。そしてサクラからランタンを受け取ると横たわるコボルトをジッと見つめ、背中辺りの毛を掻き分けるようにして地肌を観察し、やがて複雑な模様の痣を見つけると彼は不機嫌そうに舌打ちした。


「また強化痕か。だりぃ仕事が増えたなクソが」

「同じ強化痕?」

「同じだ。クソ聖者共は俺様の仕事を増やしたくて仕方ねえらしい。サクラ、キャンプに伝話しろ」

「了解」

 魔法による強制的な強化の痕。これも恐らく聖者が絡んでいる。こうなると術式の解析の為に死体も回収しなくてはいけない。

 しかし、ここからキャンプに戻ってそれを伝えるのは時間が掛かるので魔術鉱石を利用した通信手段の【伝話】を使用する。

 移動せずとも目的の相手と会話が出来る便利な代物だ。手の平サイズで持ち運びしやすいので携帯出来る物が一般的だ。

 少し大きめで多機能付きの据置タイプもあり魔術師事務所なんかでは据置タイプを複数設置している所もあるが、導入コストの問題で設置していない所の方が多い。

 ちなみにその辺に関して騎士団は予算がしっかり降りているので、何かと呼び出しが多い騎士団長や副団長にはこうして支給されているし、据置機もキャンプに設置している。


 (聖者共、何が目的だ)


 ジェノはサクラが伝話をしている間にコボルトの死体を調査しながら思考を巡らせる。

 外傷は────自分が刺した所以外は無い。恐らく魔法による一撃だ。まだ暖かさがあるところから絶命してからさほど時間も経っていない。状況的には自分達を案内する前にここへ来たノワールが一撃で葬ったと見た方が良さそうだ。

 それよりも強化痕だ。回収した100体ものコボルトの体には全部同じ強化痕があった。ハッキリ分からないが強化痕の形を見るに同じ術式で強化されているのは間違いないだろう。

 他にも疑問はある。

 100体ものコボルトをたった一人の聖者が強化出来るものなのか。捕らえられた聖者は確かにそれなりに強い魔力の持ち主だったらしいが、それにしても100体だ。一人で強化するなんて事は魔導師や魔女でも1日仕事になる。

 これは─────


「裏に何かある。そうお考えですか」

「……ソフィア、何しに来やがった」

「わ、ビックリした……」


 聞き覚えのある声にサクラは驚きジェノは今日何度目かの溜息をつき振り向く。


「本部長からの言伝をお持ちしました。次はうまくやれ。との事です」


 華奢な腰や細い腕の白さが目立つ黒づくめの装束を纏った女性は深々と会釈した後、細い声で宣う。


「………どんだけコボルト狩らせるつもりだあのクソ親父」

「総組としても現場の状況と依頼書の内容に相違があるのは────」

「だから俺らで減らしといてやったんだろうが。聖者の野郎が潜んでんの知ってたらこうなってねぇよ」

「だからこそ本部長は『うまくやれ』と仰ってるのではありませんか?調査に不足があるのでは。と」

「テメェ……」

 ソフィアは表情ひとつ変えずジェノの言葉を淡々といなす。そして彼女の言葉に明らかに機嫌を損ねたジェノの横を足音すら立てずに通り、今にも斬りかかりそうな彼を気にすることなくコボルトの死体に目を向けた。


「捕らえた聖者はフィーネ様の夕飯になりました。お陰で多少の情報は得られましたが、確信を得るには足りません。
 しかし何者かの指示で聖者共がコウェル·ジュリアス界層魔術師様をここへ誘導したのは間違いないかと」


「その何者が誰かは分かったんだろうな?」


「情報が足りません。ジェノ、サクラ様、貴方達もその情報を得ていません。勿論、本部長も」


 表情ひとつ変えずにコボルトの死体を一通り調べ腰に下げている小さなポーチからノートを取り出して何かを書き込むと彼女は坑道の暗闇の先でボンヤリ光る物を見つめた。


「─────ですが。彼は何かを得たようです」


 抑揚の無い静かな声で良いソフィアは闇に向かって歩を進める。不機嫌なジェノと緊張した面持ちのサクラもその後に続く。
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